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machine head  作者: 伊勢 周
11章 ブラックボックス
111/286

優先すべきこと


 宗助達が出発した直後、アーセナルの医務室。


「みんな大丈夫かな……。無茶せずに、危なかったらすぐに逃げてくれればいいんだけど、隊長達にそんな事を私が言うのも失礼だよね……」


 岬はそわそわと心配そうに窓の外を眺める。梅雨独特のじめじめとした大気。黒く淀んだ空の向こうに、闘いの地に赴く大事な人達が居る。


「黙って信じて待っててやりな」

「信じてるよ。信じてるけど、心配しないなんて、無理だよ」

「どーんと構えてな。いい女ってのは、焦らず、じっくりと待てる女なのさ」


 岬の対面のデスクで事務作業をしている平山が顔を上げずに言う。岬は納得いかなさそうな顔で平山の方へ振り向いた。


「それ、使いどころ違うような気がするんだけど」

「何がさ。年上の言うことは素直に聞いときな」

「……いい女って、都合の良い女?」

「さぁね」


 岬がいたずらっぽく言ったその言葉に対して、平山も鼻で笑って返し、岬と同じく窓の外の遠くへと目を向ける。

 軽口で不安が解消されるなら、いくらでも言っていたかった。だが、実際には何も解消されはせず。平山にバレないように、岬は小さく溜め息を吐いた。まるで、胸の内に溜まりきった不安を無理矢理押し出そうとするかのように。


「岬。しばらく寝てなさい。一時だよ、もうすぐ」


 そんな彼女の内心をすぐに悟ったのか、平山は岬に寝るように諭す。


「ん。起きてる。大丈夫だよ、眠くないから」

「今が大丈夫でも後でどっと眠気とか疲れが来るよ。肌も荒れるし、クマもできる」

「……それでも起きてる。起きていたいの」


 窓の外を見たまま、岬は口だけを動かし力強い意思を言葉にのせた。


「ガサガサの情けない顔になって、宗助に嫌われても知らないよ」

「……………………宗助くんは、そんな事で人を嫌いになったりしないから大丈夫だよ」

「間があったね」

「…………」


 指摘されると、今度は、返事がでない。


「冗談は置いといて。アイツらがもしボロボロに傷ついて帰ってきて、だ。その時に肝心なあんたはぐーすか夢の中、もしくは眠気でヘロヘロってシチュエーションを考えてみよう。それはどうなの? 私一人でけが人共の面倒見ろって?」

「それは……そうだけど。でも……」

「あんたの気持ちもわかる。私だって逐一状況は知っておきたい。けど、今私達がやるべき仕事は、休んでその時に備える事でしょ。不破みたいなアホでもわかりそうな事だね、こりゃ」


 それと同時刻、太平洋の真ん中でくしゃみした男が居たとか居ないとか。岬は少しだけ眉間にシワを寄せて難しい顔をしていたが、決心がついたのか立ち上がる。


「じゃあ、一時間だけ寝る! それからはずっと起きてるから、絶対に起こしてね!」

「はいはい。その時私が起きてたらね」


 岬はそのまま医療ブースに入って、簡易ベッドに横になった。寮の自室には戻らない。医務室のほうがすぐに身動きが取れるからだ。そしてなにより、独りにはなりたくなかった。ネガティブな気持ちに心が負けてしまいそうだったから。おおよそ眠りには程遠い精神状態ではあるが、まぶたを強く閉じて気持ちを鎮めようと努める。

