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 第三章 退場

 ―――十年前、勇気達は祖父母の暮らしている和歌山へ向けて車で走っていた。

 当初は飛行機で行く予定だったのだが、当時四歳だった優が怖がったために車で行くことになったのだ。

 その結果、東京を抜ける間もなく勇気達が乗っていた車は事故にあった。

 原因は反対車線の運転手の飲酒運転による事故。

 後部座席に乗っていた勇気と優はしばらく意識を失う程度で済んだのだが、運転席と助手席に乗っていた両親は体中にガラスが刺さり、潰れた車体によって足などを押しつぶされていた。

 そして災厄なことにガソリンも漏れていて、下手をすれば爆発する状況。

 勇気は何とか優を連れて車から抜け出せたのだが、その後爆発した時の破片が勇気の腹に大きな風穴を開けた。

 散り行くはずだった命は、近くを通りかかった菊次郎の手によって『適合者』にされることでかろうじて助かった。



 そのあとは『適合者』のことをみっちりと教え込まれ、ずいぶんと混乱したのも覚えている。

 本当は両親の死を知らされたときからずいぶんと頭の中では混乱していたのだが、泣かなかったのも、取り乱さなかったのもほとんどが意地だった。

 そんな中、目を覚ました優がぐうとお腹を鳴らした時は安心して涙を流したものだ。

『パパ、ママは?』

 そう聞かれたときはどう答えるべきかと考えたが、結局は菊次郎が何の迷いもなく言い、結果優は意識を失ってしまった。

 しばらくしてから目を覚ました優は両親のことをほとんど忘れてしまい、そのあともう一度菊次郎が言うとまた意識を失い、その言われたことも忘れていた。

 葬儀の時も優は同じように意識を失い、やはりその時の記憶は切れさっぱり消えていた。

 今の優は、両親の死を知らない。

 医者の話では優は両親の死を知るとショックで意識を失い、記憶まで消えてしまうのだ。

 おそらく自分を守るものなのだろう。

 おかげで表向きは両親が生きているという風にしていないといけないから、案外大変なものだ。

 けど、正直それはそれで助かっている。

 優が両親の死を受け止めると、確実に自分のせいだと思うだろう。

 飛行機を怖がり、車で移動することになったのは自分のせいだと。

「はあ。我が妹ながら面倒だな」

 ため息をつきながら、勇気は風呂場へと向かう。

 優が風呂に入っていることを忘れ、入った時に優に悲鳴をあげられたのはまた別の話だ。






「また居るのか」

「居たら悪かった? ここ風が気持ちいいし、あたし結構気にいったよ」

「そうかよ」

 翌日、昼休みになると勇気は片手に弁当をぶら下げいつものように屋上に来ていた。

 鈴が来ていたことは予想外だったが、気にしなければ特に問題はないだろうと腰を下ろす。

 鈴はすでに弁当箱を開け、何のおかずから食べようか悩んでいるところだったみたいだ。

「んー。これにしよ」

 鈴が最初のおかずに選んだのは唐揚げだった。

 頬張る様子を見ると勇気は弁当箱を開け、自分も腹を満たすために弁当に手を付けていく。

「昨日は本当にありがとね。最後の方はちょっとあれだったけど」

「ったくだ。まあ、昨日はあれから金使う用もなかったからよかったけど、使う用があったら泣かせてたな」

「もう。そんな風に脅さないでよ」

 頬を膨らませて怒っているような口調の鈴は、どこか楽しそうな表情をしている。

「そう言えば、この前道端でぶつかったよな。ぶつかるような場所でもないのに」

「あったっけ?」

 箸の先端を鈴は小さな唇に当て、思い出すようにうーんと唸る。

 が、結局は思い出せなかったのか「まいっか」と弁当を食べ始めた。

 たいして疑問に思っていなかった勇気もすぐにどうでもよくなり、弁当に手をつけはじめる。

 弁当を食べる手を止めずに、勇気はおいしそうに弁当を食べている鈴を見る。

 幼い顔立ちでものすごく可愛く、子供みたいなところが多い女の子。

 髪の毛が赤かったり、スカートを短くするなど校則を破っているようなところが多々あるが、見ていて悪い気はしない。

 こんな女の子と友達になれれば、

「ッ!」

 そこまで考えてから勇気は頭を振った。

 友達はもう作らないと決めているのだ。

 二度とあんな悲劇が起きないためにも。

 けど、想像はしてみる。

 学校が終わればどこかに食べに行ったり、休日にはどこかに遊びに行く。

 それはきっと楽しいのだろう。

(まてよ。男子と女子だったらそれって・・・・・・デート、になるのか?)

