作戦会議
「あ、宗助君。こんばんは」
廊下をふらふらと歩いている宗助に、背後から岬が声をかける。
「岬か。お疲れ様」
「お疲れ様。怪我もなく帰ってきてくれてよかった」
彼女はそう言って宗助の隣に並ぶと、心から嬉しそうに笑った。
「あぁ、任務だったの知ってたんだ」
「知ってるよぉ! 隊員の人が任務に出たら、一番に私たちのところにも連絡が来るもん!」
「そうなんだ。知らなかった」
「ふふ。……それにしても、随分くたびれた顔してるね。大丈夫?」
岬は心配そうな表情で宗助の顔を下から覗き込む。
「そんなに? さっきからいろんな人に言われるんだけど」
「それはもう」
岬は眉間に皺を寄せたまま、ひとつだけこくりと頷く。そんな岬に宗助にも少し苦笑いが漏れた。
「ねぇ、本当はどこか怪我してるとかない? 遠慮しないでちゃんと言ってね」
「大丈夫、本当にどこも怪我してないんだって。むしろ、今までが怪我しすぎだったくらいで……」
「なら、いいんだけど。今からまた何か、任務とか仕事があるの?」
「いや、不破さんに休んで来いって言われちゃったよ。だから部屋でちょっと休憩してくる」
「それなら、部屋まで私がお送りいたしましょう」
岬は拳を作って自らの胸をどんと叩くと、宗助の背後に回って彼の背中を押して歩き始めた。
「お、おい、大丈夫だって。別に怪我してる訳じゃないしちゃんと戻れるから」
「いいからいいから」
宗助も口ではそう言いつつもまんざらではないらしく、押されるがままにゆっくりとまた歩き始めた。
*
宍戸と稲葉は大股早歩きでオペレータールームへの道を歩いていた。二人分の足音が、そのままカツカツと廊下に響く。
「ちょっと大人気なかったかもな」
「そうだな」
歩きながら、先程の立ち振る舞いを振り返りほんの少しだけ反省の弁を垂れる稲葉に、宍戸は一瞬の躊躇いもなく肯定した。稲葉はそれに少しだけ苦笑いを浮かべるが、すぐに表情を引き締めて話を切り出した。
「時間が少ないというのは本当の事さ。実際、あの船は何が目的なのかわからんが……」
「とりあえず、こっちもゼプロの件は後回しにする。同時には流石に無理だ」
「ああ。構わない。情報収集は、情報部に一旦預けておくとしよう」
「それで、これからどう動く」
宍戸の質問に、稲葉は少しだけ黙って考える素振りを見せ、そしてすぐにその質問に対する答えを話し始める。
「無人探査機を飛ばす」
宍戸は特に表情を変えることなく、稲葉の横顔に視線だけを向ける。
「航空部隊と連携して近海まで探査機を飛ばし、一定の距離まで近づけたら遠隔操作に切り替えて、あの先端のデッキ部分に着陸させる。軍事衛星も使用して、どのような材質で出来ているか、どういったルートで内部に侵入すればいいか、できうる限り調べよう」
「……出来るなら、あとは、中に生物が存在するのかも確かめたいところだな」
「確かに。さて、俺は今からオペレータールームに戻って隊員達に集合をかけてくる。宍戸はブリーフィングルームへ先に行って準備をしていてくれ」
「わかった」
そして稲葉はオオペレータールームへ、宍戸はブリーフィングルームへとそれぞれは向かう。迫り来る謎と脅威に立ち向かうために、まずは土台から固めていく。
*
稲葉と宍戸はもちろん、白神、不破、千咲ら特殊部隊の隊員がブリーフィングルームに集まっていた。オペレータールームのすぐ近くにあるその部屋の中、一番奥に立つ稲葉がぐるりと一同を見回して、何かに気付き不破に声をかける。
「要、宗助はどうした?」
「あぁ、あいつなら……すいません。今日一日出ずっぱりで疲れが目立ったもんで、休ませてます」
「そうか」
「できれば、もう少し休ませてやりたいんですけど……。連れてきましょうか?」
「…………。いいや、確かに朝からずっとだったな。しばらくは休ませておこう。緊急時だし、いつまでも休ませておくわけにもいかないが」
「後でここでの内容を伝えておきます」
「ああ、頼む」
稲葉は不破とのやりとりを終え、皆に向き直る。そして、よく通る低い声で、話し始めた。
「既に知っているだろうが……太平洋沖、日本領海内に、大量のマシンヘッドを積載していると思われる巨大な物体、ブラック・ボックスが突如出現した。こいつはゆっくりと、だが確実にこちらに向かっていて、明朝九時には日本本州近海に到達する計算だ。マシンヘッドの反応が出ている限り放っておくわけにはいかないが……、無闇に攻撃するのは危険だという上の判断で、兵器などによる直接攻撃は行われない」
一拍置いて。
「そこで、俺たちの出番というわけだ」
