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machine head  作者: 伊勢 周
2章 特殊能力部隊・スワロウ
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彼女に与えられた特別任務

 千咲はここまでを振り返って、自分で自分をほめてやりたいぐらい上手く事を運んでいた。と、自分では思っていた。

 というのは、時間を少し遡り、宗助と稲葉が医務室で会話をしている頃、彼女はとある任務を言い渡されていた。


 スワロウ副司令官室。

 部屋にあしらわれている調度品等は上質かつ上品なものばかり。床、壁、天井、電灯、部屋の隅に置かれた置物や壁に掛けられた絵画、重厚感のある焦げ茶の机に立てられた高さ二十センチ程の漆黒の三角柱には「篠崎 副司令」と彫られており、勿論その机の持ち主を示すもの。部屋の隅々まで掃除が行き届いており埃の居場所はなく、石タイル床は綺麗に磨かれピカピカと輝いている。部屋の奥壁は一面全体が巨大な窓となっており、外の景色を広々と望むことができる。


 初老の男が、その巨大な窓をバックに、黒いレザー椅子に深々と座し、腕を組み険しい表情で、一文字千咲に対して喋り続けている。「毎度毎度同じことを言わせるな」だとか「一つの報告漏れがどれだけ恐ろしいことに繋がるか、危機管理意識を再度教育して認識させなければならない」だとか、そんな言葉が飛び、千咲は肩を縮こまらせ顔を俯かせ、受け入れ続けていた。


 どれくらいこの状況が続いているだろうかと千咲が考え始めた頃。篠崎副司令が「説教は、これくらいにしとこうか」と、謹厳きんげんな表情を崩さずに言った。千咲はバレないようにホッと小さく息を吐く。


「ありがとうございました、篠崎副長。今後気をつけます」

「うむ。精進してくれ」

「はい。それでは、私はこれで失礼します」

「あぁ、まだ話がある。むしろこっちが本題だ。わざわざこんな時間に呼び出したしな」

「……何でしょう」


 これだけ説教しておいてまだ本題があるの!? と絶叫したくなる気持ちをぐっと心の中に押し込めて、千咲は上官の言葉に耳を傾ける。


「難しい話ではないんだがな、今日運び込まれた少年……今医務室に居るんだろう。生方宗助君だったか。君に、彼の護衛任務を遂行してもらう運びとなった。雪村と相談した上で決めた事だ」

「護衛任務、ですか」

「あぁ。彼を今晩から泊り込みで護衛してくれ」

「あの、お言葉ですが……わざわざ泊まり込みまでしなくても、彼の家の近くで張り込んでいれば済むんじゃないでしょうか?」

「護衛、というのは名目の半分だ」

「……? では、残りの半分は」

「単刀直入に言うと、彼と交友を深め、入隊に対して前向きになるよう仕向けてほしい」


 千咲は思わず「なんでそうなるんですか」と叫びそうになるのをまたしても喉元で押しとどめ、唇を引き締めて篠崎副司令から放たれる次の言葉を待つ。


「いきなり知らない環境に一人で飛び込むよりは、仲の良い同年代の人間が一人二人いた方が彼も馴染みやすいだろう。それは、彼を即戦力に育て上げる為の十分な助けになる筈だし、()いては君や部隊の皆の負担を減らす為にもなる」

「は、はぁ……」

「何か訊かれれば知っている範囲を話して構わないが、その場合、彼に秘密を厳守させるのは絶対必要だ。調査した所、君と生方君は同年齢だから最適だと判断した。彼は素行も良好、成績優秀で家族想いの優しく真面目な人間だ。心配無用だ。任せたぞ」


 拒否権など有る筈もなく、「今日出会った男の子と仲良くなってこい」作戦を命じられてしまった千咲は、副司令官室を後にしてからどうしたものかと考えながら廊下を歩いていたのだ。


「全く、なんて任務……。夜通し機械を壊すより全然マシだけど。……はぁ、疲れた……。って、岬、宗助も、こんなところでなにしてんのさ」


 という流れで、食堂前で迷子になっている二人に合流したのである。

 


 千咲は命令に背くつもりは毛頭ない。そもそも彼女は別に宗助の事を悪い奴だとも思ってはいないし、いずれは背中を預けあって戦う日も来るかもしれないしで、篠崎の言う通りに親睦を深めておいて損は無いと、この任務について前向きに捉えている。


(これまでは、ひじょーに良好……)


 とても自然に(会話が少しドッヂボール気味ではあるが)話すことが出来ているし、家にも(割と強引だったが)転がり込むことができたし、夜食も(味噌汁だけだが)作ってあげた。任務だ任務だと思うと仕草が堅くなってしまう事に気付いた千咲は、普通に友人として仲良く話す感覚で良いのだとコツを掴んでいた(と本人は思っていた)。


(そう、これはただの親睦会。新入隊員歓迎会みたいなもの……。不破さんは基地に残って連絡係。こういうの好きだろうけど)


