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machine head  作者: 伊勢 周
13章 Now or Never
145/286

同時には成立しない 後編

「仕事のこと、かぁ……。なんだかちょっと元気なさそうだけど……」


 秋月がリルにそんなことを訊ねる。


「元気はあるよ。ただ、ちょっと考え事というか、うん」


 リルは笑顔でそう言うが、やはりその表情にはどこか影が差しているように感じられた。面倒見が良いというか御節介焼きというか、とにかく元気がなさげな彼女を目の前にしてなにやら燃える物を感じるらしい小春は、勝手な想像もとい妄想を一瞬で空に突き刺さるほど積み上げていた。


「ほほう、差支えがなければ、この小春お姉さんに言ってみよ。たちどころに解決して見せよう」


 小春はそう言って、自分を大きく見せたいのか、腕を組み肩を持ち上げ、リルを見下ろすように顎を上げるとふふんと笑ってみせた。相談を受けようという者の態度ではない。


「……ほんとに?」

「ふふふ……リルリルよ、何を疑っておる、安心したまえ。何を隠そう、私は高校時代、百八人もの迷える恋をサポートしたという、恋のお悩み相談員としての輝かしい実績があるのだよッ。人呼んで、『愛のハンター、サクLOVERッ!』とね。私がサポートするからには、生方君は君にメロメロさ!」


 勇ましげに胸を張って叫んだ。リルは意味が良くわからないようで、そんな小春を不思議そうな眼で眺めている。

 そもそもリルは宗助の名前など一切出していないし、仕事の悩みに分類されると言っているのに、小春は勝手に宗助が絡んでいるものだと踏んで一人で話を進めてしまっている。


(さく……ラバー……? メロ、メロ……??)


