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machine head  作者: 伊勢 周
13章 Now or Never
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夏の入り口

 宗助達が帰還した翌日。

 宍戸とともに高速艇で運ばれてきた、ブラックボックスに捕らえられていた人間達の病院への搬送は無事終了した。早速大会議室にほぼすべての隊職員が集められ、それを含めたブラックボックス作戦についての説明が行われていた。


 報告事項としては……


・ブラックボックス内に配備されていた数百台のマシンヘッドは破壊完了したこと。

・その中には、今まで遭遇したことがないような戦闘に特化されたマシンヘッドの存在や改良されたカレイドスコープが居たこと。

・フラウアとシリングは戦闘不能まで追い詰めたがミラルヴァに掠め取られてしまったこと。

・そして二十三名の人間が内部に捕らえられていた事と、彼らが『実験台』と呼ばれていたこと。目に付く限りすべて助けだしたが、薬漬けにさせられており意識レベルが極めて低く、会話どころか動作もままならない者が過半数だということ。快復に力を注ぐと同時に、身元の割り出しも急ぐとの事。


 しかし、フラウアが語った『パラレルワールド』についてはその場では議題に上ることはなかった。どうにも不確定な部分が大きすぎるから、「情報不足」ということで議論は先送りにされたのである。

 そんな大会議が進められていく中、獅子奮迅の活躍を見せ隊内の評価が上昇中の超新人・生方宗助はと言うと……


 コックリ、コックリ、と、夢の川でお船を漕いでいた。


 宗助の座っている位置は一番端で、しかもスクリーンを使用する為室内を薄暗くしているのも彼の眠気を助長しているのだろう。時折ビクリと身体を小さく跳ねさせ、必死に眠気と戦っている様子は伺えるのだが、そこはやはりというべきか、一日経った程度では疲労は抜けきらなかったようだ。彼の右隣に座っている不破は見かねて周りにバレないように宗助の足を小突く。


「……っ!」


 宗助が覚醒し、不破の方へ視線をやる。不破は親指を立ててちょいちょいと指差し、『反対側を見てみろ』とジェスチャー。

 宗助が恐る恐るその指し示された方向に顔を向けると、六席離れて座っている千咲が眉をしかめ目尻を釣り上げて、非難の視線を宗助に向けていた。


「いっ」


 彼女のあまりの形相に驚き小さなうめき声を出してしまい、周囲の視線が宗助に集まった。


「ウォッホン、ゴホ……」


 咳払いで誤魔化してスクリーンに顔を向けた。視線だけ不破に向ける。


(す、すいません)

(……眠いのはわからんでもないけど、もうちょっとだから起きとけ)


 こんなやりとりを小声でした後。宗助はその後しばらく自分の手の甲をきつくつねりながら必死で眠気と戦ったのだが、それよりも自分の顔面の左側にジリジリと突き刺さる火傷しそうな視線の方が良い眠気覚ましになった。


 そしてなんとか会議は終了。スケジュールとしては、少しばかりのインターバルを挟み今度はスワロウ部隊員のみによるミーティングが予定されている。宗助・不破・千咲は大会議室から自分たちの隊舎に向かって歩いている最中だった。


「まったく、報告者側だってのにあんなに堂々と居眠りだなんて信じられない!」

「お、おい、ちょっと、声がでかいって……!」


 千咲が不機嫌そうに言うと、宗助が慌ててそれを抑えにかかる。


「バレて罰訓練させられたところで自業自得でしょうが!」


 正論すぎて反論できず、宗助は口をつぐんでしまう。


「まぁまぁ、千咲、宗助はお前の命の恩人なんだから、ちょっとくらい大目に見てやれよ」


 見かねた不破が、苦笑いしつつも宗助に助け舟を出す。千咲もそのことに関しては思うところがあるらしく、叱責の言葉を詰まらせる。


「……そ、それは、そうですけどっ……でも! 命の恩人だからって、ダメなことはダメって言うのは当たり前です!」

「だから、宗助もそこそこ反省してるようだし、もう見逃してやれって。ほら」

「ハンセイシテマス」

「ぐぬぬ……」


 千咲はいかにも納得できないといった表情で唸っている。


「だいたいお前、席結構離れてたのに、よく居眠りに気付いたな。席も端っこなのに」

「気になっちゃうんだから仕方ないでしょ……!」


 千咲は何かを深く考えているような曇った表情のままでそう言って前へと歩く。不破と宗助も千咲の隣を歩きながら、しかし様々な意味で受けとれるその発言に、ぽかんとした表情で彼女の横顔を見る。

