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machine head  作者: 伊勢 周
12章 メモリー
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足跡を追って

「なぜアンタがここに居るのか、って顔をしているな、シリング」


 ブラックボックスの通路の一角。血まみれの状態でぐったりしているシリングを見下ろしながらミラルヴァは言う。


「……ブルームに言われて、俺達を捕らえに来たのですか……?」

「半分正解で、半分不正解だ」

「半分……?」

「自分はブルームに言われてここに来たわけではない。ラフターに依頼されただけだ。試作品だとか趣味で作ったシーカーを勝手に持ち出されたから、それらを持って帰ってきてくれとな」

「…………残念ですが、恐らく……殆どが破壊されてしまいました……」

「だろうな。宍戸があんなところにまで入り込んでいる時点で大体は想像がつく」


 ミラルヴァはなげやりっぽく言うと、ため息を吐いた。


「教えてもらおうか。フラウアの奴は何処に居る」

「…………フラウアに会って、どうするつもりですか……?」

「大事にしないうちに連れて帰れとも言われている」


 シリングは一瞬ミラルヴァから目を逸らした。持ちだしたシーカーはほぼ破壊され、船も内部は随分と壊された。ここまでしてしまえば、機嫌取りにと捕らえた人間も恐らくは大した意味を持たない。ここでミラルヴァがフラウアを捕らえてしまえば、本当に今回の襲撃には何も残らなくなる。残らないどころか、マイナスの面が大きすぎる。


「……言うことを聞かない場合は、無理矢理にでも従って貰うつもりだがな」


 ミラルヴァはこれから行うであろう自分の行動を思いながら、指の関節をパキパキと鳴らす。


「さぁ、言ったぞ。さっさと案内しろ。動けないのなら居場所を言え」


 到底仲間が目の前で負傷しているとは思えないような、事務的な態度で話すミラルヴァ。それは、彼等二人が本当に仲間なのかと疑いたくなるほどに。



          *



「宍戸?」


 通路の真ん中で立ち尽くし思考を回していた宍戸に、声がかけられる。


「稲葉。無事だったか」


 宍戸が振り向いた先には、十メートル程離れた先に、稲葉・不破・千咲の三人がいた。なんという偶然だろう。中層に逃れたシリングを追いかけてきた宍戸と、下層のマシンヘッドを破壊して中層へと戻ってきた三人が鉢合わせた形だ。


「あぁ、なんとかな。下層のマシンヘッドは始末した。お前こそ、その右腕……。それに白神と宗助の姿が見えないが」


 三対三で別れて、白神のリードのもと上層に向かっていた筈なのに、宍戸が単独でここに居るのは辻褄があわない。稲葉の疑問はもっともな事だ。


「……どこから話せばいいものか……。あれから、色々と厄介事が起きた……結果から言うと、白神はシリングに捕まえられた上に、生方は行方がわからん」

「なんだと!?」

「そして気をつけろ。そのへんにミラルヴァがうろついているぞ」


 宍戸のその言葉で、今以上に周囲への警戒網を張る稲葉・不破・千咲。それぞれが背中を預け合い、外向きの円陣を組む。一斉に動いたため、足音が見事に一つに揃った。


「宍戸さん、白神が捕まったって言うのは?」

「言葉のとおりだ。俺の目の前で白神は消えた。奴は殺してはいないと言っていた。どこかに捕らえられているらしい」


 不破の質問に淡々と答える。そんな宍戸に、千咲は少しムッとする。ただ単純に、彼女は二人の事をとても心配に思った。白神がどういう状態なのかもいまいち判らないし、宗助に至っては行方不明だという。それは同行していた上官の責任ではないのかと思ったのだ。


「消えたって……」

「シリングのドライブだ。しかし奴はもう戦闘不能だ。白神と生方の居場所を聞き出そうとしたところで、ミラルヴァに邪魔をされた」

「……それで、宍戸さんだけ無事だったんですか」


 千咲が小さく呟いた。

 少しイヤミっぽい口調になってしまったことを、千咲は言ってからしまったと思った。千咲もそんな風な言い方をするつもりはなかったのだが、深夜に長時間任務にあたっているせいか、精神面が不安定になっていたのかもしれない。普通は上官に、それも副隊長にこんな事を言ってはならない。だが、爆発的な勢いで増して行く不安が喉元から言葉を押し上げてしまった。

 もちろん宍戸とて我が身可愛さのあまり逃げまわってここに居るわけではない。千咲にもその程度のことは充分予測できたし、事実、宍戸は連戦に次ぐ連戦を勝ち進んだ結果ここに居るのだ。よく見れば右腕以外にも細かい傷が多量にある。だが。


「俺の判断ミスで、俺の責任だ。まずは二人を見つけるのに全力を尽くす」


 宍戸は言い訳などせず、二人の失踪は自分の非だと言い張る。宍戸のその態度に、三人はそのまま言葉を失ってしまった。「自己責任だ」とでも冷たく言われそうだと思っていた千咲はなおさらだった。宍戸はそんな三人を気にせずに言葉を続ける。