 隣の海嶋はというと、化け物を見たかのような顔で慄いていた。コーヒーカップを持つ右手も僅かに震えている。


「それで、成功率は?」 


 秋月が肘をつきながらいかにも興味なさそうに問いかける。その質問に一瞬フリーズする小春だったがすぐに回復すると


「……や、やだなぁ雅さん! 雅さんが成功率とか言うとなんかやらしいっすよ! ははははは」


 冷や汗をかきながらそれでも、笑顔であほらしい事を口走る。しかし秋月はと言うといたって無表情。


「誤魔化したって事は、悪いのね。かなり」

「はは、は……」


 放たれた言葉には、胸を突き刺すような鋭さと冷たさを帯びていた。辛辣という言葉がよく当てはまる。小春は笑顔を張り付けたまま文字通りフリーズしてしまう。


「だから、百八人中何人成功したの?」

「……五人です」


 小春は、さっきの威勢が嘘のようにしぼんだ声で答えた。


「あら、五人も成功してたの? 私の予想を遥かに超えたわね」

「それはちょっと私の事馬鹿にしすぎでない?」


 小春がジト目で言うと、秋月は「そうでもないわよ」と棒読みで返す。


「そ、それで、リルちゃん、考えごとって何かな」


 さすがのしっかり者である海嶋が、置いてけぼりを食らわされているリルに話しかけて何処かに飛んでいきそうだった場の流れを修正した。


「料理の味???」


 桜庭・秋月・海嶋の三人は口をそろえてそう言った。というのも、リルがぽつりぽつりと語った「悩み」の内容が、「それ」だと言うのだ。


「うん。その……。今日のお昼に、宗助が遅めに食堂に来たから、お客さんもいなかったし……料理の練習だから、って言って、作った料理を食べてもらったんだけど」

「くっ……生方くん……そんな美味しい目に……! 激しくうらやま……!」

「いちいちいいからそういうの」


 秋月が桜庭を睨みつけると、「すいません……」と恐縮。


「その……それで、その、料理やお菓子を食べた宗助が……」

「生方くんが?」


 三人は身を乗り出して、リルの話の続きを待つ。


「……なんでも『美味しい』って言うの」


 秋月も桜庭も海嶋も一瞬きょとんとして、そして乗り出していた身体を脱力させて背もたれにもたれかかる。


「良いことじゃない、美味しいって言ってもらえるなんて幸せよ。それとも、リルちゃんは自分の料理をまずいって言われたい訳?」

「そ、そういう訳じゃないけど……もっと、具体的な感想が欲しいって言うか……」


 気を取り直して、という感じで前髪をかきあげながら言う秋月に、リルがなんとも言いづらそうに返答する。


「具体的にって?」

「……例えば、焼き加減とか、ゆで加減とか……味付けの薄いとか濃いとか……。おいしいなら、どんなふうに美味しいかとか……」

「なるほどねぇ……」


 海嶋が頬杖をついて呟いた。


「あのさ、直接言わないの? もっと意見が欲しいとか、どんな味付けが好きーとか」


 そして秋月が不思議そうにリルに尋ねると、彼女は「そ、そんなの聞けないです! 恥ずかしくって」と両手をブンブンと左右にワイパーさせる。


「それに……もしかしたら宗助が、気を使って美味しいって言ってくれてるのかもしれないって思ったら……その上にそんなの訊いたら困らせちゃうかもって……」

「……なるほどねぇ……」


 海嶋がまたしても先程と同じ相槌を打つ。しかしどちからというと、リルが一番気にしているところはそこなのだろう。八方美人ではないが、要するに宗助が彼女に気を使い、なんでもかんでも美味いと言って平らげた結果、逆に彼女が余計に気にしてしまっているという状況に陥っているのでは、ということだ。

 宗助が本当に心から不満なく『おいしい』と思ってくれているかを確かめたいというわけだが……。


「あいわかった! 要するに、リルリルは生方くんともっと仲良くなりたいんだね!!」

「一体何を聴いてたのアンタは」


 少しの間黙っていたかと思えばそんな少しズレた事を言う桜庭に、秋月は半分イライラ、半分呆れといった表情で睨む。桜庭は桜庭で何やら考えがあるようで、今回は秋月の睨みにも退かない。


(みやびセンセ! これは恋ですよ、間違いない! 彼好みの料理を作れるようになりたいってことっスよ! くぅッ、キュンキュンさせるじゃねぇか、個人的には岬ちゃんを応援してるけど、フェアにね、フェアに)

(誰が先生よ。っていうか、あんた、ほんとこういうの好きよね……いいけどさ)


 小声でやり取りをして、秋月は溜息を吐き、海嶋はなにやら場の空気を察して、『ちょっと面倒な事になりそうだ』と考えながら、しかし言葉には出さず渋い顔でコーヒーを飲み干す。


「うん、仲良くなりたい」


 素直に訊かれた事に関して答える。彼女の素直な性格が、話が多少脱線しそうになっていても流させなかった。


「よし、善は急げだっ。行くよリルちゃん! 海嶋くんも、いいね!?」

「……行くってどこに?」


 海嶋が尋ねると、桜庭はいそいそと立ち上がりこう言った。


「生方くんのところに決まってるでしょ! 私に任せときな!」



          *



 アーセナル、トレーニングルーム前。


「いい、リルちゃん。男ってのはね、守ってほしいオーラっていうのに弱いんだよ。危なっかしさとか、つい手助けしたくなっちゃうような、こう……、高いところの物が取れなくて背伸びして頑張ってる感じとかね! 私の予想ではね、生方くんも違わずその辺がストライクだと思うんよ……」

「は、はぁ……。」


 力説する桜庭に、間の抜けたようなリルの返事。少し、自分の意図するところと違う方向へ進み始めていることに不安を覚え始めたらしい。


「まずは初級から。生方くんの背後から近寄って、シャツの裾とかを指先でつまんでちょいちょいって引っ張って、『トレーニングお疲れ様』って言うの。これぞ小動物的かわいさだわ! ……ちょうどスケジュールでは不破さんと自主トレーニングで、時間的にそろそろ出てくるはずだから、待ちぶせだよ待ちぶせ!」

「……な、なるほど、そうした後に料理とかお菓子の感想を訊いたほうが、ハッキリとした料理の感想をもらえるってことだね!」


 しかし次の桜庭の指示には納得できる部分が合ったらしく、リルは少し強引とも思えるくらいに前向きな解釈をして頷いた。とても健気だ。


「あっ、出てきた!」


 それと同時にトレーニングルームに繋がる通路の自動扉が左右に開き、シャワーを浴びていたのだろう、少し髪を濡らした、肩にタオルを垂らした半袖短パンの宗助が出てきた。


「よし、ターゲットは都合よく一人だ! 行ってこいリルちゃん!」

「う、うんっ」


 桜庭に背中を押され、リルは若干つまずき気味ながらも宗助の背中を追い始めた。宗助も完全に油断していて、彼女の気配に気付かないままタオルで頭をゴシゴシしながら歩いている。