 が、友達にもならないのだから、考える必要もないことだった。

「顔赤いよ。風邪?」

「何でもない」

 首を傾げている鈴に勇気は適当に返事をする。

 まさか、本人にデートの想像をしていたなどとは言えない。

 勇気は赤くなりつつある顔を隠すために、弁当を書き込むように食べ始めた。

 しばらく時間がたち、勇気が弁当を食べ終えると突然ドアが開いた。

「おまえか」

「黒鈴さん。いたんですね」

 露骨に嫌そうなな顔をされたが、勇気は軽く受け流した。

「知り合い?」

 鈴にそう聞かれ、勇気は一応頷いておいた。

「じゃあ俺はそろそろ戻るわ」

「うん。あたしはまだ残ってるからもうちょっとしたら戻るね」

 適当に頷き、勇気は屋上から出て行った。

「・・・・・・」

「・・・・・・」

 会話もなく、鈴は気まずそうに弁当を食べながら何度かチラチラと彩のことを見ていた。

(きれいな人・・・・・・)

 背もそこそこあるし、大きな胸。

 正反対の鈴にとっては嫌でも憧れてしまう容姿だ。

「くしゅん」

 風が吹き、鈴は小さなくしゃみをした。

 そのことがなんとなく恥ずかしくなり、鈴は照れくさそうに笑う。

「風、まだ少し冷えますね」

 彩を見ると温めようと腕をさすっていた。

「うん。夏はあんまり好きじゃないけど、早くあったかくなってほしいな」

「私は割と夏は好きな方ですね」

「お祭り多いもんね。あと花火も」

「お祭り好きなんですか?」

「うん。リンゴ飴とか、わたあめ食べれるもん。あとはね、美味しい物多いから」

 なんだか食べてばかりだなぁ、と思いながら彩は小さく笑みを漏らした。

 それにつられるように鈴も笑みをこぼす。

「私桐谷 彩っていいます。ええと」

「あたしは赤鈴 鈴。漢字で書くとよくすずって間違われるけどりんだよ。あかすず りん」

 弁当を片付けながら簡単な自己紹介を済ませ、鈴は立ち上がった。

 グラウンドを見下ろすと由美が芝生の上で大の字になって寝転んでいたので、鈴は大きく手をふった。



 授業もすべて終わり、帰ろうとした勇気のもとに須頃が近寄った。

「なんだ?」

「今日暇かな。あとでクラスみんなでご飯食べに行くって話になってて、君も来ないかなって誘いに来たんだけど」

 どうかな? と須頃は人当たりのよさそうな笑みを作り、勇気を誘う。

 勇気は手をふり、

「行かないな。面倒だ」

「・・・・・・そっか。もし気が変わったらいつでも教えてくれたらいいから」

 面倒だと言ったとき明らかに動揺していたが、すぐにその動揺も隠していた。

 どうやら特にこの会話に注目していた人もいなかったらしく、勇気の発言は須頃と真後ろにいた鈴以外には聞こえなかったらしい。

「君はもうちょっと言い方かえたほうがいいと思うけど」

「うるせ」

 二人のやり取りを苦笑しながら須頃は聞き流し、鈴にも勇気と同じようにご飯を食べに行くと言うことで誘いを入れた。

「ごめんね。行きたいんだけど、ちょっと訳があっていけないの」

「そっか。二人とも悪かったね」

「ううん。須頃君も誘ってくれてありがとね」

 須頃は昨日と同じく紳士的なお辞儀をすると、懐から突然カードをつり出した。

 タロットカードだ。

「もしよければ占いでもしましょうか? 時間も取りませんし、遊び感覚で」

「占い?」

 首を傾げた勇気に須頃は頷く。

「興味あるかな」

 鈴は楽しそうに微笑んだ。

 どうやら鈴は占いが割と好きなようだ。

「俺はいい。あんま興味ないからな」

「そうですか。では赤鈴さんはどうします?」

「じゃあお願いしようかな」

 勇気が席を立ち、教室から出ていくと須頃は勇気の机にカードを並べ始めた。

 鈴はあまり見ない動作に興味を示し、自分の机に手をついて覗き込んでいる。

「何占ってるの?」

「彼と赤鈴さんの運命ですよ。恋人同士なのですから、きっといいカードが当たりますよ」

「こ、恋人っ!?」

 顔を真っ赤に染め上げ、鈴は驚きで大声をあげる。

 両手を前にだしパタパタと振りはじめ、

「ち、違うよっ! あんなひと恋人じゃないもん!」

 それを聞いた須頃は苦笑し、教室に居る生徒たちは鈴を面白そうに見ている。

「そうですか? てっきり僕たちは付き合ってると思っていましたよ。デートに行ったり屋上でお弁当食べたり、今日は授業中でも会話していましたし」

 それに同意するようにクラスメイトが頷くところを見ると、全員がそう思っているようだ。

 鈴が顔を赤くしたまま固まっている間に須頃はカードを手に取り、裏返そうとしたところで鈴が走って教室から出て行ってしまった。

「恋人じゃないから!」

 そう言い残して。

