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machine head  作者: 伊勢 周
10章 新しい日常
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証拠隠滅

 ブリーフィングルームにて、一文字千咲は有事に備えて待機していた。

 特に何かが起こりそうという訳ではないが、スワロウの隊員は訓練時以外特にフラフラすることなくすぐに出動できるように準備を整えているのが好ましい。夕方からの勤務であった彼女は、しかし特にやるべき事も持ち合わせていなかった為、慣例にしたがって静かに待機しているのだ。

 誰もいない、しんと静まり返ったその部屋で千咲は、ただじっと座って何か考え事をしていた。そこに、隊長である稲葉が入ってきた。千咲は立ち上がり、稲葉に挨拶をする。


「隊長、お疲れ様です」

「あぁ、千咲か。ご苦労さん。何か変わったことは?」

「いえ、特には。……隊長も、何か情報はありましたか?」

「いいや。やはりデータベースに無い名前だったよ。ゼプロ・イヤンクという名前は該当者無しだ。今宍戸が本人に聞いているところだが、レスター達の件もあるし、簡単に口は割らないだろうな」

「そうですか……」


 千咲は少しだけ落胆した表情を見せたがすぐに引き締めて、姿勢を正す。


「ま、辛抱は今に始まった事じゃないですし」


 そして、嫌味っぽさを微塵も感じさせないイヤミを言ってニコッと笑うと、それに釣られて稲葉も少しだけ口角を上げて控えめに笑って「まぁな」と返した。

と、そこに副隊長である宍戸も続いて室内へと入ってきた。


「宍戸さん、お疲れ様です」


 千咲が宍戸の方へ向き挨拶をすると、「あぁ」という素っ気ない言葉が返ってきた。


「宍戸、ゼプロの方はどうだった? 何か吐いたか?」


 稲葉が宍戸にそう尋ねると、宍戸は少し眉間にシワを寄せて険しい表情を作り少しの間黙り込んで、そして小さく溜め息を吐いた。


「奴なら、ついさっき死んだ」

「……なんだって?」


 宍戸の静かな声と、稲葉の驚きを隠せない声がやけに存在感を持って、部屋の空気を小さく震わせた。



          *



 数日前、一人の男がレスターやナイトウォーカーが収容されている『尋問室』に、新たに仲間入りを果たした。つい先日一文字千咲が捕えた、ジィーナとリルを誘拐しようとした男、ゼプロ・イヤンクだ。誘拐未遂くらいならわざわざ『特殊犯罪人』達と同じ場所に収容するのは行き過ぎた処分であるように感じるかもしれない。だが、彼は特別だ。スワロウの面々の誰もが知らない『何か』を、間違いなく知っている。そして副隊長・宍戸忍は今日、その『何か』を吐かせるために、完全に拘束された状態のゼプロと対峙していた。


「リル・ノイマンを狙った理由はなんだ」

「……言えない」


 ゼプロのそのセリフを聞いて、宍戸はまた一つ短い溜め息を吐く。以前に宗助と千咲が捕縛したレスターとナイトウォーカーも、こぞってこのセリフを吐いてきたからだ。『言わない』のではなく『言えない』のだ、と。


「言えない、というのは、何かしらの能力で発言に縛りをつけられているという事か」

「さぁな」

「そういう物だと判断して話を進める」


 黙秘を決め込むゼプロと、あくまでペースは自分にある事を誇示するかのように抑揚のない声で話を進める宍戸。水面下での駆け引き。


「依頼主は何処の誰だ」

「知らない」

「男か女か位は知っているだろう」

「知らない」

「彼女を捕まえることによってどれほどの報酬が得られる?」

「……さぁな、何の事かわかぐああッ!」


 そんなやりとりが続き、そして更にゼプロがシラを切った、いや、切ろうとした次の瞬間。ゼプロの右耳に、一瞬にして大きな穴が空いた。ピアス穴よりも遥かに大きい、直径一センチ程の穴。


「一丁前に黙秘権を持っているつもりか、深夜に女とガキをつけ狙ったクソにも及ばない変態の犯罪者が。早いところそれを自覚しろ。つっても、自覚できなかったからこうしてここに居る訳か」

