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machine head  作者: 伊勢 周
12章 メモリー
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シリング・リプレイス 後編

 シリングは「本気でやる」と宣言して、そして素早く白神との距離を詰める。


(また突進からの突きの連続か)


 ワンパターンなシリングの攻め。現在幅二メートルという、通路にしては広め、闘うにしては狭めの廊下で相対しているため、ほぼ直進攻撃しか無いとはいえ、あまりにも芸がないというか、馬鹿の一つ覚え過ぎる。

 しかしそれでも白神が素直に反撃できないのは、シリングの能力が不明であるがゆえ。隙があるように見えても、それらすべてがグレーゾーンだ。ワンパターンな攻めに対してワンパターンにかわす。だが、触れようとしていただけの先ほどまでの攻撃とは少し違う部分があった。

 白神が危険を感知し、咄嗟に全力で身を引くと、彼の鼻の先を凄まじい速さで蹴りが通過した。

 シリングは先程までと違い、白神に対して打撃ダメージも与えに来ている。それほど大した差ではないように思えるが、シリングの攻撃パターンが圧倒的に増えた。鋭い蹴りの後に出来た隙も、慎重に「見」に回っているため、そこに踏み込むことができない。だが白神は、その事に対してはそれほど苛立ちは無かった。長期戦でいくと覚悟しているからだ。もっと、あからさまな好機が必ず巡ってくると信じて、我慢の防戦を続ける。

 シリングの攻撃は激しさを増すばかり。どういう訳か、明らかに戦い始めた時よりも動きにキレが増している。蹴りの突きが白神の脇腹を掠ったところで、シリングは言った。


「そろそろ行くぞ、覚悟しろ」

「っ!」


 そして。シリングは白神の目の前から姿を消した。前後、左右、上下、どこにもいない。

 ほんの一瞬の静寂の後。代わりにA4サイズ紙の束がシリングのいた場所に出現し、それらはばらまかれ大量に空中に舞う。


「……っ、なんだ、これは」


 白神はドライブで『聴き』に入る。だが、全て、何の変哲のないタダの紙だ。空中に放り出された紙はひらひら、ゆっくりと地面へと落ちていく。そしてほどなくして、全て床のあちこちに散らばった。


(いや、それよりシリングは――)


 生方宗助の時とは逆で、突然シリングは姿を消し、代わりに現れたのは紙。宗助があの時持っていたのも紙だ。


(やはりこの紙に、何かがあるのか……? 何も感じないし聴こえないが……)


 突然、背後に気配を感じた。次に、激しい衝撃。体中の骨の隅々まで響き渡る大きな衝撃だった。


「がはッ!!」


 激しい痛みと、それに伴い凄まじい熱が背中を覆う。そのまま前方に吹き飛ばされ、白神は地面を滑り、前に一回転、二回転、三回転しようやく止まる。


「う……ぐ……!」


 あまりの衝撃と激痛に、白神はすぐに立ち上がることが出来ず、うめき声をあげる。


(なんだ……何を……。一体、何をされた……? わからない……)


 手を背中に回し痛みの患部を抑えながら、這いつくばりつつも背後に視線を向ける。薄暗い通路の中、消えたはずのシリングが立っている。その足下には、紙が散らばっている。


(まさか……あの、千咲さんが戦った、物に潜行する能力の類じゃ……。いや、しかし……それならあの紙は、どこに持っていた?)


 白神がパニックになりかけの頭脳で必死に原因を考える。衝撃から少し解放され、白神は床に足をついて立ち上がろうとする。シリングはそんな思いつめた表情の白神をバカにしたような表情で見下ろしてから、足元の紙を一枚拾うと、くしゃくしゃと丸める。