はっきりとアクセントを付けて言い、そこで一旦言葉を切る。ゆっくりと隊員達それぞれの顔を見渡すと、誰もが皆、稲葉の眼を真剣な眼差しで見つめていた。その視線一つ一つが纏う迫力に心強さを感じて、稲葉は肩が少しだけ軽くなるのを感じた。
「今、航空部隊に手配して無人探査機を飛ばしている。もうそれほど時間を待たずにブラック・ボックスに到着する予定だ。その調査結果次第で変わりうるが……今回俺達に課せられた任務は、あの中に侵入し速やかに内部を制圧する事。コントロールを掌握すると共に、マシンヘッドを破壊する。ひとつ残らずだ」
「侵入するって、全員でですか?」
千咲が質問する。
「……それを、少し話し合いたい。どうだろう。全員で行けば、成功率はぐんと上昇するだろう。だが、例えば……そうだな。俺たちが侵入している間にあのブラックボックスが万が一自爆でもすれば、全員揃って一網打尽って奴だ。流石に自爆は無いだろうが、そういった罠である可能性もゼロではない」
稲葉がそう言うと、千咲は少し難しい顔をする。
「逆に人数を少なくすれば、戦力が集中できないデメリットはあるが……あまり考えたくはないが、先鋒のチームが何かしらの凶悪なアクシデントに見舞われたとしても、一度に全滅という最悪の事態は免れる事はできるというメリットはある」
「……俺は、全員で行くべきだと思います」
不破が手を挙げて意見を言う。
「今回のは、普段の任務と全く逆。受けて立つんじゃあなくて、こっちから攻める。未知の場所に攻め入るのなら、全員で行くにしろ別れていくにしろ、そういうリスクは当たり前につきまとう。それでも、この中の誰かが犠牲になって誰かがそれを糧に勝ち進むなんて方法は、例え任務自体を遂行できたとしても、任務成功とは思いません」
「理想論だな」
それに対して宍戸は冷淡な口調で言う。不破はそれに対して特に気を悪くするでもなく、宍戸の方に顔を向けてすかさず返す。
「問題でも?」
「いいや、何も」
宍戸はそう言って短く息を吐く。
「……僕も、全員で行く方が総合的なリスクは少ないと思います。凶悪なトラブルに出くわすかもしれない、と言いましたが、全員でかかっていれば解決できたトラブルを、人員を削ったせいで解決できずに敗北する、なんて事も起こりうるかもしれないという事。……だけど、あくまで『基本的』に。任務の進行に合わせて、別れて動く必要も出てくるかもしれない」
白神も冷静な口調で自分の考えを述べつつも不破の意見に賛同する。するとそのすぐ後、ブリーフィングルームに備え付けられた電話がピピピピピ、と場にそぐわない緊張感のない音を鳴らし始めた。一番近くに居た千咲がすぐに立ち上がって電話を取る。
「はい、もしもし。……ええ。大丈夫ですけど。はい。……はい。……わかりました。伝えます」
短いやりとりを終えて電話をもとの親機にもどすと、千咲は皆の方を振り返る。
「隊長。探査機が間も無くブラックボックス上空に到着するそうです。『映像をご覧になるなら、オペレータールームまでご足労願います』、と」
「……そうか」
稲葉はまた少し考える素振りを見せる。
「それじゃあ、探査機の調査結果次第では作戦変更も有りうるが……ブラックボックスには、全員で向かう前提で雪村さんと篠崎さんに話して、作戦を立てる。千咲も、それでいいか」
「はい、私は……」
「よし。それじゃあ、オペレータールームに戻ろう」
皆が一斉に席を立ち、稲葉から順に階級の上の者からきびきびと部屋を出ていく。そんな中、白神がちらりと千咲の方に視線を向けると、彼女は何か考え込むような表情で、じっと手元の机を見つめるように佇んでいた。
「千咲さん。皆オペレータールームに向かいましたよ?」
「え? あ、はい。私もすぐに向かいます」
「……どうか、しましたか」
「いえ、なんでも。ただ、ちょっと緊張しちゃって。作戦会議とか向いてないんですよ、私」
そして「私ってばイノシシみたいな直線タイプだからー」などと言っては、困った時に見せるような苦笑いした表情を浮かべた。白神は彼女のその表情を見て少し黙る。普段あまり見ることのできない表情に少しばかり見とれてしまったのもあるが、それと同時に……。
「……なら、いいんです。早く、部屋を出ましょう。あまり遅くなると宍戸さんにどやされそうだ」
「はい。すぐに」
そして白神、千咲の順に退室する。
白神のドライブは、人間の心は読むことは出来ない。だけど、それによって磨かれた彼の感性と勘は、彼女の表情が何に向かっていて、何を物語っていたかを、朧気ながら理解することができた。
白神はただただ彼女の前を歩く。すぐ隣の、オペレータールームまでの短い通路を。いつもどおり、うっすらと笑みを浮かべたその表情を動かす事はなく。




