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machine head  作者: 伊勢 周
12章 メモリー
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メモリー

 稲葉、宍戸、千咲、不破の四人が廊下中に響く轟音を聴いた後、彼等はその音に向かって走っていた。

 だが、一度轟音が鳴ったきり音沙汰が無い。音の元を特定しようにも目標を見失っている状態である。その時、宍戸は通路の端に一つの動く物体を見た。


「止まれ。何か居る」


 二人にそう言って、稲葉は警戒をしながらそれに近づいていく。宍戸は銃を抜き照準をその物体にあわせ、不破は警戒をより強くして、千咲は刀を何時でも抜けるように構え、それぞれ稲葉の後を進む。光は相変わらず殆ど無く、ハッキリとした形は見えないが、確かに何かがもぞもぞと稲葉たちから逃げるように、這い動いている。


「……生物か……?」


 稲葉が足元を見ると、床に擦りつけたような血痕が残っていた。それは、宍戸が銃を構える先へと続いている。負傷しているか、それとも、他の誰かの返り血でも浴びて血に塗れているのか。

 その物体は、えらく緩慢な動きでずりずりと床を這い続けて、そして、何かを諦めたかのように壁にもたれて動かなくなった。どうやら、負傷している方で考えてよさそうだ、と稲葉は思った。

 宍戸が銃の照準を外さずにペンライトを腰のバックパックから取り出して、その物体を照らす。


「……! お前……、シリングか……?」


 そこに居たのは、ミラルヴァに連れ去られた筈のシリングだった。彼の姿は無惨な物だった。宍戸が傷めつけた時よりも更に暴行が加えられており、服はおろか体中ボロボロで、一瞬彼がシリング本人であるかどうか疑うほどの身なりであった。シリングは小さく呻きながら、ただライトが眩しいのか身体をもぞもぞと闇の方へとよじる。


「これは、ミラルヴァの仕業か」

「……だろうな。流石にここまでは傷めつけた覚えはない」

「だけど、ミラルヴァとシリング達は仲間だったんじゃあ……?」


 千咲が疑問をそのまま口にする。


「……詳しくはわからんが、ミラルヴァはここにフラウアを探しに来ているようだった。こいつらとミラルヴァは、今回は全くの別行動らしい。それで、ミラルヴァはこいつにフラウアの居場所を吐かせようとしたってところか」


 宍戸はそう言うと、足早にシリングに歩み寄る。


「久しぶりだな、シリング。数分ぶりだ、会いたかったぜ」

「し……し……ど……」

「まだ喋れるか、好都合だ。なぁシリング。お前、ミラルヴァにフラウアの居場所は吐いたのか」


 シリングは喋らず、ただ弱々しく首を左右に動かす。無気力の一言がよく当てはまる。その要因は、よほどミラルヴァにキツく尋問されたからなのか、その前の宍戸からのダメージが効いていたからなのかは定かではないが。


「そりゃ立派だな。で、どうだ。そろそろフラウアの居場所を喋る気にはなったか?」

「…………」


 宍戸はいかにも期待していませんと言わんばかりの口調で、それでも一応とシリングに訊ねる。シリングは黙って、ただ小さく呼吸をするのみ。宍戸はすぐに見切りをつけて立ち上がる。


「ダメそうか?」

「あぁ。だがここにこのまま放っておいても死にかねんな。連れて帰って色々聴きたいことがあるんだが……」


 稲葉が問うと、宍戸は淡々とそう言った。


「ただ、こんな状態で引きずり回しても、結果は同じ気もしますけど」


 不破が全身ボロボロのシリングを見下ろしながら言う。

 この時。シリングは四人に囲まれながら、ろくに回らない思考でこう考えていた。


(ミラルヴァは、遅かれ早かれフラウアを見つけるだろう。……そしてミラルヴァは、容赦なくフラウアに対して武力で拘束にかかる。今の盲目になったフラウアでは、ミラルヴァを追い返す事などほぼ不可能だ。……だが、この四人を同時にフラウアのところに仕向ける事が出来れば、ミラルヴァとスワロウが衝突。混乱が生じ――)


 そこにフラウアが出し抜く隙間が生まれるかもしれない。そんな、虚しくも最初から破綻している戦略を、何も知らずに頭の中で展開して、そしてシリングは半死半生の状態でも未だフラウアの身を案じていた。