「カード何だったのかな?」

 鈴と勇気が付き合っていると一番最初に勘違いし、クラス中に伝染させた隣にやってきた女子生徒に須頃は頷き、カードをめくった。

「っ!」

 須頃は目を見開き、女子生徒はその絵柄に息を飲み込む。

 カードの意味は分からなくても、その絵柄は絶対に幸せではないと直感でわかる。

 わらわらと近寄ってきたクラスメイトに伝わるように須頃は声に出してそのカードの名を告げた。

「死神の、正位置・・・・・・意味は終わりとか、別れ」

「あの二人別れちゃうのかな」

「ま、所詮占いですしね」

 そうつぶやきながら、須頃は鈴が曲がって行った方向に視線を向ける。

「でも、あの二人大丈夫でしょうか」

「須頃っチ何か言った?」

「いえ。では行きましょうか」

 須頃は頭に浮かんだ嫌な予感を振り払うように頭を振った。






 勇気と彩はとあるビルの屋上に向かうエレベーターに乗っていた。

 その顔は道化師のような仮面で隠され、勇気の肩には先日とは違い、スナイパーライフルを収納するケースがかけられている。

 彩は自分の顔を隠す仮面をツンツンとつつき、不機嫌そうな声を出す。

「本当に必要なことなんですか?」

「仮面のことか? ばれたら面倒だからな」

「そうじゃなくて・・・・・・殺すことがです」

 そのことか、と勇気はつぶやきため息をついた。

 ここに来るまでの間で何度その質問をされただろうか。

 いい加減に聞き飽きた。

「今から殺すターゲットは子供を誘拐して、奴隷として売り飛ばしてるんだ。中には麻酔もされずに臓器も取られるやつもいる」

「わかってます。そんな人死んだ方がいいってわかってるんですけど、やっぱりその」

 抵抗があるのだろう。

 たとえ今回は空気になれるための見学だとしても、人が殺されるという状況に。

「つくぞ」

 ポーンとついたという音を慣らし、スーとドアが開く。

 勇気はここの屋上がどんな場所なのかぐるっと見渡す。

 落ちないようにフェンスで囲まれているが、腰ぐらいの高さまでしかない。

 それ以外には何も設置されておらず、ずいぶんと見晴らしがいい。

 勇気は鞄を地面に置き、中からスナイパーライフルを取りだした。

「それも『魔血銃』の一つなんですか?」

「ああ」

 勇気は鞄の中に入れているスコープはそのままにして、フェンスに片足をかけターゲットがいると言われたホテルの一室を探す。

 すでにその目は赤く光り、隣にいる彩の目も赤く光っている。

「見つけたか?」

 勇気は見つけたターゲットの頭に銃口を向けながら後ろにいる彩に問う。

 今回はターゲットとの距離は200メートル。

 スコープがなくても何の問題もなく当てられる距離だ。

「・・・・・・はい」

 振り返ると、彩は肩を震わせていた。

 それもそうだ。

 今ターゲットの部屋には両手両足をくくられ、目隠しをされた上に口にはガムテープを張られた十歳にも満たなさそうな子供が十人ほど吊るされているのだ。

 その全員の体には無数の傷跡があり、中にはほっそりとやせ細っている者までいる。

 ターゲットの男はタバコを吸っていて、煙は全部子供たちに向かって吐いている。

「なあ。あんな奴が生きててもお前はいいと思うか?」

「いえ。私は人間が死ぬのは悲しいですけど、」

 そこで彩は言葉を区切り、勇気の手からライフルを借りる。

 勇気は彩にライフルを託し、次の言葉を待つ。

「あれは人間じゃないですもんね」

 引き金を引いた。なんのためらいもなく。

 発砲音はなく、『魔弾』はまっすぐ飛んでいるが、このまま真っすぐ飛べば子供の肩にぶち当たる。

「念じろ。弾の軌道をかけるように」

 パリィンとガラスが割れ、ターゲットが音に気付いたときには既にその脳は彩の放った『魔弾』が貫通していた。

 彩の放った『魔弾』はガラスを破った後軌道を曲げ、子供の肩からターゲットの頭へと変更されたのだ。

「よし。俺たちは戻るぞ」

「え? 子供たちはいいんですか?」

 勇気は仮面の中で僅かに微笑み、

「この仕事の依頼主が保護するはずだ。ま、依頼主が誰かってのは厳重なロックがされてるから、俺たちにはわからないことだけどな」

「よかった」

 そうつぶやいた彩は膝を地面につき、嬉しそうな声をあげた。

 その時、勇気の赤い瞳にはこちらに向かってくる『魔弾』をとらえた。

 勇気は彩からライフルを奪い取り、慌てて構えるが遅い。

 飛来してきた『魔弾』は勇気の左肩をわずかに貫き、血を噴出させる。

「ッぐ・・・・・・!」

「くろ、ブラック・ベルさん!」

 ライフルを取り落し、勇気は痛みで顔をしかめながら痛む肩を抑える。

