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machine head  作者: 伊勢 周
12章 メモリー
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メモリーズ 5

 宗助はそのままその名前を口にした。下半身は人間のまま(太さと力強さは明らかに増しているが)二本の足で直立している。だが、上半身の筋肉はどこも先ほどまでとは比べ物にならないほど隆起し、その前身が銀色の短い毛で覆われている。

 こうなると、機械の右腕が逆に貧相にさえ見える。

 鋭い眼光が宗助を突き刺す。宗助は動揺を隠せない。


「それも、誰かのドライブ能力をコピーしたものなのか……」

「ご名答。……だが、コピーというのは少々野暮な言い方だな」


 フラウアは機械の右腕を曲げ伸ばしする。狼化しても作動するか確かめたのだろう。


「献上させたのさ。相手の能力をこの身に数度受けて、この目で見て、そして理解する。その後に相手を心の底から屈服させ記憶するんだ。それが僕の力、メモリードライブの一つに加える条件。勝利を積み重ねれば、それと比例して僕は強くなる。屍を糧にしてな!」


 先ほどまでの異常なまでに間合いを気にした戦法とは一転、狼男と化したフラウアが宗助へとがむしゃらに突進する。その突進速度も先ほどまでとは比にならない。左手による横薙ぎのひっかき攻撃を後ろに飛んでかわし、そしてそのままフラウアから間合いを取るために駆けだす。だが。


「無駄だッ! 狼の身体能力から生身で逃げられると思うな!」


 瞬きを一つする間に再び距離を詰められてしまう。フラウアは左手の五本の指の爪を束ね、まるで突撃槍と化した腕でまっすぐに突きを放つ。右腰をひねって間一髪でかわすが、それによって露出した左の脇腹に機械の右腕指四本が突き刺さる。

 ボディアーマーのお陰で皮膚を突き破ることはなかったが、その衝撃は直接内蔵まで達した。激しい痛みと嘔吐感に襲われながらよろめく。


「流石に効いたか? ただ拳で殴るだけじゃあ、空気の塊に邪魔をされるからな。突き刺す攻撃でなければ……」


 意識がぐらつく中、宗助の視界に再び振りかぶられる左の手と爪が見えた。気力を振り絞って、着地など考えず全力で後方に跳んだ。爪に身体を深く切り裂かれることはなんとか回避したが、宗助の胸部に二筋の赤い線がついた。鋭い痛みが走る。フラウアの爪は、内に着込んでいるアーマーごと切り裂いてしまった。


「うぐッ……!」


 そして体勢を整える時間も無く鳩尾に蹴りの突きを入れられて、宗助はその日もう何度目がわからないが、思い切り蹴り飛ばされてしまった。床を転がりながら滑る。

 フラウアはすかさず凄まじいスピードで追いかけてくる。まるでサッカーボールだとかラグビーボールを必死に追いかけているかのよう。


 宗助は体勢を立て直し、転がる力をそのまま利用して起き上がるが、目の前には既に銀狼が迫っていた。反射的に空気弾を放ち、そして超至近距離で着弾させることに成功した。だが、宗助が万全の体勢では無かったのと、フラウアの防御力が先程よりも更により高くなっていて、退けるほどの威力は到底無かった。

少し顔を仰け反らせた程度で、フラウアはすぐにニヤッと笑い牙を見せ、鋭い爪で腹部を突き刺しにかかる。宗助はさせじと必死に両手でフラウアの左手首を掴み、それ以上爪を身体に近づけるまいと全力で押し返した。あまりの力み具合に腕がブルブルと震えるが、対してフラウアは腕一本でも余裕の表情だ。


「ぐっ……!」

「さぁさぁどうした、こんなものか」


 口が大きく裂けている癖に、器用に人間の言葉を喋る。宗助の額に汗が滲む。宗助は必死に頭を回転させる。この状況を好転させる次の一手は何か。密着している状態では空気弾が意味を成さない。膠着状態が少し続いた後、宗助の腹部には爪ではなくフラウアの右蹴りが突き刺さった。


「うぁっ」


 その衝撃に宗助は両腕の力を緩めてしまう。そしてそれを待っていましたと言わんばかりに左の爪が宗助の腹部に襲いかかる。宗助はなんとか右手でそれを払っていなし、爪が腹部に突き刺さることを回避した。だが爪は左脇腹に掠り微量の血が吹き出し、痛みに顔を歪める。

