表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
machine head  作者: 伊勢 周
12章 メモリー
125/286

数分間 前編

「今まで、積極的に攻めてくる訳でもなく、のらりくらりと現れては消えるお前を捉えるのに、どうも手こずってきたが……」


 磔にされたシリングに、宍戸が話しかける。


「こうしてお前らから攻めてきてくれたお陰で、こちらとしてもようやく貴重な情報源を掴むことが出来たって訳だ」

「……」


 宍戸が話している間も、シリングはなんとか宍戸のドライブの支配から逃れようと藻掻き、顔を憎悪に歪めて歯を食いしばり、宍戸を睨みつける。だが宍戸がその程度で動じたり恐怖を覚えたりする筈もなく、それどころか鼻で笑って、こう言った。


「そう目くじらを立てるなよ。今から俺の質問に答えて貰う訳だが、もちろんタダでとは言わない」


 宍戸はシリングという悪が先ほどまで浮かべていた黒い笑顔よりも楽しそうに笑い、そしてその悪よりも随分と残酷な事を平気で言ってのけた。


「つまり、ちょっとしたルール決めだな。俺とおまえの」

「ルー、ル……」

「今から俺がお前に質問をする。質問をしてから十秒間返答がなければ、お前の体内の弾丸が五ミリだけ食い進む。適当な誤魔化し方をしても五ミリ進む。俺がウソをついていると思えば弾丸をもう一発だけ増やす。たったの一発。どうだ、良心的だろう」

「……ぐ……」

「なんだ、不満そうだな。フラウアの金魚のフンの分際で」


 宍戸は少しだけ機嫌を悪くして、シリングの体内の銃弾を操作した。ほんの少しだけ。


「……ッ! ぐ、ああああッ、………ッ、うおおッあああ!!」

「いちいち五月蝿いんだよ、悲鳴が」


 それは、ミミズが地面を掘り進むかのように、体内の銃弾がシリングの肉を削ぐ。自分でそうなるように仕向けた癖に、宍戸は激痛に喚くシリングに不快感を顕にした。


「……ッ!」


 そこでシリングの体内の銃弾は動きを止める。それから数秒してようやく激痛から一旦開放されたシリングは、がくっと脱力するとまた大きく空気を取り込み、吐き出してを何回も繰り返す。額には大粒の汗がいくつも浮かび、目尻には僅かに涙も浮かんでおり、口の端からはよだれも垂れている。相当な苦痛のようだ。


「こういう事だ。ちなみに、逃げたらどうなるか想像はつくよな。理解したなら、質問に移るとしよう」


 しかし宍戸は、当たり前ではあるが、シリングの表情だとかを全く意に介しない。ただ淡々と。


「さて、何から訊いておくべきかな。白神と生方が何処へ消えたかは必ず喋ってもらうが」


 宍戸は低い声でそう言って、そしてシリングがこの場に持ちだした、通路に力なく横たわる三人の外国人にちらりと視線をやる。


「お前達が何処から来て、何が目的で、マシンヘッドとは何か。そのあたりは連れ帰ってからじっくりと聴きだすとして……。今、必要な情報。そうだな。いや、大した事じゃないんだが、少し気になるのは、お前がどの程度の志を持ってこの場所に来ているか」


 宍戸のその言葉で、苦痛に歪んでいたシリングの表情が苦痛以外の何かで強張った。


「本来これは、フラウアの生方宗助に対する勝手な逆恨みからくる単独での喧嘩の筈。そんなものにまで顔を突っ込み、奴に加勢するってのは、お前にもそれ相応の理由があるんだろう? それとも、フラウアについて来いとでも言われたから、逆らえずにただ付いてきただけか?」

「お前には、知る必要の、無い事だ」


 シリングは目を伏せて、やっとのことで絞り出した小さい声で応えた。


「宍戸、この程度で勝ったと思うな……この、これしきの事で……!」


 奥歯を噛み締めながら喋り、磔にされている両手を強く握りしめた。


「なら、どうすれば勝ったことになるんだ」


 宍戸はかったるそうな顔でそう言いながらも、銃をほんの少し持ち上げて今度はシリングの脛を撃ち抜いた。血しぶきが舞い、シリングの足が小さく痙攣する。肉の焦げる匂いが辺りに漂った。噛み殺したようなうめき声がシリングの食いしばった口の端から漏れる。だが、苦悶の表情に少しだけの笑みを混じえて。