 自分の鼓動の音が、枕を伝って大きく響いていた。



          *



 ブラックボックスの甲板。スワロウの六人はある一点で立ち止まっていた。白神はしげしげと黒い壁を眺め続け、残りの五人もその背中をじっと見守る。


「この辺りなら、大丈夫……だと思います」

「えらく自信なさげだな」


 はっきりと断定しない言い方で話す白神に、不破が不思議そうに言う。白神は少し困った表情で「すいません」と言った。


「……とにかく、情報量が多い。普通の道や建物を歩いている時とは全く違う、未知のものだらけの博物館を歩いているような、そんな感覚なんです」

「わかるようなわからねぇような……ま、ともかく穴を開けてみよう。ずっと外で波の音を聞いていても仕方ねぇ」


 不破はそう言うと、白神が指し示したあたりの壁に触れて、その周辺部分を薄く変化させる。数秒触れ続けた後ぱっと手を離して、不破は千咲の方へと振り返りこう言った。


「ほんじゃあ、このへん斬ってくれ」

「わかりました」


 千咲が一歩前に出ると、同時に残りの面々が一歩、二歩、後退する。千咲は周囲に仲間が居ないことを視線で確認すると抜刀、目にも留まらぬ速さで斬撃を壁にお見舞いした。

 不破の触れていた壁部分は見事に薄っぺらな紙のようになっており、千咲の刀は全く抵抗を受けることなく裂け目を作り出した。千咲は更に間髪入れずに次々と刀を振る。一度まばたきしている間に四振りか五振りはしているのでないか、というほどの剣速。

 不愉快な、金属の擦れる甲高い音が鳴り響く。

 ひと通り刀を振り終えた彼女はそのまま鞘に収めて全員の方へ振り返って言った。


「行きましょう」


 言った後に、ブラック・ボックスの壁はバナナの皮をめくるようにべろんと剥がれた。その先に続くのは、仄暗い通路と、その中でぽつぽつと光る気味の悪い光。そこから先は、未知の世界。

 六人は、躊躇なくその中へ身を投げ入れていった。



 内部に侵入した六人はすぐさま周囲に警戒を張る。どうやらそこは外周通路で、長く緩やかにカーブした通路が左右にずっと続いている。照明は薄暗く、遠くまでハッキリと見通すことは難しかった。


「どうだ、白神。『聴こえ』そうか?」


 普段から彼が表現している「聴こえる」という言い方で、稲葉は白神に問う。白神は険しい表情で、静かに周囲に探りを入れるように見回している。


「はい、なんとか役に立てそうです。……ですが、やはり情報量が多い。正常な判断が出来るかどうか……」


 未知の雰囲気に気圧されているのか、白神が弱気な言葉を吐く。が、そんな白神に一つ声がかけられた。


「大丈夫ですよ白神さん。一人で全部片付けようとしないで。落ち着いて、横も見ながら進みましょう。私も皆も、ちゃんと居ますから」


 それは自信に溢れた表情の千咲だった。


「え……」


 白神はとても意外な物を見たかのような表情で千咲を見つめる。

 確かに白神の心には、稲葉や宍戸に「今回の作戦の肝だ」と言われ力を存分に発揮しようと張り切っている部分と、逆にその大きすぎるプレッシャーに押しつぶされそうな部分と、二つの面が作られていた。

 それは時間が経過するにつれて、本人も気づかぬうちにプレッシャーばかりが大きくなって、心が窮屈になっていた。そんな白神の心を知ってか知らずか、彼の想い人である千咲の言葉は白神の心をほんの少しだけ軽くしてくれた。そしてその「ほんの少し」は、こういった場面においては非常に大事な「ほんの少し」である。

 たったそれだけで、視界が、ドライブによる感覚が、とてもクリアになっていくように感じた。


「はい、肝に銘じておきます」


 白神はいつもの表情を取り戻して返事をした。


「白神、とりあえずこの船をコントロールしている場所を目指そう。わかるか?」


 稲葉が尋ねると、白神の顔は再び少し考えるような表情に戻る。


「ええ、わかります。わかりますが……もう一つの目的を達成するには、少し効率が悪いかも……」

「……! マシンヘッドか」

「はい。ここより更にフロアを降りると、下層にマシンヘッドの格納庫があるようです。……そして、この船を操縦するコクピットはおそらく最上層に」

「つまり、俺達は真ん中に入ったと」


 不破が端的に言うと、白神はまた首を一度縦に動かした。


「どっちを先に叩くか決めないとって事ですか?」

「んー、そういう事になるか……」


 今まで黙っていた宗助が口を挟むと、不破がそれに反応する。


「先に下に降りて、マシンヘッドを全部壊しちゃった方が、少しは安心して作戦を進められるんじゃないでしょうか」


 千咲が提案する。


「しかし、コクピットを奪ってしまえば、そもそもこれ以上この船を日本に近づけることも無いな」


 不破の提案は、千咲とは別の行動。


「それに、フラウアの野郎を放っておくのも、こう言うのは癪だが少し具合が悪い。ヤツを降服させる事が出来れば、根本の問題もほぼ解決される。勝手に向こうから襲ってきそうだが……」


