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machine head  作者: 伊勢 周
11章 ブラックボックス
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出発前

 千咲は結局不破に言われるがまま、宗助を起こしに彼の部屋の前まで来ていた。備え付けの呼び鈴を押そうとするが、ボタンの前まで指を持ってきたまますぐにひっこめた。


『……呼び鈴の音で起こすのは何か違う気がする』


 すぐに「何が違うというのだ」と自分の思考にツッコミを入れるも、呼び鈴を押すのを不思議と躊躇ってしまう。それでは、とドアノブに手をかけようとするが、今度は勝手に入ってよいものか? と出した手を引っ込めてしまう。


「ええい、緊急事態に何やってんのよ私は!」


 独り言を呟いて、引っ込めた手を再びトアノブに伸ばすとがっちりと掴み、勢い良くノブ回して戸を引いた。


「鍵かけてないし。無用心というかぬけてるというか……」


 千咲は小さく呟いてから、すぐに自らの行動とセリフの矛盾に気付き少しおかしくなる。


「邪魔するよー……」


 玄関に入り廊下を抜ける。部屋の中の構造は彼女のそれと全く同じであるので、どこに風呂やらトイレがあるかだとかどこにガス栓があるかさえすぐにわかる。物音は一切しないが、なんとなく人の気配は感じられた。


「こっちかな」


 千咲は寝室の方へと進む。これから起こすというのに、妙に気を使って足音を立てずに歩いているのが滑稽である。ゆっくりと引き戸をあけて室内の中をのぞき込むと、一つの簡素なベッドがあり、その上では現在の部屋の主である生方宗助が静かに寝息を立てていた。

だがそこには千咲の予想を大きく上回る光景があった。千咲は思わずぎょっとしてしまう。なぜかというと。彼の横で、瀬間岬が同じくすぅすぅと静かに寝息を立てていたのだ。

 一瞬混乱状態に陥った千咲だったが、そのまま無言で室内に入り込み、ベッドへと早歩きでつかつかと歩み寄る。眠る宗助に跨り胸ぐらを両手でむんずと掴むと、力任せに持ち上げて叫んだ。


「一体なにやってんのよあんたはァァァァァァァァッ!」

「……っうおおお! なんだ! 敵か!? ……い、一文字!?」


 壮絶な寝起きを迎え、宗助はえらく間抜けなリアクションをとってしまう。起き抜けに、目の前に自分の胸ぐらをつかんだ一文字千咲がどアップで映っているのだ、無理もあるまい。


「休んで良いって言われたからって、岬を部屋に連れ込んでお休みとは、なかなかいい度胸ねぇ……! 躾と教育とその他もろもろの体罰が必要かしらぁん!?」


 寝起きで頭が回らない上に千咲が一方的にまくし立てるため、今度は宗助が大混乱状態に陥った。その混乱の中でも、彼の中の本能と直感が、目の前で憤る彼女を落ち着かせなければならないと告げていた。自分のシャツの襟元を凄まじい力で握り締めて、ぐいぐい伸ばしてもなお離さない彼女の両手を咄嗟に掴み返す。


「お、おい、落ち着けって! どうした、岬がなんだって!? と、とりあえず離してぐれ! 首締まっでるっで! 首!」

「質問してるのはこっちの方なんだけどーッ!」


 しかし千咲は宗助の説得に応じずガクンガクンと宗助を前後に揺らしながら詰問する。


「知らんっ、ゲホッ! なんか知らないけど誤解だ、とにかく落ち着いて!」

「あれ、千咲ちゃん?」


 鬼の形相をした千咲の尋問を受ける宗助の横から、岬ののんきな声が飛んできた。


「岬、あんたもなんでここで寝てんの!」

「……ええ!? 岬、なんで」


 岬に対する千咲の質問に、なぜか宗助が驚きの声をあげる。


「あ、うん……。ごめんね」


 剣幕な千咲とは対照的に、岬はというと、寝起きなせいもあってかのんびりとおだやかに喋る。


「えーっと廊下歩いてたら宗助君と会って、あんまりにも疲れた顔してフラフラしてたから、部屋まで送るよーってなってね。それで部屋に着いてベッドに転がった瞬間にすぐ眠っちゃって」