「理解できないようだな、その様子では。流石のエレメンタルドライブでも、わかるのは周囲の状況や、風水的な事のみ。個人の能力は特定できまい」


 シリングは丸めた紙を白神の方へと投げつけた。白神のすぐそばにポトリと落ちる。


「まぁ、知られたところで何の問題もない。本気を出すと言った以上、もう幾つ数える内に決着はつく」


 シリングは再び姿を消した。しかし、今度は一瞬で再び姿を現した。

 白神のすぐ目の前に。

 驚く間もなく、ついにシリングに首根っこを掴まれてしまう。ギリギリと音がしそうな程強く掴まれて、白神は嗚咽を漏らす。シリングはそのまま白神の身体を片手で軽々と持ち上げ、白神は咄嗟にその手首を掴み返す。


「残念ながら、ここで終了だ。お前の任務はな……」

「く……うぐ……!」


 白神は必死の形相でシリングを睨みつけるが、そんなものは既にこの戦いにおいて何の足しにもならない。白神はやぶれかぶれで、右手でシリングの顔面にフックを打ち込むが、呼吸もままならない、地に足がついていない状態での攻撃は大した威力も発揮できず。


「ガニエに、実験動物として持ち帰ってやるか。死んだ法がマシだと思うだろうが、悪く思うな」


 シリングは、吐いた言葉とは裏腹に、楽しそうに少しだけ口角をあげてから白神を手放し、その姿を消した。白神の首は解放され、地面に崩れ落ちる。そしてシリングの代わりに、将棋盤ほどの大きさの鉄くずがその場に出現した。


「ゲホッ、ケホッ……」


 白神は咳き込みつつも首を押さえて、周囲を警戒する。


「わかった……ぞ……! お前の、ドライブの、正体が……!」


 視線をあちこちに彷徨わせ、次なる攻撃に備える。圧倒的有利な態勢をわざわざ解いてまで移るその行動は……完全に勝ちを確信した上のものだろう。この一連の攻撃はシリングの正体を解明する大ヒントだった。だが解明できた所で、白神は既にシリングに『触れられてしまった』。もうその能力から逃れることはできない。

 そしてそんな状況で白神が通路の先に見たのは、ちょうど駆けつけた宍戸副隊長の姿だった。


「……ッ! 宍戸、さん!」


 白神は未だに違和感のある喉から、声を振り絞る。


「白神か、生方はどうした」

「わか、りました! ゲホッ、シリングの、能力!」

「落ち着いて状況を説明しろ。シリングだと? やはり奴も居るのか」

「奴の能力は、間違いない! 『入れ替える』っ、触れた物と自分とを、『入れ替える!』」

「………入れ替える……?」

「近づいたらダメです! 紙だとか、この鉄くずだとか――」


 そこまで言ったところで、白神の姿が消え、入れ替わりでシリングが現れた。宍戸の姿を見ると、一つ息を吐いた。


「……宍戸か」

「……一応訊くが、白神をどうした」

「教えると思うか? と言ってやりたいところだが……ふん、ゴミ置き場に置いてきたのさ。そのへんを探せば見つかるかもな。殺してはいない」


 宍戸は表情を変えないまま、素早く銃を抜きシリングの胴体部目掛けて弾丸を二発放った。耳をつんざく発砲音が通路に響く。宍戸の弾丸はシリングを撃ちぬくことはなく、突然現れた宙を舞う一枚の白紙に二つの風穴を開けただけだった。


「……白神が目の前でやられて焦っているのか? 想像していたより、せっかちな性格だな。宍戸忍」


 全く別の場所に現れたシリングは、涼しい顔で宍戸に語りかける。


「せっかち?」


 宍戸はその言葉を小さい声で繰り返した後、ほんの少しだけ意外そうな表情をする。


「想像していたより、随分と御目出度い頭らしいな。シリング」


 今度はシリングが訝しげな表情で宍戸を見る。


「戦いは、とっくの昔から始まっている筈。ボケた野郎だ」


 宍戸は再度、銃口をシリングへと向ける。


「…………成程。確かに、失言だった」


 つまらなさそうに口だけで笑い、一つ息を吐いた。



          *



 一方で。

 ポーン、と、緊迫したその場に似つかわしくない呑気な音がして、エレベーターの扉が開く。その瞬間、扉の中から、稲葉・不破・一文字の三人が同時に飛び出し、それぞれ周囲を警戒する。数秒して、特に敵だとか障害になりそうな物は見当たら無いことを確認して、三人はほんの少しだけ警戒を緩めた。


