暗闇の向こう
「……床の色さえわからんな」
話す声が、いちいち空間中に反響する。立派な体育館のような広さと、眩しく室内を照らす光。そして眼下に広がる光景に、流石の稲葉も圧倒されていた。というのも、まるで始皇帝陵の側で発掘された兵馬俑のように、機械兵士が床という床に設置されているのだ。
目が回りそうな数だった。数百と言わず、五百や千は居るのではないかと思うほど。
「これが、白神さんの言ってた、下層の空洞でしょうか?」
「だろうな。そもそもこれ自体、東京ドームくらいの大きさってんだから、他に更に大きい空洞なんてあってたまるか」
「……ま、そうですよね……」
千咲はマシンヘッドたちに視線を釘付けにされたまま、尤もな不破の回答に簡単に納得した。
「だが、こいつら……動く気配がないな」
「電源でも切られてんじゃないですかね?」
「でも不破さん、電源なんてあるんでしょうか? こいつらに……」
「無いとも言い切れん」
「確かにな。マシンヘッドにも連続しての活動時間には限りがあるのかもしれん。とにかく、今は動いていないというのが事実だ」
「ですけど、レーダーに反応するのって、活動しているマシンヘッドのみって海嶋さんが言ってた気がするんですけど、それじゃあ、別に動いてるマシンヘッドが何百とあるってことですか?」
千咲がまたまた疑問をぶち上げると、稲葉はいつものように顎に手を当てて少し考える。
「それもあり得るが……。フラウアがわざと一時的にこいつらを起動した、という考え方もできる」
「わざと? なぜそんな必要が?」
「奴が俺達のレーダーの仕様を見透かしているとして……数百マシンヘッドの反応が出れば、当然俺達はそれに気づく。そんな異常事態を放って置く訳にもいかないだろう? ならばコンタクトをとって来い、攻めて来い、と、奴はそう考えたのかもしれない」
「ほんじゃあ、あの反応を見つけた時点からフラウアは、こうなることを望んでいたって事っすか?」
「可能性の一つとして考えられる、というだけの話だ」
「もしそうなら、フラウアは本当に……」
千咲が少し呆れたような表情で言って、最後に少し躊躇うように「……ばか?」と付け足した。不破は不破で、それを聞いて「何を今更」とこれまた呆れ声で返しながら千咲を追い抜かし、橋を進む。
「まぁ、俺がこんな事を言っておいてなんだが、今この状況でフラウアが何を考えていたかってのは置いておいてもよさそうだ。こいつらが起動していないというのなら、今のうちに破壊するのにもってこいだからな」
「ですね。さっさとやって、宍戸さん達に合流しましょう」
「ああ。だが、あそこと、あそこ。あの扉の先も確認しておきたい」
稲葉が指さす先は、今彼等が立っている場所の対面にある、『②』と書かれた大きめの扉。そしてそこから九○度時計回りに回って、彼等から右側の壁にも水密扉。
「確認って言いますと?」
「隣に何があるのかくらいは、把握しておきたい。何かがあった時のためにな」
「確かに。んじゃ、さっさと確認しましょう」
三人はまず、正面の『②』と書かれた扉の方へと進み始める。橋自体は頑丈に作られているようだが、やはり三人で同時に進めば少し揺れるし、足音が空洞中に妙に反響する。
カツーン、カツーン、と空洞中に響きわたる自分たちの足音に妙な緊張感と浮遊感を覚えつつ、橋の上を歩く。足元のマシンヘッドが一斉に目を覚まして飛びかかってきたら、果たして切り抜けることが出来るだろうか、と不破は嫌な想像をふくらませる。ありえないと言いきれい所がどうにも落ち着かない。
不破のその嫌な想像は実現することは無く、不破たちが入ってきた場所とは反対側の扉に無事辿り着くことができた。扉の前に立つと、自動的に扉が横にスライドして開く。
「おいおい……」
その先に広がっていた光景に、さすがに嫌気が差したのか三人の表情が露骨にひきつった。
なぜか?たったいま見た光景と、殆ど同じ光景が目の前にあったからだ。
ひとつめの空洞――第一船倉よりかはひとまわり広さも狭くなっており、それと比例して収容されているマシンヘッドの数も少ないが、それでもびっしりと、人一人入る隙間もなく並べられている。
「……隊長、奥にまた同じ扉が……。右にもありますが」
