ジンジャー共通① 荒神<こうじん>と書いてアラガミと読む
私は三井光希、三上名井社、通称三井神社の先代神主の娘。
見えないものが見えてしまうが、気持ちは普通の女子高生、と思いたい。
神通力が超絶優れているらしいため、後取りの神主に期待されたが弟の樹に譲った。
「私は普通の女の子になりたいの」
神様とか、修行とか、私はどうでもいい。
普通の女子高生らしく恋がしたいだけ。
「わが姉上ながらしょうがないやつだ」
「ねーちゃん」
なのに神様だけならまだしも霊やらアヤカシまで見える。
神通力が使えるくせに樹には幽霊は見えないらしい。
羨ましい。
「こっち見ないで!!近づかないで!!」
眼前で手をプラプラしたりにやにや見てきたり。
ウットオシイ。
せめて霊だけでも見えないようにしてくれ怖いから。
「あ、ごめん君があまりに魅力的だったから」
人間とも妖怪とも言いがたい、不思議な男が髪をかきあげながら私に近づく。
そこらの男子がやっていたなら鼻フックモノだが、美形がやると様になる。
「俺は尽無、ただの呪術師さ」
こんなナンパ男がそんな怪しげなことをやってるなんて。
呪術師なんて普通の恋人を探す私には無関係、逃げよう。
「ぼーくはー踊るー」
一人ミュージカルをやる青年がいる。
「やあ、お客さんかい?」
「なんか、気になって」
でもインディーズ歌手みたいに路上で一人ライブしなくてもいいんじゃないかとは思った。
普通役者は劇団に入るものだし?
「ボクは雨瓦右貫、ダンサー志望なんだ」
あれでミュージカル俳優志望じゃないんだ。
踊りはともかく、歌はうまかった。
「あ、学校いかないと」
私は学校へいそぐ。
ギリギリ先生がくる前に、間に合った。
息を切らせて席につく。
隣は照菱大志の席で、いつも空いている。
一年前に家で殺人事件があったとかで、不登校になったらしい。
それで弟が亡くなったとか、当時は噂が出回っていた。
他人とはいえ一応クラスメイトになる人にそんな壮絶な過去があるなんて。
フィクションのようだが、神通力のある私や弟達のほうがよほどリアリティとかけはなれ、むしろ壊すか。
「おまえらー転校生だぞー」
転校生が来るなんて初めての気がする。
「アザメロ・地上でーす!みんなシクヨロ」
さらりとした茶の前髪をピンで止めた明るい男子。
ピースしてウィンクする。
こんなチャラい男子は初めて見た。
身近な男子、弟は堅物というより変人だし。
親戚のトウイチロウやシグレ、ミツヨシもチャラくないし。
…それにしても身近な男が弟か従兄弟って寂しすぎるよ。
「米田せんせー」
「あ、三井さん」
彼は生物担当の米田鬆先生。
「ネクタイ曲がってますよ」
「いやー自分でやったことないから慣れなくて、ほんとしょうがないよね…」
奥さんに逃げられたとか?
「奥さんが実家に帰ったんですか?」
「ん?俺、奥さんなんていたことないけど」
じゃあお手伝いさんとかかな。
「いや、俺実家暮らしだったんだけどさ
今日から一人暮らし始めたんだ」
先生ボヤボヤしてるから一人暮らしなんて心配になるなあ。
イメージ的に科学関係者って仕事は出来ても自分と家に無頓着そうだから。
「先生、薬品入れた後のフラスコでコーヒーとかは…」
米田先生は担当が科学ってだけでバリバリな科学者ではないかもだけど、フラスコで料理とかしてそうなんだよね。
「うん、前に一回やって、最近はやってないよ」
やっぱ家にフラスコあるんだ。
ていうかコーヒー作っちゃったんだ。
「銅板で肉を焼いたら家の中が10円臭くなって…」
それは想像しただけで具合が悪くなる。
放課後、部活に入っていない私は普通に帰宅。
学校の近くには別の神社がある。
超オンボロで無人の神社だ。
こんな所に祠なんてあったんだ。
どす黒いオーラもなにもない。
神様もいないんだろう。
何かに呼ばれた気がして、私は鳥居の中に入ろうと足を踏み出す。
「何してんだ!!」
「うわ!?」
この声は…。
「唐一郎!?」
髪は黒くなっているが、この男は紛れもなく数年前に姿を眩ませた従兄弟の紫倉唐一郎だ。
「知らねーなそんな奴」
「嘘つき!皆心配してたんだからね!!」
「はいはい。」
相変わらずいい加減なんだから。
「紫倉家を継ぐ為に帰って来たんでしょ?」
「違う、俺は帰れないんだ」
「なんでよ!」
どうせ神力がないから、なんてことを気にしているんだろう。
普通には神社を継ぐのに、神力は必要ない。
