邂逅
ノイズばかりを拾うイヤホンに、海嶋は思わず舌打ちした。
最初の最初から予想していた出来事だが、ブラックボックスの内部とは無線が非常に通じづらい。通信状態が「良好」と「不能」を行ったり来たりで、ノイズばかりがイヤホンを支配しているのだ。
マシンヘッドのレーダーに表示されている反応数は順調に減り続けているが、やはりその過程が不透明なのは居心地が悪い。
そもそもブラックボックスという名前の通りの全く未知な敵に対して、彼等に案内・指示してやれることなど殆ど無いのだが、それとはまた別に、アーセナル側としての準備や段取りもある。
時刻は現在午前三時十二分。
小春は充血して赤くなった眼を、メインモニターに向ける。そこにはただただ、海の上を浮かぶ巨大な黒い塊が映っていた。
ブラック・ボックス。まるで巨大空母のような大きさだが、こんなシロモノが突然海の真ん中に現れること自体が不自然極まりない。それがどこから来たのかをトレースする事は今後絶対に欠かせない課題ではあるが、それよりもまず、彼等六人が全員生きて任務を完遂することをただ祈る。
思い出されるのは、ヘリポートで懸命に言葉を発する岬の姿。彼女は人一倍心配性であることを桜庭は知っている。両掌を合わせて組んで、痛いくらいに握りしめて目を瞑る。
*
第二船倉。
その空間に、生命を持つものは不破要ただひとりしか居なかった。だが、到底無視できないほどの大きく妖しい存在感がそこにある。
不破の足下五メートルには、百をゆうに超える無数のマシンヘッド。不破は心なしか、その全てが自分を討つ為に今か今かと待ち受けているような、無機質ではあるが不気味な敵意を感じていた。罠の可能性は充分にあるということは、不破だけではなく稲葉や千咲の頭にも当然あった。不破はむしろ、『罠である可能性のほうが断然に高い』と見ている。動かないフリなど、虫にでもできる。
だがしかし、罠を恐れて慎重になりすぎて、相手が動くまで待っていても何も解決しない。時として、罠だと判っていても、それらを全てひっくり返す程の圧倒的な強さが要求される場面は存在するのだ。
不破は船倉にかかる橋を渡り中央まで進むと、屈み込んで自らの足元の鉄板に触れる。橋自体の形を変化させて、下へのスロープを作るためだ。橋をぐにゃりと曲げてスロープを作り、ゆっくりとそのスロープを下って大量のマシンヘッドが並んでいる下層へと降りていく。
しかし下層にはぎっしりとマシンヘッドが並べられているため、不破が降り立てるようなスペースはない。よって、作り出したスロープの先端に立ち、一番手近なマシンヘッドに手を伸ばす。一つ破壊すれば、そのスペースに入り込むことが可能になる。
「さっさと全部壊して、宍戸さん達に合流しなきゃあな」
独り言を呟きながら、不破はマシンヘッドに触れた、その瞬間、そのフロアにあるすべてのマシンヘッドの目に光が灯った。
コンピューター起動時にファンが駆動したかのようなモーター音が一斉に鳴り始める。そして次に部屋中でプシュッ、と空気が抜ける音がして、わずかに金属が擦れてきぃきぃと音をたてる。
続々と、マシンヘッドは目を醒まし始めた。
不破が触れていたマシンヘッド自体は彼のドライブにより一瞬にして変形しスクラップと化したが、それ以外の全てのマシンヘッドは、キキキと不愉快な音を立てて首を動かし、次に身体を動かして、不破の方へと一斉にその光る眼を向ける。
何百もの機械の視線を受けた不破は、やや唖然とし、そして大げさにため息を吐いてこう言った。
「…………ベタ過ぎるんだよ、やることが……」
次の瞬間、『言い残すのはそれだけか』、と言わんばかりに、マシンヘッドは一斉に不破に飛びかかり始めた。
*
「うえっ!? ナニコレ!!」
第三船倉にて、橋の上からどう攻めるべきかと考えていた千咲だったが、突然眼下のマシンヘッドが全て覚醒した事に驚きを隠せない。マシンヘッドの頭部に灯る青白い光が規則正しくずらりと並んでいる。
「悪趣味なイルミネーションねぇ……」
しかめっ面で橋の下を見下ろしながら、独り言を呟く。いつまでもこうして見ているだけという訳にもいかないし、もちろん千咲もそうするつもりはない。
(さぁ、いくよ)
千咲は一瞬目を閉じて、自らを鼓舞する為に頭の中で一言唱え、右手で刀を抜き左手でその刀身に触れる。するとすぐに、彼女の持つ刀の周辺に陽炎が揺らめきはじめた。
橋の手すりに足をかけ、そして一足跳びでその手すりを飛び越えて、刀を振り上げつつマシンヘッドの群れの中へ、勇猛果敢に飛び込んだ。そして振り上げた刀を、まるでハンマーを叩き下ろすかのように重力を味方につけて、半月を描くように群れの中の一体をめがけて振り下ろした。
脳天に彼女の一撃を食らったその一体は、『斬られる』というよりは、高熱で変形させられると同時にその凄まじい衝撃に叩き潰され、ひしゃげていた。勿論、そんな形状にさせられてはコアを破壊するだとかは既に関係なく、活動停止を余儀なくされていた。
「……それなりに硬いなぁ……。こっちも、もっと調子出していかなきゃダメかしら……!」
千咲は無事着地と先制攻撃に成功し、周囲には大量のマシンヘッドが居るにも関わらず不敵に笑って呟いた。そして言い終わると同時に彼女は背後にいたマシンヘッドへと、身体ごと半回転させて斬撃をお見舞いする。
