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machine head  作者: 伊勢 周
11章 ブラックボックス
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不明の脅威

 波に僅かにたゆたうその黒く大きな鉄の塊を、しばしの間二人は食いつくように眺めていた。その物体の表面にところどころに取り付けられている、不気味に光るランプが、その鉄の塊の怪しさを一層引き立てている。


「……。潜水艦か何かか? ほとんどが海の中に浸かっているな。特に国籍のマークも何も描かれていないし……航海の申請は…………出ていないみたいだ。当然そういった許可が受理された記録もないな。……なんだろう」

「確かに怪しいけどさぁ、こういうのは私たちの管轄じゃないからねぇ」


 小春の興味なさげな物言いとは逆に、海嶋は凄まじい指さばきで次々とモニターにウィンドウを展開させていく。別のモニターは、黒い塊が海の上をゆっくりと進むのをただただ写していた。周囲は皆揃って生方宗助と不破要の無事に安堵している様子であるが、二人だけがその件からは離れて、モニターに映る妙な物体に興味を引かれていた。


「おい、海嶋、桜庭、何をやっている」

「司令。いえ、すいません。太平洋沖、日本領海に不審な船を発見しまして……」

「マシンヘッドか?」

「いえ、そこまでは、まだ。映像を捉えただけですので」

「……マシンヘッドのレーダーをスポットで回してみろ。特に異常がなければ、海自に確認して、今は不破と生方の任務に集中するんだ」

「了解」


 海嶋と桜庭はそれぞれ少し気まずそうな顔をしながら言われたとおりの作業に取り掛かる。


「サブモニター 一、二にそれぞれ表示します」


 海嶋がそう言った次の瞬間、サブモニター一に対マシンヘッド用レーダーが、サブモニターわ二に例の黒い巨大な物体が映し出される。安堵に包まれていた室内の面々も再度ざわめき始めた。


「広域にレーダーを切り替えます」


 レーダーマップ上を細い光の波紋がゆっくりゆっくり広がっていく。特に反応がないまま波紋は広がりを見せていくが……例の物体が浮かぶ海域の辺に差し掛かったところで、レーダーが異常を検知する。そしてそれと同時に、オペレータールームにいる全員が戦慄に顔を歪めた。


「故障……じゃあ、ないよな……」


 海嶋がそう呟いてしまうのも無理はなかった。レーダーはその黒い塊の中に、数え切れないほどのマシンヘッドの反応を検知したのだ。



           *



 宗助と不破は、指示された通りにその場を保守していた。

 保守といってもそれほど大げさな行為は必要なく、ただ処理班が戦いの残骸・痕跡を消すのを見守るくらいの事しかしないのだが。ちなみに、大きな痕跡が残らず、マシンヘッドの大きさもさほど大きくはない場合には、戦った本人が持ち帰るケースもある。


「ナンバリングとカラーは……。………なんだ、こんなもんか」


 不破は今しがた宗助が破壊したマシンヘッドをまじまじと見回しつつそう言った。


「こんなもんって?」

「これはまぁ、お前を病院で襲ったのよりも少し格上って位置づけくらいだな」

「そうなんですか」


 嬉しいような拍子抜けしたような、その言葉に妙な印象をもったまま返事をする。


「だいたい、コアが体外に取り付けられている奴ってのは、なんつーか手抜きなのが多いな。申し訳程度で攻撃ツールを付けられました、みたいな……戦闘に特化されたタイプじゃない」


 そう言って不破はマシンヘッドを少し強めに踏みつける。


「だが、まぁ。お前の動きは完璧わだったぜ。思えば手も足も出ずにボコボコにされたあの時から、たったの二ヶ月でここまでやれたんだ。胸張って帰ろうぜ」

「……! はい!」


 宗助は少し草臥れた表情は見せつつも元気よく返事をして、少し誇らしげに笑ってみせた。


「不破さん、生方さん、お疲れ様です。帰還の準備ができました。どうぞ、車に乗ってください」

「ほら、ぼぉっとしてねぇでさっさと車に乗れ、宗助」

「はい」


 二人は処理班隊員に促されるままミニバンに乗り込んでいった。




 そして二人がアーセナルに戻ると、数人の隊員や職員が出迎えた。しかし出迎えた彼らの醸し出す雰囲気に、宗助と不破はなにか妙な違和感を覚えた。

 無事任務が終了したのに、まるでその任務が未だに続いていると言わんばかりの堅苦しさ。

 そんな空気を感じながらも、とりあえずは帰還報告をするためにオペレータールームへと向い始める。

 不破がセキュリティチェックの為のカードリーダーに隊員証を通して中に入ると、やはりそこも同じように、どこか沈んでいるというか、妙に重たい雰囲気が漂っていた。職員達も皆一様に、何かに追われるように任務に就いている。


