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machine head  作者: 伊勢 周
13章 Now or Never
144/286

同時には成立しない 前編

リルのスピンオフです。

冒頭部分以外は読まなくても本編の大筋理解には影響ございませんが、読んでいただければ本編をより楽しんでいただけると存じます。よろしくお願いします。

「ゼプロの検死結果が出た」


 情報部にて。

 ブラックボックス出現による事後処理と情報の処理に時間と人員を費やしている時に、宍戸がそんな情報を持ってきた。


 寝耳に水、と言う程でもないが、すっかり優先事項から外されてしまっていたゼプロの死の謎についての情報が突然舞い込んできたのだ。

 稲葉はフラウアの発言の考察、ブラックボックス内部の情報の明文化、指紋・歯型などから捕えられていた人達の身元調査等を行なっていたのだが、一瞬なんと返事をしてよいものかと宍戸を見るばかり。


「……どうだったんだ?」


 という言葉しか出てこず。


「心臓麻痺らしい。死に際からして、予想通りと言えば予想通りだな」


 宍戸は稲葉の言葉に対して、彼の目の前の机に資料を一枚置き、そして彼の対角線上に位置する席に腰を下ろした。稲葉は宍戸が置いた資料を手に取り、紙面に目を走らせる。


「偶然の自然死って可能性は?」

「本気で訊いているのか」

「ちょっとした冗談さ」

「俺が冗談のわからん人間だと知っているだろう」

「わかるようになったらいい」


 宍戸はため息を吐いた。稲葉は資料を手元において、顎に手を当てふむ、と息を吐きお馴染みの考えるそぶり。


「ゼプロの狙いは、リル・ノイマンだった」


 宍戸が気を取り直すようにそう話しはじめた。


「そうだ。千咲の話ではな」

「レスター達もそうだ」

「ああ。だが、ミラルヴァはそんな名前の奴は知らないと言っていた」

「奴を完全に信用する訳ではないが、これまでの経験上奴は嘘を吐く男でもない。だから俺は、リル・ノイマンを狙っている連中とブルーム達は繋がりが無いと考えていた」

「…………フラウアの言っていたことか」


 稲葉が、宍戸の言わんとする事をかなり先回りしてそう言った。


「ああ。これこそ偶然では片付けられん。こんな短期間で、関係ないと思っていた奴らそれぞれから同じ言葉が飛び出したんだからな」

「『パラレル・ワールド』か……」


 少しの間、二人は黙りこむ。他のブースからも、パソコンのキーボードを叩く音が断続的に聞こえている。


「……リル・ノイマンとジィーナ・ノイマンから話はきいたのか」

「いいや、まだだ」

「俺は、あの二人にもきっちりと話を訊くべきだと思う。彼女らが全くの無関係だったとしても、そこにはきっと何らかのヒントが必ずある」

「もちろん俺もそう思う。だが……人間は、そう簡単なものじゃない。キーボードを打ち込めば素直に反応してくれるコンピュータとは違うんだ。北風と太陽の話は知ってるか?」

「……冗談の次は説教か」


 宍戸は眉間に皺を寄せて、机の上に散らばる紙を一枚持ち上げた。それには、ブラックボックスから救出した人間から検出された薬品の成分検査結果が記されていた。宍戸にそちらの知識はあまり無く、見てもわからないのでため息を吐きながら元あった場所に置いた。


「まぁ、確かに、こちらから少しずつアプローチをかける段階にあるのかもしれないな」


 稲葉が意味有りげに呟いた。



          *



 午後二時、隊員食堂。この時間帯のこの場所は、客はまばらというか、片手で数えても指に余りが出るほどしか居ない。

 通常の部隊はアーセナルにとどまっている時は全員で一斉に食事をとったりしているので、その時間帯を過ぎると食堂を利用するのは隊内の職員と、あとはわりと個人の活動が自由なスワロウの隊員達に限られるのだが……。

 数百席ある広大な食堂の端っこで、なにやら家庭的なやり取りを交わしている男女が一組。


「うん。美味い美味い。リルはすごいなぁ。これでこのソース試作なんだろこれ」

「ほんと? よかったぁ、ゆで加減とか好みがわからなかったから」


 二人用の小さなテーブルで、宗助とリルが向い合って話しており、リルは少し緊張した面持ちで、向かいの宗助の手元にはスパゲッティミートソースが。会話の内容から察せるだろうが、生方宗助は昼下がりの午後に食堂にてリルの手料理を振る舞ってもらっているのだ。

 なぜそのような、男子隊員達が羨み妬みそうな出来事に遭遇しているかというと……。

 混雑を嫌った宗助が、時間に余裕もあったため食堂に入る時間をずらしたのだが、リルはリルで、客が居なくなったその時間帯を利用して料理の練習兼まかない作成のために厨房を使わせてもらっていて。そして、『作るから、ぜひたべてみて』と。