 だがそれはフラウアも同じで、左足に刺さった投げナイフがジワジワとダメージを与え続けていたらしく、眉間にシワを寄せて、少しよろめきながらしかし右手で宗助の胸ぐらを掴み、乱暴に投げ飛ばした。

 床から一メートル程の高さを凄まじい速度で吹き飛び、そして痛々しい音と共に床に着地する。うつ伏せの状態から顔を上げると、今度はフラウアも足を止めていた。

 今回のダメージは、今までと比べて一番手ひどくやられてしまった。その上先ほどまでの戦闘で蓄積されてきたダメージと疲労もあって、ついに身体にガタがきて動きがひどく緩慢になっている。平常時が一〇〇%とするのなら、今の動きは一割にも到底満たないだろう。息もひどく上がっている。


「くっ……そ……」


 胸と脇腹の傷から血が流れだして生暖かさを。喉がつっかえるような感覚に気持ち悪さを感じながらも、宗助はフラウアを睨む。


「ふぅ……そろそろお終いか?」


 狼男が言いながら近づいてくる。暗闇に光る一対の銀の瞳が妖しく揺れて、足音が床を通じて響いてくる。


「……フラ、ウア……!」

「フン、その様子じゃあ、本当にもうお終いのようだな。だが、僕は過去にそう思って不用意に君に近づき、この腕を失った。忌々しい」


 フラウアはわざとらしく機械の右腕を持ち上げてかざす。


「だが、認めざるをえない。君は今でもまだ成長している。だから……同じ失敗はしない。どれでどう殺すか。今選んでやる」


 そう言った後、フラウアの姿はするすると小さくなり、また人間のそれに元通り。しかしフラウアも宗助からかなりのダメージを浴びせられていて、そして狼化の能力も肉体への負担が相当にあるらしく、その場で少しよろめいた。


「くそ……この時間制限と反動が無ければ、それなりに使えるんだが……服が破けるのも難点だ」


 ブツクサと言いながら身体に付着した布切れを手で払う。狼化も楽ではないらしい。その間に宗助はなんとか座る姿勢にまで身体を持ち上げたのだが……。身体に力が入らず、それどころか小刻みに震えている。


「もう立つことはできないか。大人しく敗北を受け入れて、死を待ったらどうだ」

「……だれ、が……!」

「戦場で立つことが出来ないという事の意味なんて、一秒も考えれば誰でもわかる。口でどれだけ喚こうが何も変わらないのさ。ここは討論会場じゃあない」


 フラウアは宗助を見下ろして言うが、宗助は黙って睨み返す。


「……イラつくな、その目」


 フラウアは態度を隠さず言った。宗助はそれに対して何も言い返さず、ただ基地で待つ仲間たちに想いを馳せる。


(海嶋さん、秋月さん、桜庭さん。リル、ジィーナさん。……岬。今頃どうしているだろうか……心配させてしまっているのかな)


 自分の部屋で、またはヘリポートで、医務室で、寂しそうに帰りを待つと言った彼女の顔がハッキリと思い出せる。それによって勇気と闘志が湧いてくる。


「必ず帰ると、約束したんだ……破ったら、なんて言われるか……」

 呟いて、右足の裏を地面につけて立ち上がろうと姿勢を作る。フラウアはその姿を見て、わざとらしく舌打ちをした。


「はぁ~。僕は誰かと約束だとかそういうのが大嫌いでね。虫酸が走るってやつだ。『誰かのために』だとか『誰かが待っているから』だとか。寝言を抜かすな。ここに居ない誰かが、自分の力になるわけがない。ここに居ない誰かが君に勝利をもたらすのか? 自分だけを信じて、自分を高め、周囲を支配する。生き残る為に、それ以上の近道など何処にも無い」

「わからないならそれでいい。わかって欲しいと全く思わない」

「ならば、さっさと立って、向かって来いよ。力で証明しろ。待っている人が居れば強くなれるんだろう? それとも口だけで出来ないのか? フフフ」


 フラウアは両手を広げて、かかってこいと無防備な挑発のポーズを取る。宗助は乗らない。と言うより、乗れないのだ。


「ブルームのヤツもそうだ。あそこまで他人に狂う姿を見ると、本気で寒気がする。そんなヤツの下で黙って働いていた昨日までの僕もまた、同じ程度だったのかもしれないがな」

