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machine head  作者: 伊勢 周
12章 メモリー
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上昇

「くっ……!」


 千咲は下唇を噛み、必死に立ち上がろうと腕をつっぱり、足を動かそうとする。が、久しぶりに付加能力を使ったせいか、なかなか身体が言う事をきいてくれない。

 あと、ほんの十秒、いや、五秒でも待ってくれれば、きっとこの症状も収まるのに――。


 叶いもしない事を考えながら、再度四肢に力を込める。だが、回転音は既に彼女のすぐ背後まで迫っていた。

 千咲によって首を切り落とされたマシンヘッドは、ある意味登場してきた時よりもおぞましい出で立ちだった。切り落とされずに残った三本の腕のうちの一本がふらふらと振り上げられて、そしていま、ゆっくりと振り落とされる。

 と、同時に。隣の部屋からだろうか、凄まじい爆発音が轟く。壁全体と床が一斉にミシミシと音を鳴らし揺れる。

 それに刃や腕が煽られたのかどうかは定かではない。関係があるかはわからない。

 しかしこの世に生まれた結果、というか事実は、振り落とされた回転刃が、彼女の数ミリ横を通過して床に激突したという事だ。


「うぅっ……」


 流石に肝を冷やしたのか、千咲はうめき声をひとつ上げて、未だに回転して床を削っているチェーンソーからなんとか身体を引きずり遠ざける。


「はぁっ……はぁっ……ふぅー……」


 千咲は少し呼吸を乱しつつも漸く目眩も軽減され、よろよろと立ち上がる。マシンヘッドはと言うと、振り下ろしたチェーンソーを床に接触させたまま固まっていた。首から上を切り落とされてもなお立ち上がり襲いかかってくるその姿はさながら獰猛なゾンビ恐竜。だが。残ったチェーンソーは全て徐々に回転を緩めていき、そして停止した。それと同時に、ぐらりとマシンヘッドは傾いて、ズシンと大きな音を立て横向きに倒れた。ピクリともしない。どうやら先程の攻撃は、イタチの最後っ屁だったようだ。


「あー……」


 千咲は釈然としない表情で倒れた首無マシンヘッドを数秒見つめて、ふぅ、と息を吐く。


「えーっと、うん」


 自らを納得させるように何度か首を上下に頷かせて。


「とりあえずー、私の勝ち!」


 とりあえず、勝利宣言をする千咲だった。



          *



「おーい、千咲! 無事か!?」


 念のためにと、残りの腕も切り落としていた千咲の耳にそんな声が届き、彼女は声がとんできた二階入り口の方へ頭を上げる。


「隊長、不破さん。大丈夫でしたよ、なんとか。そちらこそ……!? ボロボロじゃないですか!」

「ん? あぁ、変なのに絡まれてな。って、うおお、なんだそいつ! 気持ち悪!」


 不破はバラバラに破壊されたマシンヘッドの残骸を見て率直な感想を述べつつ、二階部から飛び降りて千咲に駆け寄った。稲葉もそれに続く。


「いやぁ、なんかそこから出てきたんで、迎撃しました」

 そういって千咲は壁を指した。大きく開き敵が侵入してきた壁だ。


「そこって……壁じゃねぇか。開くのか」


 だが、実際に開くところを目撃していない不破にとって、ほぼ壁と同化しているその扉を判別することができず、壁を凝視する。


「ええ、私もあそこが開くまで気付かなかったんですけど、えらく大きい、荷物とかを運んでるのかな、エレベーターみたいですよ。上からウィーンって降りてきて」

「ウィーンって……」


 いささか子供っぽい表現に戸惑いながらも、不破はその壁に歩み寄る。


「千咲、その脇腹は大丈夫か?」


 今度は稲葉が千咲に問いかける。先程チェーンソーが掠ったせいでぼろぼろに破けてしまったジャケットの脇腹を指しているのだろう。


「あ、ええ。ちょっと刃が掠っただけで、怪我らしい怪我はしてません」

「そうか、ならいい」


 稲葉はそう言って不破と同じく千咲の指す壁に歩き始め、それに更に千咲も続く。


「上から来たってことは、使い方さえわかれば、俺達もこれに乗ってすぐに戻れるって訳だ」

「私達がこれを利用してると相手にバレたら、それはそれで狙い撃ちされて面倒な事になりそうな気がしますけど」

「来るなら来いだ。こっちから出向く手間が省ける」


 不破が自らの胸をどんと一つ叩いて見せると、千咲も「言われれば、そうかも」と納得したようなセリフを言った。不破がそのまま千咲が示した場所に手で触れると、同時に千咲の言う通り「ウィーン」という起動音が鳴りはじめた。


「おい要、あんまり無闇に何でもかんでも変形させるなよ」

「いや、何もしてませんって! ただ触れたら、なんか音が鳴ったんですよ!」


 不破が壁に対してドライブで変形を働きかけたんじゃないのかと早とちりして稲葉が言うと、不破は慌てて自身の潔白をアピールする。


「触れただけで?」


 千咲が不破の言葉を復唱したその直後、三人の目の前の壁の扉がゆっくりと開いた。先程と違い、中には何も載っていない。


「ここに来る時の扉もそうだったが、触れると開く壁がいくつかあるようだな。わかりにくい技術だ、まったく」

「……そんじゃあ、これに乗ってみますか?」


 目の前で、まるで三人がそこに乗るのを待ち構えるようにエレベーターは佇んでいる。不破は稲葉に決定を仰ぐ。


「そうだな、これで上層に向かおう。うまく行けば、来た道を戻るよりショートカットになる」

「了解」


 稲葉が言って、すぐにエレベーターに乗り込んだ。不破と千咲も返事をして、それに続く。内側には、普段誰もが利用したことのあるようなエレベーターと同じようにボタンがいくつか設置されていた。その内の一つを押すと、扉がゆっくりと閉じた。続けて一番上についている丸いボタンを押すとランプが点灯し、エレベーターは上へと動き出す。


