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machine head  作者: 伊勢 周
11章 ブラックボックス
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ミッドナイトブルー

 時刻は、夕暮れから夜へと移り始めた。

 アーセナルから自動車で三十分ほどの場所に位置している化学工場地帯。

 そびえ立ついくつもの煙突、巨大なオイルタンク、赤錆の浮いた溶鉱炉、複雑にパイプが絡み合うプラント群。夕闇が迫り、いくつもの夜間保守用の光が灯り始める。無機質であるが、人間を寄せ付けない迫力がある巨大な建物群がそこにあった。


「最近な」


 工場群のその姿を横目に宗助と不破は、素早く目的の場所へと移動しながら不破は話を切り出す。


「工場夜景クルーズってのが流行ってるんだってよ」

「なんですか、それ」

「船に乗って、工場の夜景を楽しむんだ。酒も出るらしい」

「へぇー。そんなのあるんですか。なんでも商売ですね」

「いやしかし、確かに夜の工場ってのは、妙な迫力があるよな」

「わかります。目を引かれるっていうか。高速道路とか走ってる時によく見てました、小さい頃」

『お二人とも、雑談はほどほどにして、そろそろポイントが近いですよ』


 二人の通信機に小春の声が飛び込んできて、雑談は終りを迎えた。宗助と不破は立ち止まり、イヤホンに意識を傾ける。


「桜庭さん。反応はこの辺でしたよね」

『うん、でもさっきより少しだけ位置が移動しているの。少し先の十字路を南にまっすぐ向かうと埠頭があるんだけど、その埠頭にあるコンテナ群の中に潜んでいるみたい。気を付けて』

「了解です。とりあえずその埠頭に向かいます」


 そう言うと宗助は再び走り始めた。不破もそれに続いて走り始める。


「宗助」

「はい?」

「くれぐれも無理はすんなよ。お前はすぐに熱くなるからな。誰とは言わんが、任務の動きで帰ってからああだこうだといちいち喧嘩されるのは面倒だ」

「大丈夫ですよ。結構臆病者なんで」


 目的地に向かいつつ、宗助は少しぎこちなく笑ってみせた。小春に言われた通り、二人は十字路を南へまっすぐ道なりに走る。すると、一分もしないうちに埠頭の入口へとたどり着いた。だが。


「金網フェンス、どうします?」


 当然と言えば当然だが、敷地には侵入を防止するために三メートル程の高さの金網フェンスが設置されていた。上部には乗り越え防止の為の有刺鉄線も張り巡らされている。


「緊急事態って奴だ。俺に任せろ」


 不破がずいっと前に出て金網フェンスを触ると、ぎしぎしと音を立てて穴が拡がり、人が通れるほどの簡易的な入口が出来た。


「おし、行くぞ」


 二人は順に金網をくぐり、埠頭の中へと侵入する。小春が話していた通り、そこには沢山のコンテナが置かれており見通しが悪く物陰も多い。


「こちら不破。埠頭のコンテナ置き場に到着した。マシンヘッドの反応は?」

『不破さんと生方君から向かって斜め右側前方四◯メートル程に反応がありますが、少しずつ移動しています』

「了解。ったく、マシンヘッドもこんな所に来て何があるってんだよ」

「……もしかしたら、物資を奪う為じゃないでしょうか。ミラルヴァが前に言っていた」

「あぁ、成程」


 宗助と不破は埠頭の中へとゆっくり足を踏み入れていった。海が近いため風は湿り気を多く含んでおり、潮の匂いが強い。


「風がきついな……」


 強い海風が宗助の前髪を揺らす。コンテナによって作られた通路のおかげで死角だらけな上に、ビル風に似た複雑な流れの風が吹いており、空気の流れを読むことによる宗助の気配探知も今回は少し鈍らされていた。フォークリフトが風に揺らされて軋み、きぃきぃと甲高い音を鳴らす。陽は殆ど傾き、視界も視野もみるみるうちに悪化していく。そんな中、イヤホンから再び小春の声が流れてくる。


『不破さん、生方君、反応はかなり近いです。ここから先は慎重に――』


 二人は自分達以外の気配を微かに感じた。僅かだが、確かに。それは風で揺れたなんてものではない、なんらかの意思を持った物音。

 小春が言い終わるのを待たず、不破と宗助が同時に背後へ勢い良く振り返る。


「後ろッ!」


 二人は同時に叫んで、宗助は右へ、不破は左へと跳んだ。彼らが立っていた場所を、まるでレーザー光線のような凄まじい速さで一本の鉄棒が通過する。二人は跳んだ勢いのまま一度地面で一回転して起き上がりその攻撃の出どころへと目を凝らす。闇の中からずっと伸びてきているそれは、先端部は見えないが、中間部はよく見ると槍というよりは、鉄を編み作られたホースのような柔軟性のある鋼の鞭のようだった。宗助たちの後方で鉄材が崩れ落ちる音がした。恐らくこの鋼の鞭が後方のコンテナか何かを破壊したのだろう。