「…………宍戸、お前がこれほど甘い男だとは思わなかったぞ……!」


 そう言って、そして姿を消した。代わりに現れたのは、ただの布切れ。シリングはその布切れと入れ替わって逃げ出したのだ。どれだけの能力で拘束し痛みを与えようと、息の根を止めなければ勝った事にはならないとでも言わんばかりに。


「ふー……」


 ため息がひとつ。


「捕縛は諦めるかな。マジに殺されたいらしい。部下の居場所は必ず喋ってもらうが」


 小さく呟いた後、面倒くさそうに通路の暗闇の先を睨みつける宍戸。どうやらその視線の先に、シリングはいるらしい。





 ブラックボックス・機関室。コクピットのすぐ隣にあるこの部屋にはやはりタンクやポンプ、バルブ等が多く並び、計器類とそれらが長短大小のパイプやコードとつながれている。すべてオートマチックで稼働しているらしく、乗組員の姿は無い。機械の作動音以外一切音のしない、静かな室内。

 宍戸によって体内に埋め込まれた銃弾の影響もあり、シリングはそう遠くの物体と入れ替わることが出来ずに居た。その距離、僅か三十メートル強。壁だとかの隔たりはあるものの、それは全く安全な距離ではない。だが……。


(たったの数分……宍戸、これはお前のミスだ……! お前の銃弾の残りコントロール時間は、僅か数分……! お前が自分で言ったんだ……逃れてみせる!)

 シリングは痛みに乱れた呼吸を整えようと大きく息を吸う。しかし。体内に埋め込められた銃弾が再びシリングの体内を食い荒らし、着用している衣服が彼の身体を拘束する。背中に撃ちこまれた銃弾と、そして今しがた足に撃ちこまれた銃弾、その二つ。

 狂ってしまいそうな激痛に耐え、シリングは再び入れ替わりを使って、更に宍戸から離れる。今度は中層の薄暗い通路だ。

 経過したのは未だ十数秒。宍戸のコントロールが外れるまで、まだ少なくとも五○分の一程度の時間しか経っていない。


(くそ……これ程までに、苦戦、するとは……)


 足の銃弾は、ナイフか何かがあれば無理をして摘出することはできるかもしれない。しかし背中は無理だ。自分で背中の簡易外科手術を行うなど到底できない。フラウアに助けを求める事は、シリングにとってそれよりも更にできないものだった。そもそも摘出できたとして、それでも宍戸の支配下に置かれているその銃弾がすぐさま再び襲いかかってくるだろう。無駄な傷穴が増えるだけだ。


(耐えるしか無い……耐える……! この数分間を!)


 痛みと多量の出血に、一瞬気を失いそうになるが、踏ん張り、溺れる者が水面に顔を出した時のように大げさに息をする。一秒一秒があまりにも長い。一体何時になれば宍戸のドライブから逃れられるのか。『数分』という表現が、この時この場に限ってはあまりにも重い。


(……ッ! う、ぐ……ッ!)


 漏れそうになるうめき声を必死に噛み殺して、シリングは痛みに耐えて、その場にうずくまる。しかし宍戸は容赦無かった。衣服に対するドライブコントロールも未だに健在で、彼の着ている服に持ち上げられるようにシリングは宙に浮く。そして思い切り引っ張りあげられて、シリングの頭部が天井に衝突した。天井の金属板が衝撃で振動し、音を鳴らす。まるで宍戸を呼び寄せるアラームのようだ。

 気が狂いそうな痛みに耐え、視界が揺らぐ衝撃に耐え、ただ耐え抜き、シリングは待つ。

 先程のような失敗は繰り返さないために。足と背中の傷から血が吹き出すが、処置をしている隙など与えられない。衣服を切り裂こうと試みたがそれも不可能だった。今度は衣服を後方に引っ張られ、シリングはずるずると通路を引きずられていく。