「ここからは俺の予想になるが、生方は恐らく既にフラウアと対峙している」

「それは、どういう根拠で」


 稲葉が問う。


「シリングの能力は、自分と何かを入れ替える能力だった。白神は俺の目の前で消えたが、生方もシリングに消された可能性が高い」

「……成程な。そんな能力だったとは。そうなると、直接対決を望んでいたフラウアの元へ飛ばされていると考えるのが妥当か」

「ああ」


 もしそうだとしたら。

 宗助はまだフラウアと対等に戦えるほどの力はないというのが四人の共通認識だ。一刻も早く駆けつけてやらねば、彼がスワロウに入隊したあの日の光景が再現されているかもしれない。アレほどまで一方的にやられるということはないとしても。


「フラウアの居場所の手がかりはないんですか?」


 不破が訊ねる。


「……それを今考えている。シリングを連れ去ったミラルヴァを追うか、ある程度推理して居場所を特定するか……」


 と、その時。床や壁が震えるような衝撃音が彼等の耳に届いた。発生源はそう遠くなさそうだ。


「今の音は……?」

「フラウアと宗助が戦っている音かもしれんし、ミラルヴァが暴れている音かもしれんな」

「とりあえず、音がした方に向かってみるとしよう。ここでじっとしているよりは、何か打開策が見つかるかもしれん」


 稲葉がそう言うと、全員が視線で賛同の意を表し、音のあった方へと視線を向ける。


「ミラルヴァも近くにいるというし、警戒は怠るな。し過ぎるくらいがちょうど良いと思え」

「はい、了解です」


 先頭に立って進み始めた稲葉に不破と千咲はそう答え、宍戸は無言で稲葉の後を進み始める。とりあえず次の小目標は、宗助と白神との合流だ。



          *



 アーセナル・オペレータールーム。メインモニターに映るレーダーと、サブモニターに映る航空写真。夜明けが近づいて、海は暗黒から徐々にだが濃紺へと変化し始めている。

 瀬間岬は、医務室で仮眠を取ろうとしたのだがやはり殆ど休めず、いてもたってもいられなくなりオペレータールームへと足を運んでいた。邪魔にならぬように、端の方でぽつんと佇み、両手を祈るように合わせて、苦しそうに唇を噛んでいる。

 先ほどの稲葉からの通信で、稲葉・不破・千咲の三人は無事であるとの報告を受け、ひとまずは安心したといえばしたのだが、残りの三人の安否が解らない。ブラック・ボックスは、内部との通信が非常に取りづらくなっている。未だに安否情報も無い。侵入してからずっとだ。

 宍戸、白神、そして――。誰よりも宗助の声が聴きたかった。声が聴きたいけれど、「行って来る」と言った彼の姿と声を思い出そうとすると、岬はなぜだか今にも泣いてしまいそうになった。


(もしかして、沢山のマシンヘッドに追い詰められて絶体絶命かもしれない……)


 部屋の真ん中に一人ぽつんと立たされ、マシンヘッドに囲まれて絶体絶命の姿が思い浮かぶ。


(それとも、両足を怪我して、立ち上がれないところを襲われているかも……!)


 床に座り込んで、それでも必死に戦おうとしている姿が思い浮かぶ。


(だめ。こんな事考えたって、仕方ない)


 平山の言うとおり、信じて待つことも大事だ。「だけど」とか「でも」とか、否定の言葉がすべての思考に絡みつくようだった。千咲のようなタフな精神力が欲しいと思う。


「何をなっさけない顔してんの」


 平山が岬の隣へ歩み寄りながら話しかける。


「お母さん……」

「行って来ますって言って出ていった男をちゃんと信じてやんなきゃあね。今のアンタの様子を帰ってきた時皆に言ったらきっと怒るよ。『そんなに信用がないのか!』ってね」

「……うん。そうだ。そうだね、皆あんなに強いのに、私なんかに心配されたら怒っちゃうよね」

「……ちょっとズレてる気がするけれど、うん。どんと構えておきな」

「……でも、全く心配しないっていうのは絶対無理」

「そりゃ当たり前よ」


 そうして岬は久しぶりに、少しだけ笑った。平山の言葉が面白かったとかではなくて、ただ、自分の気持ちを持ち上げて前向きにするために。



          *



 ブラックボックス・中央ホール。

 威勢のいい啖呵を切った宗助と、床に倒れているフラウア。簡単に言えば構図はそんなものだが、しかし、戦いは始まったばかりで、表情に余裕があるのはフラウアで、どこか緊張で固くなっているのは宗助である。場馴れしているフラウアと、まだ訓練を始めて二ヶ月の宗助との差が如実に現れている。


「ある程度のダメージは覚悟で、懐に踏み込んでくるとは……。少し意表を突かれた。ふふふ、やるじゃないか」


 フラウアは立ち上がり、ダメージがあった顔の部分を左手で拭いながら、楽しそうに嗤う。


「だが、小手調べはもうオシマイだ。そんな戦い方が、何回通用するか見ものだな」

「……どうだかな」

「ふん。しかしどうせやるのなら……ただの肉弾戦で終わりはしないことは、わかっているだろう。君はとっくに使っているようだが……ここは自分達だけに与えられた能力で、戦いを続けようじゃあないか。どちらがより優れた能力の持ち主であり、より優った使い手であるかを競って」


 フラウアにとっては、過去の敗北を帳消しにするための。宗助にとっては、生きて未来に勝ち進むための。それぞれの因縁を振り払うための闘いは次の段階へ。


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