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machine head  作者: 伊勢 周
12章 メモリー
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メモリーズ 3

 記憶とは、その人間を形作る物である。だが、直接目に見えるものではない。コンピューター等の媒体に保存されるのは記録であり記憶ではない。


 記憶能力は、時に人生を輝かせる事もあれば、時に煩わしいものになる事もある。


 ヒトからヒトへと記憶は受け継がれ、進むべき道を選ぶための重要な道標となり、同じあやまちを繰り返さない為の教訓になる。苦い記憶は人の成長を縛り付けることもあり、悲しい記憶に足をとられてしまう事もしばしばある。


 しかしどんな記憶も、時とともに必ず色あせていくものである。ヒトは記憶を忘れる。


 もしも「忘れる」という能力がなければ、人間の脳は一秒一秒蓄積されていくその莫大な情報を処理することが出来なくなってしまうだろう。


 良くも悪くも記憶というものは、いつまでも純粋なまま我が物とし続けることは出来ない。



         *



 アーセナル・オペレータールーム。


「中継基地のヘリは何時でも出発できます。出撃に使用した機と、他に二機程飛行可能です。そう大きくない基地なので……」


 中継基地からの報告を受けて、海嶋は大きな声をオペレーター室内に響かせる。


「何分でブラックボックスまで飛べる?」

「十五分程で到着可能です」


 雪村の質問に、海嶋が間髪入れずに答える。


「ふむ……。それでは、今すぐ二機とも出動させろ。念のためにな。残り一機は待機だ。いつでも出動できるようにしておけ。あと、高速艇があっただろう、あれも一隻出すように言っておけ」

「高速艇ですか」

「あぁ。念には念を押す」

「了解です、二機出動要請を出します。一機は待機。高速艇を同時に出動要請」


 海嶋が指令内容を復唱した後、インカムに向かって再度中継基地に向かって指示を飛ばす。レーダーには、もうほぼマシンヘッドの反応は無い。果たして彼等の迎えがブラックボックスに到着するまでに、決着はついているのだろうか。



          *



 フラウアは宗助の「見立てがついた」という言葉にも特に大きなリアクションを見せること無く、宗助との距離は縮めも伸ばしもせず、周囲を円を描くように歩く。


「……見立てがついたからどうだと言うんだ。お前はこれから、僕が何をするか見当もつかない」


 カツン、カツンとわざとらしく踵で音を立てて、フラウアはゆっくりと宗助の周囲を歩く。宗助は特に動かず目で追うだけ。


「お前が何をするか。というより、自分がどう動くべきか。それが少しだけハッキリしたのさ」

「ふぅん……そうかい」


 フラウアはため息混じりに失笑する。

 宗助はフラウアの能力を、『自らの記憶から幾つもの能力の模造品を作り出す』ようなものだと予測している。本物に勝るコピーなど無いし、コピーを作るにしてもそれぞれの能力に集中しなければならず同時に幾つも操るということが不可能なのだろう。そして記憶とは劣化するものだ。


(決めつけは良くないが、この推理はかなり有力な筈……)


 そして何度かの攻防で解ったように、フラウアの繰り出す攻撃の一つ一つはそれほど威力がない。到底一撃必殺とはいかないものばかりだった。一つ一つ冷静に対処していけば大丈夫であると考えている。一番恐いのは肉弾戦であり、特に機械の右腕の破壊力はかなりの脅威だ。


(と、なると……)


 投擲用ナイフが頼りになってくる。出来れば先程無理矢理ひっペがされた近距離戦闘用ナイフも回収しておきたい所だが、どのあたりに落ちているのか見つけることが出来ない。威力の上がった空気弾と、これらを組み合わせれば、十分に可能性はあると踏んでいる。


「ならば、ちょっとは自分から攻撃して来ればどうだ。さっきから受け身過ぎやしないか」

「余計なお世話だ」

「果たしてどうかな。避けているだけじゃ、僕には勝てない」


 フラウアは相変わらず宗助の周囲をゆっくりと歩いている。

 攻撃の機会を伺っているのか、それともまた別の目的があるのか。能力の正体が予測通りコピーだとしたなら、一体どれくらいの種類のコピーを扱えるのか。

 宗助は腰の投擲用ナイフの刃の部分を指で挟んで持ち、ピッと立てて見せた。それを見て、フラウアは小さく鼻で笑う。


「またそれか。オールドスタイルだな。ニンジャってヤツのモノマネか何かか?」

「……違う。忍者は好んで戦わない。俺はお前を倒しに来たんだからな」


 宗助は手にしたナイフを投げず、素早くフラウアの方へと駆け出し左腕を振って空気弾を撃ちだす。

 少しだけ距離を詰めたとはいえフラウアまではまだ遠く、空気弾はジャブくらいの役割しか果たさない。パンッ、と小気味良い音がフラウアの肩付近で鳴り、少しだけ彼の姿勢を崩す。