(たったの、数分……、数分……。数、分…………っ……)


 衣服に首を締め付けられて、意識が朦朧とする。しかし体内の銃弾による痛みで目が醒める。シリングは本能的に、引きずられている方向と逆の方向にある物と入れ替わった。このブラック・ボックス内のところどころに、入れ替わるための物体を設置しているため移動には困らない。だから移動を繰り返す。ただ力が使えるままに、入れ替わり、宍戸から遠ざかる。

 だが。



          *



 時は現在より十数年前に遡る。

 シリングは孤児だった。

 生まれた時から親の顔も名前も知らず、兄弟姉妹もいない。

 施設に居たが、物心つく頃にすぐに脱走した。理由は、簡単に言えば『子供が好きすぎる大人』に目をつけられてしまったからだ。彼のその能力が発現したのも、ちょうどその頃。

 脱走した先に待っていたのは、野良犬のような生活。太陽の光が当たらない路地裏で寝泊まりするのが普通になり、名前も顔も知らない親を恨むことも出来ず、夢や希望がある訳でもなく、ただただ、その日の命を維持するだけの生活。

 当初はレストラン等のゴミ箱を漁り残飯で食いつないでいたが、ある時を境に、彼は彼自身の能力を使い、他の誰かから物を奪う事を覚えた。

 シリングの入れ替える能力を前に、彼を捕らえられる人間は周囲には居なかった。

 ただただ、罪を重ね続けるばかり。

 シリングはとうとう、そこらの人間よりもそれなりに裕福な生活を送るようになった。

 適当な空き家を我が物とし、食料やら衣類やら金品やらを奪って、『ものに限って』は、欲しいと思ったものはなんでも手に入れた。時折妙な人間に目をつけられて喧嘩をふっかけられたが、皮膚に傷痕が残るようなことはあっても、敗北するような事はまず無かった。

 そんな日々が続き、そしてある日。自身の人生が大きく変わろうとしているとは知る由もなく、シリングはただその日を生きるために、「仕事」に取り掛かろうとしていた。その日シリングの心にあったのは、スリではなかった。ましてや残飯漁りなんかでもない。


 シリングは物陰からじっと一点を見つめる。


 その視線の先には、大きな建物があった。どうやら民家のようだが、他に建ち並ぶそれと比べて明らかに大きく立派だ。門構えからして、全く違う。そびえ立つ壁のような門扉に、何人同時に入れるんだと言うほどの門幅。幾つもの監視カメラに、防犯設備。

 わかりやすく言ってしまえば、大富豪の家だ。平凡な人間が一生で稼ぐ額の数十倍をひと月で稼いでしまうような、そういった人が住む家。ただその家をじっと見ていた。

 さすがのシリングの能力でも、これほどのセキュリティの張り巡らされた家に単身で乗り込むことは無謀だと理解できていた。防犯設備だけでなく、他にも『いろいろ』とある。入れ替える能力だけでは限界がある。強盗は難しい。

 ならば、シリングは何を思いその家をひたすら眺めているのか。


(…………来た……)


 大きすぎる門が開き、そこから出てきたのは、幾つものボディーガードに囲まれた、自分と同じ年ほどの少年。襟の立ったいかにも立派な生地のポロシャツを来て、紺色のスラックスを履き、背筋をまっすぐに、無表情で歩いている。

 シリングは、彼を待っていた。その少年が家の外に出てくるのを今か今かと待っていたのだ。

 何故か。それは、少年を誘拐するためだ。スリよりもよっぽど金が手に入る。ただ単純な思考で、その日のシリングは思い立ったが吉日と言わんばかりに、身代金要求の為に誘拐を行おうとしていたのだ。


(待っていたよ、フラウア・グラネルト……!)


 そう。シリングが誘拐しようとしていたのは、大富豪の一人息子であり、現在シリングが常に行動を共にしている、フラウアその人であった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