「フラ……ウアは、ここから……二層上……の…………。中央、ホールに居る……」


 シリングは、相変わらず死んだ表情のまま途切れ途切れで言葉を紡いでいく。


「……わかった。中央ホールだな」


 宍戸が素直に言葉を受け止め復唱すると、稲葉は怪訝な表情でこう呟いた。


「なぜだ」


 その言葉には、『なぜこの場面になって突然居場所を吐き出したのか』というニュアンスがある。そして『あからさまな罠ではないのか』という疑いの心理も込められてある。


「絶望でもしたか、俺達を誘い出す罠か。もし罠だとしても、それはそれでヒントになりうる。望むところだ」


 宍戸には稲葉の意図するところが解っていたようで、的確に返答する。


「生方、宗助も、そ……こに、いるはずだ……死ん……で、いな……けれ、ば……」


 シリングは、か細い声で続きを話した。「白神はどうした」と、稲葉が問う。


「……ヤツは……下層の牢に閉じ、込め……たが、今頃、ミラ……ヴァが……連れ去って……いる……。……フラ、ウアを……見つ、……す……為に……」

「ミラルヴァが、白神を……?」




            *



 カラ、カラカラ。

 カチカチ、カラカラ。

 暗闇の中で床と何かが擦れる音がする。音は高速で移動しており、それはとても生物の動きによって生じるような音ではなかった。


「……なんだ……?」


 フラウアが視界の端に何か動くものを捉えた。


(シリングが仕留め損なったツバメの援軍がコソコソと嗅ぎ回っているのか?)


 最初はそう思ったが、それはやはり人の気配ではない。鉄に砂嵐がぶつかったような、そんな音があちこちで鳴っている。フラウアの身体に付着していた布切れが、凄まじい風に攫われて闇の向こうへと吸い込まれていった。


「…………。なぜこれほどの風が吹く。この部屋に風の通り道など無い筈……」


 そう、フラウアと宗助の今いる場所は完全な室内で、扉や窓なんかは閉ざされている筈だった。それなのに、布切れを一瞬で暗闇の中に連れ去る程の強風が吹いている。止む気配はなく、それどころか一秒一秒、強さを増しているように感じる。あまりの強風に、今度はフラウアが直立のバランスを少しばかり崩される。

 フラウアは宗助を睨みつけた。


「お前の仕業だな? 一体、何を企んでいる、生方宗助……!」

「教えると思うか? と言ってやりたいところだが、別に、もう言っても言わなくても、これから起こることに何も変わりはないだろうな」


 宗助がそう言った瞬間、今まで強風止まりだった風が、吹き荒れ始める。まるで巨大台風の中に居るかのように、空気が室内を凄まじい速度で疾走している。台風と違うのは、その風には秩序のようなものがあった。そして、フラウアの目と鼻の先を『何か』が通過して、少し遅れてフラウアの鼻先と頬に幾つかの掠り傷がついた。血が滲む。


「――ッ!?」

「俺にとっても一か八かの技だ。成功の確率は正直低かったし……殆ど、賭けに近かった。……風に拾って来させた。お前が得意顔で握り潰した投げナイフの屑だとか、最初に落とした格闘用ナイフとか」


 『何か』の正体は、まさに宗助が今言葉にしたそれだった。砕かれたナイフの破片や、落としたナイフを猛烈な空気の流れが持ち上げて運び、それはまるで、小さな銀の龍がフロア内を風に乗って宙を舞い狂っているようであった。


「最初は、本当に小さい空気の渦だった。埃くらいしか持ち上げられない、小さなものだったけど……ゲレンデで雪玉を転がしていくように……。ループするように回転させて、そして勢いを徐々に足して、だが大きくしすぎず、でも強さは緩めず。……俺が全部操っているわけじゃない。空気なんて、何処にでもある。常に触れている。あとは俺がそれに、ほんの少し背中を押すくらいの手助けをしてやっていっただけ」


 ナイフの破片やナイフそのものを拾い集めてできた小さな「銀色の龍」は、宗助の周囲を守るようにとぐろを巻いてチカチカと銀色がまばらに輝き、空気が疾走する甲高い音がびゅうびゅうと鳴って、そしてフロア中にも猛烈な風が絶え間なく吹き続いている。


 風全体をコントロールしている訳ではない。電車に例えると、吹き荒れる風は列車で、宗助はその上を走るレールを敷いてやっているようなもの。

 銀の龍は宗助の周囲を離れて空高く舞い上がり、天井付近で小さく激しく暴れて廻る。


「やるに事欠いて、出てきたのがそれか! 刃物の破片? そんなもの、すぐに全て溶かしてやるよ!」


 銀の風は天井から突如急降下、フラウアに一直線に向かう。フラウアも対抗すべく、左手上で蠢く火炎を最大出力にする。炎は燃え盛り、風に乗って舞う埃を燃やし、周囲に火の粉を飛びちらす。フラウアが左腕を大きく振り、自らに迫る無数の刃に向けてその火炎を投げつけた。

