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machine head  作者: 伊勢 周
14章 二つの指輪
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【ここまでのあらすじ】


ドライブという特殊な能力に目覚め、能力者が集まる特殊部隊『スワロウ』に入隊した生方宗助。

宿敵フラウア・グラネルトは、宗助を抹殺するために部下のシリングと大量のマシンヘッドを引き連れ蜂起したが、宗助は仲間達とともにこれを見事返り討ちにする。しかし、フラウアを尋問していたところをミラルヴァに邪魔をされて、結局数々の謎の核心に迫る事は出来ず。

それでも、夜を徹したその死闘を乗り越えた先に宗助は仲間達との絆を自覚し、心身ともにまた一つ成長したのであった。


 フラウアが目を覚ました時、彼は首から下の感覚が全くなかった。まるで自分が首だけになってそれでも生かされているような感覚に気味の悪さを感じたが、ぼんやりした意識の中かろうじて動く眼球を下方に滑らせると、ちゃんと自分の胴体が存在していることを確認できた。だが、身体は全く動かない。


「お、ちょうど目が覚めたな!」


 軽い調子の声が飛んでくる。声を出そうと試みたが、かすれて声にならない。全身に力が入らず呼吸もままならない。


「ああー、まだ声は出ないはずだ。だが焦るな。じきにその辺も『調整』する。それなりに信頼してくれたまえ!」


 フラウアはそこから見える限り見回す。汚れた赤黒い壁で囲まれた小部屋のようだが、声の方向どころか室内に人間は見当たらなかった。

 天井を見るとカメラとスピーカーのようなものがいくつも取り付けられているのが見えた。室外からこちらを監視してしゃべっているのだ。


「フラウア、今のお前にはどういう言葉が似合うと思う? 哀れ、惨め、候補がありすぎて絞れないな! 権力や兵力や金とか、ありとあらゆる力を我が物にしこの世の頂点にのし上がりたいというお前の野望は、まぁわからんでもないが……ブルームに利用され、一匹の若造に執着して、その末路がこれだ! 虚しくて悲しいもんだな! ワハハハハ!」


 早口かつあっけらかんとした口調で紡がれる毒が含まれた言葉と、いつまで経っても覚醒しきらない意識に気分の悪さを感じながら、もう一度周囲を見回し、フラウアは気づいた。

 先ほどから僅かに鼻腔をかする悪臭、壁の赤黒い色は、壁や床に飛び散った血液が酸化したことによる色と匂いだと。

 周囲には医療用や機械整備用など多種多様なマシンアームが設置されており、様々な機械の小部品だとか電子チップが置かれていた。


「しかし、今からお前がされる事は皮肉という言葉が一番似合うかもしれないな。お前がさんざんブルームの命令で連れ帰ってきた実験体どもによる研究の成果が、今こうしてお前に施されようとしている訳だからなぁ! いや手術をしようとする私が言うことではないな、すまんすまん! ワハハ!」


 フラウアはその言葉で、この声の主と、今から自分がされようとしていることを薄々と感づき始めた。


「……かっ……ろ……」


 かろうじて声帯を震わせるも言葉にはならず。


「一つだけ話してやろうか、フラウア。ブルームにとって生方宗助は、一つの期待できる大事な可能性である訳だ。お前に生方宗助が殺されてしまってもいいなんて欠片も思ってもいない。ミラルヴァがお前を連れ戻しに行ったのはラフターが頼み込んだわけだが……ならばなぜあの船を勝手に使い復讐に暴走したお前にブルームは何も手を打たなかったか?」

「っ…………ぅ……」

「なぁに、簡単な話だよ。お前がいくら自分本位に動いた所で、生方宗助には絶対に勝てないと、奴は最初からちゃんとわかっていたからだよ。奴の人を見る目はそれなりに正確なようだ! ワハハハハ!」

「っぁぁあっ………ぉぉおッ! ……クッ」


 フラウアはその言葉に反応して、喉を無理やりいきませてうめき声をあげる。自分が見くびられていたことが悔しくてたまらない。


「悲しいか! 悔しいか! あぁ、そうそう。お前の『改造』に関してもブルームには許可をもらっている。私はお前には権力は与えてやれんが、暴力なら任せておけ」


 メスが取り付けられた医療用のマシンアームと、機械修理用の幾つものマシンアームが同時に起動し、フラウアの身体の真上へとゆっくりと移動した。

 そして、彼の意識は再び途絶えた。



          *



 七月に入り、数日が経った頃。

 季節は梅雨を抜けて夏に入り始め、街では傘を持った人は見かけなくなり、ちらほらと蝉が鳴き始めた。遠くには大きな入道雲が浮かんでいて、空が高く感じられる。

 そして、何よりもこの季節を特徴づけるのが、暑いこと。しかしどれだけ暑かろうが、またはどれだけ寒かろうが、敵というのはやってきてしまうもので、それに備えて訓練するのも、また隊員の義務である。


