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memo.2「昼食とデブリーフィング」

濡れ場(ライト)あり。

11/28 一部修正。

12/10 一部修正

 ――何故。

 谷崎漣がその状況で、嫌というほど思った事がそれであった。

 始まりは同僚たる雨宮啓のダッシュ。彼は左の何かを見て、それから走り出した。今思えば……そう、今思えばその時点で自分も左を見るなりあとについてダッシュするなりすれば良かったのだ。しかしそれをしなかったというのは、自分も平和ボケしている証拠だろう、と漣は思う。とにかく、漣は呑気に、啓にダッシュの理由を尋ねた。すると帰ってきた答えは、普段では聞き得ないものだった。

「ボギー、ポート!」

 ――不明機(ボギー)だ? 左舷(ポート)に?

 緊張のボルテージが上がる。空戦屋の血は衰えていないのか、弾かれたように左を向く。そして見たものが、今まさにドロップキックのための助走と踏切を終えた女性だった。そしてその標的と思われるのが――自分だ。

 なぜ。

 最近は女の「お」の字もない。めっきり右手が恋人の日常で、痴話喧嘩の心当たりはない。なのになぜ、このような状況に陥っているのだろうか。

 体はそんな困惑とは無関係に動く。このままでは着弾地点は骨盤だ。腰を落とし、左手を盾のように突き出す。着弾。ダメージを最小限にすべく、左手を引きつつ、ベイル・アウト訓練の経験を生かして右に転がろうとする。しかしここで誤算に気づいた。足からだんだんと右半身をアスファルトについて、つききる前に、

「っでえ!」

頭部を堤防に強打する。気づいて首を起こそうとしていたからまだマシだが、それでも痛い。視界に星が舞う。

 そこにさらなる悲劇が、文字通り降ってくる。先刻ドロップキックを仕掛けてきた襲撃者が、重力に従い、自由落下を始めたのだ。そしてその彼、または彼女は落下したのだ……漣の左半身に。

 後に彼はこう語る。「女性にのしかかられた経験の中で、一番重かった」と。


「いっつつ……」

 上の襲撃者のその声を聞いて、一つのことを思い、そしてすぐに思考から追い出された。頭を占領したその思考は、完璧に闖入者の理不尽さを忘れさせた訳だが、幸か不幸かは分からない。

「……ジーザス(やれやれ)

 なんとかその一言を絞り出す。考えていたこととはほとんど関係ないその言葉で、なんとか心の平安を保とうとした訳だ。しかしそれは目の前の女性により、強力な妨害を受ける。

 女は漣の上で体勢を立て直して馬乗りになるや否や、彼の胸倉を掴み、自らの顔に引き寄せる。そしてドスを効かせ、言った。

「久し振りね、漣のバカ」

 ……ここに、「人違いかもしれない」という漣の期待は、淡くも崩れ去った。

「……久し振りだな、(そう)

 谷崎漣と雨宮奏は、こうして再会したのである。


 ***


 昼は大衆食堂、夜は居酒屋になる店、《魚雷》。漣や啓の行きつけの店である。今日の短い道行もここが目的地ではあった。しかし啓はそのカウンターで、心の中で嘆いていた。――どうしてこうなった、と。