 『魔弾』が飛んできた方向を見つめるが、そこにあるビルの屋上には誰もいない。

 障害物になるものが屋上にはないビルだから、どこか別のビルにでも飛び移ったのだろうか。

 勇気は服を少し破り、傷口に強く巻きつける。

 これはちょっとまずい。

 敵の居場所がわからに上に、今の左腕ではライフルで打ち合うのはできそうにもない。

 早く逃げたいところだが、エレベーターで逃げるような手はもう通用しないだろうし、ランプを見るとあのエレベーターは今一階まで下りている。

 屋上のここまで来るのには少し時間がかかってしまう。

「これを持て」

「は、はい」

 勇気がライフルを押し付けると彩は両腕でがっちりとつかみ、勇気は右腕で彩の腰に腕を回す。

「え? え、ええ―――――!!」

 彩が驚きの声をあげたのは無理もないだろう。

 飛んだのだ。

 勇気は腰ぐらいの高さしかないフェンスを踏み砕き、70メートルほど隣のビルに飛び移る。

「言っただろ。『適合者』の俺たちは人間の力を超えている。『吸血鬼』には及ばないが、これぐらいだったら普通にできるんだ」

「そう言うことは先に行ってくださいよ! てっきり自殺するのかと思いました。私を道連れに」

「バカ言うな。それよりも」

 隠れられそうな場所が多いビルの屋上に飛んだのはいいが、相変わらず相手の場所がわからないままだ。

 だが、幸運なことにここには屋内へと続く階段が設置されている。

 あれならば待つ必要もないし、屋内へ入ればそうそう相手も追いかけてはこないはずだ。

 しかし相手の場所がわからない以上、下手に大きな動きはしない方がいい。

 それに相手にこちらの位置がばれていれば、まず最初にあの階段を警戒するだろう。

「あの。怪我の方は大丈夫ですか?」

「まあ時間がたてばすぐ治る程度の傷だ」

 と言っても痛いのは変わらない。

(さて。どうするか。いっそのこと俺が囮にでもなるか?)

 ライフルをもって囮に出て、その隙に彩を逃がそうかと考えたがすぐに却下した。

 怪我をしていなければその方法も取れたが、怪我をしているこの状況では打ち合いをしながらも確実に相手の方が上回り、逃げようとした彩が撃たれる。

 相手の姿はまだ確認していないが、勇気はこの前の赤髪の少女ではないかと考えている。

 ほとんど直感でしかないが、もしそうならば囮作戦は完全に無理だ。

 かといって他に方法も思いつかない。

「あの。これって私たち狙われてるんですか?」

 今更状況を理解し始めてきたのか、彩は不安そうな声で勇気に声をかける。

「ああ。俺たちの間ではたまにあることだ。二回連続で襲われるのは初めてだけどな」

「・・・・・・いくつか聞いてもいいですか?」

「できるだけ手っ取り早くしてくれ。俺も考えたい」

 彩は敵に聞かれるのを警戒するようにか声をわずかにひそめる。

「くろ、ブラック・ベルさんは敵の場所がわからないのですよね」

「ああ。だけど多分向こうは俺たちの位置をつかんでるだろうな。それとあの階段から逃げないようにも警戒してると思う」

 さっき頭の中で推測したことを勇気は彩に教える。

 本名を口に出されそうになるたびに、勇気は少しヒヤッとしていることを彩は知らない。

 コードネームの『ブラック・ベル』を勇気に対して彩が言っているのは、敵に正体がばれないようにするためだ。

「あまり考えたくはないのですが、『適合者』って爆発系の武器とかって使えます? 手榴弾とか、ロケットランチャーとか」

「つかえる・・・・・・やばいな、これ」

 ロケットランチャーなどは魔力がある関係上使えないし、『魔血銃』としてもまだ作られていないから心配はない。

 が、手榴弾のようなものに関しては魔力の影響を受けない。

「あ、あの。向こうがここを爆発する可能性は」

「十分にあり得るな」

 相手は確実に殺しにかかってきている。

 建物が邪魔で撃てないのだから、その邪魔な物と一緒に勇気達を殺そうとしてもおかしくはない。

 が、果たして手榴弾など女の子が持ち合わせているのだろうか。

 その疑問はすぐに解決できた。

 勇気の頭に振ってきた、ピンを抜かれた手榴弾によって。

「お前は階段から中に逃げ込め! ほんの一瞬だけ時間稼ぐ!」

「あなたは!?」

「お前がいても足手まといになる。お前が中に逃げ込んだらすぐに行く!」

 彩が走り出すのと同時に勇気はライフルを構え、今まで壁に使っていた場所に飛び乗る。

 いつの間に接近してきていたのか、赤髪の少女は隣のビルにまで移動してきていた。

 以前と変わらずその服装は店に売っていそうなものだ。

 顔は相変わらず仮面で隠されているが、外を見るために開けられている目はやはり赤い。

(っ! なんだ?)