 宗助の風に乗った刃の破片が赤黒い焔を反射して風はオレンジ色に煌めいた。

 正面からぶつかる炎と風――。

 を、フラウアは想像していたのだが……風に乗った刃群はフラウアのそんな考えを嘲笑うかのごとくあっさりと進路を変えて炎の渦をかわし、そのまま床スレスレに到達し、今度はフラウアの周囲を威嚇するかのように凄まじい速度で回転し始めた。


 フラウアの手元を離れた炎の渦はというと、未だ吹き荒む宗助の風に虚しく切り裂かれ引きちぎられた後、跡形もなく吹き消され、埃の焼けた焦げ臭い匂いが微かに残るのみ。


「――っ!!」


 フラウアは、銀の龍に取り囲まれてしまった。

 刃群の周回の作る円の直径が徐々に小さくなっていく。空気を切り裂く刃の音が至近距離でフラウアの鼓膜を震わせ、それについ反射し身をのけぞると、今度はのけぞったせいで反対側の肩に刃の破片が幾つか突き刺さる。今度ばかりは、機械の右腕で払いのけようがすぐに風が拾い集めて戻ってきてしまう。


「くッ、くそッ……!」

(どうする、この風刃のサークルから脱出しなければ……! シリングのリプレイスが最適だ、記憶の能力を切り替えて……)


 しかし、焦りのせいで精神状態は乱れている上、フラウアの『メモリーズ』の能力はオリジナルよりも劣化する影響で、能力の範囲が狭く、この近くに入れ替われるようなものが存在しない。


 そしてそれ以上フラウアに考える時間は与えられず。

 風に乗ったコンバットナイフが一本、フラウアの左足目掛けて超高速で吹き飛ばされた。至近距離でその速度、流石に避けも防ぎも出来ずフラウアの左脛に刃の部分がめり込んだ。


 吹き出した血しぶきが風に攫われる。しかしフラウアの左足に突き刺さってもなお推進力は弱まらず、元々投擲用のナイフが突き刺さって抉れていた部分を更に深く抉り進み骨さえ断って。


 一瞬で、フラウアの左足の脛から下を切断してしまった。


 片方の足をなくしたフラウアはバランスを保てず、地面に崩れ落ちる。大量の血が飛び散り、床を赤く染める。フラウアの足を切断した二本のナイフはその役目を終えて、かちゃんと安っぽい音を鳴らし床に落ちた。


「――そん、な……。そんな、馬鹿な……」


 フラウアはうつ伏せに倒れたまま、うわ言のように呟いた。痛みを感じる前に、足を切断されたことが信じられず、ただ呆然とした表情で床に伏す。


「……う、うおお……! う、生方、宗助ェ……! よくも、よくも……!」


 フラウアは伏せたまま、しかし呆けた表情をすぐに恨みだとか痛みだとか怒り、様々な負の感情が入り混じった表情に変化させて、ただ左手を宗助の方へと伸ばす。

 だが、未だに銀の龍は健在だ。刃群の残り全ては、フラウアの伸ばされた左手に一気に叩き込まれた。


「――ッ、うおああああああ!!」


 フラウアの悲痛な叫びがフロアに響き渡る。

 彼の左腕は、切断とまではいかずとも、皮膚も筋肉も無惨に切り裂かれボロボロになり、傷口からどくどくと血が溢れ出している。


「はぁ、はぁ、…………」


 フロア内の風は、宗助が制御をやめた為徐々に弱まっていく。宗助は相変わらず床に座り込んだまま、少し呼吸を乱しながらもその光景を見ていた。

 フラウアの足を奪い、幾つもの記憶を繰り出すその左手はズタズタにした。


「……フラウア……。お前がどれだけの記憶を奪って操り、マシンヘッドを揃え、何度俺達のもとへと侵略しようとしてきても……! これ以上、絶対に……絶対に前へは進ませはしない!」


 フラウアは、鬼のような、憤怒の形相で宗助を睨みつける。だが、宗助は全く怯まない。


『戦場で立つことが出来ないということの意味なんて、一秒考えれば誰でもわかる』。


 フラウアがつい先程言ったその言葉を、今ならそのままそっくり返せる。フラウアの、幾つもの記憶と魂を屈服させ、我が物として従える能力。


 それは目の前の男の頭に根ざす、たった一つの記憶が生んだ底力に叩きのめされ、ひれ伏した。『必ず帰る』という、シンプルでとても大切な約束の記憶によって。


「俺達の、勝ちだ……!」


 フラウアに宣言すると言うより、手にした勝利を噛み締めるように、そう呟いた。


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