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machine head  作者: 伊勢 周
11章 ブラックボックス
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殲滅開始

「宍戸さん、フラウアとコクピット、どちらを優先しましょう」

「コクピットだ。フラウアはほうっておいても勝手に襲ってくるだろうしな。わざわざこちらから奴を探すのは無駄だ」

「なるほど」


 全く計画性のない理屈と根拠ではあるが、しかし白神を納得させるのには充分なもので、「ならば」とコクピットへの道を一直線に探り始める。その間、宍戸は宗助に話しかける。


「おい、生方。お前、空気を『読んで』周囲の気配を読むことができるんだったな」

「出来ます」

「範囲は?」

「……最近の計測訓練では、はっきりと周囲の動きを読めるのは、半径八メートル……弱でした」

「上出来だ。進んでいく上で、お前は周囲の空気を探れ。異変があればすぐに知らせろ。いいな」

「は、はい!」

「白神。お前は道順と罠の察知に集中しろ。外敵は俺と生方でなんとかする」

「わかりました」


 宍戸が強烈なリーダーシップを発揮して、白神と宗助に役割を分担して与える。三人の目の前には、細く長く続く通路。灯り等ほとんどない、無機質な壁と暗闇のその先を見据えて、そして。


「よし、進むぞ」

「はいっ」


 足音はなるべく立てない。自分達の動きは相手に筒抜けであると考えたほうがいいが、癖のようなもので、どかどかと足音を立てて敵地を歩くのはどうも愚かなように感じてしまうのだ。まるで一歩一歩に意味があるかのような歩み。突然の攻撃や罠に備えて、何時でも動けるよう小股で素早く歩くことを意識する。そう訓練されており、染み付いている。


 宗助の気配察知能力と白神のエレメンタルドライブを併せれば、奇襲などは名ばかりの、意味を成さない気配丸出しの突撃に成り下がるのだが、それでも過信は油断を招き、油断は敗北・失敗―ひいては死を招く。ここは敵地。何が起こっても「そんなの聞いていない」では済まされない。


「――こっちです」


 幾度目かの分岐路にさしかかり、数秒立ち止まったが、白神はすぐに目的の場所への正しい道のりを探り導く。まるであみだくじを正解から上に遡っていくように、目的地への道を絞っていく。

 更に少し広めの、人が五人横並びに歩ける程の幅の通路を進んでいくと、十字路に差し掛かった。前に広がる三方向の道は、それぞれがどれも変わり映えしない、目印も何もない通路だった。

 そしてどの道も薄暗く、三メートルを超えると何も見えない。


「また分岐路か。まるで迷路だな」

「ええ、本当に。……これは、そのまま真っ直ぐでよさそうです」

「よし、進もう」


 白神の指示に従い、十字路を直進する。その時。僅かな気配が宗助の感覚の端を掠めた。


「……右です! 右から何かくる!」


 鋭敏に気配に反応した宗助が、同時に声を出して右の通路の闇の中へと視線を飛ばす。

 そして僅かに遅れて白神と宍戸が振り向き、宍戸は彼の得物であるを腰から右手で引き抜き構え、白神は自然体のまま体をそちらに向けた。宗助も思い出したかのようにナイフを取り出す。歯が立ちそうにはなかったが、防御にはいくらでも使える為だ。

 かすかに金属が引っかかれるような、カキッという音が断続的に三人の耳に届く。それは徐々に大きくなって、こちらに近づいてきている。ジリジリと、地面に付いている宗助の足の指が勝手に動いた。


「肩の力を抜いて、かかとを少し上げろ。重心は中央で、ちょっと前のめりくらいがいい」


 宗助がガチガチになって構えていると、隣にいる宍戸からいつもと変わらぬ口調で指示を受けた。


「背筋はまっすぐ、膝も少し曲げて遊びを作れ。どんな動きにでも対応できるようにな」


 言われた通りの姿勢を作っていく。それだけで、随分と身体が軽く、それでいて地盤が固められたような感覚を手に入れることが出来た。


「……来るぞ」


 そしてその呟きの一瞬後、犬のようなライオンのような、とにかく四足の何かが三人めがけて飛び出してきた。前足と後ろ足で交互に激しく地面を蹴り出し、凄まじい速さで迫ってきた。前足には敵意の塊のような鋭い鉄の爪が装備されていて、地面と擦れるたびに嫌な音がする。金属音の正体はそれだ。そいつは一目散に三人との間合いを詰めて、床を蹴り白神に飛びかかった。