 勇気は自分の頭に電流でも走ったかのような錯覚を覚えた。

 どういうことだ。

 あの赤い髪の毛。中学生ぐらいの身長で小さな胸。

 どこかで見た覚えがある。

(どこだ)

 考えようとした勇気は襲って来た『魔弾』を防ぐために引き金を引いた。

 やはり相手の方が命中精度、『魔弾』の移動速度。連射速度。それらすべてが上回っている。

 撃ち落しきれなかったものは最小限の動きだけで回避するが、それでも全部は回避しきれずにいくつかは体をかすめている。

「きゃっ!」

 女の子特有の声で後ろから悲鳴が上がった。

 まさか撃たれたのか?

 勇気はそれを確認するために後ろを振り返った。

 足をもつれさせて転んでいた。

 随分と長いこと打ち合っていたように思ったが、どうやら時間にすれば余りたっていないようだ

 左腕が使えないハンデがあったとはいえ、それだけの時間でこれだけの傷を負うというのはかなりの予想外だった。

 それに対して少女の方はすべての『魔弾』を撃ち落し無傷だ。

「なにしてやがる!」

 だが今はそんなことは関係ない。

「か、体がうまく動かないんです。こんなこと今までなかったのに」

「なにいって・・・・・・くそっ!」

 勇気は彩のもとに駆け寄り、立ち上がらせて腕をとると階段に向かって走り始めた。

 忘れていた。

 『適合者』になったばかりの者はその力について行けずに、まともに走ることができるようになるまでにはしばらく時間がかかってしまう。

 階段まではあと五メートルだ。

 すぐにたどり着く距離だというのに、その距離が無性に長く感じられる。

 ふいに彩の体が急に重くなったかと思うと、彩の胸から血が噴き出した。

「は?」

 突然のことに思考がついて行けなかった。

 この赤い液体は何だ? なんでそんなものが噴き出している?

「お、おい!」

 倒れそうになった彩を支え直し、勇気は冷静さを取り戻す。

 だめだ。こんなところで冷静さを失えば、自分までやられてしまう。

「が、ぐっ」

 肉を貫かれる痛みに呻きながらも、勇気は致命傷となる『魔弾』だけを何とかよけながらも屋内へと非難した。

 狙われそうにない場所にまで移動すると、勇気は彩を寝かせると壁にもたれかかり座り込んだ。

 彩の体は胸を一撃やられただけのようだ。

「は、はは」

 自分の姿を見た勇気は思わず笑い声をあげていた。

 ひどいありさまだ。

 服は血で染まり、止まることを知らないのか血は体のあちこちから流れ出ている。

「・・・・・・やられた」

 チラッと見える屋上からは、白い煙が立ち込めていた。

 どうやら手榴弾ではなく、ただのスモークグレネードだったようだ。






 電話で菊次郎に用件を伝えると五分ほどで『ネサリス』の救護班がやってきて、勇気と彩をガンマンガの隠し通路からいつもの部屋に運び込んだ。

 その時には勇気の怪我はある程度ふさがり、縫うこともせずに包帯を巻いている程度だ。

 まだ多少は痛むが、明日の朝になればすべてふさがっているだろう。

 一番の問題は彩だ。

「どうだった?」

 彩の精密検査を行った結果を聞いている菊次郎に勇気は問いかけた。

「『中枢』をやられている。少し回復は遅いが、明日には彼女の傷はすべてふさがるだろう。と言っても、君が守ったおかげで彼女の傷はあの一か所だけだがね」

 無意識のうちに勇気は拳を握っていた。

 確かにあの中で一回しか彩が狙撃されなかったのは、勇気が庇ったおかげでもある。

 だが、その一回が大きな影響を彩には与えている。

「わかってるはずだ。『中枢』が俺たち『適合者』や『吸血鬼』にとってどれほど大切なのかを」

「ああ、わかっているね」

 菊次郎は頷き顎に手を当てる。

「『魔力』の源。君たちが脳以外で唯一再生できない場所が『中枢』だね。『中枢』を破壊されれば魔力のコントロールができなくなり、『魔血銃』はおろか、普通の銃すらも使えなくなる」