「何か問題でも起こったんですかね?」

「俺に聞くな。さっきからずっと一緒にいただろ」


 質問する宗助に対して、不破も訳がわからないといった様子でぶっきらぼうに言い返す。入口付近でそんなやりとりをしていると、室内にいた千咲が彼らに気付き声をかける。


「不破さん、宗助、お疲れ様」

「おう、千咲。……って、隊長はどこに行った? ……司令もいないな」

「隊長と司令なら、会議室に呼び出されてます」

「会議室に? なんで」

「……不破さんと宗助が出てる間に、レーダーに妙な反応があって。その件で」

「妙な反応?」


 不破が眉間に皺を寄せて、千咲の言葉を復唱する。


「はい。私も詳しくは聞いていないんですけど……それで、その事に関してお偉いさん方と会議室で話をしているみたいです。だから、司令も副司令も隊長も副隊長も、そっちに引っ張られていっちゃって」

「なんでまたそんな上の連中が」

「みんなが帰ってきてから隊長に聞いてくださいよ、もう。私だってわからないんですから」

「ああ、あいよ。……そうだな、宗助。お前もう休んで来い。顔が疲れきってるぞ」


 千咲との会話を打ち切って、半歩後ろに立っていた宗助に振り返り休むように促す。宗助本人は普段通り振舞おうとしているようだが、両方のまぶたが今にも落ちかかっていた。


「でも……」

「でもじゃねぇよ。後処理報告なら俺がしておくから気にすんな」

「……」

「それにな。そんなに戦力になりたいのなら、休める時にすぐ休める奴になれねぇとダメだ。なるべく疲れを残さずに毎日上手に過ごすことが、任務を上手にこなすコツ。わかったらとっとと休んで来い」

「は、はい」


 宗助は少し戸惑い気味に頷いて、オペレータールームを後にしようとする。逆に不破はというと部屋の中央の方へと歩いていき、海嶋に絡み始めた。


「おーい、宗助」


 名前を呼ばれた宗助が振り返ると、千咲が微笑みながら歩み寄ってきた。


「見てたよ、さっきの。けっこうやるじゃん。見直しちゃった」


 彼女はそう言って、拳を握って宗助の前に軽く突き出してきた。稲葉が時折するグータッチ。それを彼女が倣っているのだ。だが宗助は、少し気まずそうに視線を落とすだけで、それに応えようとはしなかった。千咲は首をかしげる。


「どうかした?」

「……いや。不破さんが言ってたんだけどさ、あのマシンヘッドは、そんなに大した奴じゃなかったらしい。そんなのを一体だけ、不破さんの助けを借りて倒して、それで喜んでていいのかなって」


 宗助のセリフを聞いた千咲に一瞬の間ができたが、そんな宗助の後ろ向きな言葉はすぐに千咲に笑い飛ばされた。


「なーに言ってんの、ちょっと前に、そんな『大したことない奴』以下のにボッコボコにされて担ぎ込まれてきたのはどこの誰だっけ?」

「それは、まぁ、うーん」

「……あのね、上ばっかり見て歩いていても肩が凝るだけだって。ちゃんと身の丈にあった歩き方をしとけば、それでいいの」


 そして千咲は突き出していた拳をそのまま宗助の左胸にどん、と軽く押し付けると、


「これからも、この調子で頑張って。そんで、ごくろうさま。今はゆっくり休んできなよ」


 そう言って、いつもの勝気な笑顔ではなく、女性的な柔らかい笑みを残し、彼女は不破と同じように部屋の中央へと舞い戻っていった。宗助は少し頬を赤らめて、『先輩』達の気配りに感謝しつつ、頭をぽりぽりと掻きながら今度こそオペレータールームを後にした。



          *



 アーセナル、第一会議室。

 えらく縦に長い、だだっ広い会議室。床カーペットは綺麗な紺色に揃えられ、見るからに高価で頑丈そうな長机が備え付けられている。

 それと合わせるように背もたれや座布団部分に重厚感を持った黒いレザー製の回転椅子がいくつも揃っていて、それぞれの机の部分にマイクが備え付けられている。

 天井に付いている照明は流石に豪華なものではないが、その光も、佇まいも、ただの照明とは一線を画す静かな威厳を光と共に放っていた。


 そのいかにもな会議室の、入口から入ってすぐの座席に稲葉と宍戸、雪村司令と篠崎副司令の四人が険しい表情でじっと前を見据えながら座っている。が、特に話すことはなく、じっと流れ続ける音声に耳を傾けている。


「先ほど発見されたこの黒い物体は、単純な大きさは推定一二〇万立方メートル。およそ東京ドームまるまる一つ分に相当します。名前は、そのまま『ブラック・ボックス』とします」

「ブラック・ボックスねぇ……」

「そしてレーダーが示す物が正確なのであれば、ブラック・ボックスの中に百以上のマシンヘッドが搭載されていることになります。そして速度はそう速くはありませんが、少しずつ直線的に日本列島に近づいており、同じペースで進めば、明朝午前九時二十三分から三十五分頃には日本海沿岸はこの物体の射程距離に到達するでしょう。当然それまでに、何らかの対策を講じる必要性があります」