「くそ……何年経験してても夏の野外演習はキツイ……。この暑さでオーバーヒート起こして、マシンヘッド全部壊れちまえばいいのに……」


 現在は夕暮れ時。訓練を終えた不破は上着を脱いでタンクトップ姿。日陰で額から流れる汗をタオルで拭い、首からは棒状の氷袋をぶら下げていた。いくら体力があろうが熱中症にでもなってしまうと元も子もないのだ。


「あ、それ良いですね。異常行動起こして相討ちとか」


 その隣で千咲が涼しい顔して軽口に乗っかる。彼女の場合、ある程度体温が調節出来るため暑さは他の人間より苦にならない。


「あぁ、それでもいいな……」


 不破が首の氷嚢を持ち上げて頬に当てる。中の氷は殆ど溶けて、ただの冷たい水袋に成り下がってしまっていた。不破は立ち上がり上着を持ち脇に抱える。


「くそ……バカな事言ってないで、さっさとシャワー浴びて飯喰って部屋戻って休もう。明日も同じメニューだ。泣けてくるぜ」

「あ、不破さん。午後八時にブリーフィングルームに集合ですよ。聞いてないですか?」

「……あぁ、そうだったな。暑さのせいで忘れてた」

「やだぁ、不破さんがちょいちょい抜けてるのはオールシーズンじゃないデスカー」


 棒読みで言う千咲に不破が無言でジト目を向け「お前に言われたかねーよ」と反論する。彼女はそれに対して気にするような素振りを見せない。


「それにしても、議題が伏せられたままなんで、何だか気になりますね」

「……ブラックボックス関連で判明したことがあるのかもしれん。あれ系の情報は、かなり慎重に扱われてるからな。というかそれ以外に思いつかん」


 不破はそのまま隊舎に向かって歩き始める。しかし数メートル歩いた所で立ち止まり振り返る。


「千咲、戻らないのか?」

「……へ? あっ……」


 言われて千咲は、ぱちぱちと何度か瞬き、きょろきょろと視線を彷徨わせてから「はい、戻ります」と言って立ち上がり不破と同じく隊舎へ歩きはじめた。

 少し遠くでは、宗助がまだ別の部隊の人間と親しげに話をしていた。



          *



 ブリーフィングルームでは、円卓に特殊能力部隊の隊員六人全員が揃って座っていた。そして雪村司令と、篠崎副司令。さらにその室内に、少し場違いの白衣を着た一人の男が居た。宗助にはその白衣の男性に見覚えがあった。彼がレスターとの戦いで傷つき専門の病院に入院した時に、治療を担当した医師だったからだ。医師の顔がその筋の方と勘違いされそうな程の強面なのも、宗助の記憶に留まっていた一つの要因である。


「今お配りしたそのレジュメに、一応目を通していただきたい。妙なアルファベットの羅列ばかりで読みにくいかと思いますが……」


 医師に言われ、宗助は紙面に目を走らせる。薬の成分だとかなんだとかが冒頭に書かれていて、その後は殆ど言われた通りのローマ字の塊や見慣れない長ったらしいカタカナ語が並んでいる。


「そこに書かれているのは、今回皆さんがブラックボックスから救い出した方々から検出された薬品の成分詳細です。神経麻痺と、一時的な思考能力の低下が効果として考えられ、皆さんが実際に見たように、ある程度体内に取り入れると心身ともに虚脱状態に陥ります」


 医師の説明は、言ったら悪いが、全員にとって『見れば判る』情報である。不破は、昼の演習の疲れもあってか、若干不機嫌な表情で紙面を睨んでいた。


「皆さんが救いだした二十三名の容態はそれぞれ差があります。こちらの問いかけに対してハッキリと反応を示すことが出来る者もいれば、何を呼びかけても無反応の者もいる。解毒というか、薬品が抜けきるのを待つくらいしかできることは無いのですが――」


 不破の眉がまた少し吊り上がる。隣に座る宗助がその様子に気付き、少しハラハラとしながら紙面と不破をちらちら交互に見ていた。医師は構わず続ける。


「私はこの薬品に関して調べている時に思い出したんです。……二年前に変死状態で見つかった、二神大祐さん」


 その名前が医師の口から語られた瞬間、それまでの不破の苛ついた表情がスッと消えて、一瞬強張り、そして神妙な面持ちで紙面を見つめていた。宗助はそれを見て、不破は紙面を見ているようでどこか別の何かを見ているような印象を受けた。

