壱 転校生
また今日も今日とて学校がある。
別に行きたくないというわけではないが、積極的に行きたいという訳でももちろんない。
寝不足に悲鳴を上げる体を無理矢理叩き起こし、洗面所に向かう。
鏡にはよく見知った自分の顔。顔立ちは悪いわけではないが、端正であるとは言い難い。つまり言うところの普通の顔だった。付き合いたいかと問われれば10人が10人 「微妙」 と答えるだろう。
顔を洗い、リビングに向かう、これから始まるいつも通りの生活に辟易しながら、朝食の用意を始める。
両親はいつもこの時間、午前6時半頃にはもう仕事を開始している。帰ってくるのは夜遅くで、帰らないこともたびたびある。働きたくねぇなぁ・・・・・。
と、そんなこんなしてるうちに朝食が完成したので、手早く済ませ、家を出る。
自転車に跨り、ペダルを漕ぎ始める。
初夏の風はなぜか冷たく、これから起きる出来事を暗示してるようだった。
そっと扉を開け、教室に入る。
大半の生徒がこちらを見て、また視線を戻す。自分の席に座り、勉強の準備を始め、筆箱を取り出す、と
「よおカゲ、久しぶりの連休は満喫できたか?」
前からかけられた野太い声、疑いの余地なく自分の数少ない友人、海原清国の声だった。
「ああ、まあな。」
「ところで今日が何の日か分かってるよな?」
今日?何かあっただろうか。
「その様子だと完全に忘れてるようだな。今日はうちのクラスに転校生が来る日じゃないか」
転校生が来るなんて自分の知る情報の中には全くと言っていいほどない。詳しく聞こうと言葉を発しかけた瞬間、ガラリと音を立てて前の扉が開き、先生が入ってきた。
「おいこらみんな席に着けー。HRを始めるぞ。」
担任の下川先生がそう言った瞬間、教室の空気が変わり、教室中が何やら興奮の渦に巻き込まれたように
喧噪の度合いを増した。この様子だと転校生の話は本当だったらしい。じゃあなんで僕にはその話が伝わってきてないんでしょうかねぇ・・・。
「今日はみんなに伝えたとおり、転校生を紹介する。入ってきてくれ。」
開け放したままの扉から、一人の女生徒が入ってくる。と、瞬間、不覚にも見入ってしまった。
流れるような黒髪はさながら黒曜石のようで、目鼻立ちは他の追随を許さないほど圧倒的に整っており、
ダサいと評判のうちの学校の制服をいともたやすく着こなしていた。
背はざっと150ちょいと言ったところか。女子にしては高いほうだ。
転校生はいきなり浴びせられた羨望の視線の嵐にも動じることなく、自己紹介を始めた。
「埼玉から転校してきた黒羽莉愛です。これからみんな仲良くしてくれるとうれしいなっ!」
思いっきり地雷だった。自分の童貞センサーがビンビンに反応していた。
やばいやばいやばい、あれはやばい。何がやばいってマジやばい。やばい。
錯乱しかけていると、あらかじめ用意されてあったであろう空席に向かって転校生が歩いていく。
あれはマズイ、関わったらやばいタイプの女だ。関わったら最後、いつの間にか手玉に取られ、知らない間に貢がされ、知らず知らずのうちに連絡が取れなくなってそのままフェイドアウトされる流れまで見える。
これから絶対にかかわらないようにしようと心に固く誓い、聖印を切った。
そこでふと自分の隣の空席を見る。あれれー、おかしいよー、なんでこの前までなかった机と椅子が隣に作られているのかなー。あっれれー、えぇ・・・。
脳内で某名探偵口調の一人芝居をやっていると、隣の椅子がギギギと不快な音を立てて引きずられた音がした。隣を見やると、転校生がこちらを見て笑いかけてきた。
「よろしくね、影正君。君と仲良くなりたいな!」
なんで名前知ってるの・・・。