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machine head  作者: 伊勢 周
12章 メモリー
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明かされ始めた秘密


 ――どれだけ痛めつけても、どれだけ殴り倒しても、床を蹴り転がしても、立ち上がってくる。敵意を向けてくる。幾つもの技で傷めつけても、絶対に屈服しない。

 怖くないのか?

 次は何が出てくるのか、焼かれるのが、爆破されるのが、身体の自由を奪われるのが、引き裂かれるのが、……恐ろしくないのか?

 こんなのは、『身体がタフ』『精神がタフ』では済まされない。

 何だこいつは。

 何だこいつは。

 何なんだ、こいつは。

 まるで出来の悪いゾンビホラーだ。一撃一撃に、相当重い手応えがあったのに。

 だから、ついに立ち上がってこなくなった時、心の底から安堵に包まれた。恐怖させ屈服させるつもりが、その男に内心恐怖していたのは自分だった。

 その恐怖からようやく開放されて……――


 そしてフラウアは、また同じ失敗をした。


 フラウアは、左足を失い、その上左腕をズタズタに切り裂かれて、それでも機械の右腕の指を床に突き刺し、身体をそのまま腕で引っ張り這わせて鬼の形相のまま前進する。見方によってはまるで岩登りでもしているかのようだが、平行な床をただずりずりと右手と右足を頼りに這って進んでいるだけ。


「まだだ……まだ……負けるわけがあるか……お前なんかに、二度も、この僕が、この、僕がッ……敗北するなどぉ……!」


 フラウアに引き際という物は存在しない。彼の中での敗北とは死そのものなのだ。フラウアは両目から大粒の涙をボロボロと流しながら、機械の右手だけで這い進む。それは怒りのあまりか、それとも痛みと屈辱のあまりなのか区別がつかないが。

 フラウアのその執念には恐るべきものを感じたが、宗助はやはり怯まず気迫で突き返す。


「もうやめろ。死ぬぞ。お前が言ったんだ、戦場で立てないのなら――」

「どちらかが死ぬまでが、殺し合いだッ!」


 宗助の言葉を遮るようにフラウアは叫ぶ。次の瞬間、宗助は室内の空気の流れが少し動いたのを感じた。自分たち以外の誰かが、このフロアに侵入してきたのがわかった。


「宗助、無事か!?」宗助の背後、暗闇の向こうから聞こえてきたのは、不破の声だ。

「不破さん!」宗助は顔だけ振り返り返事をする。


「宗助!」


 返事をした後、すぐに千咲が自分を呼ぶ声も聞こえてきた。幾つかの足音が駆け寄ってくる。四人分。一人分足りないと宗助は気付いたが、ひとり孤独に戦い続けていた宗助にとって、その一人を心配するよりも、安心する気持ちの方がどっと押し寄せてきた。

 不破と千咲が暗闇の中から一番に駆け寄ってきて、次に稲葉もやってきた。そして最後に宍戸。宍戸の傍らには、彼の右手で襟首を掴まれて引きずられている、見知らぬ男が居た。


「宗助、大丈夫なの!? フラウアは!?」


 千咲は言いながら、傷だらけで座り込んでいる宗助を守るように傍に立ち、抜刀の体勢を作る。宗助は何も言わず、視線をフラウアの方に向ける。その視線に気づいた四人は、同時にそちらに目を向ける。そこには、誰も見たことがない、変わり果てたフラウアの姿があった。


「フラウア……」


 未だに右腕と右足でずりずりと這い寄ってくるフラウア。不破が信じられないと言いたげな声で「あれ、お前がやったのか」と訊ねる。宗助は「はい」とだけ返事をした。

 宍戸はシリングをズルズルと引き摺って、フラウアの前に捨てるように置いた。ズタボロで気を失っている部下の姿に、フラウアは退路さえも完全に途絶えている事を理解する。


「人質にでも使えるかと思っていたが、その必要も無さそうだな。フラウア」


 宍戸はそう言って冷めた瞳で見下ろす。フラウアにとって今のこの状況は、生まれてからこれまでで一番の屈辱だった。復讐を仕掛けた相手に返り討ちにされ、立つことも出来ず、敵に見下されている。今まで自分が、他の人間にやってきたことを今、自分がされている。

 千咲はフラウアの状態を見て戦闘態勢を解き、宗助に向かって膝を曲げてしゃがむ。


「白神さんは……?」

「多分大丈夫。こっちに向かっているみたい。それより宗助、傷の手当。怪我している所を見せて」


 千咲は宗助の質問に答えつつ、腰のバックパックの中を探り始める。幾つかの薬品類と包帯を取り出し床に置いて、宗助のシャツとアーマーを脱がせ、手際よく手当を施していく。手当を受けながら、宗助はフラウアの方へ視線を向けて、こう言った。