「特に罠や奇襲は無さそうだな」

「ええ。というか、もうあまりマシンヘッドも船の中に残っていないんじゃないですか?」

「だと良いんだが」


 稲葉と不破がそんなやり取りをしていると、千咲が二人に言う。


「隊長、不破さん、ここ、私達が入ってきたあたりじゃないですか?」

「んん? そうか? わからんが……」


 不破は特に考えもせずそう答えると、千咲が少し不満そうな表情を見せる。


「ほら、あそこです。結構遠くですけど、不破さんだって私より視力良いんだからわかるでしょ」


 千咲が指し示すのは、自分たちの目の前にずっと続く暗い廊下のその先。不破が目を凝らすと、そこは確かに、侵入時に千咲が切り抜いた壁があった。


「どれどれ……………あー、マジだ。スタート地点に戻ってきたのか」


 千咲の指摘箇所が把握できたらしく、不破がどこか他人事のような口調でそう言った。


「あそこからなら無線が通じるだろう。一旦外に出て、アーセナルに途中経過を報告しておこう」

「了解です」


 そして三人は通路の先へと駈ける。

 スタート地点まで戻ると、一旦ブラックボックスの外側へと抜けだす。スワロウの面々がやってきた時とは違い、明けかけの夜空は東からうっすらと白んできており、星の輝きも数が少なくなっていた。外の空気を美味しそうに大きく吸い、盛大に吐き出す不破と千咲。稲葉は早速インカムのイヤホンを耳につけて通信を試みる。


「…………………………本部、こちら稲葉。状況を報告する」

『稲葉隊長! 良かった、ようやくつながった! 皆さん、無事ですか!?』


 イヤホンから、小春の声が届いた。


「ああ。現在、俺、不破、千咲と、宍戸、白神、生方の二手に分かれて、マシンヘッドの破壊とコクピットの制圧を分担して行なっているところだ。マシンヘッドのレーダーの感知数はどうなっている?」

『はい、みるみるうちに減って、現在はもう四機しか反応がありません』

「四機か。しかし、反応しない分もまだ潜んでいるかもしれないな。鵜呑みにはできん」

『はい。それで、宍戸副隊長達は?』

「コクピットへ向かっている筈。何度か通信を試みたが、ブラックボックス内では通信が思った以上に繋がらない。宍戸達とはまだ連絡がとれていない状況だ」

『そうですか…………。私達も、引き続き宍戸さん達にも通信をし続けてみます』

「頼む。俺達は今から宍戸達の後を追う。何かわかり次第、こちらにも通信を試みてくれ」

『了解です。一同、無事を祈っています』

「ありがとう。通信終わる」


 通信を終えて、稲葉は二人の方へ向き直ると、「よし、宍戸達の後を追おう」と言って、またブラックボックスの内部へと戻っていった。

 そして。稲葉達がその場を去った少し後。彼らが侵入した甲板上空に一つの影が現れた。巨大な翼竜のような飛行機の背中に乗った男が、ブラックボックスを見下ろす。


「全く……自分は便利屋か何かか」


 その男は愚痴を一言呟いて、金色の髪を潮風に靡かせつつ緩やかな螺旋を描き降下していく。


『いつまでそんなこと言っとるんだ。礼はすると言っているだろう』


 そんな男の言葉に反応して、通信機だろうか、初老の男性らしき声がスピーカーから流れる。


「あんたの礼は、大してうれしくないもんが大抵だ」

『ははは、なんだかんだと、私はお前を信頼しておるよ。ミラルヴァ』

「…………着陸する」


 黒いワイシャツに紺のチノ・パンツ。夜明け前の濃紺色の中に、赤い二つの瞳が動く。

 ミラルヴァが、ブラックボックスに降り立った。


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