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machine head  作者: 伊勢 周
12章 メモリー
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更なる襲撃

 宗助たちがブラック・ボックス内部で奮闘している頃。


 時同じくして、ミラルヴァは各地で獲得してきた鉄材を持って専用の倉庫へと歩いていた。両手には常人には到底持ち上げることも不可能であろう質量の鉄材が携えられている。歩幅も歩くペースも乱れること無く平然と歩いている彼の目に、とあるものが写った。ラフターが、イスに座り両肘を机に立てて、両手で頭を抱え込んでいる。

 そんなラフターの姿を見て、ミラルヴァは何事かと足を止める。


「おお……やっと帰ってきたか、聞いてくれミラルヴァよ」


 近付いてきたミラルヴァに気付き、ラフターは抱えていた頭を持ち上げ声をかける。その声色は、本当に困っているようでもあり、呆れているようでもあった。


「……どうした」

「フラウアの奴が、私の試作品達を勝手に持ちだしおった。あれはまだ調整段階だというのに……」


 言ってから、再び肩をがっくりと下ろし額に手を当て、小さく頭を左右に振る。そんなラフターの様子を見てもミラルヴァは特に表情は変えること無く。一言だけこう呟いた。


「試作品……?」


 ただ試作品とだけ言われただけでは、このラフターという初老の男は、数多のシーカー(マシンヘッド)の設計開発を同時に行なっているため、ミラルヴァにとってどれの話をしているのか特定することは困難だ。ミラルヴァは詳しい説明を求める意味を込めて復唱したのだ。


「お前さんが先日、生方宗助と遊んだついでに持って返ってきたシーカーの改良版だとか……」

「……持って帰るついでに遊んでやったんだ」


 ミラルヴァはため息混じりでラフターの発言に訂正を入れる。


「どっちでもいいさ。私は客観的な感想を言っただけで」

「いいから続きを」

「ふむ……。いや、な。フラウアの奴が例の試作機と、その他数百台、あとは私の趣味で作ったマシンをいくつか勝手に持ち出してな。おそらく生方宗助へ復讐にでも行くつもりなのだろうが……」

「ブルームはその事に気付いているのか」

「気付いてない筈は無い」

「なら、奴はなぜ何も動かない」


 ミラルヴァは訝しげな表情で言った。だが、ラフターが気にかけているのは別の部分にあるようで、彼はミラルヴァの言葉に対してこう返した。


「……私がこうして頭を抱えているのは、ブルームがどのような反応をするかではないんだ。いや、奴が何を考えているか、どう動くかも不安ではあるが、それよりも本当に危惧しているのは、奴の持ちだした試作機の方……」

「何か問題があるのか。その試作機に」


 相変わらず重厚な鉄材を両手に抱えたままだが、普段あまり周囲に積極的に興味を持とうとしないミラルヴァにしては珍しくラフターの言葉に耳を傾け、その上で質問をしていた。


「平たく言えば、そう。暴走する可能性が高い。長時間作動させ続けるとな」

「暴走したらどうなるんだ」

「それがわからんから暴走と言うんだ」

「……話はそれだけか? なら自分はそろそろこいつを倉庫に置きにいくぞ」


 ラフターの言葉に若干気を悪くしたのか、ミラルヴァは冷たく言い放って先へと歩き出す。だがラフターもミラルヴァの機嫌を損ねたことに関して特に気にしない素振りで、彼の背中に続きの言葉を投げかける。


「暴走したソレを回収しに行かされるのは、またしてもお前さんかもしれんぞ」

「……どうしてほしいのか、ハッキリ言え」


 立ち止まり、首だけ振り返ってそう言うミラルヴァに、ラフターは言う。


「なに、試作機の奪還と、ついでにフラウアを止めてきてくれんか。シーカーかブルーム、どちらかが暴走する前に。簡単だろう? お前さんなら」


 ミラルヴァはそれを聞くと返事をせずに向き直り、わざとらしくため息を吐いてまた歩き始めた。


「よろしく頼む」


 ラフターはまたもミラルヴァの背に向けて申し出を送るが、彼はと言うと今度は振り返らず返事もしなかった。



          *



 ブラック・ボックス、中~上層。

 宍戸は現在、宗助達と別れたポイントとは少し離れた場所まで移動していた。宍戸が意図的に移動したと言うよりは、縦横無尽に戦闘を繰り広げていった結果、床や壁や天井を突き破り、戦場が二転三転していったのだ。もはや『内部を無闇矢鱈に破壊しないほうがいい』という考えは宍戸の中からは殆ど抜け落ちてしまっているようだ。