 説明口調の菊次郎に勇気は頷く。

 『適合者』のいくつかあるうちのメリットは、人間の力を超えることができるだ。

 だがその力も『中枢』を破壊されれば使えなくなり、もう二度と彩の瞳が赤色に輝くことはない。

 それ以外の『適合者』のメリットもほとんどが消え、残るのは驚異的な再生能力のみ。

 だというのに、デメリットはほとんど残ったままだ。

 人の血を定期的に吸わなければ死んでしまうし、『魔血銃』以外の銃を撃とうとしても爆発してしまう。

「人一人殺して戦場から姿を消すことになるとはね。彼女は実に運がいい」

「だな」

 勇気は自分の手を見つめ、そうつぶやいていた。

「君にはそろそろ教えておこうか」

「教える?」

「ああ」

 菊次郎は頷き、自分のデスクに座る。

 勇気はその隣により、立ち上げられたパソコンの画面に目を移した。

「ここ数日、『レッドベル』によって我らの組織、『ネサリス』の『適合者』は複数人桐谷君と同じように『中枢』をやられて帰ってきているのだよ」






 ホテルの一室で少女は仮面を脱ぎ捨てていた。

 今回の任務は少し、いや、最近の任務は少し異常だ。

 前までは誰かに依頼されたターゲットを殺すことだけだったのだが、最近では同じ任務に来ている『適合者』も殺せ、と彼女が属する『ウロボロス』からは命令されている。

「・・・・・・また命令違反しちゃったな」

 これで何度目だろうか。

 『適合者』も殺せと言われたのが十回ぐらいだが、まだ一人も殺したことはない。

 全員『適合者』の魔力の源の『中枢』を破壊するだけにしている。

 これでそいつらは暗殺任務に加わることはできないが、命令違反は命令違反だ。

 そろそろ処罰が下ってもおかしくはない。

(嫌だよ)

 おそらく処罰が下れば友達である由美の命が危なくなるだろう。

 大切な人間を人質に取ることで、確実な物へとするのが『ウロボロス』のやり方だ。

 だが、それでも彼女は『適合者』達を『中枢』を破壊するだけで、殺してはいない。

 殺したくないのだ。

 任務で人を殺すのはもう慣れてしまった。

 最初のころは一晩中寝られなかったし、ちょっとしたきっかけで吐いたりもした。

 最近では夜たまにうなされる程度だが、殺すときのためらいはほとんど消えている。

 けど、今まで『適合者』を殺したことは一度もない。

 その壁が彼女の引っ掛かりとなり、なかなか殺すことまでできないでいるのだ。

(怖いな)

 最近では学校で話をする人が少し増えた。

 友達と呼べる存在なのかどうかはまだわからないが、『ウロボロス』の人間が目をつけている可能性はある。

(もう失敗はできない、よね)

 はぁとため息をつくと、携帯が震え始めた。

 なっている携帯を見てもう一度ため息をつき、画面を見るともう一度ため息をついた。

 ものすごく嫌そうだ。

「はい」

『任務ご苦労、と言いたいところだが、またしても逃げられたようだな』

「・・・・・・すみません」

『まあいい。君が彼らを殺せない気持ちはわかる。だがな、我々は商売をしているのだよ。依頼を受け、君がその依頼をこなす。それを邪魔する我ら以外の『適合者』など不要なのだよ。今までは過去の功績をたたえ目を瞑ってきているが、次失敗すれば君に処罰を与えなければならない。意味は分かるな?』

「・・・・・・わかり、ます」

 その声は絞り出したかのようにか細く、とぎれとぎれな物だった。

 すぐに歯は食いしばられ、強く握った拳からは、手のひらに爪が食い込み血が流れる。

 そうでもしなければ、今すぐにでも怒鳴りそうだった。

『よろしい。では、次の指示は追って連絡する。おそらく今晩あたりにはメールにでも指示を送るだろう』

「大体、何時ごろですか?」

『わからないな。メールが届けば確認のためにすぐに空メールでも送ってくるように』

 それはつまり、メールが来るまでは寝るな、と間接的に言われたようなものだ。

 もし今言われたようにすぐにメールが来てからすぐに返信を送らなければ何をされるかわかったものではない。

『ではこれからも頑張りたまえ。まあ、次失敗すればお友達の、確か『鳥北 由美』だったかな? の命がなくなるのだから、頑張るしかないか。おっと。このことは言ってはいけないことだったな』

(お前がその名前を口にするなッ!!)

