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machine head  作者: 伊勢 周
11章 ブラックボックス
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遺書を書く

 オペレータールームでは相変わらず、誰も彼もがせわしなく仕事に取り掛かっていた。メインモニターは探査機のカメラとリンクしており、暗視スコープを通した映像が映し出されている。


 ちなみに探査機とは、人間の侵入が困難な場所―例えば山岳地の崖下や大地に空いた謎の大穴だとか――を、人間がリスクを負うことなく調査するために開発されたもので、背丈は子供一人分くらい、低速だが数時間は継続して空も飛べるし、地上もよほどでなければ荒れた地形でも難なく進むことが出来る。

 そしてそれは音声と映像を拾って、操り主へと随時送信される仕組みである。


 そして現在、その探査機が上空からのアングルでブラックボックスを映し出している。海に静かに浮かぶそれはあまりにも無機質で、人間に喩えれば無表情どころか、のっぺらぼうのような気味の悪さを感じられた。


「これほどまでに近づいても迎撃されないのか?」

「……確かに妙ですね」


 宍戸の言うことを海嶋も不思議に感じながらも、されないならされないに越したことは無いと思って、特に見解を述べることもなく視線はそのままモニターを見ていた。


「防御に自信があるということか」

「もしかして、相手が間抜けで気付いていないって可能性も――」

「あったらいいわね」


 不破と千咲と秋月がそんなやりとりを交わしているうちに、無人探査機が映し出す映像はブラックボックスを間近に捉えていた。


「着地してくれ」

『了解』


 稲葉がマイク越しに指令するとスピーカーからすぐに返事が返ってきて、その指示通り探査機はブラックボックスの、船で言うデッキのような部分に降り立った。すぐに左右に視界を回す。


「出入口らしきところはあるか」

『…………いいえ、特にそのようなものは……』


 船体に打ち寄せる波の音だけが何度も何度も繰り返しスピーカーから流れてくるだけで、映像にも特に目立った動きは無い。無人探査機はその場から動き始め、黒い船体の上をゆっくりと走り始める。

 ところどころでぼんやりと光る外装ランプのおかげで幾分かは方向感覚を狂わされずに済みそうだったが、夜の暗闇の中黒いボディの船体の上を走らせるとなると、どうしても人間の感覚だけでは頼りなくなってしまう。


「少し見づらいな、映像の明度を上げてくれ」

『了解』


 稲葉の指示で、映像の光の反射具合が一気に向上し、そのおかげで船体の輪郭が多少くっきりと見えるようになった。探査機がブラックボックスに降り立ってから五分程した頃。デッキの三分の一程調べ終えた頃に、映像に僅かな変化が現れる。その変化はごく微かな物だったが、確かに黒い影が画面奥を横切った。


「なんだ…………?」


 映像が、その黒い影を追いかける。錯覚ではなく、確かに『何か』が居た。カメラが影を捉えようとするがしかし、影は追いつけないほどの素早さで探査機の周囲を、円を描くように疾走する。

 僅かに端を捉えたその姿は、生き物で例えるなら……


「蜘蛛……?」


 八本の細く長い足に、流線型の体。そのシルエットは蜘蛛そのものだった。しかし大きさはというと人間と同等程のように見て取れた。


 そんな生物がこの世に存在するのかという疑問が浮かぶが、結局その『蜘蛛』の姿を再び捉えきる事は出来ず、映像はまたしても静の空気に包まれた。そして誰かがその一連の出来事についてコメントを発しようとしたその時、再び映像が動く。


 厳密には動くというよりは、乱れる、の方が正しかった。ガリガリ、ゴキ、ガチャガチャ、と激しく金属同士がぶつかる音が鳴り響いて、映像もがたがたと激しく揺れ、傾く。


 そして探査機は制御を離れ、カメラは場違いに星が煌めく夜空を仰いでしまった。


「何だ! 何が起こった!?」


 雪村が言うと、突然画面いっぱいに機械の集合体が写り込んできた。その部分群のひとつの丸みを帯びた、まるで眼球のような赤黒いレンズが一つ、しっかりとこちらを覗いている。