「くっ……!」

「なんだその反抗的な目は。バラバラに分解されて下水処理場に流されないだけ有り難く思え」


 宍戸は平坦な声で乱暴なセリフを吐き捨てた。

 今の一瞬に宍戸が特に目立って動いたようには見えなかったが、その言動から、ゼプロの耳に風穴を空けたのは間違いなく宍戸の仕業である。拘束された両手のせいで耳に空いた穴に手をやることもできず、ゼプロは体をゆすって唸り、痛みをこらえる。ゼプロがちらりと視線を後方にやると、先程まで宍戸の手の中にあった筈の鉛筆が床で粉々に砕け散っていた。


「おい、書くものをくれ。つい下らん事に使っちまった」


 宍戸が傍にいた看守の男に筆記具を要求すると、「ったく、あんたはもう少し気を長くもったほうがいい」と愚痴っぽく言いながら新しい筆記具を手渡した。看守は看守で、まるで宍戸が囚人の耳に風穴を開けるのが日常茶飯事であると言わんばかりの冷静な態度だ。


「さて、話の続きを。どこまで進めたか……そう、お前に仕事を依頼した人物についてだ」


 看守から新しい鉛筆を受け取ると、手元のメモ用紙にさらさらと質問した内容を書いていく。記録としては、室内でのやりとりはいくつものカメラで完全に録画・録音されているが、宍戸自身がリアルタイムでロジックを組み立てるための、尋問の流れを記したメモ帳である。


「ま、本当に話すことが『できない』なら、これ以上この項は聞いても無駄か……。お前自身の話を聞く方がそれなりに何かボロが出そうな気はするが……」

「……」

「お前は一体、どこから来たんだ」

「……」

「生年月日は? 父親や母親の名前でも良い。家族はいるのか。リル・ノイマンやジィーナ・ノイマン、彼女達は一体何者なんだ」

「……」

「お前と同じ獲物を狙っていた男がいる。お前は仲間はいるのか? あいつらはお前の仲間か?」

「……」


 当然といえば当然なのかもしれないが、ゼプロは黙秘を決め込み、ただじっと険しい顔で宍戸を睨みつけている。宍戸は宍戸で、ただ口頭質問しただけで(実際に手を出しはしたが)素直に答えが聞けるとは到底思ってはいないようだ。


「話すことができない、か。早く話した方が身の為だとは思うがな。……そうだな。何か一つ、お前が自らの素性を話すならメシくらいは食わせてやってもいい」


 宍戸は、まるで痩せた野良犬でも見ているかのような目でゼプロを見ながらそう言った。するとそこで、ゼプロがしめたといった笑顔を浮かべて、突然こう話し始めた。


「……なぁ、あんた。パラレルワールド、って言葉は知っているか……?」


 いきなりゼプロの口から出てきたその単語に、宍戸は腹の底を探るかのようにゼプロの表情を伺う。パラレルワールドとは、「もしも〇〇だったら現在はどうなっていたか」という、分岐後に『あったかもしれない世界』。『現在』という存在とは絶対に相容れないもの。もしもの世界。それがパラレルワールド。なぜ突然そんな単語を彼が出したのか、その真意を探る為にじっと目を見返した。


「……平行世界か。それがどうした」

「俺は、そこから来た」

「……何?」


 宍戸は、目の前の男が自分たちに挑発するために、もしくは自分には余裕があるということを誇示するために、出鱈目な事を言い始めたのだと考えた。ますます本当の事を喋りそうにない、と感じ、本日何度目かわからない溜息を吐く。


「もう片方の耳にも、風穴を空けられたいのか」

「嘘である証拠がどこにある」

「どこにも無いな。無いが……なぜ突然そんな事を喋る。メシ一つで喋るとも思えん。それでさっきのさっきまで黙秘を決め込んでいたと思えば、突然出てきたのがそんなもんだ。信じる要因は何処にも無い」

「『話せる』と思ったから『話した』んだよ。どうせそれを知ることができたところで、お前たちには何も出来ないだろうが。ほら、話したぞ、もう少し待遇を改善してくれ」

「……。…………続きを言ってみろ。それ次第だ」

「おい、宍戸」


 隣にいた看守は、それが馬鹿げた戯言にしか感じることができず、宍戸がなぜ続きを聞くのかが理解できなくて首をひねり、真意を質そうとするが宍戸はそれを無視して、焦ったり取り乱したりすることなく、至って冷静な態度で返事を待つ。


「だから、言葉の通りだ。俺達は――」


 ゼプロはそこまで言って、突然ピタリと動きを停止させた。


「……? 何をぼけっと……」


 そんなゼプロに対して、勿体ぶられるのが辛抱ならないのか、少し苛ついた様子で先を促そうとする宍戸だったが、目の前のゼプロの様子が明らかにおかしくなっているのに気付いた。