「……あんまり覚えてないな……」


 岬の説明に、宗助は少し照れくさそうに呟いた。


「それで、宗助君があんまりにも気持ちよさそうに寝てて、その寝顔を見てたらつい私も眠たくなってきちゃって」


 そこまで言って、岬も恥ずかしそうに照れ笑いを見せた。しばらくの間隣で寝顔を見ていた、というのは彼女の胸の中にしまっておくらしい。


「……あ、そう。そういう事……。っつーか、よくそんなので眠れるね……」

「あの、一文字さん、誤解は解けたでしょうか……」

「はいはい解けました……ったく、こっちの気も知らないで……」


 ようやく矛先を収めた千咲は、溜め息を吐いて愚痴っぽく呟き立ち上がった。宗助の胸ぐらはようやく開放され、布団に逆戻り。ばふっと音を鳴らして少量の綿埃が舞う。


「……えっと、何かあったのか?」

「……任務。それもとびきりヤバイ奴。午前零時に全員出動だから、さっさと準備しなさい」

「零時って、今何時……?」

「十時過ぎ。あと一時間半ってとこ」

「内容は?」


 宗助にそう聞かれて、千咲は一瞬全てを包み隠さずに言うべきかどうか迷ってしまった。フラウアが宗助との再戦を望んでいること、それを反故にすれば大量のマシンヘッドがこの麓の街に雪崩込んでくること、フラウアの乗る潜水艇のような物は中身が一切予想がつかないということ。

 どちらにしろ宗助も任務に駆り出される事になるのだが、ここで「フラウアはお前を狙ってこちらに向かっている」などと言って重圧をかける行為を目の前の人間にすることは正しいのか否か、彼女にはすぐには判断がつかなかったからだ。


「それは……。……フラウアが巨大な船に乗って太平洋沖に現れて……、こちらに向かっているの。流石に忘れてないでしょ? あんたがここに来ることになったきっかけの一つの、あいつ」

「フラウアが……!?」

「ん。そしておまけに数百体のマシンヘッドを引き連れてる。計算通りなら、明日の朝九時には奴らはこちらにご到着。そうなる前に水際で叩くって訳」


 結局、彼女は言わなかった。ただ単純に、あえて言う必要が無いと思ったのだ。やることは変わらないのだから。


「そんで、今のところ海の上でぷかぷか浮かんでるだけから、軍用高速ヘリでパーっとあっちまで行って、内部から制圧、ついでにマシンヘッドも全部ぶっ壊しちゃおうぜって寸法よ」

「簡単に言ってくれるな……」

「私はそれを伝えに来たってだけ。だから、零時までにちゃんと準備整えてブリーフィングルームに来なさいよ。詳しい作戦の最終決定はそこで説明されるから。あんたが来なかったり、遅刻したりしたら私と不破さんも怒られるんだから」


 千咲はそう言いながら、岬の方へと顔を向ける。


「岬も、そういうことだから自分の部屋に戻って……」

「……宗助君も、千咲ちゃんも……、みんな行くの?」


 すると、岬は心配そうな表情で彼女を見つめ返し、か細い声でそう言った。


「そ、今言ったとおりよ。そんな顔しないでよ、朝にはちゃんと帰ってくるからさ」


 千咲は努めて場が重くならないように冗談めかして喋る。まるでサラリーマンが仕事で近場に出張に行くことを家族に伝えるかのように。


「……でも……」

「ほら、そういう訳だからさ、岬は部屋に戻って休んどきなよ。心配いらないよ、私たちは……絶対に負けたりしないから」


 不安が拭いきれないでいるのだろう岬に、千咲は不敵に笑ってみせた。彼女自身の中に潜む不安さえも、体の外に押し出してしまおうと言わんばかりに。



 その後。「もう少しだけ、三人でお話がしたい」と、岬がそう言うものだから、彼女に弱い宗助と千咲は、出動までに残された時間を三人で過ごすことに費やす事を選んだ。宗助の部屋の寝室で三人は輪になって座る。