「……!」


 白神はどこにも無駄な力が入っていない、まるで水の様にゆったりとした構えのまま、一歩後ろに下がる。そしてマシンヘッドの鉄の爪はギリギリで白神の鼻先を通過する。白神はその結果をはじめから判っていたように、特に表情を変えること無くマシンヘッドの背後に瞬時にまわりこみ、頭部と思しきものを右手でわし掴みにして相当の重量だろうに持ち上げて、瞬時に壁に向かって思い切り叩きつけるように投げた。

 マシンヘッドは空中で妙な動きをしながら吹き飛び、激しく壁と激突した。壁にはじかれ地面に墜落したが、マシンヘッドはすぐに起き上がり敵意の爪を向ける。


「……やっぱり、隊長みたいにうまくいかないなぁ」


 あっけらかんとした様子でそう言って、白神は右手をぐーぱーと開いて閉じて、感触を確かめるように何度かその動きを繰り返す。


「白神、こいつのコアはどこだ」

「全員漏れなく背中の中央部に内蔵されてるみたいです」

「そうか」


 尋ね終えた宍戸が、リボルバーの銃口をマシンヘッドに向けて、引鉄を引いた。一発、二発、三発。発砲音は通路の隅々迄広がっていく。宗助は耳をつんざくその音の大きさに顔をしかめた。弾丸はマシンヘッドに三発とも直撃して、それも全て白神の言う背中部に打ち込まれていた。どれも鉄の鎧装を破り内側を破壊している。宍戸の弾丸は、他の人間が扱うそれよりも数倍えげつない仕様になっていた。


 宍戸のドライブが込められた弾丸は、ひとたびマシンヘッドの体内に入ってしまえば、彼のコントロールによって、まるで芋虫やミミズが地中を掘り返すように体内を荒らして回るのだ。しばらく動いていたマシンヘッドだったが、徐々に動きが緩慢になり、数秒すると完全にフリーズしてしまった。


「……完全に、沈黙しました」


 白神の言葉を聞いて宗助は、ほぅ、と息を吐く。宍戸は銃をホルダーに戻すと「先へ進むぞ」とだけ言って、本来のルートへ身体を向ける。宗助はそんな宍戸を見つつ、白神に話しかける。


「……普通の銃でも、マシンヘッドに通用するんですね」

「いや、コアを直接狙うならまだしも、あんな風に鉄のボディを貫通するなんてことは、よほど改造を施していないと不可能です」

「なら、なんで……」

「宍戸さんが自分のドライブで直接押し込んでいるんですよ。拳銃自体の威力もあるのでしょうけど……。宍戸さんのドライブは、弾丸を操るなら拳銃を使わなくてもそれより速く強く撃ち出すことができますし」


 白神の言葉に、宗助はドライブという能力の凄まじさを再度考えさせられる。


「拳銃より強くって……、それじゃあなんでわざわざリボルバーを……?」

「半分は、ある程度銃の力に頼ったほうが消耗が少なくて済むから、と言っていましたね」

「じゃあもう半分は?」

「趣味だ」


 ちゃっかり話を聞いていたのか、少し離れた場所からきっぱりと言い切って、宍戸はそのまま進もうとする。


「早く進むぞ。たらたらするな」


 宍戸が二人を促すが、しかし、このすぐ後に三人は予想外の出来事に見舞われることになった。予想外と言うよりは、どちらかと言うと予想したくはない出来事であり、それでも予想しておかなければならない出来事ではあったのだが。

 先ほどの何十倍もの、鉄の爪と床が擦れる音が、これでもかと通路から響いてきた。

 ガリガリ、ガリガリと、幾つも幾つも不快な音が、空気や地面を伝って近づいてくる。


「群れだな」

「群れですね」


 両手でも数えきれないほどのライオンのようなマシンヘッドの群れがこちらに向かって走ってきていた。だが、宍戸と白神は冷静に見たままの景色を言葉にする。

 緊張した面持ちの宗助が、そんな二人に「冷静に言ってる場合ですか! どうするんですか!?」と焦って尋ねると宍戸がキュッと目を細めて言う。


「どうするだと? 生方、予め言っていた筈だ。全部ぶっ壊すとな」


 宍戸は懐から今度は二丁の銃を取り出して、群れの中央へと銃口を向けた。



          *



 一方、稲葉・不破・一文字は白神に言われた通りひたすら下層へと下降していた。宍戸達と違って特にマシンヘッドやそれに準ずる罠だとか、フラウア一味に遭遇することもなく順調に下層へと進んでいた。