 飛んできたのと同じ速度で鉄の鞭は暗闇の向こう側へと引き返していく。


「マシンヘッド!?」

「恐らく! 遠距離攻撃ができる奴だ、直線上にいるのはまずい、身を隠せ!」

 不破は暗闇の向こう側へと視線を向けたまま宗助に指示を出し、自らもコンテナの影に隠れる。宗助も同じように攻撃を受けた方向を見据えたまま、一番近くの物陰へと飛び込んだ。すると、入れ違いに第二撃が打ち込まれ、地面が激しく砕かれる。


「――ッ!!」

「呆けるな、回り込むぞ!」


 目の前の破壊行為に一瞬怯む宗助。敵の攻撃範囲である通路を挟んで反対側のコンテナに隠れている不破は、宗助にそう叫ぶと同時に背中を見せて走り出した。宗助もそれに倣い物陰に隠れながらコンテナが並ぶ通路を走り始める。すぐに通信機が震えた。相手は不破だ。


『宗助、今ちらりとだが敵の姿が見えた。マシンヘッドだ。相変わらず作ったやつのセンスを疑うような形だが……』

「それじゃあ、どう攻めましょう!?」

『他の攻撃手段が無いとは限らんが、攻撃パターンは今のところ、あの鉄のワイヤーによる遠距離攻撃だけだ。一撃は強力なんだろうが、攻撃の隙は大きい。そこを狙う』

「具体的には?」

『俺が囮になる。宗助、お前がやれ』

「……! 俺?」

『そうだ、お前がやるんだ。……いいか、大事な事はたった一つ。落ち着くことだ。冷静に敵のコアを見つけ、そこに一撃くれてやるだけ。完膚無きまでぶっ壊す必要は無い』

「生憎、すぐに熱くなる性格なもんで」

『んなこと言ってる場合か』


 皮肉っぽく言う宗助を不破がたしなめる。


「……それじゃあ、やってみます」

『……あぁ。何度も言うが、くれぐれも無理はするなよ。そんでもって俺の事は一切気にするな。自分の身くらいは自分で守れる。お前は、自分の攻撃にだけ集中しろ』


 不破の言葉を聴きながらも走り続けていた宗助は、マシンヘッドの背後に回り込むことに成功し、ようやく敵の後ろ姿をその眼で確認することに成功した。

 そこには、四本の足と物を持ち運びする為のものであろう四本のアームがついた円筒型の胴体に、頭部である球体がくっついているというシュールな出で立ちの物体が、ゆっくりと移動していた。

 全体の形としては、宇宙服に長めの手足が四本ずつついており、顔の部分から鉄の鞭が飛び出しているという風に喩えれば多少は想像がつくかもしれない。


 一体何を目的としてこの場所をう彷徨いているのかは定かではないが、善を為す事は皆無だ。


『準備はいいか。行くぞ』


 宗助がマシンヘッドから目を離し、周囲へと目を向けると、不破らしき人影をコンテナの影に見つけることが出来た。


「……あと十秒、心の準備に」

『俺達は奴が潮風で錆びるのを見に来た訳じゃねぇんだ。グズグズしてると俺一人で全部壊しちまうぜ。行くぞ。三……、二……、』


 不破は勝手にカウントダウンを始める。こうなると宗助も覚悟を決めるしかない。目を凝らしてマシンヘッドを観察し、コアを探す。


『一……』


(……あれか?)


 宗助は、マシンヘッドの背中にあたる部分に、以前写真などで見せられたコアとよく似た物が装着されているのを見つけた。


『ゼロ!』


 不破のやけにアクセントが聞いたゼロに宗助ははっと不破の方を見る。既に彼は影から飛び出し、わざとマシンヘッドの索敵範囲内に入っていったところだった。


「不破さん!」


 マシンヘッドは足を止めて、頭部の球体部分のみをゆっくりと回転させながら、攻撃の照準を目の前に出現した不破に合わせようとしている。

 不破はしばらく走っていたが足を止め、マシンヘッドと向き合う。同時に再び鋼の鞭が頭部から射出されるが、不破はそれを難なく横に躱し、触れることによってその鞭を変形させて破壊しようと試みる。が。手を近づけた瞬間、バチッと音がして、青白い光の線が走る。