「この前、この三人で買い物に行ったのが、随分前のように感じるな……」


 宗助が首元のネックレスを触りつつそう呟くと、「あの時はもう、買い物どころじゃなかったけどね」と千咲が苦笑いを浮かべる。


「宗助君とも、出会って二ヶ月しか経ってないとは思えないよね。……なんだか、もっと前からずっと一緒にいた気がする」


 岬はそう言って、少し寂しそうに笑った。任務への緊張からか何なのか、宗助は頭の中に「実際にもっと昔から知り合えていたらよかったのに」なんて言葉が浮かぶ。その上それを口に出してしまいそうになる自分を制して、「確かに、そうかもしれないな」と言うに留めた。


「……でもさ。初めてここに来たときは、何から何まで俺を置いてけぼりで話をすすめられてさー。選択権は無いなんて言われたりもしたかな。わがまま言うな! とか。あの時はずっと『冗談じゃない、絶対にこんな所入るもんか』って思ってたよ」


 そんな宗助のセリフに対して「あの時は、ほんとになんだか、申し訳なかったなぁ」と苦笑いする岬と、それとは対照的に「私はあんたの事、『このわからず屋』って思ってたなぁ」と顎に手をあて呟く千咲。

 このそれぞれのセリフだけで、二人の性格の違いが随分と感じ取れて、そしてこんなにも性格が違う二人の少女がこんなにも仲が良いのもおかしな事だよなぁと、宗助は妙な部分で感心する。


「……でもさ、それなのに。こないだ外に出かけていた時、『そろそろ基地に帰ろう』って言葉が自然と出てきたんだ。ほんとに、自然に、言った自分でもしばらく気付かないくらい」


 宗助は、しみじみと語る。


「いつのまにか、ここは帰る場所になってたんだな。俺にとって、心の底から」


 それを聞いた岬は、心底嬉しそうに微笑んで、千咲は少し控えめにはにかんだ。


「だから……明日ここに帰って来たら。またこの部屋で、こんな風に話せたらいいなって、思う」


 言っていて照れくさくなったのか、若干頬を赤く染めて視線を宛もなくさまよわせ、宗助はそう締めくくった。


「……んー。まっ、多分その頃には寝不足で全員クマだらけだろうから、……布団持ち込んでパジャマパーティでもやりますか! そう、スワロウ十代だけのパジャマパーティ! 一番最初に寝た奴の顔に落書きの罰ゲーム付き!」


 千咲はそんな宗助を茶化したりはせず、そんな提案を持ちかけた。岬も「いいね、やろう」と思い切り乗っかっている。「罰ゲームは嫌だけど」としっかりと付け足して。


「規則は大丈夫なのかよ、そんな事やって」

「うわー、空気読めない奴ー。だいたい、規則にパジャマパーティはやっちゃいけませんなんて書いてる訳ないでしょ」


 苦笑いしつつツッコミを入れる宗助に、千咲はまるで子供みたいな言い分で反論する。こういうところは教育係である不破の影響もあるのかもしれない。


「ガキかお前!」

「でも、私と千咲ちゃんはたまにやってるし、ちょっとくらい大丈夫だよ」

「そーそー。別に無断で外に出かけたりする訳じゃあるまいし。基地に居ても、自分の部屋以外で夜を明かすなんてしょっちゅうあるし」


 宗助が感じたままに言い返すが、優等生の岬にまでそう言われてしまう。自分が悪いことを言ったりした訳ではないのに、なぜか罪悪感と敗北感に見舞われた宗助は、それ以上何も言えずに「ぐぬぬ」と悔しそうに引き下がるのであった。


「……まぁ、たまになら、問題ない……のかなぁ?」


 殆ど呑まれかけている宗助の頭の片隅に、白神が非常に妖しい笑いを浮かべている姿が浮かんできたが無理矢理かき消して、もう彼女達の言うとおりでいいのではないか、と思うことにした。


 彼らがここいら一帯の命運を賭けた任務を前にしているとは思えないほど、ありふれた会話。そんな時だからこそ「明日がある」と信じる為にあえて交わした会話だったのかもしれない。


「とりあえず、これは約束。あんた達、明日夜は予定を空けておくように」

「うん、勿論」

「あぁ」


 三人はそれぞれ、まるで乾杯をするように、右の拳を差し出して、コツンと一度ぶつけあった。



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