 リルは桜庭にレクチャーされた通りに宗助のシャツの裾をちょいちょいと引っ張った。宗助が振り向く。


「……おお、リルか。気付かなかった。どうした、こんなところで」

「え? えっと、ここにいたのは、そのっ、たまたまなんだけど……」


 思わぬ宗助の先制口撃にリルは困って口ごもってしまう。確かに言われてみればトレーニングルームの前に彼女が理由もなく居るのは変だ。宗助がそう尋ねるのもおかしくない。


「えっと、その」

「?」

「そ、そのっ……トレーニング、お、お疲れ様っ」


 リルはとりあえず桜庭に言われたことを遂行しようとしたが、気恥ずかしさがあって、そして身長差もあって、もじもじと上目遣いというオプションが追加された。その彼女のしぐさ達に宗助は一瞬ドキリとしてしまうが……。


「かっ、かわいいっ……! くそ、めっちゃ、めたくそかわいいやんけ! 私もパソコン仕事終わった後のコリにこった肩をほぐしてもらいながら『お仕事おつかれさまっ小春お姉ちゃん!』って言って貰いたい! ちくしょう……、ちくしょう……ご飯も作ってもらって、そう、私にご飯を作ってくれれば、もっと、三十分は心から褒めちぎり続けてあげるのに……! それを、おのれ生方、この野郎……!」


 物陰に隠れて様子をうかがっていたハズの桜庭が、宗助以上に身を乗り出してリルの表情に見入り、そんな独り言を叫んだ。


「さ、桜庭さん……?」


 そしてそれに宗助が気付かないはずがなく、半興奮状態の桜庭を見てぽかんとしている。すると物陰から秋月が飛び出し桜庭の襟の後ろを思い切り自分の方へ引っ張り寄せた。


「ぐえっ!」

「ご、ごめんねぇ生方くん! お疲れ様~、なんでもないのぉ~! この子、ちょっと疲れてるみたいでさ、うふふ! さ、リルちゃん、行くわよ」


 秋月は一瞬で宗助の目の前まで来てウィンク。そしてリルを小脇に抱えると、桜庭も引きずって宗助の目の前からすごいスピードで去っていった。その後を海嶋が仕方なさそうに追っている。


「…………?」

「んん? どうした、宗助。そんなところで突っ立って」


 入れ違いで来た不破が、呆然と立ち尽くす宗助を見て尋ねる。


「あ、いえ……なんでもないらしいです」

「? ……そうか」


 不破は特に疑問に思うことも無く、そのまま隊舎へ続く廊下をスタスタ歩いて行った。



          *



 アーセナル、居住区。

 宗助からの逃走? に成功した四人はというと。桜庭がまたしても熱弁を振るっていた。


「リルちゃん、やっぱり、男女の仲を進展させるのはスキンシップだよ! だいたいの男は、かわいい女の子に軽くスキンシップされるとドキドキしてしまうもんさ。そこで、スワロウ隊員の反射神経を利用しまーす! 名付けて、『わざとつまずいてこけて、生方くんの胸にダイブしてスキンシップしちゃうぜ作戦』!」

「あんた、またさっきみたいなことしたらチョークスリーパーかますわよ」


 秋月がにらみを利かせて言うと、桜庭はビクリと肩を震わせるが、退かない。


「さっきのは、ちょっと、興奮しちゃっただけだから……次は大丈夫! それだけリルちゃんが可愛かったってことさ、うん!」


 と、リルに責任転嫁。


「よし、リルリル。次の作戦は単純明快! 生方くんに走り寄って、そして彼の手前でわざとコケる! すると生方くんは反射的にリルちゃんを抱きとめる! 心の距離もぐっと近付く! これによって本音を引き出す効果も期待できる!」

「……で、でも、それでもし宗助に怪我させちゃったら悪いよ」

「……………そんくらいで怪我してたら、スワロウ特殊部隊隊員は務まりません!」


 強引かつ勝手な理論で優しい反論をシャットアウト。


「そんな、ベタな少女漫画じゃないんだから……」


 秋月と海嶋は心底バカにしたような顔で桜庭を見るが、彼女はあえてそちらを見ないように顔をそむけてリルの両肩を左右の手で掴んだ。


「リルちゃん、生方くんと仲良くなるには、まず自分から動かないと。ただじっと待っているだけじゃ、心の真実は見つからないんだぜ……!」

「…………じゃあ、私、それをやってみるね……。怪我しなかったら良いんだけど……」


 仲良くなる云々より宗助の身体を気遣っているリルだが、本来の目的が若干ずれ始めていることと、その上で桜庭が一所懸命なのも伝わってきて、なんとも言えない気分のままそう答えた。


「よし、都合よく生方くんが向こうの方からこっちにやってくるわ! 行くのよリルちゃん!」

「うん、行ってくる」


 リルは頷いて、宗助の方へ走り始める。


(直前でこける、直前でこける……)


