Lean on me
通路中に独特な爆発音が三発響き渡った。銃の発砲による瞬間的な発光が薄暗い通路を照らす。放たれた弾丸は螺旋回転をしながら、暗闇の向こうのマシンヘッドへと弾き飛んだ。
弾丸は目標に着弾し、ギィン、と鈍い音が発せられる。宍戸は不快そうに眉間にシワを寄せて舌打ちした。ドライブで撃ち抜こうとしたのだが、そう簡単にいかなかったらしい。
そして発砲による発光で、その姿を少しだけ視覚で感じ取ることができた。
それは宗助達よりも少し大きめの、人のような形。鈍色でツルツルとした切れ目のない鉄の身体を持っていた。
切れ目がない。首だとか足だとか、膝や肘の部分にも例外なく。つまり人間で言うところの関節がない。それでも、そいつの手も足もスムーズに曲がっている。……鉄自体が曲がっているのか、それともまた違う原因を見落としているのか。
ガリガリガリと未だに嫌な金属音が響き続ける。三つの弾丸は全てマシンヘッド(?)のボディの上で未だに螺旋回転を描いており、だが徐々にめり込んでいっている。
それも長くは続かない。
宍戸のドライブによって更に押し込まれた弾丸は、まるで女性が絶叫しているかのような甲高い音を立てながらマシンヘッドの身体を貫き、風穴を開けてなおも通路の向こう側へと消えていった。
「……どうだ、白神」
通路の向こう側で沈黙した目標を見据え、宍戸は構えを解かずに白神に尋ねる。
「……こいつは……――!」
白神の表情が、戦慄に歪む。
そいつは、風穴を開けられようがお構いなしで更に近付いてきていた。ペースを変えず、何ら支障がないといわんばかりに、ガシャン、ガシャン、と不愉快な金属音を奏でながら近づいてくる。表情なんてものはあるはずもなく、そこにあるのは、冷たい敵意だけだった。
更には宍戸が開けた風穴も、その周辺がぐにゃぐにゃと蠢き、波打っている。そして数秒すると、風穴を周囲の金属が完全に埋めてしまった。
「……!?」
ガシャン。
また一歩、マシンヘッドが宗助達に近づく。宍戸が再度銃口を向けて、容赦なく銃弾を放つ。銃弾はマシンヘッドに直撃し、競り合った後に風穴を開けるが、数秒すれば自己修復して穴は塞がってしまう。
白神にはわかってしまった。その目の前に現れたそのマシンヘッドの正体が。
「こいつは……以前、不破さんと隊長が破壊した、カレイドスコープ。アレと似ている」
「カレイドスコープ……あの、決まった形を持たず、上空のコアが本体だったってヤツか」
宍戸は当時アーセナルに居なかったため、彼にとっては情報は又聞きになる。稲葉と不破が共闘して破壊したカレイドスコープは、不破や稲葉がいくらダメージを与えてもものともしていなかった。
「ええ。ですが、アレとは少しだけ性能が違うようです」
「どう違うんだ」
宍戸が更に白神に質問した所で、そのマシンヘッドは突然走りだした。先程よりも激しい足音が通路中に響き、そしてそれに比例して宗助達とマシンヘッドとの距離があっという間に詰まる。
マシンヘッドは右手を鋭い槍に変化させて、宍戸に向かって突き出した。宍戸は咄嗟に横に飛びそれをかわすと、それは同時にマシンヘッドの懐に飛び込む事も兼ねており、そのまま右手の指先で軽くマシンヘッドに触れる。敵への攻撃としてはあまりに優しいものだったが、マシンヘッドは凄まじい速さで後方へと吹き飛んでいった。
少しして、マシンヘッドは遠くで壁にでもぶち当たったのか、通路に鐘楼を鳴らしたかのような鉄の痺れる振動音が反響した。その音が響き終わるのを待たず、宗助の耳に、やはりこちらへと駆けてくる金属音が飛び込んできた。ガシャン、ガシャン、ガシャン、ガシャン、乱れることのないリズムで、その不愉快な金属音は再度近づいてくる。
「以前の、カレイドスコープは決まった形を持っていませんでした。だけどこいつは、同じ形に戻るように調整されている。どれだけ破壊しても、コアを破壊しない限り今のこの姿に立ち戻る」
「……そうか。だが、コアを壊せば良いってのは同じなら、そこは問題じゃないな。それで、こいつのコアはどこにあるかわかるか」
「おそらく、コクピットと同じ場所に」
白神は感じ取った事実をそのまま述べるが、それは宍戸達にとってなかなか不都合なものだった。宍戸は小さく舌打ちをする。この何度でも迫ってくるマシンヘッドを引き連れてコクピットに乗り込むわけにはいかない。このマシンヘッドも他と同様、ここで破壊しておく必要がある。だが、破壊するには、コアを壊すしかない。
「なら、こいつを破壊するのに、他の弱点はあるか」