「く……」


 やはり目に見える攻撃と違い空気弾は回避しにくいようで、目立ったダメージは見えないが効果はゼロでもなく、フラウアは鬱陶しそうに表情を小さく歪めた。宗助は更に距離を縮めながら続けて空気弾を撃ち、そしてその手の中のナイフはまだ投げない。


 フラウアはこれ以上距離を詰めさせまいと大きく背後に二歩、三歩と跳ぶが、空気弾がフラウアを追いかけ着弾し、少しずつだが更に体勢が崩れる。


 宗助にとって今のその距離から数歩近付けばベストの間合いと考えている。それ以上は派手に近づかず、ジャブを遠当てし、隙が出来るのを待っている。だが、この時、宗助は自身の能力を過信し始め、フラウアを少し軽く見始めてしまっていた。


 一筋の細い光が、一瞬にしてフラウアの左手の指先から宗助の右肩へと走る。思わずナイフを手放してしまい、おなじみのカランカランという乾いた金属音が床に響いた。


「いっ!?」


 右肩に突然の熱と痛みが走り、宗助は思わず声を上げながら後ずさる。


「……ふぅ……久しぶりにしては、それなりの威力で出せたな……」


 フラウアは呟いて、左手の指先をもう一度宗助に向ける。何が起こったか理解する間もなく、再び音もなく光線が宗助の右脇腹に突き刺さる。


「熱ッ!」


 宗助が右肩と右脇腹を見ると、服が焦げて白い煙がたっていた。スワロウのジャケットや内側に装備している特殊素材のボディアーマーをも貫通して、皮膚や肉までもを焼き焦がしてしまったらしい。じんじんとした痛みが徐々に広がっていく。


「ふふ、次は眼にでも直接撃ちこんでやろうか」


 フラウアは少し楽しそうに言い、更に指先を宗助に向ける。

 やはり一撃必殺とは言えないものの、しかし厄介なものが出てきた。宗助は熱さと痛みに顔をしかめながら、フラウアに指先照準から逃れるように右横へ走り一番近くにある円柱の影に飛び込んだ。


(風船なんかを割ってしまうくらいの威力のレーザーポインタがあるって話は知ってるけれど……そんなのの何百倍の威力だ……)


 宗助は撃たれた脇腹を抑えながら、空気の流れを読みフラウアの動きを探る。距離を縮めては来ないが、やはり宗助を中心点にしてコンパスで円を描くように、ぐるりと回りこんで宗助を視界に捉えようとしているらしい。フラウアの動きに合わせて宗助もジリジリと動き、フラウアの光線銃の照準に入らないようにする。


(肩のも脇腹のも、アーマーがあったからこれくらいで済んでるけど……生身にやられたら結構キツイかも……)


 既に傷口からは煙は出ていないが、数ミリほど肉が抉られてしまっているのが感覚でわかった。釘で力強く突き刺されたような鋭い痛みだった。

 フラウアは随分とゆっくりと動いている。まるで獲物を追い込む狩りを楽しんでいるかのように。


(……だが、こっちがずっと隠れたままだと思うなよ……!)


 腰から再び投擲用ナイフを取り出す。

 宗助はフラウアから見て柱の右側に飛び出し、そして全速力で別の柱に向かいつつ、ナイフを自ら創りだした風に乗せて投げる。

 フラウアの右に飛び出したのは、機械の右腕はレーザーを放てないだろうという予測から来るもので、宗助の読み通りフラウアの機械の右腕はレーザーを放てない。

 右へと走っていく宗助を、突き出した状態の左の指でそのまま追う。

 宗助の機動力を奪うことが狙いだったのか足元を何本かの光線が走ったが、全て一瞬の差で当たらず、宗助は別の柱の影に飛び込むことに成功した。フラウアはフラウアで、飛んできたナイフを右手でなぎ払い打ち落とす。それと共に生み出した風は、フラウアの顔面を叩くが、やはりダメージは微小だ。


「そのコントロールの正確さだけは褒めてやる」


 ナイフ投げの事を言っているのだろう、フラウアはまたしても宗助が隠れた柱に向かってゆっくりと近づいていく。


(……、くそ……)


 足が上手に動かなかった。今、全速力で走れたつもりだったが、違和感があった。

 緊張によるものなのか、それとも、先程からの肉弾攻撃の影響が徐々に出てきているせいなのか。前日から動き続けている疲労もあるのだろう。窓もない室内のため外の様子はわからないが、感覚ではそろそろ朝日が拝めても良い頃のように感じていた。

 宗助は、まるで犬でも躾けるように自らの太ももを掌で軽くパンと叩き唇を噛む。


(いつまでもダラダラと戦っていてはダメだ。次で、必ず決める!)


