memo.5「ビールとデブリーフィング Part2」
「『土屋奈津』は、私の師匠だよ。空自のな」
と漣は言った。酔いはまだ、そこまで回ってきていない。
「戦闘機パイロットになった私はあちこちに飛ばされて、あちこちで飛んだわけだが……」
「誰がうまいこと言えと」と奏。
「師匠。ドント・フォゲット・ユーモア。いつも言ってたよ」漣は少し遠い目で、続ける。
「私が主に乗ってたのは、『F-2』っていう国産戦闘機だった。実力が認められたのか何なのか、新部隊に回されることになった。第502飛行隊。師匠と会ったのも、その時だよ」
「強かったの?」
「ああ。自衛隊初の女性戦闘機パイロットの一人だった。年下だったが、恐ろしく強かった」
「へえ」奏はつまらなそうに言って、「それまでは女の人、いなかったんだ」
「平均的に、Gに弱いんだよ。体格そのものも違うしな。でも、師匠は」一度切って、漣は。「師匠は、それまでに見た、誰よりも強かった」
***
師匠との初めてのACMは、今でも鮮明に思い出せる。第502飛行隊初のACMだった。
502sqは厳密にいえば戦闘飛行隊ではない。電子偵察や電子戦支援が主な任務だ。しかし攻撃機に随伴してのエスコートジャマーは敵戦闘機との会敵もありうる。そんなわけで、ACMは戦闘飛行隊並みに行われていた。
2017年、4月22日。
V1、VR、離陸。シートに押し付けられる。後席のWSOがV2を宣言。バックミラーを一瞥。僚機もOK。
相手は隊長の土屋三佐率いるトリガー編隊。僚機はベテランの南雲一尉だ。谷崎のウィンドウ編隊は二尉の谷崎がリーダーを務め、ウィングマンに佐々木三尉。WSOはリーダー機のみで、谷崎の後ろには田中三尉が乗っている。
トリガー編隊と合流。訓練空域にダイヤモンド編隊を組んで向かう。今回は洋上だ。
『おい、タニ』
ヘルメットから、男の声。WSOだ。
『勝てると思うか?』
「さあな」
『隊長はアグレッサー上がりだぞ』
「それも考えての作戦じゃねえか。頼むぜ、電子戦屋」
『本来パイロットなんだがな……』
「なんなら今からでも後席で操縦するか?できるぜ」
『OK、三沢からの付き合いだ。電子戦はまかせろ』
機内無線が切れる。ワイヤレスではないはずだが、これを有線と呼んだ人を知らない。
漣は唾をのむ。はっきり言って、手ごわい。アグレッサー上がりの土屋は言わずもがな、南雲は年配だがその分ベテランだ。それに対し、こちらの経歴は平凡そのもの。だが、漣は今のACMだからこそ勝機があると踏んでいた。
『トレボーよりトリガー1、ウィンドウ1。対抗してACMを開始せよ』
『トリガー1、ラジャー』
「ウィンドウ1、コピー」
ウィンドウ編隊は左にゆるく旋回。
トリガーと十分な距離を持って対抗。同高度、同速度。
――さあ、行くぞ!
スロットルはMILへ。レーダーはスーパーサーチへ。
空戦が、はじまる。