「……! マシンヘッドか……!」

「今の蜘蛛みたいな奴に襲われたのか」

「らしいな」


 不破、稲葉、宍戸がそれぞれ言葉を発した。千咲と白神はただ、驚きの表情で映像に視線を奪われていた。


『無人探査機の制御が効きません、押さえつけられています!』


 動揺した声がスピーカーから流れてくる。しかし、オペレータールームからでは稲葉や宍戸達に出来ることなど何一つ無い。

 映像いっぱいに広がるマシンヘッドを見ながら、『偵察失敗』の文字が全員の脳裏に過ぎった。だが次に聞こえてきた声によって、それさえどこかに霧散する。


『……鬱陶しいハエが飛んでいるかと思えば……』


 それは、スワロウの隊員の殆どが聞いた覚えのある声だった。どことなく上品さを感じられる声であるが、その中には隠しきれない気性の荒さが潜んでいた。探査機のカメラの向きだけを懸命に上下左右に動かし、声の主を探す。


『つばめの偵察機か? ちんけな機械だな。まるで子供の玩具だ』


 マシンヘッドの後ろに微かに見える人影がその声の主だろう。そして稲葉は、その声の主の正体に気が付いた。


「……この声……フラウアか……!」


 発されたその名前に、オペレータールームにいる全員が息を呑む。


『まぁ……、玩具だろうがこの音声も映像も届いているのなら、こちらからわざわざ連絡を取る手間は省けたかな。おい、まだ壊すなよ』

「……連絡……?」

『こんなものを寄越すって事はもう気付いているんだろうけど、僕らは今、数百のシーカーと共に君らの住む街へと向かっている。憂さ晴らしにこいつらを使って、街をひとつふたつ無人の野ばらにしても構わないんだけど……別にそれが目的じゃあないんだ。本来の目的は――』


 フラウアは、とても楽しそうな声色で話す。


『生方宗助。まだちゃんと生きているだろう? そこにいるならよく聴いて欲しい。いないなら誰か、彼に伝えておくといい。君をこの船に招待するよ。曖昧なままの決着をつけようじゃないか。正々堂々と、ね。まぁ、来るか来ないかは君の自由だけど――来なければ、明日の朝そちらに到着し次第、搭載しているシーカーを全て解き放つ。それじゃあ、より良い選択をしてくれることを期待しているよ』


 それを最後に、映像は突然音も無く途絶えた。マシンヘッドかフラウアか、どちらかの手によって、音を拾う間も無く一瞬で破壊されたのだろう。水を打ったかのように静まり返る室内に、レーダーのソナー音だけが定期的に鳴り響く。


「……選択肢なんて何処にもなかったな」

「あぁ。なかった」


 不破が呆れきった顔で呟くと、海嶋もそれに同意した。




 もう一機飛ばそうが二機飛ばそうが、同じ結果になるのは火を見るより明らかだった。あのデッキ上にいるマシンヘッドが門番のような役割を担っているのだろう。まずはあの蜘蛛のようなマシンヘッドを排除しなければ偵察は出来ない、ということなのだが……。


「あべこべだな。わざわざ件のマシンヘッドを排除しに行って、偵察機を通しやすいようにするなんて事は」


 宍戸が言う通り、どれだけ偵察機を飛ばそうが、時間と機材費の浪費になるだけである。明朝までになんとかしなければ、数百のマシンヘッドが一斉に集中して麓の街に解き放たれることになる。


「そもそもなぜフラウアの野郎は、今更こんなことをするんだ」

「……こんなこと、と言いますと?」


 と、おそるおそる宍戸に尋ねたのは秋月だ。


「今までこいつらが事前に『攻撃する』などと予告して現れたことがあったか? いいや、無い。こいつらは常に神出鬼没だった。それがわざわざこちらに攻めて来いとまで言いやがった」