「……ブルームが、他人に……?」


 何気なくフラウアの口から出た言葉は、宗助にとって、いや、宗助たちにとって、とんでもなく重要な情報になりうる物だった。一連のマシンヘッドによる人間襲撃の首謀者ブルームの、目的。フラウアとの戦闘に勝利するのは最優先だが、聞き出せるものは今ここで聞き出したい。それに宗助には、時間を稼ぎたい理由もあった。宗助自身でも成功するかどうかがまったく未知数の『奥の手』を完成させるために。


「……ブルームは他人に狂って、どうして人殺しなんてする?」

「人殺し? 君らの殺すの定義がどうなのかは知るところではないが、殺してはいない。生かしもしていないが」

「なんだって?」

「君を殺す前に、少しだけお話でもしてやろうか。ようやく巡ってきた好機だ。少しくらい浸って……預けても構わないだろう」


 宗助は目だけをほんの僅かに動かして、そしてドライブの感覚を広げて、室内の様子を伺う。


(……まだまだ、足りない。もう少し時間が必要だ……)


 宗助は、この期に及んで何かを企んでいる。


「なぁ、生方宗助」


 名前を呼ばれ、宗助はフラウアの方に視線を戻す。


「君は、『魂』という存在を知っているか?」


 目の前の男の口から飛び出たのは、えらく宗教じみた言葉だった。知っているかと言われれば、言葉と漠然とした意味だけは知っている。


「魂って……人間の、個人が根底に持っているような……心だとか、精神だとか……」


 知ってはいたが、突然そんな非科学的な質問をされたところで、綺麗な回答など持ち合わせているはずもない。だが、ここでフラウアを変に刺激するようなことを言って、話を止めてしまうのは不味いと感じ、なんとか単語を繋いで自分なりの答えを提示する。


「まぁ、そんな所だろうな」

「その魂がなんだって言うんだ」

「シーカーが奪っているのは、人間の魂だ。無意味に人間を襲撃している訳ではないのさ」

「は? たましい?」


 さらに突拍子のない発言に、宗助はつい間抜けな声を出してしまう。


「いまさらな反応だな。ドライブは魂の力だろう? 各々の遺伝子から始まり、作られた肉体、性格性質考え方、人生観。そんなものが如実に表れている」

「……!」

「そういえば、君らの間でたまに『肉体は魂の受け皿』だとか言っている人間もいるみたいだが、あれは正確ではないな。今言った、人間の遺伝子から肉体思考、それら全てをひっくるめて魂であり、肉体がなければ魂も消える」


 魂の概念の話。そのあたりは人によって沢山の解釈があるのだろうが……。宗助はとにかく、フラウアの話を飲み込むのに必死だった。デタラメを話しているのかとも思ったが、フラウアの眼はまるで真実を語っているようであった。


「ブルームの野郎は、シーカーを使ってその魂を集めている。殺しもせず、生かしもせず、『魂』という『命』を集める。それが自分の家族に再会するための唯一の手段だと信じ込んでな。どこまでも憐れな奴だよ。まったく」

「ちょっと待ってくれ。話が突飛すぎる。なんなんだ、魂を集めるって! 百歩譲って魂がどうこうという話がまかり通ったとして、それを集めて何に繋がる!? それに、ブルームの家族って」


 一気に核心に迫っている。何年も稲葉たちが情報をかき集めても手に入らなかった情報を、目の前の男が話している。だがしかし、断片的すぎて全く繋がらない。『家族と再会する』、詳細は不明だが、ブルームがそんな人間らしい動機で動いているとは、にわかに信じがたかった。


「…………話していたら、だんだんイラついてきた。この話はもう終いだな。そうだ。僕はもう、ブルームの糞野郎とは関係ないんだったよ」


 フラウアは宗助の問いには全く反応せず、勝手にみるみる表情を曇らせ、そう吐き捨てた。


「めでたくブルームとは手を切って、君に復讐を果たせば。僕は元居た世界に帰る方法を探す。もうここはまっぴらだ、空気が合わない」

「元、居た世界……?」

「言葉の通りさ」

「……??」

「続きが気になるのなら、立ち上がって僕を打ち倒してみろ。吐かせてみろよ。もう少しやれるってところを見せてみろ。その更に上から叩き潰してやる。……いや――」


 フラウアは少し口角を上げて、しかし眼光は邪悪な闘志に満ちていて、未だに立ち上がらない宗助に対して挑発的な態度で挑発的な言葉を浴びせる。そして、彼の左手には先程の火球とは比べ物にならない程の大きな赤い炎の渦が巻き起こった。


「――決めた。焼き殺す」


 そしてそれと同時に、つい先程宗助が密かに蒔いた『種』がようやく芽吹きはじめていた。



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