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machine head  作者: 伊勢 周
12章 メモリー
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チェイン・ソー・ヘッド

 時間は少し遡り、場所は第三船倉。

 その室内に立つのは二つの影。一つは、赤い髪を翻す女性剣士、一文字千咲。もう一つは、六本の腕を持ち、その全てに鋭いチェーンソーを携えた、体長四メートルはあろうかという程の機械仕掛けの二足歩行型首長竜。


 そのチェーンソーは全て稼働しており、けたたましいモーター音を鳴らして無数の小さな刃が高速で回転している。触れれば石だろうが鉄だろうが真っ二つにしてしまいそうで、もし人間の身体にそれが触れたら、などは考えるまでもない。

 そのマシンヘッドが搭乗してきたエレベーターは扉が閉まる。マシンヘッドはそれを合図にするかのように、またしても咆哮をあげて、イノシシが突進するが如く千咲目掛けて突撃する。凶器を六つ携え突撃してくる相手を待ち受けるような事はせず、千咲はそいつの突進のコースから外れるように左へと軽い足捌きで走り始める。

 視線は敵から離さない。

 チェーンソーの回転音が耳の中をいじくりまわされるように不快で少しだけ眉をひそめる。

 右下段の腕を千咲目掛けて突き出した。リーチが随分と長く、攻撃範囲は千咲が予測していたよりも少し広い。


「くッ」


 間合いの計算ミスにより、先制攻撃は相手に譲ってしまった。千咲は苦い顔をしつつ攻撃の対処へと思考を切り替える。

 マシンヘッドの腕は見たところ、先端が触れるだけで生身の人間にとっては致命傷レベルの武器になっている。そのため、腕を突き出すという作業に威力などというものは全くの不必要で、ただ素早く正確に、刃を相手に触れさせてしまえばいいのだ。ほんのひと掠りさえすれば、相手の何かしらの部分を削り奪うのだから。

 横に寝かされたチェーンソーが千咲の右肩部に近付くが、千咲とてそれがそのまま真っすぐ自分に触れればどうなるかなんて理解しているから、そのままそれが自らの身体へ触れることを許可しない。

 巧みに両足を使い自身が真っ二つにしたマシンヘッドの上半身を腰辺りまでトス、そのままぶら下がっていた腕を、刀を持っていない右手で鷲掴みにする。


「うりゃああああッ!!」


 そしてハンマー投げのように身体を軸にぐるんと一回転させ、そのマシンヘッドの残骸を思い切り殴りつけ迫りくるチェーンソーの一つを迎撃した。

 ガァァァァァン! と、鼓膜を突く音がして、そして火花が飛び散る。ガチガチと音がなる。チェーンソーと千咲が叩きつけたマシンヘッドが激しく摩擦を起こし、震える。千咲は残骸から伝わってくる激しい振動を右手にひしひしと感じながら歯を食いしばる。

 だが、力と力の競り合いはすぐに終わりを迎える。

 千咲が振り回した残骸は、虚しくもチェーンソーによって更に分断されてしまい、切れ端は勢い良く吹き飛ばされてしまった。

 だが、それでも攻撃をいなすことに関しては機能したようで、千咲は迫るチェーンソーの横をすり抜けてマシンヘッドの懐へと踏み込む。リーチが長くても、懐に入られると具合がわるいというのは彼女自身刀を使う人間としてよくわかっていて、それをそのまま実践する。

 敵機はそんな千咲に対して、すりつぶしにでもするつもりなのか、両上腕部を彼女の頭上真上から縦に振り下ろす。

 しかし彼女はマシンヘッドの演算を上回る速度で、またしてもひらりとそれらをすり抜け、右手で掴んでいた鉄屑を放り捨てて両手で刀を握る。そしてまっすぐ頭上に刀を持ち上げると、手首を返し胴体部に袈裟斬りをお見舞いする。

 キンと金属音を鳴らして刀と胴体が激しくぶつかる。わずかに刃が立っているものの、一刀両断とはいかなかった。

 刀と胴体の密着部分からは僅かに白い煙があがりはじめる。千咲の刀に込められたドライブの影響だ。いったいどれほどの高温で熱されているのか、切り口は徐々にオレンジ色に光り少しだけ溶ける。

 だがマシンヘッドもそのまま懐でやられるがままの筈もなく、千咲を左右中段の手(刃)で挟みにかかる。

 彼女は、予めその攻撃を予見していた。今自分が居る位置へと攻撃するには、攻撃の手段と軌道が限られる。挟まれる前に逆に、千咲から向かって左側から迫る刃の下に潜り、腕とチェーンソーの間にある装甲が薄い可動部を斬り上げた。


「おりゃあああ!」


 途中で少し刃が止まったが、それでも彼女は力技で右下段のチェーンソーを切断。そのまま床に落ちて、刃の回転は静止した。


「よし、残り五本」


 常人が見ればあっという間の攻防。近寄る事さえ憚られるような凶器の塊に対して、千咲は柳のようにゆらゆらと翻弄している。彼女はその場に留まらず、ひらりと身体を翻し、反対側から迫る左下段の腕が届かないマシンヘッドの脇へと移動し、再び胴体へと斬撃を浴びせる。

