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machine head  作者: 伊勢 周
11章 ブラックボックス
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覚悟を決めろ


 ブラック・ボックスへ向かうヘリの中。

 機体の中は広く、人が乗るスペースは六人居ても狭さをさほど感じない程度のスペースが取られており、ところどころに複雑そうな計器機械類が剥きだしで設置されていた。


 自らの武器を整備する者がいれば、目を閉じて気持ちを集中させている者もいる。機体を小刻みに揺らしながら、確実に目的地へと飛行し続けている。すでに日本本土からずいぶんと離れており、窓から見える景色は真っ黒な海と空のみである。

 落ち着いているような、浮ついているような、非常に読みにくい雰囲気の中で、宗助は自らにも支給された武器を眺めていた。


 スワロウ特殊能力隊員は通常のドライブ訓練のほか射撃訓練や身体訓練・幅広い格闘技術訓練が施されているのだが宗助も例に漏れず、さらには嗜む程度にマニアックなマーシャルアーツをかじっていたり、投げナイフの投げ方を仕込まれたりもしていた。


 通常は短期間でそんなに幾つもの武術や技術を身につけようとして身体がついてくるのか? という疑問が浮かぶが、そこはドライブによる身体能力の向上により習得速度も段違いに早くなっている。


 そして宗助に支給された武器はというと……近距離格闘用のコンバットナイフと、幾つかの投げナイフだった。


(……使うのか……これ……)


 確かにナイフファイティングも習得技術の一つにはある。まだかじった程度ではあるが、それなりにサマになる程には身に着けた。

 相手を傷つけるのが嫌だなどと悠長な事を思っているわけではないが、宗助には刃物に対して妙な抵抗があった。ほんの少し前に、ナイフで痛い目に遭わされた経験があったからかもしれない。


 銀色の刀身を見ていると、そのままその銀色の中へと吸い込まれそうな錯覚に陥る。

 今から乗り込むブラック・ボックスにて待ち受けるというフラウア。他の隊員達が言うには、間違いなくシリングという男もいる。そしてその二人だけではなく、他の敵も同乗している可能性もあるという見方をする人間もいる。


 思い出すのは、大学キャンパス内の夜に初めてフラウアと遭遇したあの夜。

 無様に逃げまわった挙句、結局簡単に追い詰められ血祭りにされた記憶。当時の出来事に対する宗助の記憶は少し曖昧で、彼は、自分がフラウアの腕を切断したと聞かされた時はどこか他人事のように感じていた。

 それは今もそうなのだが、事実ならば、フラウアが宗助のことを憎く思っているのは間違い無いだろう。宗助からすればとんだ逆恨みではあるが、自分を優先的に攻撃してくる事を予測するのも、そう難しい事ではない。


(そうなったとして、退けられるだろうか。勝つことができるのだろうか……)


 あの頃と比べて宗助は格段に成長した。体術やドライブなどの戦闘能力は格段に上昇したし、ドライブに対する知識も増え、闘う事に対しての心構えができた。それでも、一方的に嬲られた記憶は彼の心に根付いている不安と恐怖を増長させる。

 こういった局面において、生方宗助は一人で深くマイナスの方向へ考えてしまうきらいがある。が、それと同時に負けん気も人一倍強い。好き勝手に暴力を浴びせられた分を、何も知らず戦う術も持たなかった弱い自分を、今こそ返上すべきではないかと考え、気持ちを奮い立たせていた。

 そして。

 ヘリがブラック・ボックスまでの距離をぐんぐん詰めていくのと比例して、ヘリの中の空気は更なる緊張感に包まれていく。後ろ向きな気持ちに負けないようにと、宗助は背筋を無理矢理正して海の向こうを睨みつける。すると。