断る理由もなく、ついつい「じゃあ、折角だから大盛りで」なんて、作る側の意欲に火を点けるような言葉もかけたりなんかもしたが、ただそれだけ。


「ごちそうさま」


 気合充分の三束文のスパゲッティをぺろりとたいらげて、宗助は手をあわせて食事とそれを作った人物に感謝と尊敬を示す。


「うん。大丈夫? 足りなかった?」

「いいや、ちょうどいい量だった。測ったのかってくらい」

「そっかぁ……」

「どうした?」

「んーん、別に!」


 少し表情に影があったリルを変に思いつつも、すぐに明るい表情を取り戻した彼女をみて特に心配は無さそうだとすぐに切り替える。


「さてと」

「あれ、もう何処か行くの?」


 立ち上がった宗助を見上げて、リルは少し残念そうな表情で尋ねる。


「ああ。もう少しゆっくり喋っていたい所なんだけど、雑用を頼まれちゃってて」

「そうなんだ……。えっと……、またこのくらいの時間に来てくれたら、わたしも……」

「おお、この時間は空いていて落ち着いてるから、多分また明日か明後日か、近い内に来ると思う」

「ほんと!? 絶対だよ!」


 リルは、表情をぱっと明るくさせ、身を乗り出して宗助に彼自身の発言を確認させる。傍から見て、感情の判りやすさが犬並みである。


「ああ、任務とか特別訓練が入らなかったらな」


 そう言って宗助は自分の食器を返却コーナーに持って行こうとお盆に手をかける。


「あ、いいよ、わたしが持っていくから! 置いといて!」

「いやいや、料理作ってもらった上にそこまでしてもらっちゃ悪いって」


 立ち上がり慌ててお盆を奪おうと手を伸ばすが、宗助はひょいとお盆を持ち上げてそれをかわし、「今度何かお礼をさせてくれ」と言って素早くお盆を持ち去って返却コーナーに置いて、そして彼女に対して小さく手を振りながら出入り口へと消えていった。


 リルは慌てて笑顔を作り手をふりつつ、宗助の姿が見えなくなると同時に小さくため息を吐いた。持ち上げていた手も脱力してぶらんとぶら下げる。


「はぁ……」

「何ため息ついてんの」

「……んー……だって……って、わぁ!?」


 リルにとってはあまりに聞き慣れた声だったため反射的に普通に返事をしてしまったが、突然背後に存在が現れた事に数拍おいて気付いて驚き、リルは慌てて振り返る。声の主はジィーナだった。


「うわぁ、ベタな驚き方。ため息つくと幸せ逃げるよ。あ、これ前も言った気がする」


 ジィーナは自分の頭に右手置いて思い出すような仕草。


「言った」


 リルはちょっと拗ねたような表情でそれだけ呟くとうつむいた。


「なによー、さっきまであんなに楽しそうにしてた癖に、私にはそんな態度取るの?」

「別に、ジィが、どうこうっていうわけじゃないけど……」

「じゃあ生方くんになんか言われたの?」

「……、えっと……」


 言っていいものかどうかと迷っているようなリルを見て、ジィーナははてと考える。見ている限りは円満に食事して円満に解散していたように見えたのだが、どうもリルの中で納得の行かないものがあったらしい。


「……ま、言いたくないならいいけどさ。言いたくなったら言いな。お客さんもいないし、そろそろ食堂閉めて掃除するよ」

「……はーい」


 その後、なんとも言えない微妙な態度で掃除をするリルを横目で見ながら、ジィーナは考える。


(料理が失敗して、ダメ出しされて凹んでいるとか? あ、それとも、違う女の子の話ばかりされて沈んでるとか。それは流石にない……、いや、生方くん……うーん、言い切れないかも……。あと、他にあるとしたら……)

「ジィーナちゃん、手止まってるよ」

「あ、はいっ!」


 同僚のおばさんに注意され、ジィーナはひとまずモップで床を磨くことに集中するのだった。




 その夜。本棟のラウンジで休憩していた桜庭・秋月・海嶋の三名は、浮かない顔で歩いているリルを発見する。


「あ、リルちゃんだ」

「ほんとだ。なんかむずかしー顔してんね」

「今日お昼に食堂で見たときは元気いっぱいだったけどなぁ」


 三人はそんなことを言いながら彼女をジロジロ観察する。そんな視線にも気付かずに、リルはとぼとぼという文字が似合うような、背筋が丸まった姿勢、そしてなんとも複雑な事を考えていそうな顔で歩いていた。


「おーい、リルちゃん! リルリル~!」


 桜庭の大きな声がラウンジに響き渡った。リルが顔をあげて呼ばれた方を見ると、桜庭が大きく手を振って、そしてこっちに来いと言いたげにぱたぱたと手招きしていた。

 それに関してはリルは特に深く考えること無く、招かれるがままに三人が座るラウンジテーブルに歩み寄っていく。


「はい、呼びましたか?」


 リルは三人が座るテーブルまでやってきて、何事かと小首を傾げる。


「まぁまぁ座って座って!」


 桜庭が椅子をひいてリルにそこに座るよう催促すると、リルは不思議そうな顔をしながらゆっくりと椅子に座る。


「さぁさぁ食いねぇ飲みねぇ!」


 桜庭は自分たちが食べていたお茶菓子を彼女の目の前に差し出すと、すごくいい笑顔でそれに手を付けるよう勧める。


「あの……、どうしたんですか?」


 そんな桜庭の態度を変に思ったのか、リルは居心地が悪そうに三人の顔を見回しながら尋ねる。


「いやぁ、ね。リルちゃんが珍しく暗い顔して歩いてるもんだから、どうしたのかなーと思ってさ」

「あ、えっと……」


 桜庭の言葉に心当たりがあったのか、一瞬はっとした表情を見せて、少し俯いてしまう。


「もしかして、仕事のこと?」

「……えっと、その、……」

「話せることなら、話しちゃった方がいいよぉー。こう見えても三人とも口は堅いしさぁ」


 桜庭は言いながら自分の頬をつねってグニャグニャに曲げてみせた。


「いや、そのジェスチャーはダメでしょ」


 秋月が怪訝な顔で桜庭にツッコミを入れるが、リルは特に気にならなかったようで。


「………仕事のことといえば、仕事のこと、かもしれないんですけど……」


 ぽつりと呟いた彼女に、三人は動きを止めて視線を集中させた。


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