「これで大丈夫そうだ。ふたりとも、かなりキツイだろうが……」

「休んでいる暇なんてありません。このまま突っ走りましょう」


 部下の身体を労る稲葉の言葉を遮って、不破は言った。


「ええ。その為に、普段からあんなきっつい特訓してるわけですし」


 千咲も不破に便乗する。


「……そうだな。その通りだ」


 稲葉は、二人の言葉を噛み締めるような表情で、そう呟く。


「一層気を引き締めて、先を急ごう。宍戸達もきっと、うまくやってくれている筈だ」

「はいっ!」


 下層のマシンヘッドの殲滅に成功した稲葉、不破、千咲の三人は、再び上層を目指す。



          *



 そのブラック・ボックス上層では。


「ここです、生方さん。ここがコクピットへの扉」


 白神が言うと、宗助は目の前の壁を凝視する。よく見ると縦に切れ目が入っており、それがタダの壁ではない事がわかる。


「ノブや取っ手がありませんけど、どうやって開けるんですか?」

「扉に触れてみてください」


 白神の指示通りに宗助が扉に触れると、壁は上方へスッと持ち上がり、目の前に空間が広がった。敵地の技術ながら素直に感心してしまう宗助だった。

 開いた壁の向こう側の部屋には、沢山のモニターと機械類が多量に設置されていた。雰囲気としてはアーセナルのオペレータールームに近いが、こちらの方が整然としている。


「……特に罠は仕掛けられていないようです。入りましょう」


 コクピットだというのに何も守備を固めていないことに疑問を感じつつも、宗助と白神は内部へと足を踏み入れる。


「フラウアは近くに居ないんでしょうか?」

「……先ほどまでこのあたりに気配を感じていたのですが……今は随分と離れた場所にいるようだ」


 白神が内部を見回しながら言う。


「…………どういうつもりだろう。僕らが侵入していることなんてとっくに気づいているだろうに、こんな時にコクピットを放り出して……」


 何か考えがあるのか、無用心なだけか、それとも他によほど重要な用事があるのか、フラウアはコクピットには居なかった。フラウアどころか、敵になりそうな人や物は何もない。白神曰く罠もないし、ロックがかけられているわけでもなさそうだった。疑問が残るところだが、ここに居られるよりは居ないほうが目的を果たし易いというものだ。


「とりあえず、先にカレイドスコープを止めましょう。生方さんは周囲の警戒をお願いします」

「了解です」


 白神は幾つも並ぶ機械のうちの一つ目掛けて迷いなく進む。端末の一つに触れると、そのモニターに幾つかのウインドウが展開されていき、白神はやはり迷いなくそれらを素早く処理していく。


「ヤツのコアは、どこにあるんですか?」

「この艦の動力システムに組み込まれているようです。ただ、この艦と一緒に創られたという訳ではなく、無理矢理外部から組み込んだという感じなので、処理自体は難しい物じゃありません」

「……?」

「簡単な言い方をすると、そうですね、携帯電話のアプリケーションみたいなものです。まぁ、もちろんそういうのと違って実体はありますけど、そのお陰で端末の操作から止められるようで」

「あぁ、なるほど」


 白神の説明に納得がいった宗助は、話しかけすぎて邪魔をしてはいけないと思い、部屋の内部を見回して、何かブルーム達に関する手がかりが無いかと探りを入れる。


「ん?」


 そんな宗助の目についたのは、無造作に置かれた紙の束だった。文章がびっしりと書かれている。宗助はそれに近づき、紙の束を手にとって持ち上げる。


「……なんだこれ……『破損した魂の再構築』。……? 小説でも書いているのか? 魂って……」


 手にとった紙面に書かれているのは、そんな文章から始まる理解し難いファンタジーなものだった。


「えっと、続きは……」


 宗助はとりあえずその文章に目を下へ走らせる。

 一方で白神は、素早い手付きで端末を操作してカレイドスコープ改の活動停止への作業を進めていた。


「……よし、これで大丈夫。思ったより簡単で助かった。生方さん、終わりましたよ。次は、この船の進行を止めます」


 白神が言って、宗助の方へと振り返る。当の宗助は怪訝な顔で、手に持った紙面に視線を走らせている。


「……生方さん?」

「え? あ、すいません。なんかここに、変な文章が書かれた紙が――」


 宗助が手に持っていた紙を白神の方に差し出そうとした、その瞬間。


「……え?」


 その書類ごと、宗助の姿が消えた。

 そして瞬きする間もなく、入れ替わりで一人の男が現れた。白神は一歩、二歩、後ずさる。あまりに突然の出来事だった。現れた男は青い髪に鋭く冷たい青い瞳の持ち主。白神はその男を知っている。


「――シリング……!」


 やはり、居た。やはり来た。

 予想通り、フラウアの居るところにはこの男もかならず居る。だが、それは今は白神にとってそれもどうでもいい。

 一体何をどうやって、人間一人を消し去り、そして一瞬にして目の前に現れたのか。白神のドライブでも「聴く」事ができなかった。ドライブ能力の仕業であることは間違いないが、想像がつかない。

 白神は慌てて戦闘態勢に入りつつ、宗助の気配を探る。近くには感じない。


 驚愕を隠せない白神に対して、シリングは冷たく言い放った。


「生方宗助の事なら、諦めろ。もう助かりはしない」


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