むしろ、あるほうが非現実的で、現実味に欠ける。
「二人とも、こんな所で争ってどうしたの」
「コノ弥さん…」
彼女は親戚の大柳コノ弥さん。
三井家、紫倉家とは別の神社を納める大柳の本家の一人娘である。
「あいつが逃げなければ…」
大柳の本家は私達と同じく、能力がある家系なのだが、彼女には唐一郎と同じく力がなく、無理矢理力をつけたらしい。
「私は…解放されたいのに…」
分家である榊家の長男が彼女の代わりに継ぐはずだった。
長男は神力を持っていたようだが、それを捨てて自由になったらしい。
「憎い憎い憎い」
そのせいか、コノ弥さんは時折、人格に異常を来している。
だから私達は彼女にはなるべく近づきたくない。
刺激しないのが暗黙のルールなのだ。
「と…」
彼女を見ているともしも、私に力がなく、弟がいなかったら。
自分も同じように儀式で無理に神を降臨させられるかもしれない。
そう考えると、力があることは贅沢な悩みだった。
コノ弥さんは虚ろな目で、名前を呟きどこかに消えた。
襲いかかられても、私には力がある。
それに彼女は刃物を持ってはいない。
しかし、やはり恐ろしい。
「ともかく、帰れない」
「理由は?これから何しにいくの」
唐一郎についていく。
「トウガラシ入り抹茶?」
唐一郎はなぜ変な物を買いあさっているのだ。
「土産だよ」
「誰に、辛いもの好きのお友達?名前は?」
普通に考えて男だろうけど、唐一郎がわざわざ人にお土産を買うなんてめずらしい。
「誰が言うか。教えたらお前でなくても他の奴にバレて、アイツに危害を加えそうだからな」
「ふーん女の子か、名前聞いたくらいで危害とか、自意識過剰、被害妄想すぎる」
そんなに名前を聞かれて困る相手なのか。
「名字だけ教えてやる。茶野田、ってやつだ」
「…茶野田ってテレビによく出てるお嬢様!?」
たしか紅葉って名前で、気弱そうな可愛い子だった。
「アイツそんなに有名人だったのか…テレビは観ないから知らなかったぜ」
テレビがないとかどんな生活をしているんだろう。
「あんな物静かでおしとやかなタイプ…いじめてそう」
「アイツがおしとやか!?」
唐一郎は信じられないと言いたそうだ。
もしかすると親しい友人の前では紅葉さんは砕けているのかも。
「そうだよ、紅葉お嬢様をテレビで見たときなんてね優雅に紅茶を飲んでて…」
「いや、そいつじゃない」
「だってテレビには紅葉さんしか見なかったから…」
なにか複雑な事情でもあるのか。
「それにしても、紅葉は人前に出られるタイプじゃないだろう…意外だ」
「そうだね唐一郎の言ってるお嬢様って誰なの」
「ラツハ、紅葉の姉だ。性格は勝ち気で偉そうで口うるさい」
「ザお嬢様じゃん!なんでテレビに出ないのか不思議!」
話を聞いてみると、勝ち気なラツハさんがテレビに出てるほうがしっくりくるかも。
唐一郎が帰って、やっぱり私は落ち込んだ。
恋だとか、そういうのじゃなくて仲のいい昔馴染みを知らない人にとられた気分だ。
《寂しい…》
祠から、助けを願うような声がした。
「貴方は神様なの?」
ボロボロで廃墟のような神社。
《いかにも》
しかし、神様は未だにここに縛られて、忘れられていたのだ。
「どうしたらいいの?」
何をしたら、神様は寂しくないのだろう。
《祠を壊せ》
彼は祠に捕われている。
私は力を込めようとしたが、ハッとした。
「あなた荒神でしょ!?」
祠には荒神がいると先ほど言われたばかりだ。
封印を解くなんて、そんなのは駄目だ。
《私は荒神などではない…》
なにかワケ有りなのだろうか、含みのある答えだ。
「わかった…封印を解くから」
力を込めて、祠を吹き飛ばす。
《ぐあ!!》
中の神様まで。
「大丈夫!?」
「ああ…娘よ、礼を言うぞ
我は星鵝瀞畏ノ神である」
「へー私は三井光希、よろしくね」
よくみたらこの神様、結構イケメンじゃない。
「これからどうするの」
「とくに何もせぬ、しかし、永らく封印されたせいか、力が戻らぬ」
「なら家に住めば?」
放っておいたら暴れそうだし。
「良いのか」
「ただし…正体は隠して」
「なぜだ」
「家の弟は神主、だから貴方の正体が荒神でなくても、名前を言えばバレちゃうし、消されちゃうわ」
いま、彼には力がない。
たとえ神様でも不利なはずだ。
「うむ…世話になろう」
「じゃあ名前“星野セイヤ”ってことで」
「ふむ」
私は神様を連れ帰った。