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machine head  作者: 伊勢 周
13章 Now or Never
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The road to dawn. 4

「ハッ……ハッ……ハッ……」


 千咲と宗助は耳の後ろに装着されている無線のスイッチを押しながら出口へと走る。流石に息も切れてきた。だが立ち止まる訳にはいかない。後ろからしつこく追いかけてきているカレイドスコープも、明らかに先程よりも速度が落ちており、距離は開かないが縮まりもしない。やはり白神の言う通り、コアから離れて性能が落ちているのだろう。


『ザーーーーーーーー……』


 いくら無線電波を拾おうとしても、イヤホンから流れてくるのは、ただのノイズ音。少しでも早く本部に連絡をとれたら、と考えてのことだったが、今は少しでも早く足を前に出すことに集中したほうがいいらしい。


「見えたッ!!あれ!!」


 千咲が指をさす方向、一〇〇メートル程先に、自分たちが侵入するために開けた大穴が見えた。外はもうすぐ夜明けを迎えようとしていて、薄明かりがそこから入り込んできている。一切窓が無かったブラックボックス内において、その場所は、現実世界との境界線のような、不思議なぬくもりが感じられた。

 その直線廊下を、速度を緩めずに走りぬけようとした矢先。

 ブラックボックス全体が、ガクンと大きく揺れ、それによりバランスを崩された二人はその場で盛大に転んでしまう。

 転んだ痛みに顔を顰めつつも二人はすぐに起き上がり、数秒周囲を確認して、また走り始める。後方に追ってくるカレイドスコープは、既に親指ほどの大きさだった。


「今の揺れって……!」

「恐らく、このブラックボックスが動き始めてるんだと思う。もしそうだったとしたら……!!」

「……とりあえず全速力で走るしか無い!」


 一歩でも先へ先へ、懸命に足を回転させて、出口へと駆けていく二人。あと十メートル、五メートル、そして。



          *



 高速艇から遠くでブラックボックスが浮上していくさまを見た稲葉達は、その時この任務の中で最も混乱していたかもしれない。きっと先に行かせた二人は、何かしらのアクシデントに遭ったのだろう。

 既に雪村司令がタイミングよく迎えを出していた事を予見しろ、というのは無茶な話だが、せめてもう一人宗助と千咲に同行させるべきだった。

 自責の念が稲葉を襲う。


「いや……」

(こんな事を考えるのは、今できることを全てやってからだ)


 後ろ向きな気持ちをそこで断ち、何をするべきか頭をフル回転させる。未だにブラックボックスの上昇速度はゆっくりだ。


(まだなんとかなる。いや、なんとかしなければ!)


 その為には、今この場に居る人間達の団結が絶対に必要だ。

 だが、稲葉のそんな想いを嘲笑うかのように、ブラックボックスは突然浮上速度をあげる。


「なっ!」


 音もなく、あっという間に雲に届きそうな高さまで上昇した。そして尚も高度をあげようとしている。


『……ッ、ヘリ、追ってくれ!』


 稲葉はインカムに向かって叫ぶ。だが。


(追わせてどうするつもりだ……? あそこから飛び移って、さらに二人を救出してまた戻って来いとでも言うのか、俺は!)


 自分で出した指示に、疑問符がつきまとう。ヘリは指示された通りに、ブラックボックスの浮上に付いて行っている。徐々にその距離を縮め、高速艇からは肉眼では豆粒ほどの大きさになったころ。ヘリから通信が入った。



          *



 ようやくたどり着いた出口で宗助と千咲を迎えたのは、凄まじい強風と冷気。そして、海の遥か彼方まで見渡せてしまう景色。薄暗い夜明け前の中、豆粒のような島が遠くにぼんやりと見えた。


「……もしかして、……間に合わなかった……!?」


 宗助が呆然とした様子で呟く。隣にいる千咲も唖然としている。風が宗助と千咲の髪を激しく揺らしている。上空は地上よりも塵などが飛び交っており目を細める。


「……間に合うとか、以前の問題かも……。あぁ、どうしよう……とりあえず、隊長たちのもとに戻るべきなのかな……」


 尚も上昇し続けているブラックボックスに脱出を諦め途方に暮れていると、ブラックボックスの上昇を追い越して、見慣れたヘリが一機、二人の前に姿を見せた。すかさず通信が入る。


『……生方、一文字両隊員の生存を出口にて確認! 二人の通信周波数を高速艇に中継します!』

『宗助、千咲! 稲葉だ!』

「隊長!!」

『二人共、俺達は既にそこから脱出して下の船に乗り込んでいる! お前達も、そのヘリになんとか乗り込んでくれ! 無責任な事を言っているのはわかっているが、それしかお前たちが脱出する方法がない!』


 稲葉のセリフが終わるのとほぼ同時に、ヘリから縄のラダーが降ろされる。どういう理由なのかは彼等にはわからないが、とりあえず隊長たちはブラックボックスから脱出しているということは伝わった。そして目の前のヘリの、たった今降ろされたそのラダーが自分たちの運命を左右していることも。


「乗り込めって……」


 ブラックボックスもヘリコプターも当然飛行し続けていて、双方が小さなアクシデントで揺れたりブレたりする可能性は非常に高い。衝突を避けるためにヘリは近づきすぎることは出来ないため、ブラックボックスの淵付近までが限界だ。ラダーに手が届くその位置まで、自らの足で歩いて行かなければならない。

 しかしブラックボックスの外周は人が歩行するために設計されてはいない。手すりなんてもってのほか、目立った突起すら無い。その上、強風と飛び交う塵に、夜明け前でハッキリとしない視界。たったの十メートルほどだが……どんな十メートルよりも長い。