 まるで遠くの景色を呆然と眺めているような、そんな姿。


「……ついで程度の報告でしかこちらにはあげていませんでしたが……。今回捕らえられていた人々から検出された薬品と、当時の二神さんの身体から検出された薬品とが……全く同じなのです」


 宗助が周囲をゆっくりと伺うと、全員が不破の事を気にするように、チラチラと彼の方に視線をやっていた。この時宗助にはその二神大祐という人間と不破がどういった関係にあるのか知る由もなかったが、ただならぬ何かが存在するだろう事はほんの僅かに察知する事ができていた。


 医師の説明がその後も数分続いたが、宗助は隣の不破の、心ここにあらずといった様子がどうしても気になってしまい、それらの半分も耳に入って来なかった。



          *



 宗助の性格上やはりというか、人に突っ込みすぎた話をするのをためらい結局聞けず。一夜明け、早朝。宗助が装備品の整備を行うために装備ロッカーに向かっていると、通路の向かい側から、一人の女性が歩いてくるのに気付いた。

 三十メートルは離れている為顔をハッキリと確認はできないが、その女性の事を宗助は今まで見たことがなかった。

 なぜそう言い切れるかというと、彼女があまりにも特徴的な容姿を持っていたから。


 一七○センチ程だろうか、女性にしてはかなり高い部類の身長と、白のシフォントップスと薄い青のアコーディオンプリーツスカートからそれぞれ伸びる細長い手足。透き通るように白い肌と、何より目を引くのが、腰のあたりまでまっすぐと伸びた白銀色の髪。

 一言で感想を述べるのなら、その姿は幻想的だった。

 宗助は、その女性を基地内で見たことがないどころか、人生を振り返ってもそんな容姿の人間をお目にかかったことはなかったのだ。

 しかし彼女の胸元を見ると、基地内に入ることを許可されている証拠である許可証がぶら下げてある。当たり前だが、侵入者だとかではなく基地の関係者らしい。

 その出で立ちから、宗助は彼女のことを外国人かと思ったのだが、近づくにつれて見え始めた顔立ちはどうも日本人のものらしかった。年齢は、二十五か六くらいだろうか。

 二人の距離が二メートルほどになったところで宗助は立ち止まり、彼女に挨拶をかけようと口を開く。


「お――」

「………」


 しかし、彼女は立ち止まった宗助に目もくれず、歩くペースも落とさず、そのまま何事もなかったかのように通り過ぎてしまった。

 すれ違った時に宗助は見た。彼女の左手の薬指には指輪が――、二つ。

 それも、見たところ両方全く同じデザイン。石はついていない、一瞬しか見えなかったが、何か彫刻があしらわれたシンプルな指輪だった。一つはサイズがピッタリなようだったが、もうひとつはサイズがあっていないようで、彼女が歩く度に指の根元と指輪の間を僅かにかたかたと動いていた。


「――……はよう、ございます……」


 尻すぼみで挨拶の続きをとりあえず呟いて、彼女の後ろ姿を見送った。彼女の持つ異世界の人間かと思うほどの容姿と雰囲気、そしてその妙な指輪の付け方。宗助は無視された事で気分を悪くするよりも、『彼女は一体何者なのか』という疑問とちょっとした好奇心を持ったのだった。



          *



「あぁ、それ、美雪さん」

「みゆきさん?」


 宗助はその後たまたま通路を歩いていた千咲に遭遇し、彼女も装備品の整備に向かうところだと言うので同行している。

 年齢は同じだが勤務年数は何年も先輩である彼女に、先程出会った女性について何か知っていないかと尋ねたところ、そんな答えが返ってきたのだ。


「そ。美雪さん」

「……えっと、その美雪さんってのはどういう関係の人なんだ?なんで普通に基地内を歩いてる?あれで兵隊ってわけじゃないだろうし……」

「……美雪さんは、不破さんの高校の同級生」

「……へ?」


 てっきり職業名とか配属先が出てくると思っていた宗助は、『不破の同級生』という言葉に理解がついて来なかった。千咲は少しだけ間を置いて続ける。


「……そんでもって。昨日ミーティングで名前が出た、二神さん」

「? ……あぁ、何年か前に変死状態で見つかったって、言ってた……」


 宗助は、その名前と不破の関係も気にはなっていたのだが、まさかここで名前が出てくるとは予想していなかった。少々混乱しつつも、千咲の言葉の続きを待つ。


「私もそこまで詳しい話は知らないんだけど……二神さんも、不破さんの同級生。つまり、三人は高校からの付き合いで、それで……二神さんと美雪さんは、婚約していたの」


 話している千咲の横顔は、少し悲しげだった。


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