 通路を歩いている最中、ひとつの扉を見かけたので開いてみた三人だったが、その先に続くのはなんてことのない普通の部屋だった。ここで普通の、というのは『ごく一般的な家庭に据え付けられているような』、という意味ではなく、『マシンヘッドに関する異常なものが見当たらない』、という意味である。豪華客船の一室のような煌びやかさはないし、処刑部屋のような切なさもない。

 生活感がないただの小部屋。


「なにかヒントでもあればと思ったが、ヒントどころか物が無いな」

「ですね」

「ずいぶん下に降りてきたと思うんだが、まだその空洞とやらにたどり着かないのか」


 不破が愚痴っぽく言うと「私に聞かれても」と両手の掌を少し持ち上げてお手上げのポーズをとって応える。


「こういう状況になるのは、白神と別れた時からある程度予想はできていた、止まっていても仕方ない。探索を続けるぞ」


 稲葉にたしなめられ、不破と千咲は部屋を出ようとする。と、その時、千咲の目がそれを捉えた。


「隊長、不破さん。暗くて見難いですけど、そこ、扉になってません?」


 千咲が指さした壁は、確かに周囲の壁と違い、扉の形のような長方形の切れ目が存在した。


「……んん? ……確かに、そうも見えるな」


 不破は再び室内に入り、千咲の指さした方へと歩いて行く。そしてその長方形の部分に手で触れると、突然音もなくその壁の部分が上方向にスライドした。


「うぉっ……」


 不意の出来事に少し驚いてしまう不破だったが、しかし千咲の指摘したとおり、それは確かに扉だった。いままで薄暗い中をずっと歩いていたため、扉の先から溢れる光の量に不破は思わず腕を顔の前にかざして目を保護してしまう。


「すげぇな千咲。お前の言うとおりだ」


 一連の様子を見ていた千咲と稲葉も同じく最入室し、扉の向こうを確認するため不破に近寄る。


「何があるんだ、その先は」


 稲葉が問いかけながら扉の先を覗き込むとそこにあったのは、非常に明るく照らされている短い通路だった。分かれ道も何もない、十メートル程の短い通路。そして更にその先には重厚そうな水密扉が静かな存在感を醸し出していた。三人はおそるおそるその通路を進んでいく。あまりにも強い照明が、全てを晒されているようで暗闇よりも逆に不安を煽られる。


「水密扉……。これ開けた瞬間、海水がドバーとかねぇよな?」


 不安そうな表情で言う不破に対して千咲は「……私に聞かれても」と両手の掌を少し持ち上げてまたしてもお手上げのポーズをとって応える。


「さっきまで歩いてきたこのブラック・ボックスの構造を見ると、それは無い。わざわざこうして乗り込んできているんだ。開けてみないことには話にならないだろう」

「ですね」


 稲葉に言われ、不破がバルブハンドルに両手をかけて回し始める。鉄の擦れるキィキィという音と共に水密扉のロックがゆるくなっていく。ハンドルを回し終え、扉を恐る恐る押して開いていく。千咲と稲葉も、扉の向こうから何かが襲ってくる等の自体を予想しそれぞれ構えを取る。ゆっくりと不破によって扉が押し込まれ、徐々にその向こう側が見えてきた。

 彼等を待ち受けていた光景。それは、広い空間。目の前には橋がいくつもかかっていた。縦に、横に、碁盤目状に横幅一メートル程の橋がかかっている。天井は高く、ところどころにぶら下げられている照明が強い光を放っている。その空間は箱型で非常に大きく、ぎりぎり端の壁が見渡せるほどの大きさ。

 三人はゆっくりとその橋へと進み始める。すると、入り口付近からでは確認できないものもその目に入ってきた。彼らが見たもの、それは――



「要、千咲。下を見ろ」

「もう見てますよ、俺も」

「これ……一体何機あるんでしょうか……」


――おびただしい数の、マシンヘッド。


「どうやら、白神の予想は当たっていたらしいな」


 隅から隅まで、人型のマシンヘッドが、ぎっしりと敷き詰められていた。


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