マシンヘッドに抵抗する間など皆無で、そいつは見事に上半身と下半身に切断され、ガツンガツンと音を立てて虚しくその場に崩れ落ちた。
鉄と熱の関係を簡単に説明すると。
純粋な鉄の場合融点はおよそ一五◯◯℃強。一般的に使用される鉄は炭素を含んでいるのでそれ以下だ。鋼材の多くは、三◯◯~四◯◯℃を超えると使用出来なくなる。
実を言うと彼女の刀は、「鉄」という素材で作られてはいない。そしてそれは数千℃以上の熱にも耐えうる代物で、頑丈さや切れ味、武器としての攻撃力の継続性、どれをとっても普通の刀では比にならない。
彼女の扱う武器は、そのシンプルな作りとは裏腹に、最新技術の粋を集めた代物といっても良い。
その自慢の刀の刃を返し、休む間など入れずに次々と近い敵から斬って殴って、時には蹴りを入れ、そしてまた斬っていく。
人間相手なら多少の加減をする。機械相手ならそんなもの必要ない。
千咲の周囲には激しい金属がぶつかり合い擦れる甲高い音と、それと比例して次々と見るも無残な鉄くずが増えていく。千咲の動きは疲れて鈍るどころか、徐々に調子が出てきたのかキレを増すばかり。ところが彼女は、「夜中だからか、調子がでないな」などと自らの調子を『不調』と位置づけている。
一分程経過した所で十体破壊し、手近なマシンヘッドがいなくなっていた。遠巻きに間合いを取るマシンヘッド達を見渡しながら、威嚇するように刀を横薙ぎに一振り。凄まじい剣速に、ピュウ、と木枯らしのような音が鳴る。
「せっかくこっちから来てあげたんだから、もっとちゃんと出迎えてもらわないと、さぁ……!」
作戦でもあるのか、はたまた味方達が瞬く間に破壊されていく事に恐れおののいているのか、機械達はじりじりと、揃って千咲との間合いを取り続けている。それを見かねて、彼女は嘆息まじりでそう言った。
機械相手に安い挑発をする自分の可笑しさに、今度は少し自嘲的な笑いを浮かべて、彼女は次の一歩を大きく踏み出した。
*
第一船倉。
部屋ごと揺るがす衝撃に、耐え切れず壁中が震えて軋む。稲葉が自らの能力を駆使してマシンヘッドを吹き飛ばすと、数十体のマシンヘッドがそれに巻き込まれて、スクラップの塊となって宙を舞う。そのまま第一船倉と第二船倉と隔てる壁にまとめて激突し、まるでプレス機にかけられたかのようにひしゃげて潰れる。
稲葉は自分が吹き飛ばしたマシンヘッドの末路を見送る事無く、未だにうじゃうじゃと自身を取り囲む敵たちに矛先を向ける。
すかさず駆け寄ってきたニ体のマシンヘッドの頭部を、見事なタイミングで左右の手でそれぞれ掴む。二体は稲葉に触れられた時点で抵抗など許されず、そのまま動きを停止する。
稲葉は慈悲など見せるわけもなく、シンバルを叩くようにして二体を思い切りぶつけ合った。シンバルとは比べ物にならないほど鈍く汚い音が鳴り響き、それぞれがその場に沈む。
その一連の攻撃を終えて立ち尽くす稲葉の背後に、隙ができたと感知したのか、マシンヘッドが襲いかかる。右手に装着された大きな針を稲葉に向ける。その針は、マシンヘッドが人間の命を奪う時に使用するものだ。
しかし、背中に目が付いているのかと尋ねたくなる程、その動きも稲葉にはお見通しで。稲葉は振り返り針の先端を指先一本で触れて止めると、マシンヘッドの首根っこを乱暴に掴む。マシンヘッドの頭部と胴体部をつなぐジョイントが軋み、ギシギシと音を立てる。
「悪いが、雑魚にくれてやる時間はそう無いんだ」
まだまだ向かってくるマシンヘッドに向けて簡単に照準をあわせ、そして再度吹き飛ばした。
*
ブラック・ボックス、上層。
過去に痛い目に遭わされたマシンヘッドを難なく撃破した宗助は、そのまま先へ進もうと前へと歩を進める。だが、そんな彼の背中に再び白神から声がかけられた。
「待ってください、生方さん。宍戸さんが後から来ても道をわかるように目印を付けておきましょう」
「あ、なるほど。でも、どうやって目印を? 書くものなんて持っていませんけど」
宗助が当然の質問をすると、白神は地面に崩れ落ちているマシンヘッドに歩み寄る。そして屈んでそれに手を触れると、なんと力任せにパーツを引きちぎり始めた。ギギギギギと音を立てて捻り、時に折り曲げて、時に引っ張り、分解していく。
「な、何を……!?」
「いやあ、分解したパーツを道に沿って置いていけば、わかるかなぁと。童話にもあったでしょ? こんな話」
「た、たしかにそうかもしれませんが……」
笑顔でマシンヘッドを分解していく白神の姿を目の当たりにして、仲間ながら恐怖を感じずには居られなかった。白神のドライブ能力からして、そこまで前線における近接戦闘に長けている人ではないというイメージがあったのだが、それは宗助の思い違いだったらしい。
「ここには、童話の失敗のように、鉄くずを食べるような小鳥はいませんしね」
そう言いながら、また一つベキッと音を鳴らしてパーツをへし折る。それは白神なりのジョークだったのだろうが、宗助は乾いた笑みだけしか浮かべることができなかった。
「さあ、これくらいで大丈夫でしょう」
十個ほどに分解されたパーツが、等間隔で正解への道に並べられる。
「いよいよ、もうすぐそこです。この調子で、いきましょう」
「……はい!」
二人は表情をまた一段と引き締めて、颯爽と駆けていく。