 不破が続けて第三の選択肢も提案した。

 各選択肢にそれぞれ整合性はとれてあるし、どれも同じくらい優先すべき事項だ。だからこそ、決めあぐねてしまう。

 裏を返せば、どれを選ぶにしろ「正しい」も「間違い」も無いのだろうが、結果として立ち止まってしまっているその状況こそが彼等にとって「間違い」であるのはわかってはいるのだが……。それでも任務に対する焦りと慎重さその他諸々が、かえって任務の進行を滞らせてしまうというジレンマに陥っていた。

 そして、稲葉が出した答えは――。


「そうだな……。作戦は少し変更だ。二手に別れよう」

「……!」


 全員が『みんなで共に行動する』と言う固定観念に囚われてしまっていたその時に、単純すぎる解決策をぶちあげた。


「三人一組だ。片方はマシンヘッドの破壊。片方はコクピットの占拠。リスクは少し上がるが、効率も倍上がると思う」

「どう分ける?」


 宍戸が問うと、稲葉が一瞬全員を見回して、少し考える素振りを見せて、そして口を開いた。


「そうだな……『破壊』チームは、文字通り破壊力・攻撃力を重視だ。俺と、要と、千咲で行く。宍戸、白神、宗助はコクピット占拠に向かってくれ。それで、何かあれば無線で連絡。無線が繋がらない、故障したって場合はこの場所へ戻ってくるようにしよう。目標を達成した時もな」

「了解」


 全員が声を揃え返答した。


「白神。マシンヘッドの格納庫は下層で良いんだな?」


 稲葉・不破・一文字の『破壊』チームは白神のナビゲーションを早々に失う事になるので、今のうちに聞ける情報は聞き出しておかなければならない。不破は質問と言うよりは確認するようなニュアンスを多く含めてそう尋ねた。


「おそらく、ほぼ間違いなく下層にあるかと。ここよりもずっと下層に……非常に大きなスペースがある。数百のマシンヘッドがあるというのなら、そこに置くのが妥当ですね」

「なるほどな。今みたいに、ずっと下へと切り進んでいっても大丈夫そうか?」

「……そこまでは……。少なくともこの床は大丈夫です。それしかわからなくて、申し訳無いです」

「いいや、大丈夫だ。とにかく、その下層を目指して進むさ。何かしらの手がかりはあるはずだ」


 謝る白神を遮って、稲葉が問題ないということを言葉で示した。


「はい。こちらも、何かそれに関する手がかりがあればすぐに連絡します」

「あぁ、よろしく頼む。それじゃあ行こう。要、千咲」

「はいっ」


 不破は跪いて、床に触れる。そして先ほどと同様、数秒触れた所で千咲にバトンタッチ。不破が薄く変化させた床を千咲が切り裂き、下層への抜け穴を創った。


「宍戸。そっちは任せた」

「ああ」


 稲葉が言うと、宍戸が短く応える。それに満足そうな表情を浮かべ、そして先陣切って穴の中へと飛び込んでいった。


「そんじゃあお互い、気合入れて行きますか!」


 次に不破がそう言って稲葉に続いて穴へと飛び込む姿勢を取った。


「罠があるかもしれません、くれぐれも」

「わかってるさ」


 白神のアドバイスに笑って応えながら、不破は穴の中に姿を消した。そして千咲も穴の方へと一歩踏み出した。


「……あ、そうだ。宗助、あんた、今度また命令無視とか無茶な事したら承知しないわよ。マジで」

「あぁ、しっかり考えて動くさ」


 千咲が宗助に言うと、宗助も少しだけ口の端を緩めて返事をする。


「どうだか」


 千咲には宗助の優等生的な言葉がイマイチ信じられないらしく、疑い探る表情で宗助を見つつ口角を上げてそう言って、穴の中へと飛び降りていった。


(――……頬を叩かれるのも泣かれるのも、もう御免こうむりたいからな)


 宗助はそんな返答を喉奥にとどめて、千咲を見送る。


「よし、俺達も先へ急ぐぞ」

「はい」


 宍戸が促すと、宗助と白神は、緊張感が漲る顔で力強く返事をした。


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