 宗助は上着を脱いで丸めて、柱の陰の外へ投げる。こんなものでも囮になれば良い。投げると同時に反対側に自らも飛び出し、一気にフラウアの方へと駈け出した。


「フン、やはり強攻策に出たか!」


 フラウアは高揚した声で言いながら、指先を宗助の方に向けた。



          *



 白神弥太郎がシリングに消された直後、彼が見たものは、あまりに異様な光景だった。

 三十畳程のだだっ広い薄暗い空間。

 無機質な打ちっぱなしの鉄の床、壁、天井。

 それらに付着する血痕。

 生臭い匂いが充満している。

 そして、転がる無数の人間の身体。十人か、二十人はいるだろうか。生きているのか死んでいるのか、全てピクリとも動かない。


「……痛……。…………なんだ、ここは……」


 シリングに痛めつけられた箇所を擦りつつ辺りをなんとなく見回す。白神はその匂いと空気に圧倒され、ドライブで状況を読むことも忘れた。


「ぅ………」


 足元に倒れていた中年の男性がうめき声をあげ、白神はしゃがみこんでその男性に声をかける。


「……大丈夫ですか? 一体、ここは?」


 男性は虚ろな目で白神を見て、そして数度パクパクと口を動かすと、またピクリとも動かなくなってしまった。死んでしまったのかと思ったが、微妙に胸が上下しており、僅かながら呼吸をしていることが窺えた。


「生かされている……血を抜かれているのか……死なない程度に……。それにこの部屋、霧状の薬剤が充満している。これは、捕らえた人間の、身体に力を入れさせないための物か」


 白神は立ち上がると、口鼻を手で押さえて周囲を注意深く見回しはじめた。無線を繋いでみるが、やはりというか当然というか、繋がらない。


「しっかりしないと……一体ここがどういう部屋なのかはわからないが、ずっとここに留まっておくのは絶対にいけない」


 シリングは白神を連れて帰ると言っていたという事は、ここは捕らえた人間を閉じ込めておく場所なのだろうと予測できた。

 出入り口は当然見つからない。シリングの能力あっての『留置所』。


「とにかく、壁を壊してでも外に出なければ!」


 早速白神は、破壊できそうな壁、もしくは隠れた出入口を探す為に、部屋の壁を調べ始めた。そして早くも扉は見つかった。厳密に言うと扉だったもの。隙間がぴっちりと溶接され、扉としての機能を完全に奪われたそれはただの壁だ。


「くそッ」


 だが、その扉の部分が一番壁は薄い。白神は迷うこと無く中段蹴りを扉だった部分に撃ち込んだ。部分的に凹みはしたが、突き破るには到底至らない。激しい衝撃音が部屋中に響く。白神は間髪入れずにもう一発全く同じ部分に蹴りを入れる。

 数分間、白神はひたすら蹴りを扉に打ち込み続けた。手応えはあるものの、まだまだ破れそうに無い。


(……まずい……意識が、ぼんやり……してきた……)


 白神はその場にへたり込みそうになり、あわてて膝に手をついた。数分間ずっと蹴りを放ち続けたせいで呼吸は早くなり、その分充満している薬剤を多く吸い込んでしまったのだ。


「……ッ! うおおッ!!」


 自らに喝を入れるように雄叫びを上げて、もう一発蹴りを入れる。だが扉は破れない。衝撃音は、最初に比べると明らかに弱くなっていた。蹴りを放つ際、軸足がガクガクと震えている。


「う……く……」


 耐え切れず、床に片膝をついた。


「ここで……。ダメなのか……僕は……」


 弱々しく床を拳で殴る。


「……千咲、さん…………」


 白神が千咲の名前を呟いた時だった。

微かに残っていた白神のドライブが、その場所を非常に危険だと強く報せた。

 白神はなんとかかんとかその場所から退く。同時に、耳を塞ぎたくなる程の轟音が鳴り響き、先ほどまで蹴破ろうとしていた扉が粉々に弾け飛んだ。その先に居たのは――


「……え……?」

「やはりここに居たな。白神弥太郎。さっさと出ろ。廃人になりたくなければな」


 ――彼の味方である稲葉や宍戸じゃなく、また不破や千咲でもなく、ミラルヴァだった。


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