「……見えた、あれがブラックボックスだな」


 ついに不破が肉眼で捉え、彼は窓の外を眺めながら、強張った声で周囲に報せる。ヘリからかなり遠くの海に、かすかに無機質な黒い塊が浮かんでいるのが見えた。

 宗助は、全員が一旦呼吸を乱すのを感じていた。宗助のドライブは確実に全員の緊張状態や変化を、呼吸を介して捉えてしまい、そしてそれに影響されて自身も肩に力が入る。

 吐き気さえもよおしそうな空気の中。


「……そういえば、不破さん」

「んん」


 千咲が不破に声をかけると、不破は彼女の方へ振り向くこと無く声だけで返事をした。


「さっきの、廊下での話なんですけど」

「廊下。 ……あぁ、あれがどうした?」


 千咲は凛々しく、どこか清々しさを感じさせる顔で言い放った。


「やっぱり私には、遺書は要りません。……そりゃあ、まだまだ周りに伝えられていない事はたくさんあるけど。それでも、伝えたい事は……ちゃんと言葉にして言いたい。文章と言葉って、同じなようで全くの別物だと思うから」

「……なるほどね」

「やっぱり不破さんは、文字にして残しておく方がいいと思いますか?」

「いや。いいな、そっちも」

「……適当に言ってません? 緊張して頭回らないとか?」

「バカ言え」

「どうでしょう」


 千咲は鼻で笑う。不破はそれに特に表情を歪めたり反論しようとするでもなく、至って真面目な顔のままこう言った。


「そりゃあきっと、伝えられるさ」


 不破はやはり千咲の方に顔を向けはしなかったが、言った後に満足そうに一瞬だけ笑った。そしてすぐに緊張感が漲った表情に戻りブラック・ボックスを睨みつけていた。


「……はい」


 千咲は少し意外そうな顔をしたが、すぐに小さく微笑んで答え、それでその会話は完了した。


「……何の話?」

「あんたが寝ている間に、ちょっとね」


 不穏な単語が飛び出したその会話の内容に対して宗助は小声で尋ねるが、千咲は妙に大人びた顔でそう答えるだけだった。しかし宗助も当然それで納得いく筈もなく、難しい顔で首を捻るがそれ以上言及する気も失せてしまい、「そうか」と答えて不破の見る方向へと自らも視線を向ける。

 宗助の肉眼でも捉えられるほどに、ブラック・ボックスは近付いていた。

 そして。更に数分進み続けて――。


「ブラック・ボックス上空です」


 操縦士が言うと、稲葉は頷いた。


「……あれに乗り込む前に、少しだけ話をしたい」


 稲葉がそう言って全員を見回すと、他の全隊員がその視線に合わせて聴く姿勢に入る。稲葉は隊員達のその様子を肯定の合図とみなし、静かに口を開き始めた。


「今回の任務、何がどう転ぶか全く予測がつかない。嘗て経験したことが無いような、とてつもない危機が訪れるかもしれない。想像を絶する脅威を目にするかもしれないし、……俺たちの働き如何では、いくつもの命が危険に晒される」


 宗助は、自身が唾液を飲みこむ音がやけに大きく聞こえた。稲葉の言葉、ひとつひとつで体中に緊張感が漲っていく。迫り来る重圧に力んで震える指先に活を入れるために、ぐっと一度強く手のひらを握りしめる。


「体力的にも精神的にもキツくて、逃げ出したくなるような任務だ。今までとは規模自体が違う。重圧も倍なんて話じゃあない。……だが、これはチャンスだ。……俺達はいつも、奴らがどこからともなく襲い来るのを、ただ受身に闘うしか無かった。だが、今日は違う。今日は……俺達が攻める番だ」


 鼓膜が、空気が、ひときわ震えたように感じた。言葉がじっくりと頭の隅々まで染み渡るような感覚。他の音が何も聞こえないほどまでに引きつけられる。しばし、まばたきを忘れていた。普段は穏やかな口調で話す稲葉から力強い言葉が放たれる。味方全員を図らずとも激しく鼓舞するような、そんな熱を持った声色だった。