 左には親愛なるパイロット、谷崎漣が、険しい顔で座っている。

 そして右には、長いこと会っていなかった最愛の姉、雨宮奏が、これまた険しい顔で座っているのだ。

 面子だけ見れば所謂《感動の再会》の筈だ。ところが彼らのムードは険悪で、それとは大きく離れすぎている。

 沈黙を破ったのは谷崎だった。

「奏よ。お前さ、地元の病院にいたんじゃなかったっけ」

 奏がゆっくりと谷崎の方を向く。漣は視線を厨房に固定していた。

「なんでこんな離島に?」

「……話せば長いんだけど……。っていうか、アンタも啓から聞いてないの?」

「……啓さん?」

 ついに矛先は自分に向いた。漣は啓の方をバッチリとロックオンした、気がした。

「……いや、話す必要、ありました?」

「大有りだよバカヤロウ」

 漣は溜め息をついた。目元を抑える。

「……私こんなの聞いてねえよ」

「わたしもよ。谷崎がいるなんて今日知ったわ」

「じゃあなぜドロップキックをしてきた」

「蹴りたい背中だったから」

「骨盤狙いだったんですがそれは」

「気にしたら負けよ?」

 奏と漣は二人で苦笑する。昔と同じだ。見た限りでは。

 遠巻きに見守っていたおばちゃんから料理を受け取る。状況は好転しているようだ。


 その予想は間違いだったのを知ったのは、わずか数十秒後のことだ。

「勤務してた病院が潰れたのよ。で、啓と大学の同期を頼って診療所の空きに入ろうとしたわけ。OKを貰ったのが一ヶ月前」

「……啓?」

 視線が痛い。

「で、谷崎のほうは? 自衛隊に行ったんじゃなかったの?」

「イエス。まあいろいろあってね。理由は長くなるが。この島に来たのは一年半ぐらい前か。その時にはもう啓はいた」

「……啓くん?」

 痛い視線が、もう一本。ザル中華をすする手を止め、応える。

「……まあなんというか……。訊かれなかったからね!」

「どこのインキュベーターだよお前はさ!」

 奏は「……インキュベーター?」と首をかしげた。元ネタを知らないのだろう。

「まあ啓をシメるのは後にして、漣、あんたに言いたいことがあります」

「ちょっと待って姉ちゃん、シメるの確定?」

「もちのろん。漣、あんた私を捨てる時、戦闘機パイロットになりたいからって言ってたわよね」

「イエス。しかし『もちのろん』って久々に聞いたな」

「古いのは認めるわ。で、よ……」

 敬愛なる姉は一拍おき、

「どの面下げて空軍やめたあああ!」

と叫んだ。


 ***


『どの面下げて空軍やめたあああ!』

 漣の心の中では、この言葉がリフレインしていた。

 航空自衛隊は空軍ではない。しかし今はそんなことは問題外だ。

「……全く、奏の言う通りなんだよな……」

 あの後、超高速で昼食を掻き込み、《魚雷》から大急ぎで駆け出した。フライトをダシにして。しかし、奏に言われたその言葉は、プリフライト・チェックの時も、フライト中も――危険なので努めて頭から追い出したが――デブリーフィングの時も忘れられなかった。

 好きで空自をやめたわけではない。本当ならば今も戦闘機に乗っていたはずだ。しかし……。

 ――居ようと思えば、空自には居られたんだよな……。

 漣はあくまで《軍用航空機》に乗れなくなっただけだった。事実、第502飛行隊から地上勤務への転属は決まっていた。しかしそれでも漣は空自をやめた。《飛行機に乗れないのに意味がない》という、個人的な理由で。しかも戦闘機に乗れなくなったのも、自分の精神上の問題だ。

「……もっとしつこくなるべきだったんじゃないかな……」

 空自の地上勤務を甘んじて受け入れ、死ぬ気でカウンセリングを受け、自身のパニック障害を直せば、もう一度飛べたのではないだろうか。戦闘機パイロットの育成には大金がかかる。それは漣についても例外ではない。そんな人間が精神障害という些細(、、)な原因で飛んでいないのは非効率極まりない。治療済みならなおさらだ。戦闘飛行隊は無理でも、教育飛行隊への編入や、あるいは……――!

「……くそったれ!」

 もう諦めたはずなのに。T-4での模擬戦もどきで発作が起きたあの日、長年の夢だったブルーインパルス行きを、すっぱりと諦めたはずなのに。

 漣は眼を開け、自室のベッドから飛び起きた。安アパートの本棚には航空系の雑誌が丁寧に収められている。視界に入った、自分が好きでやったはずのそれに、腹をたてる。いつまで()は《元戦闘機パイロット》でいるつもりだ。もう空自は辞めた。502には戻れない。ICAでの調子も良い。なのに。

 ……睡眠不足はパイロットの天敵だ。まだ時間は早いが、このままでは簡単に眠れそうにない。二日酔いにならない程度に酒の力を借りよう。そう思い、薄い布団を剥がして身を起こし、

 ――ぴーん、ぽーん!