 宍戸とカレイドスコープ(改)が暴れた影響で、壁の配管が湾曲して破損し、外れた先から白い蒸気が勢い良く噴き出している。ただでさえ不明瞭な視界が更に塞がれてしまった形だ。


「ちっ……」


 少しだけじれったさを感じて舌打ちをする。白い蒸気の向こう側に吹き飛ばした敵がいるのは間違いないのだが、宗助や白神とは違い、戦闘の大部分を視覚と聴覚に頼っている宍戸からすれば、ここは踏み込んでいくのは得策ではない。一旦引いて、蒸気のこちら側に引き寄せようと考えた瞬間、蒸気の壁を突き破るように高速で鋭い槍が撃ち出されてきた。

 予想以上に素早く、容赦のない急所への反撃に、咄嗟の回避動作を取ることができない。


(くッ……!!)


 大きい金属音が鳴り響く。

 宍戸は間一髪で、槍と自らの胸部の間に銃を滑りこませていた。音の正体は、槍と銃がぶつかり合った音である。

 貫通は免れたがしかし、槍は尚も宍戸の身体を拳銃越しに突き押す。少しの間競りあっていたが、いかんせん態勢があまりにも不利だった。宍戸が形勢を変えようとして左手で槍に触れようとした瞬間、宍戸を押す力が更に強まった。耐え切れず足がふわりと浮き、そしてそのまま後方へと凄まじい速度で吹き飛ばされてしまう。


「うぐッ!」


 そして遥か後方の壁に背中から激突。宍戸は思わずうめき声をあげた。そこでようやく槍攻撃の加点がずれて、宍戸の肩を掠りながら壁に突き刺さった。

 派手な破壊音が宍戸のすぐ後ろで響く。

 そしてこれがチャンスと見たのか、槍を伝って今度は本体が移動してくる。伸びてきた槍はもともと右手だったものらしく、移動してきた勢いをそのまま使い今度は左手を鋭く尖らせて宍戸に襲いかかる。

 だが、その攻撃は先ほどの煙幕からの攻撃とは違い予めタイミングも軌道も読むことができていた。その突きを躱すと同時に宍戸はカレイドスコープ(改)に触れて自らのドライブの支配下に置く。


「少しはやるな」


 そしてそのまま左方にある壁へと激突させる。さらにその壁をも突き破り、カレイドスコープは壁にめり込まされていた。

 宍戸はすかさず、戦闘の余波で破損し地面に転がっていた鉄材を拾い上げ、カレイドスコープ(改)の方へと追い討ちを駆けるように投げつける。勿論ただ投げるだけの攻撃ではなく、もっぱら宍戸のコントロールドライブによる追加攻撃が大部分を占めている。それはまるで銛のように、カレイドスコープ(改)の滑らかな機体に勢い良く突き刺さる。

 穴を空けても修復するというのなら、楔を打ち込めばどうなるか。動作への多少の影響はあるだろうか。宍戸はそう考えてその攻撃方法を選んだ。

 躊躇なく足元の似たような鉄材を再び拾い追撃する。やはりそれは楔となってカレイドスコープ(改)に突き刺さった。痛みなどは無いのだろうが、心なしか居心地が悪そうに身体を捻っているように見える。いっその事このまま壁に磔にしてしまうのはどうだろうかと宍戸が考えついた所で、変化は訪れる。しかしそれは、宍戸にとってはあまり良い変化とは言えないものだった。


 ガキョッ、ガゴゴギギギ……。


 カレイドスコープ(改)が、形容しがたい不気味で不愉快な音を立てはじめる。その原因は一目瞭然。宍戸が投げた二つの鉄材である。徐々に徐々に、鉄材はカレイドスコープ(改)の中へと取り込まれて行っている。それも、ただ単に取り込まれて行っている訳でもない。その様子は言うなれば。


(……喰っているのか)


 人間が食べ物を口に入れ咀嚼するかのように、宍戸の突き刺した鉄材を挟み潰して、圧縮して、砕き、取り込んでいる。それはまさしく『食事』だった。それは鉄材に限ったことなのだろうか、それとも、人間も同じように仕留めて取り入れるのだろうか。