 会議室の一番奥の座席には、三十代半ば程のスーツ姿の男性が、淡々と手元の紙に書いてある文章を読み上げている。


「ちょうど半日後か」と、宍戸が呟く。

「そもそもこのブラック・ボックスは一体どこから来た。急に太平洋のど真ん中に出現した訳でもあるまいし」


 一番奥に座る白髪混じりの小太りの男性が質問を飛ばすと、


「その疑問はもっともですが、今はそれよりも、この間違いなく我々の敵であるこれをどうするか、という事を話し合わなければなりません」


 その隣に座るがっちりとした体格の初老の男性が話題を即座に修正する。


「様子見として、なんらかの攻撃を与えてみては?」


 四十代半ば程の、少々座高の低い男性がそう提案すると、


「バカを言え、何を搭載しているかがわからないんだぞ。無闇に攻撃するのは、あまりに危険だ。凄まじい爆発を巻き起こす可能性もあるし、海洋汚染の可能性だって十分にありえる話だ。大量の核燃料を搭載でもしていれば。日本近海が向こう一〇〇年、生物が棲めない死の海となるぞ。そんな事が起きれば一体どれ程の損害を叩き出すか……計算するのもおぞましい」


 小太りの男性が全否定。話し合いをしているようで、結局は何一つ進展の無い。いつまでもそんな状態が続くかと思いきやそうでもなく、その会議は突然進み始めた。


「そこで、だ。稲葉隊長。雪村君。我々は、君らの率いるスワロウを頼りにしたい訳だ」


 稲葉も宍戸も雪村も篠崎も。四人共が、その言葉を聞いても眉一つ動かさず。ただ、言葉を待つ。彼らの提案する作戦はこうだ。得体の知れない物を下手につつくわけにはいかない。しかし放っておくのは尚のこと論外である。

 そこで、と出た案が、内部への潜入、制圧。

 スワロウの隊員達に、その得体の知れない物体の中に潜入し、内部からその制御を奪い取ってしまって欲しいと、そういう算段なのである。押してダメなら引いてみろ。単純明快ではある。


 しかし稲葉達からすれば、それは作戦などという高尚な物ではない。要するに、「訳が分からないからなんとかしてくれ」と同義である。

 他力本願、無責任、そんな言葉が当てはまる。稲葉達と対称の位置に座る彼らからは、希望的観測で物を言っているようにしか感じられない。


「ですが、情報が少なすぎます」


 雪村が端的に答える。


「心配しなくても、成功報酬は十二分に出す」


 今度はそんな言葉が返ってきた。会話が噛み合わない。言葉のニュアンスを誤って捉えられたらしい。雪村は特に表情を変えることなく、再度口を開く。


「ですから、情報が少なすぎると言っているんです」


 副司令の篠崎がそれに続く。


「いくらスワロウの特殊部隊の隊員が常人離れした能力の持ち主達であろうと、不死身の機械ではありません。もしブラック・ボックスの目的が日本に侵攻することであり、迎撃すべきものだとして。潜入をするにも、まずは情報が必要です」

「そうは言うがね、残された時間はもっと少ないんだ。目的が何かは不明だが、内部には数百のマシンヘッドの反応があるんだ。先程も言ったとおり、間違いなく我々に害をもたらす存在である。それが十二時間もすればここ、日本に到着すると言っているんだよ。侵略されて、後悔してからでは遅い!」


 今度は別の男が、まるで理解の悪い問題児を相手にする教師のような、気怠そうな態度で言った。


「これは本部の管轄だ、他支部に応援を要請している時間もなさそうだ。君らはマシンヘッドの専門家のようなものなのだろう。君ら以外に適任はいない。何の為の特殊部隊だ。高い給料を払っているんだ。そもそも、こういう時の為に日々厳しい訓練しているのではないかね」

「……それは、そうですが……」

「情報が少ないというのなら、調査用の機材の使用は全て申請が通るようにしておく。お膳立てはしたからな。あとは結果を見せてくれ」


 小太りの男が言い終わると同時に、稲葉は両手で机をばんっと音を立てて叩き、急に立ち上がって、向かい側に居る人間を一通り見回した。お偉い方の面々は皆一様に驚きの表情を見せている。


「お、おい。どうした、稲葉」


 急に派手に立ち上がった稲葉に、雪村は驚いた表情を浮かべて小声で尋ねるが。


「みなさまの御厚意、感謝します。行くぞ宍戸。すぐに作戦会議だ」

「あぁ」


 稲葉がそう言うと宍戸も静かに席を立ち、挨拶もせずに会議室の出口へと歩き始める。


「退出するなら、挨拶くらいしたらどうかね」


 そんな二人の態度に気を悪くしたのか、小太りの男が苦言を呈す。すると。


「生憎ですが、残り時間が少ないもので」


 稲葉は立ち止まらず顔だけ向けてそれだけ言うと、宍戸と二人で会議室を出ていった。



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