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machine head  作者: 伊勢 周
11章 ブラックボックス
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二度と会えないかもしれない


 その頃リルとジィーナの部屋では。


 照明は落とされていて、暗い室内に月灯りだけがぼんやりと色を付ける。彼女たちは以前と同じように、居住区のひとつの部屋で生活を共にしている。

 リルもジィーナも外か内かどちらの人間か、と言うと外の人間であり、そのため事態がこれ程までに深刻化しているとは露知らず、リルは自室のベッドで泥のように眠っていた。


 彼女にとっては、毎日が初めてのことだらけだ。働くことも様々な人とコミュニケーションをとる事も、尊敬する人にクレープを作ることも。全部楽しくて、でも難しくて、とても体力がいることで、それでもやっぱり楽しい。夜の時間は輝く明日を信じて英気を養うときである。


 そんなリルの隣のベッドで寝ているジィーナは嬉しそうに微笑みながら、彼女の寝顔を見つめる。不安と恐怖で熟睡できない日々はいとも簡単に終わってしまったな、と彼女は思う。


「生方君には、まだまだ感謝しないとね……」


 そして呟いた。

 自分達を狙う輩はまだまだ存在するだろうという事はジィーナも感じている。だけど、彼女が今まで感じていた不安は驚くほど薄く小さくなっていた。これが千咲の言う、「周囲に頼る」という事をした結果なのだろうかとも思う。


「明日もまた、頑張ろうね……」


 寝ているリルに話しかけて、ジィーナも目蓋を閉じる。彼女達もまた、当たり前の明日が当たり前にあることを信じ眠りについた。



          *



 出動を直前に控えたオペレータールームは、普段のような計器類やパソコンモニターとのやり取りではなく、他支部への連絡で慌ただしさを見せていた。

 稲葉達が失敗して敗北するなどとは誰も考えたくはない。だがしかし、どんなにそう考えようが保険は必要である。


 フラウアは生方宗助に固執している。その宗助自身が戦地に赴くため、マシンヘッドが日本へと大量上陸という可能性はそれほど高くはない。しかし生物全般に言えることだが、追い詰められれば追い詰められるほど、何をしでかすかわからない。

 稲葉達に追い詰められてヤケを起こして、マシンヘッドを放つ可能性だって十分にありえる。そんな考えうる有事の為に、他の支部に掛け合って特殊能力部隊の隊員たちを数名ずつアーセナルに配置しようというのだ。


「増援の方は、なんとか明朝までに各支部から合計十三名は手配できそうです」

「よし、充分だ」

「万が一の保険の割にはな」


 稲葉が小春の報告に答えると、宍戸がやはり抑揚の無い口調で付け加えた。


「そんじゃあまぁ、俺たちは心置きなく海の向こうへと旅立てるって訳だ」


 丁度今しがた部屋に入ってきた不破が、明るい口調で言う。


「不破か。まだ集合まで時間があるぞ」

「いやぁ、ずっと一人で居てもつまらないし、それに最新の情報も気になりますから」


 宍戸と短いやりとりを交わしつつモニターに目を向けると、相変わら『ブラックボックス』がおびただしい数のマシンヘッドの反応を示していた。


「海嶋、何か、新しく判った事はあったか?」

「うん。探査機はああいう結果になったけど、軍事衛星で表面上を一通り見てはみたよ」

「そうか、まだそっちがあったな」

「ただ本当に上空からの映像になるから、どうにも見やすいとは言いにくいんだけど、わかった事は一つある。あの蜘蛛みたいな奴は一匹だけしか確認できていない。単独だ。蜘蛛の巣のように表面全てを単独でカバーしている……可能性が高い」

「ほうほう」

「つまりそれなら単純な話、片側に囮を落とせば、反対側から安全に乗艦できるんじゃないかと思うんだ。そのあたりの作戦はもう、司令が組み立て済みだから後で伝達があると思うけど」