 頭の中で桜庭の指示を繰り返しながら宗助目掛けて小走りで駆けていく。だが。


「……あっ」


 スタートから数メートルもしないところで、ずでっと痛々しい音。頭のなかでコケるなんて考えながら走ったせいか、足をもつれさせてしまい派手に転んでしまった音だ。


「い、いたたた……」

「お、おい、リル」


 リルがこけているのを見た宗助が慌てて駆け寄ってくる。だが、その時またしても。


「こ、こけたァーーーッ!! 抱きつくどころか、何もない所で見事にこけよったでェッ! しかしっ、だがしかしっ、これはこれで、いやこれでこそっ、ドジっ子属性としての所謂、守って欲しいオーラがじわじわと流れ出ているのではッ!? あぁ、もうっ、私が、私が守ってあげたいっ! そう思いますよね、秋月雅先生!!」

「さ、桜庭さん……? 秋月さん?」


 宗助は、物陰から身を乗り出して格闘漫画の解説要員のように握りこぶしを作って夢中で熱く語っている桜庭を、何事かという目で見る。

 秋月は慌てて小春を柱の陰に引っ張り戻すと、彼女をうつ伏せに押し倒し背中に乗って、腕でギリギリと音がなるほど首を締めあげた。


「あんたはッ、あの子のッ、応援をしたいのか、邪魔をしたいのかッ! どっちなのよォォォッ!」

「――ッ! ――ッ!」

「極まってる! 極まっちゃってるから秋月!!」

「極めてんのよ!」


 桜庭に宣言通りのチョークスリーパーをかける秋月を海嶋が慌てて止める。小春は白目を剥きかけている。


「え、えぇっと、おい、リル、大丈夫か? すごいこけ方したけど、足とかすりむいてない?」

「う、うん、大丈夫! ごめん、心配しないで!」


 リルは慌てて起き上がり、洋服についた埃をパンパンパンパンと忙しなく手で叩いて落とす。関係ないのに慌てて髪の毛も落ち着きなく触る。


「そ、そうか……大丈夫ならいいけど……。どっか痛かったらすぐ医務室にいけよ」

「うん、ほんとに大丈夫だから」

「そっか。……もう夜も更けてきたし、用事がないならそろそろ部屋に戻ったほうがいい」

「そ、そうだね、……うん。そうする」


 リルが少ししょんぼりした様子でそう答えると、宗助は「それじゃあな、おやすみ。また明日食堂いくよ」と言って男子寮の方へと歩いて行った。宗助も翌日に備えて休養を取るのだろう。スワロウ特殊部隊の隊員は何時如何なる時でも出動準備は怠れないのであるが。


 宗助の背中を見送ったリルのもとに、桜庭と秋月と海嶋がやってきた。桜庭は少々青白い顔で首周りを気にしている。


「その、ごめんねリルちゃん、この子、悪気は無いんだけど、すぐに態度に出るっていうか……ちょっとお子様で……」


 何故か秋月がリルに詫びる。ところが、その桜庭はというとまたしてもこんなことを言い出した。


「うーん。もしかしたら……生方君はお母さんを亡くしているから、岬ちゃんみたいな母性あふれる子がいいのかもね……。守ってあげたい系よりも、包んで欲しい系か……千咲ちゃんより岬ちゃんの方が好みっぽいし……あ、母性って、スタイルの話じゃないよ? スタイルの話じゃないからね!?」

「いや、わかってるから……。くれぐれも千咲ちゃんの前でそういう事言うのやめとけよ……」

「というか、まだ言うの、この子……」


 海嶋がくたびれた様子で弱々しくつっこみ、秋月はもう呆れ具合が最大値の表情だ。


「そうだなぁ、リルちゃんも、生方くんにどうにかして恋人候補くらいには意識してもらえるようになれば、私が見てて楽しいんだけど――」

「? ……恋人候補?」


 桜庭が変なことを言いかけた所で、リルが首を傾げて尋ねる。


「……うん? あ、うん、そうそう。恋愛の対象に見てもらったらって」

「え、駄目だよ、恋人なんか」

「……へ? ダメ? 恋人なんか?」


 この発言には桜庭だけでなく秋月も海嶋も驚きを隠せない。何事かと、リルの言葉の続きを待つ。


「だって、恋と友情は同時にはセイリツしないんでしょ? こないだテレビドラマで言ってたよ」

「う、うん。確かにそうかもね。世の中はその意見が多数派だよね。でもそれが、なんでダメなの? 友達から恋人にステップアップってその辺が男女にとって一番ドキドキする時期じゃ――」