不破が対面の壁にある『③』と書かれた扉を指差して言うと、千咲が「もう、嫌な予感しかしないです……」とどんよりした空気を纏いつつ呟いた。やはり確認しないわけにはいかないので、ひとつめの空洞と同様に目の前にかかる橋を渡っていく。
ふたつめの空洞――もとい第二船倉も何事も無く橋の上を通り抜けて、目標の扉へと辿り着く。扉を抜けて、待っていたのはやはり同じ景色。これまた第二船倉よりかは大幅に狭く、そこに収容されているマシンヘッドも小学校の一クラス分程までに少なくなっていた。
そしてみっつめの空洞――第三船倉には、先へと続く扉は無かった。
「とりあえず三部屋で打ち止めか……」
「だけど、それぞれの部屋には、他にも扉があった。その先も同じような部屋なんでしょうか」
「確かめるしかあるまい。行くぞ」
またもや橋をわたり、今度は途中で十字にクロスしている部分で橋を曲がり、その扉へと辿り着く。不破が水密扉のハンドルに手をかけて回し水密扉をあける。
すると、その先には、肩透かしと言うか、三人にとっては少し嬉しい予想違いで、稲葉達が入ってきた第一船倉の入り口と同じく、やけに明るい、短めの廊下が伸びていた。
その廊下を進み、壁と見間違うような扉に触れて開くと薄暗く殺風景な小部屋に辿り着いた。そして続いて第二船倉と第一船倉の扉の先も順番に確認したが、やはり同じく短い通路が続いており、その先は小部屋があるだけであった。
そしてひと通り確認した三人は、第一船倉の入り口まで戻ってきていた。
「……どうやら、マシンヘッドがまとめて収容されているのはこの連なった三つの空間だけと考えてよさそうだな」
「ま、他にあったとしても、とりあえずここは全部掃除することは決定っすね」
「ああ。それじゃあここからは、手分けして片付けていこう。俺はこの第一船倉を、要は隣を頼む。千咲は第三船倉を。いいな?」
「了解っす!」「了解です!」
稲葉が選択した作戦は、三つの船倉をそれぞれ三人が分担して破壊工作を行なっていくというもの。不破と千咲はそれぞれ稲葉に言い渡された戦場への渡り橋を迅速に駆け始める。
「いいか、一つ残らずだ! 全て再起不能にしろ!」
そんな二人の背中に、稲葉は大声で命令を付け加えると、二人は走りながら「はい! 当然!」と同時に叫んで返した。
「さて、俺もやるとするか」
第二船倉へと入っていった二人を見届けた後、稲葉は眼下にずらりと並ぶマシンヘッド達を見渡し呟いた。
*
ブラック・ボックス中~上層部。
宍戸達はというと、大量に襲い来る獣型マシンヘッドを退けたところだった。十数匹同時に襲いかかってきたのだが、ほとんどのマシンヘッドの背中には銃痕、もとい宍戸のドライブ痕が残っており、スクラップと化したマシンヘッドが山積みになっていた。数カ所のかすり傷や着衣の乱れはあるものの、三人ともに特に大きな異常は見当たらない。
「これでひとまず全部片付いたか……」
宍戸が気だるそうに言いながら拳銃のリロードを行う。空薬莢が地面にカラカラと音を立てて転がっている。その彼が、視界の端に気になるものを見た。白神の不可解そうな顔だ。
「どうした、白神。なにかおかしな事でもあったか?」
「……宍戸さんが倒したマシンヘッドが十一体。僕が五体。生方さんが二体」
「?」
なぜか突然それぞれの撃破数を数え上げる白神に、宗助は勿論宍戸も一瞬不思議そうな顔で見返してしまう。
「それがどうした」
宍戸がストレートに疑問をぶつけると、白神が、「曖昧な感じではあるのですが」と恐る恐るという様子で注意を促した上でこう言った。
「こいつらは、生方さんを標的には入れていなかった。…………ような、そんな気がします」
「……?」
宗助には全く身に覚えがない物言いで、余計に疑問符が頭上を踊る。
「敵意、というものがこいつらに存在するとしたら……。それが生方さんに向けられていなかった。僕と宍戸さんしか見ていない。生方さんは見ていない。そんな感じがしたんです……本当に曖昧ですが」
「お前の言うことは、お前が俺達に嘘をつこうとしていなければ、俺達にとって一〇〇%正しい。自信を持って言え」
言葉をなんとか搾り出している白神に向かって宍戸はそう言うと、続けて独自の見解を述べた。
「なぜ、そうなのかは、わかりませんが……」
白神はそう言って宗助の方を見る。宗助自身見られようが話を振られようがわかる訳もなく、何も応えることはできない。そこに、宍戸がポツリと呟く声が小さく響いた。