 視線に気づいた千咲が、自分が言った言葉の持つ意味にも気付きはっとした。


「ち、ちがう! 変な意味じゃない! 視界の端でうとうとされたら気になるって意味!」


 慌てて早口で弁解する千咲に、不破と宗助は「お、おう……」としか返事出来ず、その二人の態度が気に食わず、千咲は余計に食ってかかろうとする。


「だーかーらー」

「わ、わかった、わかったから!」


 不破がなだめると、千咲は「もう、先に行きます!」と言って大股早歩きで歩き出してしまった。ぐんぐん遠ざかっていくその背中を見送りながら、不破がぽつりと呟いた。


「……まぁ、その、なんだ。頑張れよ、宗助」

「……何をですか」

「…………それは……。こ、これからの生活とかだよ……」


 さて。

 隊内のミーテングが終わり、昼休憩の後に流す程度のトレーニングを四時間ほど行い、汗をシャワールームで流し……早いものでその日も夕暮れを迎えようとしていた。


 宗助は、なんとなく「あの場所」に向かっていた。岬に教えてもらった、街を一望できる秘密のあの場所。


 あまり口にだすようなことはなかったが、宗助はどうも、数千メートルの高度からのパラシュート無しスカイダイビングを成功させてから妙な高揚感が拭えずに居た。

 浮き足立っているというか、夢の中に居るような感覚が取れず、どうも落ち着かなかったのだ。

 自分達が守っているその街や景色を見回せるあの場所に行けば、自分の事や、起こった事をゆっくり見つめ直すことができそうだと感じたのかもしれない。


 天気は晴れ。梅雨晴れも近いと天気予報で伝えられていたのを思い出していた。基地の中庭を抜けて、藪をかき分けて、僅かにできているけもの道を辿って山を登っていく。藪を抜けて、開けた草原に出る。その向こうにはベンチがあって――。


 そこには、先客が居た。


 その先客は宗助が訪れたことには気づいていないようで、気持ちよさそうに歌を歌っていた。それはお世辞にもとても上手、と言えるわけではないけれど、それでも聴いていて心地良い綺麗な歌声で。

 宗助はその歌を止めたくなくて、バレないようにそっと静かに近づき、少し後ろで立ち止まった。その位置がきっと、彼女の歌を妨げることがない、そしてまた、彼女の歌が一番聴こえる境目の場所だと、そう思ってそこで立ち止まったのだ。


 その先客である、瀬間岬の歌声が。


 時間にして数十秒程度だが、宗助はじっとそこで岬の歌を聴いていた。強い風が吹いた。周囲の木々がざわめき、岬が歌うのを止めて周囲を見回す。

 そこでやっと彼女は宗助の存在に気付いた。最初は驚きの表情で宗助の顔を見つめていたが、徐々にその顔色が、自らの歌を聴かれていたことに対する羞恥で朱に染まっていく。


「………ず、ずっと居たの……?」


 岬は動揺を隠せない崩れた笑顔で言葉を絞り出す。宗助は少しだけ目を泳がせて、「いい歌だな」と答えた。


「ごまかしたでしょ」

「正直な感想だって。邪魔したら悪いなって思って声かけなかった」

「もう」


 岬は恥ずかしそうに宗助の居る反対側、街が見える方に向き直った。宗助はゆっくりとベンチへと歩み寄って岬の隣に座る。


「……どうしたの?」

「どうしたって、何が?」

「ん、えっと……。私がここに来る時は、何か嬉しいことがあった時とか、悲しいことがあった時とか、じっと考えてみたいことが有る時とか……」

「あぁ。なんでここに来たかって事か」

「うん」

「なんで……なんでかな。なんだかあの任務から帰ってきて以来ずっと混乱してる。落ち着いたふりをしてるけど、内心ざわざわしているっていうか……、ここにきたら落ち着けるかなって思って」

「そうなんだ」

「岬は?」

「私は……、私もそういう感じかも。なんだかそわそわしちゃって。……でも、嬉しいな」

「何が?」

「私が好きな場所をそういう風に思ってくれる事が」

「これからもっとお世話になるかも」

「どうぞどうぞ」


 肩先が触れ合いそうな微妙な距離で軽快に会話を続けていく二人だったが、それもふと途切れてしまった。岬は夕暮れに赤く染まり始めた街をじっと眺めながら、こんなことをぽつりぽつりと語りはじめた。


「宗助君は、まだここに来て三ヶ月足らずなんだよね」

「……急にどうした」


 宗助は彼女の横顔を見つめ訊ねる。


「……ん。ただ、立派だなぁって思って」

「岬は、よく俺の事をそうやって持ち上げてくれるよな」

「だって本当にすごいって思うんだもん」

「照れるな」

「宗助君のお陰で、今日も無事に一日を過ごすことができる人は数えられないくらい居るよ」

「そうかな。実感があるような、無いような……」

「……私の力は、誰かを守ったりは出来ないから」

「……え?」

「みんなが命を懸けて戦ってる時、私は離れて見てることだけしか出来ないから、尚更すごいなぁって思う。傷ついて帰ってきた時に、それを治してあげることしか出来ないから。みんなの手助けをすることが出来ないのが、ちょっとだけ悔しいんだ」


 そう言ってうつむく岬。それは彼女の本心で、本気でそう思い込んでいる。だが宗助は、その岬の言葉は全くの見当違いであると思った。なんと言い返すべきかと考えて、宗助も街の景色へと目をやった。


