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machine head  作者: 伊勢 周
2章 特殊能力部隊・スワロウ
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帰路につき岐路に立つ

 アーセナル、隊長室。


 広々としたその部屋には稲葉が普段から着席するためのデスクの他に応接用のテーブルスペースがあり、三平米程の重厚な茶色い木製テーブルと、黒革のソファが平行に一対テーブルを挟んで並べられている。稲葉と不破は一対一で向かい合って座り、険しい表情で会話を交わしていた。

 話題に上がっているのは専ら、今日出会った青年・生方宗助の事である。


「一度で全てを説明して、理解してもらうのは難しいな」

「仕方ない部分もあるとは思います。あれが一般的な人間の偽りない感想かと」

「……。そうだな。実際に現実に触れて初めて解る事もある」

「彼の立場から考えれば確かに突然すぎると思うのも、無理はないかもしれません」

「突然、か……」


稲葉は、ふぅ、と一つ息を吐いた。


「そう、奴らは突然に襲いかかって来る。その都度待っていてくれなどしない」





 一つ一つの照明の性能が高いおかげで廊下は不自然にぎらぎらと明るい。よく磨かれた床も照明の光をつやつやと反射し照らしている。

 そこに響く二人分の足音の主は、瀬間岬と生方宗助のものである。ただただ足音だけが鳴り、会話は無い。それもそのはず、彼らは今日初めて出会ったばかりの上に、先程の医務室での重苦しいやりとりがあって、宗助は何かを話す気分ではなかったし、岬は岬で彼にどんな声をかければ良いのかわからなかった。


 岬はそんな重たい沈黙を打破する為、会話のいとぐちを探し、あれやこれやと考えながら彼を道案内している。……のだが、余計な思考に脳内メモリの大部分を使用していた為、何度も道を間違え、なかなか出口に辿り着けずにいた。そして岬自身が道を間違えている事すら気付いていない。その一所懸命に考えた会話シミュレーションも役に立つ事が無いままお蔵入りしてしまった。


「あの」

「は、ふいっ! っ、はい!」


 突然宗助に声を掛けられた事と生来のあがり症のため、岬はわざとにすら感じるほどに締りのない返事をする。


「救護室から出口って、こんな遠いの?」

「ごっ、ごめんなさい、もうすぐ出口に――、え……あぁ……。あれ……?」


 彼女は左右を何度もキョロキョロ見回して、自分達の現在地を把握した。そして。


「……ご、ごめんなさい、道を間違えていたみたいで……」


 肩を縮こまらせて頭を下げた。宗助が疑問に思った原因である、壁に貼られている『食堂』と書かれたプレートを見て、岬も道を間違えたとようやく気がついたらしい。


「……はは……」


 案内係が道を間違えてどうするんだと、宗助は呆れが混じった乾いた笑顔を浮かべた。


「ごめんなさいっ、ちょっと考え事していて、ほんとにごめんなさい! すぐ出口に行くからっ!」


 彼女は何度も深くお辞儀をする。


「そんなに謝らなくても……。一応、案内してもらってる訳だし。えっと、なるべく早く頼むよ」


 ここまで下手に出られると調子が狂うようで、宗助は引き気味に受け答えをする。


(きっとこういう性格の人なんだろうな……)


 そんな風に結論付けたその時、廊下の向こうから、宗助の目に、そうそう忘れられそうにない赤髪の女性・一文字千咲が近づいて来るのが見えた。。


「はぁ、疲れた……。って、岬、宗助も、こんなところでなにしてんのさ」


 宗助と岬の姿を確認し、素直な疑問を呈する。岬は二人きりの気まずい空気を打ち破った彼女の登場を笑顔で大歓迎。


「千咲ちゃん。篠崎さんはもういいの?」

「もう、ってあんた、結構長い間ぐちぐちと説教されてたよ、私」

「あはは」

「笑い事じゃない! そりゃ報告忘れてたのは自業自得だけどさ……。で、よ。こんなとこでなにしてんの? 基地の中案内してるとか? それともお茶会でもしたいなら、流石に今日は遅いし、私も空いてる時に――」


 少し拗ねた顔で岬に訴えるが、そのセリフを宗助が真っ向から否定する。


「この子に出口まで案内してもらっているところなんだけど」

「で、出口……?」

「あ、うん。車で家まで送るから、外の乗車口まで案内中で……」


 千咲は宗助の言葉と岬のその補足説明を聞いた途端、こめかみ押さえる動作をする。どうかしたのかと宗助が黙って見ていると彼女は小声でボソリとこう言った。


「……なんで医務室よりも出口が遠のいてんの」



 その後、「私も一緒に案内するわ」と千咲が案内役に名乗りをあげ、お陰で三人はすんなりと乗車口まで辿り着くことができた。乗車口には既に黒く輝く高級セダンの送迎車がスタンバイされており、運転席には人の良さそうな壮年男性が座っていた。いくらか待たせてしまっただろうに、苛ついた態度も見せず「ご自宅までお送りしますので、どうぞお乗り下さい」と薄く笑みを浮かべて宗助に言った。