 岬に付き合わせて悪いと思ってはいたが、今日出会ったばかりの人間と一晩の間二人きりというのは少々気が引けるので、彼女にも付き合ってもらうことにした。知る限りでは彼女が同年代の男性の部屋に遊びに、ましてや泊まりに行くだなんて事は無いので、この比較的安全な状況を利用して社会勉強になればいいなどと、まるで親のような考えでいた。千咲もそんな経験無いのだが。



 千咲があれこれ考えていると、宗助が空になった味噌汁の器を机に置いた。


「ごちそうさま。味噌汁うまかったよ、ありがとう。たくさん作って残ってるんなら、明日の朝もこれを貰おうかな」


 宗助も女性がいる食卓に少なからず温かさや華やかさを感じているのか、自宅に帰ってきたことでリラックスしているのか、食事を終えて比較的上機嫌であった。


「お粗末さま。大したもの作ってないけどね」

「いやいや、助かったよ。怪我は治してもらったけど正直ヘトヘトなんだ。あぁ、洗い物は置いといてくれ。それくらいは自分でやる」

「いいよ、やるから。座ってて」


 千咲と岬は息の合ったコンビネーションで宗助の食べ終わった茶碗をさささ、と流しへと持って行き、慣れた手つきで作業を分担し皿を洗い終えてしまった。


「なぁ、なんで突然こんな良くしてくれるんだ?」

「そりゃあ泊めてもらうしさ。こちらこそ、突然こんな突然無理言ったのに、家にあげてくれてありがと」

「は? 泊めてもらうって…………。まぁいいや、今日は泊まるのな。どういたしまして」


 初めて聞かされた本日の予定に目を開き驚きつつも、疲労で段々と判断が雑になってきている宗助であった。

 なんとなくテレビリモコンに手を伸ばしてテレビの電源を入れると、ニュース番組が放送されていた。

 やはり頻発している件の失踪事件について報道されており、「浮かび上がる犯人像は」だとか「自治体の犯罪対策が」とか、真実を何も知らされていない人間達が憶測だけを頼りに公共電波を使って何の信憑性もない情報を垂れ流している。


 この日真実を知ってしまった宗助は、マジメな表情で不正解を熱心に語る評論家達がすごく間抜けに見えていた。失踪事件の犯人は命を持たない機械の兵隊達の仕業で……そいつらは自治体がいくら警戒を呼びかけた所で生身の人間では到底太刀打ちできない奴らなのだ。何の意味も持たない映像と情報の為にテレビというメディアが湯水の如く使われていくのを、冷めた目で見ていた。


「あのさ、改めて……ええっと、宗助って呼ばせてもらうね」


 テレビを見ていた宗助の横顔に、千咲が話しかける。


「あぁ、お好きにどうぞ」


 宗助の心中ではもう会うことも無いだろうという考えがあっての回答。


「まだまだ色々と話しておかないといけないことがあるし……。まだまだ納得いってなさそうだしさ、私達に何でも訊いてよ。この話をもしあんたのお父さんに聞かれても、妹さんにも使った奴でなんとかできるし」

「妹にも使った……。あっ、あれか! そうだ、妹に何使ったんだ、害は無いんだろうなっ?!」

「大丈夫大丈夫。それで、えっと、隊長にどこまで聞いたのか知らないけど納得いって無さそうだねって話!」

「……そりゃあ突然特殊部隊とか、特殊能力だとか機械の兵隊とか。この目で見たって、なかなか受け入れられないだろっ。だいたいあんなロボットを生み出せる技術があるなんて聞いたことが無い。俺が知っている現代のロボットは、ゆっくりと二足歩行するのがやっとだ」


 それから宗助は、まだまだ浮かび上がる疑問を、思いつく限り二人に尋ねて、二人はそれに対して一つ一つ回答していった。研究が進んできたお陰で、奴らの存在をレーダーで感知することが出来るようになってきたとか、しかしそのレーダーも範囲は小さくアバウトであり、まだまだ改良の余地がある事など。


「一番の疑問、というか、全く信じられないのはさ」


 宗助は今までよりも少し大きな声で言うと、一拍間を置いた。


「……俺が、あの機械を真っ二つにした、って事だ。何も自覚が無い。ただ、妹が殺されてしまうって、必死に手を伸ばしただけで……」

「あぁ、それはね。私達の能力っていうのは、肉体的な面も勿論あるんだけど、根っこの部分は精神力に依存している。簡単に言えば、自分の能力は強い! 負けたくない、勝ちたい! 生き残りたい! って思えば思える程強くなる」

「な、なるほど……」


 千咲の説明に対していちはやく相槌を打ったのは、質問した宗助ではなくその隣の岬であった。


「なんであんたが先に納得してんの。不破さんに教えてもらったでしょ」

「そうだっけ……。えっと、今までずっとなんとなく使えたから。そういうの意識したこと無くて」


 岬は照れくさそうに頬を掻いた。


「……。ま、何にしろ早く使いこなせるようにならないとね。周りの人間を不本意に傷つけたり、ふとした拍子で大事故を起こしたりする前にね」


 言葉では理解できても「そうだな」と返事をするのははばかられ、無言のままお茶に口をつけた。



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