「……特に見当たりません」
「特性は?」
「カレイドスコープは、一定の範囲内を温度が高いものから順に無差別に攻撃をしていたようですが、こいつはやはり、僕らを敵と認識した上で攻撃しようとしているみたいです」
「……今のはつまり、攻撃してきた俺を優先して狙ってきたってところか」
「あとは、コアから離れれば離れるほど、性能は落ちていくようですが……。今この位置で戦うとなると、修復能力や攻撃能力、速度など、全てフルパフォーマンスに近い」
「…………厄介だな。少し」
宍戸は珍しく弱音を吐いた。話に聞いていたそれよりも、幾つかの面で一段階凶悪になっている。ミラルヴァがカレイドスコープの事を『失敗作』と呼んでいたのにはこういった背景があったのだろう。
「……こいつを倒すにはコクピットに行くしか無いけど、そうすればこいつが付いてくる。コクピットから離れればこいつは弱体化するけど、そうなると俺達は目的を達成できない……」
宗助がかいつまんで言うと、白神が難しい顔のまま「そういうことです」と答えた。
「なんとかして撒けないでしょうか」
「……いや、撒く為にこの未知の内部を動きまわるのは、いくら白神が居ようが得策じゃないな。撒こうとして焦れば、隙ができる。奴らはそれを見逃さないだろう」
「ならどうすれば……」
宍戸に提案を否定され、宗助は少し混乱気味に尋ねる。その間にも、またしてもマシンヘッドはこちらへと走り寄って来ている。
「俺がこいつを引き受ける。お前らは先に行け」
「……え?」
マシンヘッドはまたしても宍戸に向かって拳を振りかざす。宍戸は軽くそれを右手で受け止めて、再び敵機を自らのドライブコントロール下に置いた。マシンヘッドは宍戸の目の前で今度は身動きしなくなった。
「壊せないのかもしれないが、俺がこいつに負ける要素もない。お前らだけさっさとコクピットへ行ってこいつのコアを破壊しろ」
「そんな……」
「いいから、さっさと行け。時間の無駄だ」
二言目に少し力を込めて話す宍戸に気圧され、宗助は黙らされた。
「――っ、白神さん!」
宗助は判断を仰ぐように白神の名前を呼び、彼の顔に顔を向ける。だが。
「了解。ここは、宍戸さんにお任せします」
躊躇う宗助に対して白神は即決で返事をする。
「さぁ、行きましょう生方さん」
「でも――」
「でも、も何もありません。これは上官命令です。生方さんにあのマシンヘッドを今すぐ何とかする方法があるのなら聞きますが」
「それは……」
白神に少し早口でそう言われる。宗助にはその質問に対する答えを持ち合わせているわけもなく。
「無いなら、早く」
有無を言わさない白神の瞳に、宗助は首を縦に振らされた。
「は、はい! ……宍戸さん、気をつけて……!」
「いいから行け」
「は、はい!」
宗助が返事をして、宍戸に背を向けて白神と共に走りだした瞬間、激しい揺れと共に轟音が鳴り響く。思わず振り返ると、通路の鉄の壁に大穴があいており、その前で宍戸は涼しい顔で佇んでおり、先程まで金縛り状態だったマシンヘッドの姿は見当たらない。
宗助がその姿に度肝を抜かれていると、宍戸がそんな宗助をギロリと睨みつけた。宍戸は無言であったものの、それには「いい加減早く行け」というニュアンスがはっきりと含まれていた。宗助は腹に力を込め直し、そして再度宍戸に背を向け白神と共に走り出した。
*
あっという間に宗助と白神は走りさって、宍戸は一人通路に居残り。
「やっと行ったか……」
そう呟いて、はぁーと長めのため息を吐く。しかし次の瞬間、通路の壁穴から壁の破片をまき散らしながらマシンヘッドが飛び出してきた。宍戸に対して最短距離で槍を突き出すが、それを後ろに跳び躱す。二撃目、三撃目と連続で突き出されるがそれも初撃と同様軽い身のこなしで躱し、そのまま突き出された槍の更に外側へと跳ねる。そしてすぐさま走り、マシンヘッドの横後方側に付けると、そのまま再び機体に触れようとする。
しかしその後、不思議な事が起きる。マシンヘッドの斜め背後をとっていた筈が、なぜかマシンヘッドは宍戸に対して正面を向いていた。
なぜか。それは誰もが通常は想像もしないことだったが、非常にシンプルなものが答えだった。
人間や、テンプレートなマシンヘッド相手ならば完全に死角に入っていたのだろうが、宍戸が対峙しているのはいわばカレイドスコープの上位種。どれだけ死角をとられようが、体勢など自由に変更することができるのだ。確かに人の形をしているが、関節はない。