「か……はっ……!」

「?」

「かっ、う……あっ……! な……ぜ、俺は……これも、……………!」


 突然ゼプロは目を見開き呻き、断片的に言葉を呟きながら苦しみ始めたのだ。

 彼を拘束している拘束具をギシギシと軋ませてもがき始める。顔面は真っ青で、呼吸も満足に出来ていないらしく口をぱくぱくとさせて懸命に空気を肺に取り込もうとしている。だが、それも全く効果が出ていないようだ。とにかく体全体をゆすり、もがく。溺れていて、水面に浮かび上がって空気を得ようと必死な表情。

 尋常ではないその様子に宍戸も少しだけ焦った様子でゼプロに声をかけた。


「おい、どうした」

「く……そ……! あ……の野、郎……! ……ガハッ!」


 ゼプロは激しく吐血した後数秒間痙攣して、まるで糸が切れた操り人形のようにガクンと脱力して白目を剥き――そしてぴくりとも動かなくなった。宍戸が立ち上がり、ゆっくりとゼプロに近づいて、手首に中指と人差し指をあてて脈を計る。


「………死にやがった」

「なんだと!?」


 不自然な程冷静な宍戸の言葉に、看守が驚いてゼプロに駆け寄り宍戸と同様に脈を確認するが、そこから生命の脈動は消え去っていた。


「なんて事だ……。一体なぜだ? 何者かが暗殺でもしたってのか……?」

「…………いや、恐らく違う」


 狼狽えて周囲をきょろきょろ伺う看守に対し宍戸はそう言うと回れ右、尋問室の出口へと歩き始める。


「お、おい、どこに行くんだ」

「報告に行ってくる。そいつは一旦そのままにしておけ。一連のカメラ映像は確保。焼いてデータベースに送ってくれ」


 看守は戸惑いつつも宍戸の指示を受け入れ、看守室のパソコンを操作しに向かった。



          *



「奴が最期に残した言葉――」

「『パラレルワールド』……」


 再び、ブリーフィングルームにて。

 それだけ言うと三人は続きの言葉を失い、黙って顔を俯かせてしまう。

 ただ単に平行世界がどうだと言われただけならばそれ程その言葉に意味を見出そうとはしなかっただろう。だが、それが意味する、あまりにもファンタジーで非科学的な意味・存在もさることながら、突然訪れた余りにも不自然すぎるゼプロの『死』という結果が、それを『くだらない話だ』と簡単に突っぱねてしまう事ができなくなってしまったのだ。


「……とりあえず、その一部始終を上に報告しなければな」


 稲葉がようやく言葉を発すると、宍戸と千咲も小さく頷いて同意であることを示した。


「千咲。俺は宍戸と一緒に司令にこの話を伝えに行ってくる。お前は引き続き待機だ。この件は、指示が出るまで、他所の部隊の人間には無闇に触れ回ったりはしないでくれ」

「了解です」


 隊長と副隊長は、揃って部屋を出ていった。千咲は二人の背中を見送って、再び席に座り机に頬杖をついて、パラレルワールドとは何か、と考える。

 パラレルワールド。

 もしもの世界。


『あの時ああしていれば』

『この時こうだったなら』


 そんなものがまかり通るのなら。もしかしたら未だに恐竜が地球を支配している世界があるのかもしれないし、自分が生きているこの世界と、ミジンコが一匹多いか少ないかくらいの違いしかない世界もあるのかもしれない。

 身近なようで、あまりにも遠い世界である。

 そんな世界の間を行き来する方法など、彼らは持ち合わせていない。科学的不可能を簡単に可能にしてしまう非科学的な存在なら、ひとつだけ心当たりがあった。


「パラレルワールドを行き来する、ドライブ能力とか……?」


 呟いてみて、急に馬鹿らしくなった。きっと今ここでこんな事を考えても栓のない話だ。今のところ、正しい答えはどこにも載っていないのだから。


「なにがどうなってんだか」


 千咲は呟いて、この件について考えるのを止めた。あるがままを受け止めるつもりであるが、予想や推理は自分の範疇外。死亡したのは全く別のことが原因で、ゼプロの妄言という可能性もある。次に岬と休みが被ったときに何をして遊ぶかを考えるほうがよっぽど建設的だし健全だと思ったのだ。まぁ、ついでに宗助も誘ってやってもいいかな、なんてまんざらでもなさそうに千咲はセルフトークすると、頬杖をしたままうっすらと表情を緩める事ができた。




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