「…………要するに、フラウアの野郎はあくまで『生方宗助は自分の手で始末したい』と、そう考えてマシンヘッドを調整しているって事だろうな。くだらん」
「えっ?」
宍戸のセリフに宗助は驚きを隠せない。そんな宗助を見て、宍戸は言葉を続ける。
「なんだ、不破から聞いていなかったのか? 奴は、お前に復讐する為にわざわざこんな大層なもん持ちだしてきたらしい。お目出度い野郎だ」
ある程度の復讐心は持たれていてもおかしくはないと思っていたが、そこまで執着されているとは思っていなかった。少しだけ背筋が寒くなったが、それよりも遥かに、対抗心と闘争心が湧いてくる。勝手な逆恨みに屈してやれる程、生方宗助という人間はお人好しではないのだ。更には、マシンヘッドが自分を狙わないように設定しているのでは? という話に怒りまでが湧いてくる始末。本来ならば「ラッキー、とりあえずマシンヘッドには狙われずに済む」と思うところなのかもしれないが、生方宗助は違った。
実は彼は、人一倍負けん気が強い。ただ単純に「なめられたもんだ」と、そう思ったのだ。自分があの日からどれだけ修羅場をくぐり抜け、どれだけの鍛錬を積んできたか。努力に裏付けられた自信に泥を塗られたような気分だった。
「後悔させてやる」
宗助が誰に言うでもなく呟いたその一言に、宍戸は少しだけ口角をあげる。
「先に進みましょう。とんだ邪魔が入った」
白神が言うと、三人はそれぞれ目を合わせ、力強く頷く。通路に積まれた鉄くずに背を向けて、先へと走り始めた。
それから、何度か襲いかかってきた獣型マシンヘッドをことごとく退け、宍戸、白神、生方の三名はブラック・ボックスを進み、そして遂には上層部にたどり着いていた。偶然か、それとも白神が言う通りそういう風に調整されているのか、マシンヘッドが宗助に対して積極的にその爪を向けることはなかった。
そして。
「どうだ、白神」
「コクピットも近くに感じます。そして……」
「フラウアか」
「ええ。奴もその近くに潜んでいます」
白神は周囲を伺うように周囲を見回す。相変わらず薄暗く、万全な視界の確保が困難な状態である。
こんな劣悪な状況でもこの場所に至るまで、宗助や白神の能力が幾度も危機を事前感知・回避してきた。宍戸も、白神の能力はもとより頼りにしていたが、これほどまでに宗助が力になってくれるとは予想していなかった。態度には出さずとも、うれしい誤算だと感じていた。
「コクピットを制圧してこの船を乗っ取るのが先か、ヤツをぶちのめすのが先か」
「希望としては、先にフラウアを行動不能にしてから落ち着いてコクピット操作を行いたいところですが」
白神と宍戸がそんな会話を交わしている最中、またしても宗助の耳と肌が、空気の振動を感じ取り何者かの気配をつかみとる。
「宍戸さん、白神さん、ずっと前に何かがいます」
「またイヌか」
「いや、さっきまでのとは、……違います。動きはそう速くありませんが、ゆっくりとこちらへと向かってきている」
二人は前方の暗闇へと目を凝らす。白神と宍戸には聞こえていないが、宗助には聞こえている。ガチン、ガチンと、重厚な足音のようなものが、少しずつ大きくなっている。近づいてきている。
「……」
やがて宍戸の耳にも微かにその音が入ってくる。ガチン、ガチンと、ハンマーで鉄板を叩くような音。そして暗闇の向こうに、足元の微かな照明を反射する銀色がぼうっと浮かび上がった。
形は人のようで、未だに距離があり視界も悪いためハッキリとは見えないが、その身体は滑らかな丸みを帯びたボディである。宗助、白神は戦闘の構えを取る。白神はきゅっと目を細めて、その正体を見極めようと暗闇を睨む。
「付近にある気配はあれ一体だけか」
「はい」
宗助が答える。それを聞いた宍戸が、上着の懐内のホルダーから銃を一丁取り出し銃口を闇の先に向けた。右手人差し指は引鉄にかけ、左手は拳を作りハンマー部に軽く乗せる。
「いいか、生方」
「はい?」
隣の宍戸が、またしても宗助に話しかける。宗助は宍戸に視線をやらずに返答する。
「今も昔も変わらない、戦闘の基本がある。基本中の基本であり、これから、戦いを有利に進めたければ心がけておけ」
「……それは?」
「先制攻撃だ」
そう言ってから間髪入れず、宍戸は素早く引鉄を引いた。