「俺は。……フラウアと戦ってた時に……。……、えっと」

「?」


 そこまで言って宗助は口を噤む。少し恥ずかしいことを言おうとしている事に気付き言葉を止めてしまったのだ。だが、そこまで言ったのであれば最後まで言わなければ、「やっぱりなんでもない」では流せないだろう。


「なに……?」

「いや……。フラウアが、言っていた事があるんだ。『ここに居ない誰かが、自分の力になるわけがない』って。だけど俺は……岬が『ここで待ってる』って言ってくれたから、闘いの中で、更に一歩前に踏み出す事ができたんだと思う。こんな事を言ったら怒るかもしれないけど、『生きて帰りさえすれば、岬がなんとかしてくれるだろう』って高を括ってさ」

「……別に、怒らないよ、身体は大事にして欲しいけど……」

「俺にとって岬は、充分戦う力になってた。本当だ。本当に強くなれた。だからもう、『治すことしかできない』なんて、……考えなくていい」


 宗助は最後の言葉に力を込めて締めくくった。真面目なことを言うのは不慣れで、今度は宗助が俯いて口を閉じた。日が随分と落ちて、そのお陰で顔が夕日に照らされて、顔が赤くなっているのが隠された。


「……ごめんね。ありがとう」


 岬は謝罪と礼を順に述べて、「やっぱり、立派だね」と付け加えた。


「…………がっかりするかもしれないけどさ」


 すると、宗助がそんな風に切り出した。


「うん?」

「未だに、戦いを思い出すと震えるんだ。手が」

「手が?」

「うん。……怖かったなぁって」


 そう言って、宗助は隣に座る岬の方へと右手を小さく持ち上げ掌を見せる。宗助が言う通り、その手は微妙に震えていた。岬はしばらくその手を見つめて、そして両手で包むように握った。宗助は驚きの表情で岬を見て、岬は握った手をじっと見つめている。


「がっかりなんてしないよ。……がっかりなんて、するわけない」


 岬は小声で、しかし力強い口調で言った。


「……なんか、お互い勝手に変な風に思い込んでたのかもな」

「……そう、だね。……あっ、ご、ごめんっ、つい」


 岬は急に恥ずかしくなったのか、握っていた宗助の手を離そうとする。だが、すり抜けようとするその手を、宗助が逆に、少しだけ指に力を込めて掴んだ。岬は驚き顔を上げて、少しだけ見つめ合う。


 街に灯りがぽつりぽつりと灯り始め、東の空から赤に群青色が混ざり始めて。宗助は「ごめん、その……もう少しだけ」と言って、次の言葉が見当たらず黙ってしまった。


(何を言ってるんだ俺は、まるっきり変態じゃないか、どうしよう)


 と、自分の台詞に対して内心パニックになりつつも、掴んだ彼女の左手はしっかりと離さない。岬は岬で、宗助から目をそらし「じゃあ、もう少しだけ……」と言って手をつないだまま前を向く。

 街を見下ろせる高台のベンチ。右手と左手をつないだ二人は会話なく、太陽だけが少しずつ水平線の彼方へ沈んでいく。


「……あのさ、……もうすぐ、夏が来るね」


 岬が突然そんな話題を切り出した。


「……そうだなぁ。天気予報でも、来週には、梅雨明けかもって、言ってたし」


 どこかぎこちないが、宗助もその唐突な話題に乗っかった。


「私ね、この時期になると、なんだかちょっと落ち着かなくなるの」

「落ち着かないって、どうして」

「夏の始まりって、これから、すごく大きな何かが始まるんじゃないかなーとか、何かが変わるんじゃないかなーって、そんな感じがするでしょ。しない?」

「あぁ……確かに、あれがしたい、これがしたいって思ったりするかも。夏の始まりって」

「うん。ワクワクするっていうか、ドキドキするっていうか……遠くに見える入道雲とか、騒がしいセミの鳴き声とか……プールの用意担いで走る小学生とか……縁日の出店とか」

「うん、後はかき氷とか、スイカとか、氷ののった素麺とか、夏って感じだなぁ」

「食べ物ばっかり」


 岬はくすくすと笑う。宗助もははは、と小さく笑う。


「……岬はさ、何かが変わるんじゃないかって感じがして、わくわくするって言ったけど」

「うん」

「ほんの少しだけ……。いや、しばらくは……このままで良いかなって、思う事もあるんだ」


 宗助が岬の手を少し強めに握る。岬もそれに反応して、少しだけ指に力を込める。


「……うん」


 返事をして、岬は首を持ち上げて空を見る。


「……あ、一番星」


 岬が右手で空を指さした。その先には、赤い雲が浮かぶ空があって。オレンジと群青の中間に、白く煌めく星がひとつ。


 夏の入り口は、もうすぐそこに。



お疲れ様です。

ここまで読んで頂きありがとうございます。

ブラックボックス編、これにて終了です。

次回から少しずつ、マシンヘッド達の核心に迫っていくお話があったりなかったり……。

これからもお付き合いいただけると嬉しいです。

よろしくお願いします。

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