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machine head  作者: 伊勢 周
13章 Now or Never
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The road to dawn. 1

 稲葉達が話している一方で、千咲と宗助は。


「はい、とりあえず手当終わり。ちょっと雑いから、帰ったら岬にちゃんと診てもらって。立てる?」


 ひと通りの手当が終わり、千咲は立ち上がる。宗助は脱いでいたアーマーとシャツを着て、起き上がろうと膝を立てて立ち上がろうとする。だが。


「ありがとう……………っと……」

「無理? 無理なら肩貸すけど」


 宗助が未だに立ち上がろうとする姿勢のまま立ち上がってこないのを見て、千咲は彼の体調を気遣い、そんな言葉を投げかける。しかし宗助が返した言葉はというと……。


「えっと……なんというか……腹が、減って、力が出ない……っていうか………」

「………」


 千咲はリアクションに困っている。言った宗助自身も引き攣った笑いを浮かべている。しかし仕方ないと言えば仕方ない。実は宗助は前日の夕方からろくに食事を摂っていないのだ。一応出発前に食事は摂るには摂ったが、緊張で喉を通らなかった。

 リルにクレープを貰わなければ、さらに酷い事になっていただろう。千咲は数秒間黙って宗助を見て、そして無言で自分のバックパックを再び探り、目的の物を取り出してパックを閉じ、そのまま手の中の物を宗助に放り投げた。宗助がそれを受け止め、正体は何かと手の中を見る。掌には銀色の包装紙で包まれた十センチ程の直方体が一本。


「それ、軍用のチョコレート。溶けにくい奴。あんたの装備品にも入ってるはずだけど、いいわ、あげる」

「あ、あぁ……ありがとう」


 宗助はすぐに包み紙を開けると、ばぐばぐと慌てて口の中に放り込んだ。食べ終わると今度は自分の装備品の水を少量口の中に流し込み、「うん、いけそう」と言うと、今度はゆっくりながらしっかりと床を踏みしめて立ち上がった。


「単純な身体で良かったわ」

「そのうち何かお礼するよ」

「いいよそんなの、バレンタインでもあるまいし、ただの支給品に」


 苦笑いしている千咲と会話しつつ、宗助は上半身を左右に捻ったり首を回したりして、動作に問題ないことを確認する。


「宗助、手当は済んだか」

「っ、はい!」


 そんな時稲葉に声をかけられ、宗助は慌てて返事をした。


「よし。……それじゃあ、ここから脱出する前に、最後の作戦だ」

「……最後の、作戦?」

「白神の話では、これよりも少し下層に、捕らえられた一般人が二十人程居るらしい。それを救助に向かう。千咲、宗助。お前たち二人は、俺達がブラックボックス内部に入ってきた場所まで戻って、本部に迎えのヘリを出してもらうよう無線で連絡してくれ」


 稲葉が説明し、そして宍戸がそれに続いて


「一機じゃ全員載りきらんかもな。二十人強と見積もると、もう一台あった方がいい」


 と付け加える。



「そうだな。なんにしろ、ミラルヴァが言う“二十分”というのが正しいなら、かなりシビアなタイミングになるだろう。折角助けだしても、太平洋のど真ん中に投げ出されちゃあ為す術もない。一刻も早く無線の通じる場所まで行って、本部と連絡をとってくれ」

「「了解です!」」


 宗助と千咲は同時に元気良く返事をして、一目散に出口へと駆ける。宗助はシリングに飛ばされたせいで全く地理感が働いていないのだが、千咲は既に侵入口までの道を把握しているため、自然と彼女が道を先導して走っている。そのあたりはお互い説明せずとも息があっているようだ。


「まだマシンヘッドの仕留め損ないが居るかもしれん!気をつけて進めよ!」

「はい!」


 稲葉の忠告を背に受けて威勢のいい返事をしながらホールを飛び出した二人を見送った四人は、「俺達も急ごう」という稲葉のセリフを合図に、白神を案内役として先頭にして二人の駆けていった方向とは反対の道へと走り始める。



          *



 白神の案内で、救出班の四人は留置室までやってきていた。ミラルヴァが開けた大穴から稲葉が内部の様子を探り見る。室内からは、なにやら淀んだ空気が流れ出てきている。


「隊長、気をつけてください。室内は妙な薬品が霧状にばら撒かれています」

「妙な薬品?」

「はい。正体はわかりませんが、吸うと力を抜かれるような……過剰に吸えば、廃人のような状態になる恐れが」


 白神の言葉を聴いてから、再度室内の様子を伺う。確かに、ぐったりして動かない人間が二十人程床に倒れており、全員漏れ無く生気が感じられない。


「そういえば……」


 宍戸はその様子を見て一つ思い出した。というより、失念していた。シリングと戦闘した時に、彼に囮として引っ張りだされた外国人の親子。シリングが言っていた通り、彼等もきっと捕虜で、ここに捕らえられていたのを引っ張りだされてきたに違いない。連れて回るわけにはいかないからと通路の端に寝かせてきたが、そちらもやはり救出に向かわねばなるまい。


「しかし、ぐずぐずしている時間はなさそうだ」

「あぁ。まずは、この薬品まみれの部屋を換気しなきゃあな」

「俺に任せてください」


 不破は自信満々にそう言って、返事を待たずに穴の両サイドにそれぞれ両手で触れると、そしてその部分に小さく紫電が走る。すると穴はみるみる左右に、まるでカーテンが勝手に開いていくように拡がっていく。