「確かに、今までのブルーム達のやり方とは、一八○度正反対。全く違いますね」


 いかにも気に喰わない表情の宍戸の言葉に海嶋が続く。稲葉は顎に手をあて考える素振り。


「そこを考えると……。本当にこいつはただ……宗助への私怨のみで動いているだけなのかもしれないな。それにしちゃああまりに大掛かりだが……」


「あのっ、司令、隊長……」


 フラウアの行動が持つ意図を掴もうとする話題の中に、千咲の声が切り裂くように割って入った。


「……? どうした、千咲」


 そんな彼女に、不破が尋ねる。千咲は、言うべきか言わぬべきか迷っているような表情で、唇を軽くかみしめて視線をゆっくりと左右にさまよわせて。


「それで……宗助も、この任務に参加するんですか……?」


 そして普段の彼女にしては珍しく、控えめな態度と声で言った。それに対して、雪村はほんの少しだけ表情を曇らせてから、すぐに千咲の質問に対して返答する。


「当たり前だろう。フラウアの奴が何を企もうと関係ない。全員でこのブラックボックスを止めるのがスワロウの任務。生方にも当然、戦力になってもらう」

「……ですが、先ほど見たとき、彼の足取りは既にふらついていました。……疲労が蓄積しているのが見て取れます。あの状態では……」

「だから、今こうして緊急時だってのに休ませている訳だ」


 小さく食い下がる千咲に対して宍戸が横から言葉を挟み、そして更には追求する。


「一文字、お前何が言いたい? はっきり言ってみろ」

「…………今の状態の宗助は、足手纏いです。任務に帯同させるべきじゃ、ないと、私は思います」

「俺はそうは思わん。見ていてわかる。いないよりはマシだ。フラウアの言う通りにしてやるのは癪だが」


 辛口な表現であるが、宍戸の中でも、「生方宗助は戦力としてプラスになる」という認識が僅かながらにあるようで、途切れ途切れな千咲の発言を一蹴する。千咲は押し黙ってしまい、気まずそうに唇を噛んだ。


「……とりあえず、これ以上情報の収集は望めない。先程の作戦の変更はナシだ。このまま、当初の予定通り、全員でブラックボックスへと向かう。午前零時に再びブリーフィングルームに装備を整えて集合だ。各自準備を怠るな」


 千咲と宍戸のやりとりの後しばし沈黙していたオペレータールームに、稲葉隊長の大きな声が響きわたり、前線の戦士達のその場は、一旦解散となった。




          *



「おい、千咲」


 廊下を一人で歩く千咲に、背後から声がかけられた。千咲はその場で立ち止まり、ゆっくりと振り返る。


「……不破さん。何か用ですか」

「んん? …………それは、まぁ、……こんなに緊迫した任務はあんまり経験が無いだろうから、緊張をほぐしてやろうと思ってな」

「必要ありませんよ」


 つっぱねて、千咲は再び歩き始める。そんな彼女の態度に不破は苦笑いを浮かべて、「やっぱ必要じゃねぇか」と言った。千咲は気にせずに再び前に歩き始める。


「なぁ、それはともかく、そろそろ宗助の奴を起こしにいってやってくれ」


 そんな彼女の背中に向けて、突然不破がこんな事を言い出した。


「ええ……なんで私が……」


 千咲が不機嫌そうな表情で振り返り不破に抗議する。


「いやぁ、あいつだって、俺に起こされるよりはお前に起こされたほう寝覚めがいいだろうしよ」

「自分で偉そうに『この会議の内容伝えておきます』、とか隊長に言ったくせに」

「俺が、とは言ってないからな。ははは」


 不破はまるで小学生同士の喧嘩の中で出て来そうな屁理屈を平然と千咲に言ってのけた。


「……もう。別にいいですけど……不破さんはこれから出動まで、なにかあるんですか?」

「ん? ……そうだなぁ。それほど時間があるって訳でもないし、出発の準備と……遺書でも書いておくかなぁ」


 不破は特に表情を変えることなく、それがさも当たり前の事であるかのようにケロッとした表情で言った。


「…………そういう冗談は、やめてくださいよ」


 千咲はそれに対してどういう反応をすればいいかわからず、視線を床へと逸らしてそう言う。しかし不破は立ち止まり、あくまで真面目な顔で千咲に語りかける。


「冗談なんかじゃないさ。冗談で、そんな事は言わない。少なくとも、俺はな」

「……じゃあ」

「俺達が今立ち向かおうとしている物ってのは、そういうモンだろ。勘違いすんなよ? 死ぬつもりで行くんじゃない。勝って、生きて帰るつもりマンマンだ。さっきも言った通り、全員で。だが」


 不破は宙空を見上げたまま、小さくため息を吐いた。


「いつか『来るべき物』が来た時のために、自分が今伝えておきたいことや感じたことを書いて残すってのも、大事なことだと思ってな」

「来るべき、モノ?」

「あぁ。生きている者になら、誰にでも来るアレだ」

「それって――」

「だからまぁ、こんなヤバそうな任務を前に、今日を節目として書いておくのも、別に悪かないと思ってさ」


 そう言った不破の顔はどこか感慨深そうにも見えた。


「遺書って言ったら、少し感じが悪かったか。そうだな……うん。タイムカプセルみたいなもんさ。……とでも言えば、ちょっとは聞こえが良いかな」


 そして「無理に解れとは言わねぇよ」と言って、再び歩き始める。直接的な単語を一度も使わなかったのは、不破の優しさなのか、それとも恐怖なのか、それはわからなかった。あえて使わなかったのかもしれないし、使えなかったのかもしれない。


「ほんじゃあ、宗助の事、頼んだぞー」


 不破はそのまま千咲の横を通り、右手を背後に向かってぷらぷらと振りながら、廊下の角を曲がり、その姿は見えなくなった。


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