弐 邂逅
外は、朝とは見違えるほどの晴天模様だった。
常緑樹の健康的な緑色は、この広い教室の中でも精一杯主張しているようで、窓を開けているわけではないのに、何故か涼風が頬を撫でている心地がする。言うなれば、絶好の昼寝日和である。が、隣にいるこの女、つまり転校生が何かと俺にちょっかいをかけてくる。おかげで眠れやしない。
寝ようとすると机を蹴っ飛ばして妨害してくるわ、席を立つとわざとらしく後ろをつけてくるわで、気の休まる暇がなくなってしまった。ウボアー。
この女、なぜ一々俺にちょっかいをかけてくるのか。
はっ!まさか俺のことが・・・・。
なんて、冗談ですよ。わざわざ黒歴史を増やす必要もない。あらかた友達ができるまでの間暇なのだからだろうと結論づけ、適当にあしらいながら放課後まで過ごすことにした。
きぃ~~んこぉ~~んかぁ~~んこぉ~~んと放課の鐘が鳴り、HRを終えクラスメートが次々と帰り支度をする中、先生が手招きをしているのが横目に見えた。経験論から言わせてもらえば、この時間帯に先生に呼ばれる奴はたいていろくでもない奴か、または転校生だ。だが、転校生はもうこの教室にはいないようなので、後者であろう。俺はそのろくでもないであろう哀れなクラスメイトに合掌しながら、鮮やかに教室を後にした。
「ぐえっ」
何かに後ろから首根っこを引っ張られたようで、つい変な声がでてしまった。
誰だよと思いながら後ろを振り向くと、先生が澄ました様子で立っていた。
どうやらろくでもない奴は僕だったようです。
「なんですか先生、また振られましたか?」
「俺はそんなしょっちゅう振られているわけではないからな!?」
「ではうまくいったと。おめでとうございます。それでは」
「待てやコラ」
いったい何なのだろうか。
「なんです先生?俺は忙しいんです」
「嘘をつけ嘘を。お前はいつも暇だろう。少し付き合え」
「いy・・・痛い痛い痛い、アイアンクローは無しです先生」
頭蓋がミリミリいってきている。相変わらずの馬鹿力だ。
「お前は部活に入っていなかったよな?」
ようやく手を放してくれた先生が問うてくる。
「入ってるに決まっているじゃないですか、だから忙しいんですよ」
「そうだっけか?何部だ?」
「帰宅部です」
「あっ・・・痛っ・・・チョキは眼をつぶすものじゃ・・・っ」
いきなり生徒の眼をつぶしにかかるとは、なんて教師だ。
いつか教育委員会に訴えてやろうと心に決めながら、次の言葉を待つ。
「部活に入れ」
「嫌です」
「あっ・・・グーは人を殴るものでも・・・っ」
殴られた頬をさすりながら先生に問う。
「一体俺に何部に入れと?」
先生は嫌らしい笑みを浮かべる。この人が笑うとろくなことが起こらないのは知っているので、多少覚悟を決めておいたほうがよさそうだと自分に言い聞かせる。
「まあ、ついてこい」
もう一度痛い思いはしたくなかったので、諦めておとなしく後に続く。
二階特別棟の一番端の空き教室、そこが俺が連れてこられた場所だった。
空き教室の存在自体は知っていた。だが使用されているとは聞いたことがない。
ということは新しく作られた部活なのかと色々想像力を働かせていると、
「ここに入れ」
と、先生が言った。
正直、部活にもこの空き教室にも入りたくはなかったが、ここまで来ては後に引けるはずもあるまい。覚悟を決めて扉を開ける。
「失礼しやっす」
部屋の中は一言で言って、ものすごく殺風景だった。
机があるわけでもなく、椅子もない、黒板すらもないとは、教室として機能するわけがない。なぜこの部屋を作ったのだろうかと思いをはせていると、不意に呼びかけられた。
「こんにちは、影正君。きっと来ると思ってたよ」
転校初日、早くも俺の仇敵となった転校生、黒羽莉愛の姿がそこにはあった。