「やっぱりダメだよ、それじゃあ。宗助は、私に初めて出来た大切な友達なんだから」

「え……」


 リルは満面の笑みを浮かべて、小春に「いろいろ考えてくれて、ありがとう」と礼を述べてペコリと大きく頭を下げると、「今日はもう遅いから、私も、自分で思いついたことがあるから明日ためしてみるね」と言って笑顔で彼女たちのもとを去っていった。

 三人とも、呆然と立ち尽くす。


「……なんか、私、純粋で大事な何かを思い出せそうな気がするわ……」


 小さくなっていく彼女の背中を目で追いながら、桜庭はそう呟いた。


「…………というか、あんた、これでよく五人も成功したわね」

「へ?」



          *



 翌日、食堂。

 宗助はまたしても昼下がりの食堂へと姿を現していた。食券機の方へと足を向けると、バンダナを巻いた食堂勤務スタイルのリルが立っていた。


「お、リル。昨日こけたのは大丈夫か?」

「大丈夫って言ってるでしょ、ちょっと恥ずかしかったんだから」


 リルは少し頬をふくらませ不満気な表情で言い返す。


「ははは、ごめんごめん」

「もう」

「さて、注文なんにしようかな」


 宗助は食券機を前に指を彷徨わせるが、リルはその選ぶ行為を妨げるかのように「あの、宗助」と声をかける。


「ん?」

「……あのさ。今日はね、『食堂の進藤さんが作った試作料理』があるんだけど、それ食べてみてくれない? 変なのとかじゃないから! い、嫌だったら……いいんだけど……」

「進藤さん……?」


 宗助は食堂職員の名前をそれほど把握していないので、なんとなくでしか名前と顔が一致しないのだが、食堂職員が作ったものというなら特に断る理由もない。


「あぁ、いいよ」

「ほんとに!? それじゃあ、先に席に座ってて! あとでわたしが持って行くから!」

「そっか。悪いな、頼むよ」


 そして。


「おまたせしました!」

「……おお」


 リルが宗助のもとに持ってきたのは……。焼きうどん。『試作品』というには、彼女の言う通り「変わりダネ」ではないが。

「焼きうどんか。でも鶏肉とかごぼうって、初めてだな」

「うん。どうぞ、食べてみて」

「あ、うん。いただきます」


 宗助はうどんを持ち上げてすすり、鶏肉やごぼうをつまみ上げてパクパクと口に放り込んでいく。そしてその様子を、リルは異常なほど真剣な面持ちで見つめていた。


「ど、どうかな……?」


 恐る恐る尋ねる。


「うん、美味しいよ。俺の個人的な感想なら、充分メニューとして置けるんじゃないですかって、進藤さんって人に伝えておいてくれよ」


 いつもと大して変わらない返答。だが、今日はそこからリルが違った。


「……えっと、その、どんな風に美味しい?」

「……? どんな風にって……うーん、美味しいのは美味しいからなぁ。難しい質問だな」


 リルの突っ込んだ質問に首を傾げる宗助。確かに『どんな風に美味しいか』という質問は難しいかもしれない、とリルは質問の選択を誤ったなと感じ後悔して、両肘を揃えてテーブルについて手のひらに顎をのせ、「そうだよねぇ……」と小さくため息を吐いた。しかし、宗助の台詞には続きがあって。


「そうだなぁ。たまにここで食べる焼きそばとかと比べると、ちょっと薄味というか、優しい味かなぁ、これは。こういうの好きだけど、でも個人的には、もうちょっと濃いのが好きかもなぁ。あと、ソースもいいけど、醤油とかで味付けてる奴も美味しいよな」


 宗助がむしゃむしゃ食べつつそう言った。

 リルは豆鉄砲を食らったような顔で宗助を見つめ数秒フリーズ。宗助はかまわず焼きうどんに食いついている。よほど空腹だったらしい。

 そして。彼女の顔はたちまちにっこりとした笑顔に変化した。

 笑顔でじっと食事シーンを見られ続ける事が気になり始め、宗助は箸をとめてこう言った。


「なんだよ、随分嬉しそうだな」


 それに対してリルは笑顔を崩さず、両肘をテーブルにつき両手のひらで花のつぼみのように顔の輪郭を包ませたまま


「んーん。べっつにぃー」


 椅子からぶら下げた両足をぶらぶら前後に揺らして、やっぱりごきげんな様子でそう返したのだった。



 最後にちょっとした事を付け加えると。

 リルの言う『進藤さん』なる人物が実際に食堂の職員にいるかどうか、なんてことは、宗助にとっては取るに足らない些細な事柄である。

 ……かもしれない。



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