「案外、守りは薄いんだな」

「それだけ外壁が硬いのかもしれない。出入口をあのマシンヘッドに守らせておけばいいくらいに。だけど、その出入口が見つからない」

「なければ作ればいい」

「君らしい発想だな」


 平然と言ってのける不破に対して海嶋は、頼もしさ半分呆れ半分で言った。


「あとは、このブラックボックスは、形が妙だ」

「妙って何がよ」

「海面から出ている部分を見たところ、船や潜水艦のような形状に見えるけど。海中の見えない部分には左右に翼らしきものがある」

「翼? 空でも飛ぶってか? ならなんでわざわざ海路を取るんだ。空路をとればいいだろ」


 不破が尤もな疑問を口にする。すると後ろの方から、稲葉の声が飛んできた。


「……空だと、俺達が乗り込めないとでも思っているのかもな。……いちいち親切な奴だ」

「じゃあ、本当に宗助が乗り込んでくるのを待ってるってんですか? こいつ、何考えてるんだ?」

「復讐だろ」


 呆れる不破に、宍戸が的確な一言を入れる。


「考えれば考えるほど、こいつはそれしか頭に無いらしい。隙だらけで結構な事だ」


 宍戸はそう言ってため息を吐き、また黙ってしまった。


「だが、フラウアが中に居るとなると、間違いなく付いてきている奴が一人いるだろうね」

「シリングか」

「うん。シリングとフラウアがそれぞれ単独で出てきたことは今まで一度も例がない。今回も、そうだと思う」


 いつもフラウアと共に現れるシリング。

 シリングもフラウアも素性はほとんど判っていない。当然二人ともがドライブを使っているような素振りはあるが、その詳細は全く掴みあぐねているのだ。今まで何度となく遭遇し戦ってきたが、稲葉たちは未だに勝利をつかめていない。実際のところ敗北もしてはいないのだが、それでは彼らの気が済むわけもなく、それで落ち着くはずも無い。


 不破がまるで梅干のように眉間にシワを寄せて考え事をしていると、隣の海嶋が見かねて声をかける。


「流石にもう勝てるだろう?」

「おぉ、当たり前だぁ!」


 海嶋の半ば挑発のようなセリフに対して不破が息巻き、大きな声でそう応えた。


「要」


 名前を呼ばれ振り返る。そこには、いつになく厳しい表情をした稲葉が立っていた。


「時間だ。そろそろ行くぞ」



          *


 今回出動する稲葉・宍戸・不破・白神・一文字・生方の六名は遅刻も無く全員時間通りにブリーフィングルームへと集合していた。中に着込む装備などで少し普段より体が大きく見える面々は、顔も普段より些か強張って見えた。

 今は、作戦内容の最終決定を全員に伝えているところである。特に前回のミーティングとかわりは無く、決定というよりは確認という趣旨のものである。今回の作戦―ブラックボックスの制圧と、フラウアによるマシンヘッド侵略の阻止―について主な伝達事項は、次の通りである。


・航空部隊と連携し、高速ヘリ一機でブラックボックスへと向かう。

・アーセナルの部隊が出払っている間は、他支部からの増援がフラウアの到着予定地に配備される。

万が一の為に兵器による応戦もあり得るが、なるべく控えたいという事。

・外装を守っている『蜘蛛型マシンヘッド』は一機だけであり、稲葉が先に降りてそれを撃墜する。

・その間に対極に宍戸らが降り、不破が侵入口を作り、稲葉は再合流し、内部へと侵入する。

・内部は白神が先導して臨機応変に進んでいく。


 そこまで伝達が終わり、そして一息つくと雪村は再びゆっくりと口を開いた。


「いいか。今回の作戦の目標は二つだ。内部に積載されたマシンヘッドの破壊及びブラックボックスの制圧。つまるところは、首謀者と思われるフラウアの無力化。……但し、生死は問わん」


 雪村は、机を囲む隊員達を見回しながら、低い声で言い渡した。

 この作戦。侵入までの算段はそれなりについているが、内部に入ってからは、言い方は悪いが行き当たりばったりしか無いというのが現状である。情報があまりにも少ないため仕方ない部分ではある。唯一の救いは、白神の能力である程度の構造や罠などは読み取れるということだ。

 逆に考えれば、白神をなくしてしまえば身動きがとれなくなるということでもある。


 ひと通りの説明は終わり、再三に渡る確認も行われた。残すは任務を遂行するのみである。任務地へ赴くにあたりあまりにも不明な事は多すぎたが、誰も教えてなどくれない。


 一から十までわかっている敵地などありはしないし、そしてそんな事実も受け止めているからこそ、誰も何も言わない。


「質問は無いな。なら、任務開始だ。ヘリポートに向かうぞ」


 稲葉の言葉で全員が一斉に立ち上がり、ブリーフィングルームを出て、ヘリポートに向かう。

 廊下を歩く面々はみんなキビキビと歩き、誰も一言も発さない。宗助は先輩隊員達の後ろ姿を見ながら、時が経つにつれて急速に不安が膨らんでいくのを感じていた。それらはどこにもぶつけようが無くて、自分の精神力で抑え込むしかなく、腹にぐっと力を込めて前へと進む。