「……喋ってもらうぞ、フラウア。元居た世界っていうのが何なのかな」


 宗助のその言葉を聞いて、四人は一斉に宗助を見てから、そしてすぐにフラウアを見る。


「……は、ははは……」


 フラウアはそこでやっと這い進むのを止めて、乾いた笑いを浮かべる。


「………いいさ、ああ、いい。教えてやる……どうせもう終わりなら、精々ブルームの足でも引っ張って、終わりにしてやるさ……」


 泣いている影響なのか、震える声でそう言って、右腕を使いゴロンと仰向けになる。開き直ったか、観念したのか、その両方か。しかし、次にフラウアが放った言葉を五人はすぐに噛み砕くことが出来なかった。


「僕らは、この(・・)地球の人間じゃ無い」


 宇宙人とでも言うつもりなのか、宇宙だとか世界だとか魂だとか、すこし主義思想が自分たちとは違う場所にあるのだろうかと宗助は思った。文句の一つでも言おうとしたが、それと同時に千咲の手当が傷にしみて喋れず痛みに眉根を寄せる。


「……パラレルワールドから来た、とでも言うつもりか」


 代わりに宍戸がそう訊ねる。するとフラウアはほんの少し意外そうな顔を見せる。


「その、まさか……。くはは……、よく、解ったな……」

「似たような事を言っていた奴が、ついこないだまで居たもんでな」


 その『奴』とはジィーナを襲撃した、物体潜行の能力者・ゼプロだ。千咲が捕らえ、宍戸が尋問していたその男は、まさにそのパラレルワールドの話をしている最中に突然変死したのだ。


「僕らの故郷は『この』地球にはない。別の地球だ。こちらとあちら……歴史を調べれば、確か、千年ほど前までは一致している。だがそこから徐々にズレはじめた。そう……パラレルワールド。そこから、僕らはやってきた。僕らからすれば、こっちがパラレルワールドだがな……『なぜそんなものが存在するのか?』その質問にはまだ誰も答えられない。だが事実、『入り口』があった。ドライブ能力なんてものがあるんだ。ある物は否定出来ない。ある物はあるんだからな……。千年前に何があったのか? もしかしたら、虫けら一匹の違いだったのかもしれない。とにかく、何らかの超常的な事象で、発生するはずのない『分岐点』ができてしまった。その虫けら一匹が、まわりまわって歴史を変えるはずだった人物を何らかの形で殺してしまったとしたら。そんな風に、小さな『ズレ』は、際限なく広がっていく」

「ならば、そのパラレルワールドへの入り口はどこに?」


 稲葉が問う。


「ははは……知っていれば、とっくに帰っているさ。僕は……もともと、こんな世界に興味は無かった。帰ろうと常に考えていた。入り口と出口は、いつも同じとは限らないが、それを探しに行く事は出来なかった」


 フラウアは自嘲気味に言うと、機械の右手で額を抑える。


「……入り口は遥か上空にあった。帰り道も遥か上空にある可能性が高い。だから、探しに行く為に自由に飛べる船が必要だった。だが、この船も俺達の居場所も、全てブルームに管理されていた。『無事に帰り道を探したくば、与えられた役割を全うしろ』とな。だからタイミングを見計らって、この船を奪った」

「…………おいちょっと待て、ってことは、この船は空を飛ぶのか?」


 話の内容とは別のところに不破が食いついた。フラウアとブルームの馴れ初めなども気になるが……確かに、その話しぶりから、この船は飛べると言わんばかりだった。海嶋がブラックボックスの海中に潜っている部分に飛行できるかのような構造部分が見えると言っていたのを思い出す。

 フラウアの返事の代わりに彼等の耳に届いたのは、豪快過ぎる破壊音だった。音の源は暗闇の向こうからで、何が起こったのかは見えない。


「なんだ!?」


 全員が一秒、闇の中へ目を凝らす。

 宗助は、暗闇の向こうにいるその気配を、空気を知っていた。忘れようもない。


「……この感じ……、まさか、ミラルヴァ――」

「え、――」


 宗助がその名前を呟いて、それに千咲が反応した瞬間、フラウアとシリングの姿が消えた。

 稲葉と宍戸は肉眼で、宗助は空気の流れで二人の行方を追っていた。不破と千咲はなんとか見えたのか、少し遅れて視線をそちらにやる。

 全員の視線の先には、シリングとフラウアの襟首を左右の手でそれぞれ掴んで立っているミラルヴァの姿があった。どうやら壁を突き破って無理矢理入ってきたらしい。


「手間をかけさせやがって、少し黙っていろ」


 ミラルヴァは険しい顔でフラウアに言う。そのフラウアはというと、掻っ攫われる際ミラルヴァに一撃いれられたらしく、シリング同様気を失いぐったりしている。続いてミラルヴァは稲葉たちの方へ振り返り。


「久しぶりだな、スワロウの面々。……そこに座り込んでいる奴は、そうでもないか」


 そう言ってから宗助の方をちらりと見て、不敵に笑った。

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