 先程と同じ、キン、と高い音が鳴り、刃は立つのだが、そのまま切り抜けることを許さない。


「ああ、もうっ」


 千咲は相手の硬さに苛立ちつつも、深追いは厳禁だ、と自らに言い聞かせて刀を引いた。『どうしようもなく硬い』というわけではないのだが、その『どうにかなりそうだけどなかなかうまくいかない』感じが千咲を苛立たせる。


(腕は結構簡単に斬れたんだけどなぁ)


 長期戦にする気はなく、千咲にとってはリーチの長いこの敵に対してせっかく潜り込んだ懐であるから、簡単に離れるつもりはない。

 しかし、マシンヘッド側はこの位置関係が不利だと解析できているようで、現在の位置関係から無理に攻撃はせず、まずは千咲と距離をとろうと身体を動かしている。しかし千咲のスピードと動きに対してマシンヘッドの読みは追いつかず、なかなか彼女を懐から追い出すことはできない。


「機械のくせに、間合いとか、そういうのもあるのね」


 千咲は感心の中に皮肉を多分に含めてそう言って、素早くマシンヘッドの背後に回りこむと、回り込んだ際の体のひねりや運動をそのまま攻撃へのエネルギーへと利用して斬撃を放つ。先ほどの攻撃よりも一際甲高い金属音が鳴り響いたがやはり切断に至らず、千咲は先程よりもさらにむっとした表情で自分の三倍程の大きさのあるそいつを見上げて睨みつける。

 そこでふと思ったのが、この長い首を切り落としてはどうだろう、という事。

 彼女のこれまでの戦闘の経験上、どれだけ硬い敵でも関節部はもれなく弱いということを知っている。先程もその経験から腕とチェーンソーをつなぐ関節部を切断したばかりだ。

 見る限り、首はぐりぐりと象の鼻のように動いているし、装甲と装甲の間にゴム素材のような黒い部分が見える。だが、攻撃するには少しばかり位置が高い。

 千咲の身体能力を以ってすれば、背の高い敵を跳んで斬る事も難しくはないのだが、それをすると攻撃の威力と正確性が落ちてしまう上に、なによりも一撃必殺の武器を持っている敵を相手に自由がきかない空宙へとピョンピョン飛び跳ねるのは危険極まりない。


(それならば………)


 運動よりも思考の方を優先して、つい足が止まってしまう。その間にマシンヘッドは千咲の方へ身体を向けると残り五本の内三本の腕をそれぞれの方向から千咲に向けて突き立てた。

 近づいてくるモーター音によって千咲ははっとさせられる。三つのチェーンソーがすぐ目と鼻の先に迫っていた。


「ちょっ……!」


 思わず後ろに飛び退いて、すんでのところで刃の間をすり抜ける。だが、彼女が着用しているジャケットの脇腹の部分は、刃に一瞬触れただけでボロボロに破けインナーアーマーが垣間見える。髪の毛にも少し触れたらしく、いくつかの赤い髪の毛がはらはらと宙を舞って散っていった。そしてなにより、彼女があれほど気にしていた間合いをあけてしまった。


「はぁー……」


 千咲は自分の迂闊さにため息を吐いて刀を握り下段に構え直す。宗助に無茶をするなと言っておきながら、彼に再会した時には自分の方がボロボロの姿でした、なんて格好悪いにも程がある。

 手早く目の前の敵を破壊して、半人前の彼の手助けに行ってやらねばいけない立場だ。それが先輩としての一文字千咲の「最低限」なのだ。


 彼女は気合を入れ直し、目の前のマシンヘッドを睨みつける。相変わらずギィギィとやかましい音を立ててチェーンソーを回転させるそいつは、千咲を見下ろして両上段の腕を振り上げた。

 見え見えの攻撃モーションであるが、残りの三本を門のようにして懐を固めているので先程のように懐に潜りこむことは容易ではなさそうだ。

 最初に右手が千咲目掛けて素早く振り下ろされる。それを避けつつ、背後に回ろうと相手の右側から回り込もうとするが、右中段の腕が真横になぎ払われ、それ以上の接近を許さない。

 いくら彼女が素早くとも、先程のように懐に潜っていれば別なのだが、わざわざ外周をぐるりと走って回り込もうとする千咲と、ただその場で方向転換するだけのマシンヘッドではなかなか差ができず、距離は詰まりも縮みもせず、ただぐるぐると回っているだけになる。

 少しでもその距離を縮めようとすれば長い腕で攻撃を仕掛けてくる。最初と比べて随分と守備的な戦法をとっているのは、学習能力があるのだろうか。二度と懐で暴れさせないと言わんばかりである。

 急な方向転換を見せてみたり、隙でもできればと床に落ちている残骸を投げつけてみたりとするのだが、いずれも反応され、残骸はチェーンソーによって激しく破壊されてしまう。