 宗助を乗せた車は、曲がりくねった山道を静かに下っていく。純黒のレザーシートは座り心地がよく、エンジンの音も殆ど聞こえない。快適な車内、宗助は背もたれにダラリと体重を預け、此処でもう一度今日――主に夕方から現在までに遭遇した怱怱そうそうたる出来事を整理整頓しようと試みる。

 だが、一瞬でもそれらを考えるだけで肉体的・精神的な疲労がそれぞれ二倍三倍にも膨れてのしかかって来て、結果出てくるのは解決策でも打開策でもなくため息だけ。


(やめだ、やめ。今日はもう……疲れた……)


 頭の中で呟き、また一つ大きく息を吐いて目を閉じ、余計な事を考えないように心がける。俯いて薄目で腕時計を見ると午後十時を過ぎている。それを受けて、家族に心配をかけているという自覚が一気に思考の大半を占めて、慌てて鞄をあさり携帯電話を取り出して液晶を見る。父親からの着信が大量に残っており何通かメッセージも受信していた。一つ一つを確認していく。


『今日の晩飯外で食べてくるのか?』

『外で食べてくるならお父さんも外で食べるぞ』

『おい、無視するな、お父さんもう先に食べるぞ』

『おい、お父さん先に食べたぞ』


「……メシの事ばっかかよ! ちょっとは心配しろよ!」


 父親からの連絡は全て夕食に関する事で、息子の身を案ずる類のものは一切なかった。生方家では、夕食を外で食べて帰ってくる際には夕方の六時まで連絡するというルールが制定されており、宗助はそれを破ったが為にこういう結果になっている。

 息子がこんな目に遭っているといのに呑気なものだ、と少々自己中心的な考えで怒る。あおいが門限になっても帰らない、なんてことになったら、きっとそれはもう取り乱すことうけあいである。


 急に携帯電話に向かってツッコミを入れる宗助に対して驚き、身体をビクつかせた者が運転手と他二名。


「ど、どうしたの、急に叫んで」「ご飯がどうかしたの?」

「あぁ、いやごめん、こっちの話……」


 他二名というのは一文字千咲と瀬間岬である。「家に帰るまで心配だから付いていく」と言い出し、半ば強引に同乗したのだ。ちなみに全員が後部座席で、宗助・千咲・岬の順に並んで座っている。

 その時、ぐぅうと豪快に音が鳴った。それは宗助の腹の音だ。

 父親からのメールと腹の虫の鳴き声により夕食を摂っていない事に気づき、意識すると余計に空腹感に苛まれ始めた。


「あぁ、お腹空いてるの? そういえば晩御飯食べてないもんね」

「そう言うお前は食べたのかよ」

「私はアンタが寝ている間にガッツリ食べさせて頂きました」


 千咲は胸の前で合掌し、満足げにひとつお辞儀する。


「あぁ、つまり、お腹空いてたせいであんなにイライラしてたわけ」


 そしてぽんと右拳で左の掌をたたき、合点がいきました、というジェスチャーを見せた。岬は二人のやり取りを黙ってニコニコと見ているだけ。千咲のその言葉に、不服そうに宗助が答える。


「あんなの、お腹がいっぱいだろうがイライラするわ!」

「えぇー。皆で優しく説明したのに」

「会話をしてくれよ! 質問有るかって言っといて、そっちで一方的に喋り倒して! 特にあの不破って人!」

「不破さんはまぁ、ああいう人だからさ。悪い人じゃないから仲良くしてあげて」


 ああいう人だから、と言われて、「あぁナルホドね、ああいう人だし仕方ない、うん、大丈夫!」で流せる訳ないだろうと、内心でツッコミをいれた。

 その他、千咲を含め彼らに対する苦情が次々と浮かび上がってくるのだが、それよりも、宗助には確認しなければいけない事があるのだ。言葉を飲み込んで、訊くべきことを訊くためだけに口を開く。


「なぁ、一文字。絶対に確認しとかないといけない事があるんだ」

「千咲でいいよ、みんなそう呼ぶし」

「ん? あぁ、それは別に……」

「別にって失礼な……。何よ、確認したいことって」


「なんで、俺の妹が狙われた?」



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