 なんにしろ、ますます目の前のその敵を放っておくわけにいかない。立ちはだかる無機質な問題児に、宍戸は尚更使命感を燃やす。



          *



「さぁ、最後の一体」


 第三船倉に広がる光景は死屍累々。


 ただ、転がっているのは死体ではなく、人間を模しただけのただの金属の塊であるのだが。そんな中で立っている影が二つ。

 一つは、照明に照らされ輝く赤髪を翻し、刀を両手に握りしめて不敵な表情の一文字千咲。

 そしてもう一つは、辺りに転がっているスクラップと似たような形をしているマシンヘッド。違いは、立っているか立っていないかと、『上』と『下』がつながっているかどうかだけである。


「ほんじゃあ、時間も無い事だし……」


 千咲は言いながら一足飛びでマシンヘッドに詰め寄ると、一刀のもとに真っ二つに断ち切った。抵抗する間も無かったマシンヘッドの上半身は切り口を綺麗に滑り、そして地面にガチャンと虚しい音を立てて落ちた。そして静寂が訪れる。


 こうして、ほんの十数分間で第三船倉に立つ者は一文字千咲ただ一人になった。彼女は周囲に動くものは無いかどうか確認するためにキョロキョロと辺りを伺いながら船倉内を歩く。時折無傷で残っているコアを見つけると踏みつぶして破壊した。

 そうして、その船倉内に無事なマシンヘッドが無いことを確認しきった彼女は、第二船倉への扉へと視線を向ける。壁越しに衝撃音や振動が伝わってくる。まだマシンヘッドの排除が完了していない証だ。


「そんじゃあ、向こうに加勢しよっかなぁ」


 そう呟いた直後だった。

 千咲は背後から小さいモーター音のようなものが鳴るのを感じた。素早く振り返り刀を構えるが、しかし床に転がったマシンヘッドはどれも動く気配はない。


「……?」


 ならばこの未だに聞こえる小さなモーター音はなんなのかと、千咲はさらに船倉内を見渡した。すると、マシンヘッド以外に動いている部分を一つだけ発見する。

 千咲が入ってきた入り口の反対側の壁の一部がゆっくりと横にスライドして開いていく。彼らが最初にこの船倉に入った時は大量に設置されたマシンヘッドに隠れて見えていなかったが、どうやら一階の奥はエレベーターが設置されていたらしく、今その扉が開かれようとしているのだ。

 人を運ぶというよりは荷物を大量に運搬するために設置されているものなのだろう、随分とその扉は大きかった。扉が開ききり、千咲は刀を握り直し、その先を注視する。


「……えらく奇抜なのが出てきたね……」


 エレベーターに乗ってやってきたのは、彼女がそう評価した通り随分と奇抜で独特な形をしたマシンヘッドだった。


 全長は目測四メートル程だろうか。全体の色は赤く、顔は細長く動物に喩えるなら狐のようで、首が長く伸びている。

 体はやけに太くて、二本の足でそれを支えている。そして何よりも特徴的なのは――。


「殺る気まんまんっていうか……。珍しい、こんなタイプ」


 それは、胴体から生えている三対の長い腕だ。その腕全てに、巨大なチェーンソーが装着されていた。そいつはエレベーターの中から一歩、二歩、外へと踏み出すと再び立ち止まり、数メートル先に立っている千咲を値踏みするかのようにじっと見つめる。頭部に付けられたカメラのようなものが小刻みに機械音を立てて彼女を捉えようとしている。

 数秒そんな状態が続き、そして。

 機械にとってそれはどういう意味を持っているのかは不明だが、マシンヘッドは大きく口を開き、聞いたもの全てが腹の底から震え上がるような凄まじい咆哮を放って、そして六本の腕につけられたチェーンソーを一斉に起動させる。

 人間の耳には不快過ぎる高い回転音をまき散らしながら、連結した刃達が高速で回転し始めた。その勢いは、触れられれば一瞬で切り飛ばされてしまいそうだ。


「わぁ、恐い」


 千咲は小さく呟いた。


「とっても恐いから、……やられる前にやっちゃわないといけないわ」


 おどけた調子で言うが、刀を握る彼女の手は少しだけ汗ばんでいた。



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