          *



 ヘリポート中央では、すでに軍用高速ヘリが一機、点検の為、回転翼を回しながら飛行に備えている。


「時間は限られている。だから、戦地に向かう君達に簡潔に言葉を贈ろうと思う」


 稲葉を始めとした六人はヘリのある位置からは少し遠くに離れた場所で一列横隊に並び、全員が緊張した面持ちで、雪村から自分たちへとかけられる言葉の続きを待っていた。

 稲葉達の正面には雪村司令や篠崎副司令・各関連機関や部隊の責任者・隊長等が一同に集まり、これから出発する隊員達に少しでも勇気を授けようと見送りに来ているのだ。


「戦力というのは、ただ単純な大きさや数では決まらない。巨大な艦に立ち向かうからと、気休めでこんな事を言う訳ではない。どんなに強い武器や力も便利な道具も、扱う者が全くの無能ならばそれは足元に落ちている石ころと大して価値は変わらないだろう。君達には、普段の弛まぬ訓練で鍛え抜かれた肉体と深めたチームワークがあり、そしてそれぞれに洗練された強力で特別な力もある。それら全てがかけ合わされれば、どんな相手にも負けない最強の戦力になる。それをしっかりと自覚してくれ。……あと必要なのは勇気と、ほんの少しの運だ。幸運を祈る」

「はい。ありがとうございます」


 稲葉が礼を述べると、全員が敬礼のポーズを取る。


「隊長、副隊長、不破くん、白神くん、千咲に生方くん。サポートは私たちに任せて。出せる限りの情報は迅速に簡潔に、全て伝えるつもり。だからみんな、思う存分力を発揮して、絶対に全員無事に帰ってきてね」

「ありがとう、秋月。よろしく頼む」


 続いて声をかけた秋月に、不破が再び小さく敬礼して応えた。


「生方くん、帰ってきたらオペレーターのみんなと食事にでも行こうか。奢るからさ。だから、くれぐれも前のような無茶や無理はしないでくれよ」

「それ良いね、生方くん、また私の愚痴もきいとくれ。グッドラック!」

「海嶋さん、桜庭さん。ありがとうございます。絶対に、フラウアを止めて見せます」


 海嶋と小春の前向きで元気な言葉を受けて、宗助は少しだけ心を強くして返事をした。

 本当に戦えるだろうか、周囲の足を引っ張らないだろうか。そして何より生きて帰ってこられるだろうか。心の中で時間を追うごとに大きくなっていく幾つもの不安と緊張と恐怖は到底拭い去ることは出来なかったが、これだけの人が自分の事を心から想ってくれている事がわかって、使命感と勇気も自然と沸き上がってきた。


「それでは、これより『ブラック・ボックス制圧作戦』を開始します」


 稲葉がそう言うと見送りの全員が再び敬礼のポーズをとり、六人はそれに短く応えてからヘリの方へ歩き始めた。


「宗助君、千咲ちゃん!」


 その時、ヘリコプターの方へ向かおうとしている二人に、今まで黙って見守っていた岬が大きな声で二人の名前を呼ぶ。呼ばれた二人は足を止めて、彼女の顔を見返した。遅れて他の四人も何事かと振り返る。


「……っ!」


 岬は、声をかけたものの、二人の顔を見ると何を言えばいいかわからなくなち言葉に詰まってしまう。二人はそんな岬に対して、何事だろうか、と不思議そうな瞳を向けた。

 岬は思う。絶対に大丈夫、そう信じたい。だけど、現実は時にあまりにも非情だ。


(もしかしたら、もう、二度と――)


 ひどく悲しいことを考えそうになり、それを慌ててどこかに投げ飛ばす。岬は一度大きく息を吸い込んで叫んだ。


「わたし……私はっ、明日も、明後日も、……いつだって、ずっとここにいるよ! だから、……だから――」


 そこまで言ったが、しかしそれ以上は声にならず、ぎゅっと目を閉じて唇をかんでうつむいた。

 岬の台詞に千咲と宗助は一瞬受け取りあぐねてしまうが、数秒してから、彼女が伝えようとしているものが理解できた。つい先ほど交わした約束が、その叫びに色をつけてくれたのだ。


「ああ! 行ってくる!」


 宗助が力強く応えて、千咲も少しだけ微笑み「いってきます」と軽く右手を振った。そしてまた、ヘリの方へ歩き始める。千咲も宗助も岬らの立つ方へ再び振り返ることはなかった。

 六人がヘリに乗り込むと、乗組員による機体の最終確認が行われる。それも終わり全員が乗り込むと、回転翼はけたたましいエンジン音を鳴らして回転速度を上げ始める。

 凄まじい風が巻き起こり、辺りに砂煙が巻き起こる。ものの数秒で大きな機体のヘリはいとも簡単にふわりと浮上する。

 どんどんと高度をあげて、そして。彼らは眩く照らす照明の外、闇夜の空へと飛び込んでいき、やがてその姿は点となって、ついには見えなくなった。


「……。いってらっしゃい」


 岬は、彼らが飛んでいった方向をいつまでも見つめたまま、そっと呟いた。



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