 そして不破が触れている部分がまるで細いつららのようにぶら下がっているのみで、留置室を数秒で丸裸にしてしまった。


「成程、これはスマートだな。薬品も外に逃げたうえ、中の人間を運び出しやすい」


 稲葉が感心したように言うと、「さっさと運びだすぞ」と宍戸が言いながら、もはや通路の一部分のようになってしまった留置室スペースに足を踏み入れる。不破と白神、稲葉も後に続いてスペース内に入った。

 白神が初めてその場所に閉じ込められた時同様に、そこの人々は話しかけても、ほんの僅かに反応する程度で、身体さえ動かそうとしない。


「おい白神。治るのか、これは」

「……わかりません。連れて帰っても、もしかしたらずっとこのままかもしれませんし、いつかクスリが抜ける時がくるのかもしれませんが……」


 宍戸に訊かれ、白神はそう答えてから少し顔を伏せて、そして足元の少年を拾い上げる。見たところ、まだ十歳前後だろうか。しかし肌の色だとか表情は、その年令がするだろう色や表情ではない。無力感と悲しみが白神の胸を締め付ける。

 こんな状態で連れて帰ったとして、彼等の家族や友人たちにどう説明すればよいのか。

 そもそも、友人や家族の元へ帰すべきなのか。

 様々な考えが白神の思考に渦巻いていく。


「まぁ、ここに置いて帰って、奴らの実験動物にされるよりはマシっすよ。絶対にね」


 そんな不安を払うように、不破は明るく言いながら、床を変化させて創りだした大きな籠に、捕らえられた人々を乗せていた。トラックの荷台ほどの大きさだろうか。通路をギリギリ進める程のサイズ。その籠を宍戸がコントロールして全員揃って出口まで運ぼうという寸法だ。


「……そう、ですね……。……不破さんの言う通りだ」


 白神は不破の言葉に背中を押されるように、その腕の中の少年をかごの中に優しく寝かせた。

 そして。

 三分も経たないうちに、四人は室内の人間全員を籠の中へ運びこんだ。流石に一つの籠では収まり切らないので、籠は二つある。

 その時、宍戸が全員に向かって言った。


「すまん。上の方にシリングの野郎が引っ張り出してきた捕虜の親子が三人寝かせてある。そちらも放って置くわけにもいかない」

「ここからの道はわかるのか」


 稲葉が訊ねる。すると白神が、


「僕とシリングが戦っていた場所ならば、すぐにわかりますよ」


 と、再びガイド役を買って出た。宍戸は白神の顔を見る。ハッキリ言って、彼の顔色はかなり悪い。隠しているつもりなのだろうが、精神的にも肉体的にも疲労やダメージが隠し切れないレベルに達している。しかし。


「……それじゃあ案内を頼む。稲葉、不破、悪いがここで見張っておいてくれ。すぐに戻る」


 宍戸は稲葉と不破にも物言う時間を与えずに。白神と共に先程来た道を全速力で駆けていった。そんな二人の背中を見送った後、稲葉は近くにあった台に腰掛けて、一つ息を吐いた。


「やれやれ。……宗助と千咲は、そろそろ外に出られただろうか」


 言いながら、ミラルヴァとの戦闘で傷ついた右腕を左手で軽く撫でる。


「だといいんですけど……。早いとこ、アーセナルの皆に全員無事だと報告したいですね」

「そうだな……」

「そういや、奥さんには、今日の任務の事は言ってあるんですか?」

「……いや、黙って来た」

「またそんな……」


 不破は少し呆れたような顔で、何かを言いかけて止める。代わりにその口から出てきたのはため息。


「わざわざ心配させたくないんだ。ただでさえ俺は家を空けていて、その間ずっと家の留守番をしくれている。子育てだってほとんど任せっきりだ」

「そりゃあそうでしょうけど、待っている方からすれば、やっぱり言って欲しいんじゃないでしょうか」

「どうだろうな。本当の事を知るか、知らないでいるか。どちらが正しいかなんて、実は未だにわからない。……ただ、夜くらいはちゃんと寝て欲しいだけさ」

「……ま、部外者の俺が外からずかずか言う問題じゃあないかもしれませんけど」

「部外者なんかじゃあないさ。スワロウの皆は、俺にとってもう一つの家族みたいなもんだ。実乃梨みのりも、そう言ってる」

「そりゃあ光栄っす」


 不破は控えめに笑って、頭を掻いた。『実乃梨』というのは、稲葉の妻の名だ。


「まぁ、なんとかあの奥さんを泣かさずに済みそうでホッとしてますよ、俺は」

「ははは……。しかし要、俺の事はいいとして、自分の事はどうなんだ、良い話は無いのか」

「はは……こんな昼夜逆転生活ばっかしてたら、誰も相手してくれませんって」

「おいおい、環境のせいにするなよ。本人にその気がなけりゃあ、できるもんもできない」

「ちょっとちょっと、こんな時に私生活の説教は勘弁して下さい」


 こまった表情で言う不破に、今度は稲葉が小さく笑う。注意してみなければわからない程に小さな笑み。


「……なんか、めちゃくちゃ変な感じですね」

「……? 何がだ」


 突然ポツリと呟く不破に、稲葉が訊ねる。


「いや、だって、基地に居てもこんな話、あんまりしないでしょ。それを、敵地のど真ん中のこんな、もう時間的にも余裕も無い状況で」

「違いないな。いや、こんな状況だからこそ――」


 稲葉が言いながらチラリと宍戸と白神が走っていった方向に目をやると、ちょうど二人が戻ってきた。宍戸の背後には、宙に浮かぶ三人の外国人親子もいた。


「早かったな」

「いや、少し時間を食ったくらいだ。急ごう」


 宍戸は三人も籠に乗せて、そして四人は侵入口に向かって走りだす。ミラルヴァの告げた『飛行予定時間』まで、既に十五分を切っている。


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