「宍戸、お前以上に味方につけて心強い奴はいない。今日も頼んだぞ」


 宍戸は「ああ」と無愛想に返事をした。


「要、お前は器用な奴だ。様々な局面でお前の力を頼りにする時が数多くあるだろう」


 不破は「任せてください!」と元気に応える。


「白神、今回の作戦はお前にかかっていると言ってもいい。存分に能力を発揮してくれ」

「勿論。そのつもりです」


 白神はこんな状況でも落ち着き払った態度であった。


「千咲、お前の攻撃力は隊全体を見ても抜け出ている。奴らの腰を抜かしてやれ」

「はい、了解です!」


 千咲は力こぶを作るポーズをとって、右腕を左手でパンと叩いてみせた。再び隊員たちそれぞれと目を合わせながら一人ひとりに言葉をかけていき、そして最後に。


「宗助」


 稲葉と宗助の視線がぶつかった。


「お前をこの任務に帯同させるのは、正直、酷であると思っている。隊員として日々訓練しているとは言え、まだ入隊して二ヶ月。まだまだこれからってところだからな」


 隣に居た不破は、宗助が息を呑むのを感じた。


「だが、俺達は近頃のお前の働きを見た上で、お前をここに連れてきた。しっかりと戦力になってくれると確信しているからな。フラウアの野郎に、お前の成長を存分に味あわせてやれ。お前なら、必ず勝てる」

「はい、……必ず!」


 宗助は目に闘志を滾らせて威勢よく返事をした。稲葉は全員の名前とメッセージを言い終えると、こう続けた。


「俺達全員、必ず一人残らず、みんなのもとへ帰ろう。そう、夜明けが来る前に」


 そして稲葉はいつもするように、皆が作る円の中心へと右の拳を突き出した。不破がいち早くそれに続き右拳を稲葉のそれの隣に突き出す。千咲、白神、宗助と後に続き、最後に宍戸がその中に加わる。


「今夜は、とことん暴れるぞ!」

「おおッ!」


 稲葉の掛け声に、全員がほぼ絶叫のような返事をした。



          *



 さて、ブリーフィングの際に作戦の流れとして『まず稲葉が先に降りて』と伝えられていた。その為ヘリの操縦士が作戦に忠実に行動しようと考え、稲葉に対して「今から高度を下げますので、もう少々お待ちください」と声をかけたのだが……。


「いや、この高さで大丈夫だ。すぐに降りるから、他の隊員を別のポイントに運んでくれ」

「ここからですか? 結構な高さですが、パラシュートも緊急用の物しか積んでいませんし……」

「いいや、パラシュートも必要ない。自力で着地する」

「ですが……」


 稲葉というより、ドライブの存在自体が操縦士の中ではいまいち希薄な存在なのか、一〇〇メートル以上の高度から生身で飛び降りようとしている事が質の悪い冗談か何かに聞こえるらしい。稲葉の言葉をすんなりと受け止めようとしない。


「……俺の頭の心配してくれるのはありがたいが、今この状況で冗談を言ったり自殺を図ったりするような人間じゃない事をわかってほしい。わかってくれたならすぐに扉のロックを開けてくれ。命令違反でしょっぴかれたくないだろう」

「は、はい。すぐに」


 戸惑いを隠せないままに、操縦士は扉のロック解除操作を行う。すぐに扉からカチャカチャと機械音が漏れ、それも一、二秒で止んだ。稲葉はベルトを外し無言で立ち上がり、扉の前まで移動する。全員がその動きを目で追った。手動のロックも手で外し扉を開く。見下ろせば、ブラック・ボックスが真下に佇んでいた。


「風はそれほどきつくはないな。基地は曇っていたが、天気も良好。……それじゃあ、一足先に行って待っている」


 稲葉は全員にそう告げてゴーグルをつけ、出入り口の縁に手をかける。


「――任務開始だ」


 そして、海との境界線を無くした真っ黒な空へと飛び出していった。


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