「ん~……」


 時間をかけずに始末したいと考えた矢先に相手が守備的な戦術を立ててきたことに行き詰まりを感じ、千咲は短めに唸る。


「こうなったら、……ちっと身体の負担は大きいけど――」


 千咲は立ち止まり、右手で握った刀を前につきだして、その刀身に左手で触れる。

 すると彼女の刀の周囲の空気がゆらゆらと歪みはじめる。しかしそれよりも、不思議な異変が彼女に起こっていた。彼女の腕や顔の肌は上気し朱色に染まり、瞳さえも赤く、もともと薄く赤がかかっていた髪の色はより濃い赤へと変化していく。彼女が刀に宿した熱を、エネルギーに変換して自らに取り入れているのだ。

 不破や稲葉が圧倒的な身体能力を持っていたり、宗助が空気の流れや相手の呼吸を読んで気配や音を読み取るのと同様、彼女が授かった『熱を吸い取り自らの力にする』というドライブの付加能力。


「やったろうじゃないのっ!」


 勇ましい掛け声とと共に地面を凄まじい力で蹴り、再びマシンヘッドへと駆け出す。それを迎撃しようと下段の腕を円を描くようになぎ払おうと振りかぶるが、千咲はその時点で既に、人間で言う脇の部分に到達していた。


「よっ!」


 それは斬撃と言うよりは斧などで叩き切るような攻撃で、心地よいほどの斬撃音を響かせて下段の左腕を肩から切り落としてしまった。ずしんと音を鳴らして二メートル強の鉄の腕が床に落ちる。彼女のスピードやパワーは、先ほどまでの倍くらいでは済まされない程にまで飛躍していた。

 千咲は止まらない。

 切断した腕の切断面に左手をかけると、それを手がかりにして地面を蹴り、するすると左腕中段に登ってしまった。

 敵機は身体を揺さぶり千咲を振り落とそうと試みるが、ほんの少しも堪えていない。それどころかさらに上段へと登り、目標としていた首の根本まで到達した。そんな千咲に対して右上腕で突きを入れるがひらりと避けられて、挙句の果てにそのはずみで自らの左肩を深く削ってしまう。


「あらら」


 千咲はまるで他人ごとのようにソレを横目で見つつ、すっぱりあっさりその右上腕のチェーンソーを切り落とすと、その丸太程の太さの長い首に狙いを合わせて、一閃。

 室内照明の強い光を浴びて、刀がまるで三日月のように宙に輝いた。

 マシンヘッドはピタリと動くことを止めて、そして一秒経ち、首は切断面を境にすぅっとずれて、ごろりと床へと落ちた。

 切断されていない腕のチェーンソーは相変わらず嫌な音を立てて激しく回転していたが、その主はというと膝から順に崩れ落ちた。肩に立っていた千咲は巻き込まれまいと颯爽と跳び、そして着地。彼女の背後ではマシンヘッドが倒れて床に衝突し、派手な金属音をたてる。


「ふぅー……」


 千咲は熱っぽい表情で口から大きく長く息を吐いて、着地した態勢から立ち上がろうとする。が、しかし。視界がまわり、思考は一瞬ホワイトアウト。立ち上がろうと膝についた手はずるっと滑り、彼女もマシンヘッド同様力なく床に臥してしまう。


(……………………あー、久しぶり……、この副作用……)


 千咲は自分の身体に起こった事にそれほど困惑したりはせず、ただ少しぼんやりとする頭でそうなった原因について考えていた。この力を使った後に『こういう事』になるのは何も初めての事ではないのだ。三十秒ほど経てば目眩は治まるということを経験上知っているからこその落ち着きだった。

 そうしている間に、彼女の髪の毛・瞳からはゆっくりと強い赤みが抜けて、普段通りの肌色が戻ってきていた。

 床の冷たさを感じながら、早くこの目眩症状が収まってくれないかと考えていたその時。彼女は背後から聞こえてくるチェーンソーの回転音に違う音が混じって聞こえてくるのを感じた。ガチャンガチャンとせわしない金属音が確かに聞こえる。

 千咲は少し気だるげに首を動かし背後へと視線をやると、そこには、首なしで立ち上がっているマシンヘッドの姿があった。


(………! やばっ……!)


 首を切断して破壊したものだと思い込んでいたが、それは大きな勘違いだった。壊滅的ダメージだったのは間違いないのだろうが、活動停止には至っていないらしい。

 千咲は慌てて立ち上がろうとするが、目眩のせいでうまく立ち上がることができず、両腕を床に立てるのが精一杯だった。その腕もガクガクと頼りなく震えている。


(………詰めが、甘い…………!!)


 マシンヘッドも先ほどまでのようなしっかりとした動きではなく、ふらふらと、これが精一杯といった様子で一歩前に踏み出し、千咲のすぐ後ろにまで迫る。

 キィィィィィィと、不愉快な回転音がやけに存在感を持って千咲の鼓膜を震わせる。頭蓋骨が締め付けられるような感覚。


(……た……立たないと……早く……!)


 千咲の一筋の汗がこめかみから輪郭を沿って流れ、顎にたまり床に落ちる。そんな彼女の背後で、首のないマシンヘッドは左上腕をゆっくりと振り上げて、そしてそのままその腕を、無慈悲に振り下ろした。


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