「危ねぇ、電気流してんのか」


 不破が触ろうとした右手を左手でさすりながら恨めしそうに本体の方へと目を向ける。するとその背後に、宗助が飛び出してきていた。


「やれ! 宗助!」


 宗助が突然マシンヘッドに近づいたことにより、マシンヘッドは頭を宗助の方へと回転させた。それにより電流を帯びた鋼の鞭も釣られて不破の方へとしなりながら動く。


「うおおっち!」


 不破は腰を反らして、まるでリンボーダンスのような態勢で鋼の鞭を避けた。

 宗助は不破に言われたとおりただただマシンヘッドだけに集中し、背中に装着されている弱点のコアと思しき物めがけて疾走する。

 宗助の攻撃は、今の彼の実力からしてそれ程射程距離は無い。確実に一撃で仕留めるには、少なくとも一メートル以内まで距離を詰める必要がある。しかし背後をとろうにも、マシンヘッドは宗助の存在に気づいて振り向いてきているのだ。

 不幸中の幸いとでも言うのか、マシンヘッドは長い鋼の鞭を射出している為に、それが邪魔になって素早く振り返ることが出来ずに居る。


 完全に宗助の方向へと向き直られてしまえば、この囮作戦は早くも綻びを見せてしまうだろう。

 戦いを長引かせて良いことなどひとつも無い。一撃で決めるつもりで、ぐんぐんマシンヘッドとの距離を詰めていく。

 そこで、マシンヘッドが急に何かにつっかえたように振り向く動作を中止する。なにやら頭部から射出している鋼の鞭に逆に引っ張られているらしい。宗助はほんの少しだけ視線をずらし、その鞭の先を見る。


「まぁ、触れないにしても、いくらでもやりようはある」


 不破は得意げな笑みを浮かべ、地面のコンクリートを変化させて鞭を絡めとってしまっていた。

 宗助は再びマシンヘッドに焦点を合わせ更に加速する。彼は今、射程範囲ギリギリで攻撃してやろうなどとは全く考えず、『至近距離で直接ブチ込んでやる』とだけ考えていた。宗助の右手は小さな竜巻を帯び始める。ついに射程距離内に入り、敵に向かって思い切り右足を踏み込む。

 ベギッ! という鈍い音が響いた。

 宗助が背中部にあるコアと思しきものに、超至近距離でドライブを打ち込んだのだ。全力疾走でマシンヘッドに向かっていっていたので急に止まることもできず、マシンヘッドを通り越してもまだ走り、そこで派手に地面と靴底をこすらせて無理矢理体を止めた。

 自分の攻撃の成果を確かめる為宗助は振り返る。

 そこには、動きを止めて立ち尽くすマシンヘッドの姿があった。


「……壊れたか、どっちなんだ? ………ッ!!」


 答えが聞ける訳はないのに、思わずそんな言葉が口から出てしまった。しかし宗助の期待とは裏腹に、マシンヘッドは破壊しきれていなかったらしく。緩慢な動きではあるがアームを振り上げ始めた。


「浅かったか……!」


 そう言って宗助は再び戦闘態勢を作る。が、それが意味を成すことは無かった。マシンヘッドはアームを振り上げた状態で再停止。数秒後、ガッシャーンと派手に音を立てて地面に崩れ落ちた。

 目の前の光景に宗助は唖然としてしまうが、少し遠くに立つ不破から「やったな宗助!」という声がかけられて、ようやく『マシンヘッドとの戦いに勝った』という事を実感し始めた。


「や………やった……。やりましたよ! 不破さん!」

「おい! まだ油断すんなよー!」


 拳を高く突き上げて喜びを表現する後輩に対して、不破も少し浮かれた様子で駆け寄っていった。



          *



 その頃、オペレータールームも同様に喜びと安堵に包まれていた。小春もまた、少し浮かれたような面持ちで不破と宗助に対して指示を出す。


「生方君、お疲れ様。マシンヘッド回収作業に移るから、不破さんと一緒にその場を保守して!」

『了解です』


 言い終えて、小春は背もたれに軽くもたれて息を吐き脱力した。心配した割には驚くほどあっけなかった。とはいえ、宗助の出動に限った話ではなく、スワロウの誰が出動した時でも彼女は毎度同じように心配して、そして彼らはそんな心配を他所にあっけなく任務を素早く終わらせてしまうのだが。

 何にしろ、これで宗助も彼らの一員となり始めたという事なのだろう。

 小春が再びデスク上のキーボードに触ろうとした瞬間、隣の海嶋が険しい顔でモニターとにらめっこしているのが視界に入った。


「どったの?」


 小春が海嶋のモニターを横から覗き込む。


「いや、日本周辺の広域航空レーダーがあるだろ? それをたまたま見てたんだけど……太平洋沖に妙な反応があったから、映像を出して拡大してみたんだけど……」

「暗くてよく見えないね」

「ん。画像が荒いせいもあるけど……光度を上げてみる」


 海嶋が再びキーボードをリズム良く叩く。するとモニターに浮かび上がった物は。


「……なんだ、これ……?」


 夜の海、ミッドナイトブルーの上に、黒く巨大な鉄の塊が無機質な迫力を放ちながら、ただ静かに佇んでいた。


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