その気の抜ける音を聞いた。

「誰だよこんな時間に……」

 時刻は二二三〇(午後十時半)時を回っている。まともな神経の人ならこんな時間の来訪はないだろう。

 出会い頭に一言文句を言ってやるべく、漣がドアに近づくと、二回目のドアベルがなる。そのすぐ後に、

 ――ぴんぴぴぴんぴんぴーんぽーん!

 来客は十秒足らずで痺れを切らしたのか、ドアベルの連打を始める。酷い近所迷惑だ。

「はいはい、今出ますよ!」

 漣はそう叫びながら小走りになる。

 そいつに文句の一つも言ってやるべく、ドアを開け、

 ――!?

彼女に力強く頭を掴まれ、無理やり唇を合わせられる。

 微かな酒臭さと病院臭、そして女性の甘い匂いが鼻腔をくすぐる。唇が離れると同時に、漣の頭が再起動した。

「……奏」

 奏は返事をせず、ただ全力で漣を抱きしめた。

 漣は激しく後悔した。()は勝手に奏を捨て、その大義すら成し遂げられなかった。奏が怒るのも当然だ。その怒りすら、俺は受け止めてやれなかったのだ。

「……奏」

 もう一度、彼女の名前を呼ぶ。丸みを帯びた眼鏡の奥で、彼女の眼は真っ赤に腫れていた。

 二人は再び唇を合わせる。扉が閉まり、オートロックが作動する。

 漣の睡眠不足は不可避だった。


 ***


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1「あれ、ちょっと早かったかな」

1「時間つぶしに動画でも観に行こうかしら」

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1「こんばんわー」

4「今晩は。お疲れ様です。」

No.5、入室。

5「乙でーす!」

1「お疲れ様。いつも最後に来るのに、珍しいわね」

4「お勤め、お疲れ様です。」

5「いやいやぁ、今日は議題が議題っすからねぇ。しっかしイケズっすねぇ、シャチョーも。リアルで言ってくれればいいのに。」

5「……打つにが遅かったw」

4「oとi、打ち間違えてますよ。」

5「ぅおっとお!テヘペロw」

1「キモイのです!ww」

5「プラズマてめぇ!wwww」

1「まあそれはいいわ。時間になったら始めるわよ。《最後の複葉機》計画の進捗はそこまで動いてはいないけど。」

No.9、入室。

No.6、入室。

No.2、入室。

No.3、入室。

3「じっかんだよー!1()っちゃん始めちゃってー!」

1「そうね……。じゃあまず報告を。アメリカでの二号機製造は順調よ」

5「うーん、やっぱりスミソ博物館から協力もらえたってのはでかいっすねぇ」

4「その節はありがとうございます。あれのおかげでエンジンに似ても似つかないものを使わずに済みました。」

5「貸しにしとくぜぇ…!?」

1「そーいうのいいからw」

2「一号機の製造はどうなのだ。それが我々の最終目標であろう。」

1「今のところ機体のフレームは出来上がって、部品待ちです。富士重工からあと2週間で上がってくるみたいなんで」

6「それは重畳。最初は形だけ真似たコピーになるかもとヒヤヒヤしましたぞ?」

2「同意である」

1「≫6心配おかけしてすみません。三菱重工との協力の交渉、感謝してます」

1「ただ問題が一つあって……」

3「なになにー?」

1「一号機のパイロットに選定した〈彼〉が、受けてくれるかどうかが微妙なんです」


1「なんで黙るんですかww」

6「彼でなければダメというわけでもあるまい。」

5「そうっすよ。中尉はもともと望み薄っす」

1「ひどい言われようねw でもどちらにせよ、パイロットの頭数は足りてないし……」

5「俺もいますよ?」

1「あなたは二号機に当たってるでしょうがw」

1「テヘペロ禁止!」

5「そうっしたw TEHEPERO!」

1「くう、一枚上手だったか……!」

2「茶番は良い。しかし頼むぞ。〈P計画〉は我々の悲願。それはゆめゆめ忘れるなよ」

1「承知してます。」

No.2、退室。

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5「乙でーす」

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No.5、退室。

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1「さて、私もそろそろ帰りますか」

No.1、退室。


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