 ツーツーと電話が通話終了の音を鳴らすと、携帯をベッドに叩き付けた。

「ふざけるなッ!」

 鈴は握った拳をベッドに叩き付け、目から涙をこぼした。

 辛い。悔しい。

「もう、嫌だよ」

 そのまま地面に崩れ落ち、三角座りをすると膝にオデコを当て、自分の太ももに顔を沈めた。

 この地獄はいったいいつまで続くのだろうか。

 依頼が来れば命令され、そのたびに人を殺す。

 失敗したり、逆らったりすれば最近では『由美』を殺すと脅される。

 それに一年ほど前、組織のある人間に突然呼び出され、犯されそうになった。

「っ!」

 その時のことを思いだし体が震え、鈴は抱えるように自分の両肩を抱く。

 結局は服を脱がされそうになったときに抵抗した反動で殺してしまったが、どうやら組織の中でも嫌われ者だったらしく、軽く注意を受けた程度だった。

 だけどもし次同じようなことがあって殺してしまえば、確実に『由美』も殺され、下手をすれば鈴自身も殺されてしまう。

 鈴もこのような場所にいるが、年頃の女の子だ。

 初めては好きな人とがいいと考えている。

「・・・・・・助けて」

 誰に言ったわけでもない。

 それに殺しをおこなってきた自分には、誰かに助けを求めるなんてしてはいけないとわかっている。

 それでも、口に出さなければ壊れてしまうような気がしたのだ。

「助けて・・・・・・」

 頭の中には勇気の姿が思い浮かんだ。

 どうしてだろう。

 今、彼の名前を呼びたかった。

「あはは。そういえば聞いてないんだっけ。あたしの名前も教えてもなかったよね」

 涙を手の甲で拭き取り、これからどうしようかなと考える。

 家に帰っても一人だ。

 両親はいない。

 いや、違う。

 捨てられたのだ。

 五歳のころ、たいして金に困ってもいないのに鈴は『ウロボロス』に高い金で売られた。

「この子は将来、良い殺し屋になる」と言っていたような記憶があいまいにだがある。

 もし別の家庭に生まれていたら。もしこんなところに売られなければどうなっていただろうか。

 今まで何回、何十回、何百回、何千回考えたかわからない。

 けど、今よりはいい暮らしだっただろうな、とは予想できた。

 その時また携帯が鳴り始めた。

 今度は組織とか関係ない、私物の携帯だ。

 次第に鈴の顔には笑顔が咲きはじめ、鈴は誰からかかってきたのかも確認せずに電話に出た。

 この携帯のアドレスを知っているのはまだ由美だけだ。

 確認しなくても、誰からの電話かなどすぐにわかる。

『ちーす。イヤーマジ災厄だわ。携帯どぶに落としちまってよ。今公衆電話から掛けてんだけど。おーい。きこってっかー?』

「あの。だれ?」

『あれ? やっべ。番号間違えたわ。わるいわるい』

 たいして悪気のなさそうな声色だ。

『ね、君可愛い声してるね。今度俺とどっかに』

「間違い電話だよね。もう切るからもうかけてこないで」

『え? あ、ちょっ! せめてお茶だけでも』

 ぶつっと強引に通話を終わらせ、鈴は携帯をさっきと同じように投げようとしたが腕を振り下ろしたところで止めた。

 携帯を両手で抱きしめ、由美の名前を呼んでいた。

 今でも覚えている。

 この携帯は、由美と一緒に買いに行ったことを。

 あの時は一日中笑うことができて、今までの腐った人生の中でも一番楽しかった。

 けど最近は由美はクラブが忙しくて学校でもあまり話せていないし、休日にどこかに遊びにも行っていない。

 鈴は携帯を握りしめたまま洗面台にまで移動し、自分の容姿を確認する。

(何回見ても嫌だね。この体)

 赤い髪の毛を少し強めに引っ張ると、痛かったのですぐに手を離した。

 この髪の毛は五歳の時までは綺麗な黒色だった。

 よくほめられ、ちょっとした自慢でもあった。

 だが、『適合者』になってからは髪の毛の色が次第に変わりはじめ、一年ほどすると血のような赤い色へと変貌した。

 目の色だってそうだ。

 髪の毛のような大きな変化はないが、よく観察すれば少し赤いことがわかる。

 これも全部、『適合者』になったせいだ。

 『適合者』になるとまれに体に変化が起き、このように髪の毛の色が変わったり、常に瞳の色に変化が及ぶことがある。

 目立つ髪の毛の色のせいで街中ではよく目立ち、可愛いとナンパもされる。

 可愛いとか、美人だとか言われるのは素直にうれしい。

 けど、その中にある黒い欲望だけは、今でも耐えることができない。

(あ、そういえばあの人はそういうのなかったかも・・・・・・ぱ、パンツ見られた時ちゃんと教えてくれたし。すぐに目そらしてくれたし)