 標高は上空二〇〇〇メートルを超えただろうか、未だに上昇を続けている。グズグズしていては、どこまでヘリがこのブラックボックスに着いてこられるかもわからない。


「………っ!!」


 一瞬だけ地上が見えてしまった。見なかったことにする。想像もしない。


「……行くしか無いな」

「……そうね」


 二人は覚悟を決めて、装備品のゴーグルを取り出して装着した。


「大丈夫。細い綱の上を歩けって言うならともかく……こんなに広い足場がある」


 宗助は自分たちを励ますかのように呟いて、外への最初の一歩を踏み出した。千咲もそれに続く。ブラックボックスの外は予想以上に横風が強く、足をあげると重心を少し煽られる。そして上昇していることによる、頭から押さえつけられているような感覚。そして何より寒い。


『急がなくて良い、まだまだ余裕はある。しっかりと歩いてくるんだ』


 ヘリのパイロットが通信でそんな言葉を二人に投げかける。しかし宗助も千咲も必死で、言葉半分しか耳に入っていない。姿勢は低くすり足で、一歩一歩確実に進んでいく。

 五メートルほど進んだところで、ブラックボックスの機体がほんの少し傾いた。


「うわっ!!」

「いいっ!?」


 慌てて床に手をついて転んでしまわないように身体を支える。徐々に傾く角度が大きくなっていく。


「くッ!!」


 このまま傾き続ければ、間違いなく転がり、大空に放り出されてしまう。しかし、ブーツの靴底の滑り止めを最大限利用して、傾きと垂直になるよう靴底を立てて耐えることしかできない。数秒間耐えると、傾きの角度はまた徐々に戻り始めた。

 たったそれだけのアクシデントで、全身に鳥肌が立ち、呼吸が乱れる。だが、いちいち休んでなど居られない。

 立ち上がり、再び中腰でブラックボックスの甲板上を進み始める。

 その足取りには、先程までよりも焦りの色が濃く出ていた。今の傾きは“ほんの少し”という言葉で済んだが、さらにもう少し角度が傾いていれば、どうとでもなる状況に陥ってしまう。焦りは禁物だ。だが、焦らざるをえない状況でもある。

 近いようで遠い位置にあるヘリコプターは、ブラックボックスの上昇と合わせながら、微妙な距離感を保ち続けてくれている。

 あと大股で三歩、それだけ歩ければヘリから降ろされたラダーに掴まれる。

 こんな状況から、早く脱してしまいたい。

 二人はそんな風に思いながら、一歩一歩度胸と勇気を持って進み続ける。

 一歩、また一歩進み、そしてついに、ラダーの目の前まで辿り着いた。しかしラダーは、ブラックボックスの端をギリギリ掠るか掠らないか程度で揺れている。要するに、踏み外せば落ちる。ヘリの方もなんとか接近しようと試みてくれているようだが、上手にいかないらしい。

 宗助はラダーをつかもうと手を伸ばすが、嘲笑うかのごとく逃げていく。


「くっ!」


 空振りした宗助の手はすでにブラックボックスの制空圏からはみ出す位置にある。千咲が続いてブラックボックスの端まで辿り着いた。それと同時に、遂に宗助の右手がラダーの足を掴んだ。


「っし!」


 宗助は振り返り、


「一文字、ここでラダーを持っておくから先に登ってくれ!」


 と言ってほんの少しだけ身体をずらして道を作る。それは、自分が身勝手に先に登ることによって、再びラダーが風やヘリの動きに翻弄されるのを懸念しての事だ。それに、下を固定していたほうが幾分か登りやすい。


「……わかった!先に登る!」


 千咲も宗助の提案に対して幾つか言いたいことがあったようだが、譲り合っている場合ではない事は充分すぎる程わかっている。千咲は宗助の言う通りに、ラダーに登るために宗助が明け渡したスペースに踏み入る。ブラックボックスとヘリの距離は安定しており、登るならこれとない好機だ。

 千咲が手を伸ばし、ラダーに手をかけようとしたその時だった。彼女の背中に衝撃が走る。


「……え?」


 背後から銀色の腕が伸びてきて、千咲の背中を押した。

 決してそのひと押しは強いものではなかった。だが予想だにしていなかった。千咲の身体は、ブラックボックスの外側へ――つまり空に――押し出された。

 千咲は首だけ振り返り、そして垣間見た。ブラックボックスの出口に佇む全身のっぺらぼうと、そこから自分に対してまっすぐ伸びる一筋の銀色を。


「っ!!」


 宗助が反射的に手を伸ばし、千咲もその手を掴もうとする。だが無情にも、二人の指先同士が掠っただけだった。赤い髪を靡かせて、そして一瞬で宗助の視界から消え去った。


「………!!?!?!」


 目の前で千咲が転落し、宗助の思考は極度のパニック状態に陥った。頭が真っ白になった。そしてぐちゃぐちゃに混乱する思考の中で一番に浮かんだ言葉は……


『このままでは、もう彼女には、二度と会えない』


 ただそれだけだった。途端に、背筋が薄ら寒くなった。それはビルの上から突き落とされることよりも、鉄壁に大穴を開ける大男と対峙した時よりも、もっと異質で、受け入れがたい感覚で。

 次に、不破や稲葉に何度も言われた言葉がフラッシュバックする。


『お前は、空を飛べるんだ』

(空……空を……!)


 下唇を噛む。手足が震える。そして。


「……っ、空なんか、飛べる訳ないだろ!」


 いつぞやに言った愚痴を叫びながら。

 しかしそのセリフとは裏腹に、宗助は彼女を追って大空にその身を投げ出していた。


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