つまり、宍戸が横に飛び込んだが、マシンヘッドは身体をターンさせることはせずに、素早く上半身をぐにゃりと回転させて、両足も同じく変化させ裏表を逆にし、あっという間に宍戸の潜りこんだ方へ向き直ってしまったのだ。
マシンヘッドは槍を大きな太刀に変化させて横薙ぎ攻撃を放つ。マシンヘッドの流動的な動きにも怯むこと無く、宍戸はそれを上空に跳び跳ねて紙一重でかわし、そのままマシンヘッドの肩部に着地して左手で頭部を掴んだ。
「さて……コアの破壊を待ってもいいが……」
銃口を頭部に押し当てる。鉄と鉄がぶつかり合い、カツンと小さな音が鳴る。
「せっかくの機会だ。本当に全部修復できるのか――」
宍戸は、口角だけは上げて、瞳はどこまでも冷酷に。
「俺が、テストしてやるよ」
そのままゼロ距離で、引鉄を引いた。
*
宗助と白神は、再び遥か後方から鳴り響いた銃声にも動じること無く通路を素早く走り続けていた。これまでよりも少しだけ照明が強くなっていた。二人分の小さめの足音がカタカタと鉄製の通路の上を踊る。
「……! 白神さん、どっちですか!」
少し先に道が左右に直角に分かれており、どちらに行くべきかを宗助が尋ねる。
「左です!」
白神はその質問にすぐに答え、宗助は言われた通り、駆け抜ける勢いそのままに左に曲がった。
「――っ!」
そして、立ち止まる。曲がった通路の先には、宗助にとっては忘れたくても忘れられない、とある一つの嫌な思い出が待ち構えていた。
宗助が、妹である生方あおいの病室で出会った、彼の人生において初めて出会ったマシンヘッド。それと同じタイプの機体が待ち構えていた。宗助はそれを目で確認した瞬間、きゅっと両方の拳を強く握り締める。
白神が少しだけ遅れて宗助に追いつくと、そいつも宗助達の存在に気づいたようで、二人の方へと移動し始めた。白神は応戦しようと構えを作り、間合いを詰める為に走りだそうとする。だが、それよりも早くに宗助が走り出していた。
「生方さん!」
背後で自分の名を呼ぶ声を聞きながら、宗助は無言で駆ける。
(………そう。こいつが――)
フラウアの襲撃がスワロウに入隊する契機になったように、目の前のこの鉄の塊は、宗助にとって全ての始まりだった。
(こいつにやられて、一文字に出会って、皆に出会って……色々なことを知って)
ぐんぐんと、宗助とマシンヘッドの距離は詰まっていく。当然、型は同じでもあの時と出会ったマシンヘッドとは別物だ。宗助も当然それはわかっている。それでも彼は直感していた。
目の前に立ちはだかる「そいつ」は、絶対に自分の力で乗り越えなければいけない物だと。
二つの影の距離は限りなくゼロに近づく。
マシンヘッドは『あの時』と同じように右拳でフックを繰り出すが、宗助はそれを容易く左手で払いのけるようにして捌き、そして素早くその左手でマシンヘッドの右手部分を掴む。
「おおおおおッ!!」
腹の底からの咆哮を上げながら宗助は右手を振り上げ、マシンヘッドの右腕関節部めがけて振り下ろす。同時に限界まで集中力を高めてドライブを放った。拳銃の銃声に負けない程の轟音が鳴り、同時に細かい鉄の部品が幾つかはじけ飛んだ。
マシンヘッドの右腕の関節から先は、切断には至らなかったがぐにゃりとひしゃげている。だがしかし、宗助は攻撃の手を緩めない。
「ふッ!」
息を吐きながら、右足でマシンヘッドの左脇腹に蹴りを入れた。ブーツのつま先に仕込まれている鉄の板が甲高い衝撃音を奏でる。マシンヘッドは少しだけ浮き上がり、ボディが凹む。右足は着地させず、そのまま中段に構え、同じ箇所にもう一撃。再び甲高い打撃音。
宗助から与えられるダメージに構わず、マシンヘッドは今度は左拳で突きを放つが、宗助はそれをかわしつつ脇に挟むと、両手でがっしりと敵の左腕を掴む。歯を食いしばり、両手でつかんだマシンヘッドをそのまま思い切り壁に激突させた。先ほどよりも更に激しい轟音が鳴り響く。だが、まだマシンヘッドは反応がある。
「このッ!」
宗助は再び身体を引いて壁にマシンヘッドを激突させる。するとその拍子にそいつの腰のあたりに手のひら大の箱が取り付けられているのを見つけた。そこに手をあてて空気の弾丸を撃ちこむと、マシンヘッドはガラガラと派手な音を立てて糸が切れたように床に崩れ落ちた。
白神は、今まで見たことのないような後輩の荒々しい戦闘姿に少し唖然とさせられながら、彼に話しかける。
「大丈夫ですか? 生方さん」
すると宗助は、眉間に皺を寄せてまるで鬼のような形相で振り返ると、低い声で言い返した。
「……楽・勝・ですッ!」
足元に崩れ落ちているそれは既にもう、宗助にとって通過点に過ぎない。