 そこでふと鈴は気が付いた。

 また、勇気のことを思い出していたな、と。

「・・・・・・楽しい、もんね。あの人といるの」

 時々口が悪いし、いじわるもされる。

 多分誰かに合わせようとしていないだけなのだろうが、それがかえって鈴にとっては接しやすく、それに、勇気からはなんとなく自分と同じ雰囲気が感じ取られるのだ。

 鈴は携帯を開くとつい最近とった写真を開いた。

 恥ずかしそうに頬を赤くして少しうつむいている鈴の隣には、照れくさそうにわずかに顔をそらしている勇気が鈴の肩に手を回している。

 あの時、『ドリームスイーツ』を出るとき店員に出口をふさがれ、ほとんど無理やり取られた写真だ。

 カップルならば嬉しいのかもしれないが、あの時の鈴は素直に恥ずかしさしかなかった。

 しかもそのあと勇気に頭に手をのせられもした。

「・・・・・・子供じゃないのに」

 鈴は自分の頭に手をのせ、頭を撫でられて嬉しそうに笑っていた過去の自分に言い聞かせるように、そうつぶやいていた。



 時間は朝の三時を回り、鈴は冷えた腕をさすっていた。

 眼は眠たそうに半分ほど閉じられ、コクンコクンと頭は何度も揺れている。

 今すぐにでも寝てしまいたいほど眠たい。

 三時を回っているというのに、『ウロボロス』からメールが送られてこない。

 鈴は気づいている。

 メールが来ないことに。

 おそらく朝の八時ごろに、昨日と同じ人間から電話がかかってくることだろう。

 そうわかっていても鈴は眠れずにいた。

 あのくそは何をするかわからない。

 もしかしたら自動送信ソフトなどを使って、五時とかに送るかもしれない。

 あり得ないとは思うが、可能性がほんのわずかでもある以上は無視できないのだ。

 ほんの些細なことで、今のこの生活が踏みにじられるかもしれない。

 その時携帯がメールの着信を知らせる音を鳴らした。

「?」

 鈴は首を傾げる。

 どうして私物の携帯がメールを受信したのだろうか。

 こっちの携帯のメアドを知っている人間は由美しかいないはずなのに。

 まさか、『ウロボロス』に何らかの方法でばれたのか?

 そう思うと背筋が寒くなり、何もかもを放り出したくなってきた。

 ようやく手に入れた小さな幸せを、これ以上あの汚れたやつらに踏み込まれたくない。

『悪いな、こんな時間にメール送って』

 そこまで読んで鈴はまた首を傾げた。

 差出人に名前が書かれていないから由美ではないことはわかっていた。

 けど、『ウロボロス』がこんな文を送ってくるはずもない。

 鈴は疑問に思いつつも文を読み進めることにした。

『分けあって今日家に帰れそうにないんだ。それでお前に頼みたいんだが、明日弁当作ってくれないか?』

 文章はそれきりで終わっていた。

 もう一度送り主のメールアドレスを確認するが、やはり見たことがない。

「誰?」

 鈴は言葉にしたまま文章にして返信ボタンを押した。

 五分ほどして返信は来た。

『俺だ』

「・・・・・・おれおれ詐欺はごめん、と」

 詐欺だと思うと少し怖いが、組織の人間にばれたのに比べれば百倍、いや、千倍もましだ。

『この間『ドリームスイーツ』だったか? そこに行ったときお前携帯だしただろ? その時お前がメール開いたときお前のメアドが見えてたんだよ』

 誰と聞いたのになぜかメアドを入手した経路を教えてくれた。

 だが、鈴はそれでようやくこのメールの主を暴くことができた。

「あの人だ」

 『ドリームスイーツ』に行ったのは勇気とだけだし、よく考えれば鈴が弁当を作れることを知っているのは勇気ぐらいのはずだ。

 けど、どうしてこんな時間にメールを送ってきたのだろう。

(あとで聞いてみよ)

「わかった。もしリクエストあったら教えてね。あ、君好きな物とかないんだっけ」

 そう送ると返事は案外すぐに来た。

『何でもいい』

 鈴は苦笑しながら指を動かす。

「了解。泥のお弁当作るね」

『殺すぞ』

「あはは」

 予想通りの返信がなんだか嬉しく、気が付けばなんでこんな時間に起きているのか、という疑問は頭からすっかり抜けていた。

「うーんと。とりあえずあたしが作ろうと思ってたのと同じ内容にするね。そっちの方があたしも楽だし」

『じゃあそれでいい。つうか、こんな時間になんで起きてるんだ? 子供は寝る時間だろ』

「・・・・・・」

 鈴は楽しそうに動かしていた指の動きを止め、電源を落とした。

 そんなの、『ウロボロス』のメールを待っているからだ。

 浮かれていた。

 これではまるで、友達みたいではないか。

「ダメだ。これ以上あの人といたら、あの人まで」

 巻き込んでしまう。

 今まで組織の人間がなかなか由美を殺さなかった理由の一つは、由美を殺してしまえば鈴からは友達と呼べるものがいなくなり、完全に孤独な存在になる。

 だが、この勇気と仲良くしていればすぐに勇気までもが『ウロボロス』の手によって人質にされるかもしれない。

 そして人質がいるということは、鈴が自殺することをも防止している。

 鈴が死ねば、人質の命もなくなるのだから。

「・・・・・・由美」

 こんなことならば由美と友達にならなければよかった。勇気とも出会わなければよかった。

 そうすれば、一思いに死ぬことができたのに。

「そう、だね。そうしよ」

 鈴は電源を切ったばかりの携帯に電源を入れ、宛先が由美のメッセージを作る。

「これでいいの。これで」

 送信ボタンを押した鈴の手は震え、目からは絶え間なく涙があふれていた。

『さようなら。もう、あたしたちは友達じゃないよ。だから、あたしのことはもう忘れてクラブ頑張ってね』







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