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memo.0「はじまりのドグファイト」

純粋に戦闘シーンを楽しみたいなら、フラップ先生かマーベリック先生のところへどうぞ。

5/29 一部修正、あとがきに用語説明を追加。

6/26 機体紹介を一部修正。

7/3 さらに機体紹介を修正。

7/5 本文一部修正。

8/8 大幅改稿(空戦部分)。

8/9 一部修正

12/10 一部修正

2018年、12月24日。


 ――畜生っ!

 無線で僚機、スチール4が緊急脱出(ベイル・アウト)したことを聞き、谷崎(れん)はとっさにそう思った。その無線が意味するところは一つ。僚機が撃墜されたのだ。

 作戦には自信があった。ウィングマンが低空で待機しレーダーから見失わせる。リーダーは敵機との旋回戦に入り、徐々に高度を下げさせる。相手に余裕がなくなったところで旋回をやめ、エンジン出力を上げる。敵機はこちらがGに耐え切れなくなり離脱したと勘違いして追随するが、リーダー機をキルコーンに入れる前に、ウィングマンによる低空からのズームアタックの餌食となる。準ステルス機であり、かつ加速性能と格闘性能の高いF-2Cの特性を生かしたものだ。これで敵機の同型機たる、米軍のF-22とのDACTでも勝利を収めたことがある。

 今回、敵機は彼の機体を追随してきたのだが、僚機によるズームアタックの最中に、思いもよらぬ機動をした。

 ――空戦機動、〈クルビット〉。端的に言えば、機体の進路を全く変えずに行う宙返りだ。機体の高いポストストール性能と、パイロットの高い技量が求められるその技を、敵機はやってのけたのだ。

 F-22には視程外攻撃(オフボアサイト)能力はない。彼の作戦はうまくいくはずだった。パイロットは格闘戦時にはえてしてレーダーなど見ている暇はないし、F-2Cの機体前面のRCS(電波反射面積)は第五世代戦闘機のそれにも引けを取らない。もし探知されたとしても、敵機は回避運動を取るのが精一杯でウィングマンを攻撃する余裕などない。二対一での戦いでは非常に有利な戦法だった。

 しかし今回の敵機はあろうことか、クルビットによってスチール4をロックオンし、AIM-9Mサイドワインダー短距離空対空ミサイルを撃ち込んだのだ。迂闊だった、と彼は歯噛みする。自らのミスで同僚を危険にさらし、一機百億円以上もする貴重な戦闘機を失ったのだ……。

「反省だけなら猿でもできる」という言葉が彼の脳裏をよぎる。そうだ、今すべきなのは反省や後悔ではない。幸いスチール4はパイロット、WSO(兵装システム士官)共に脱出できたらしい。彼らの心配は無用だ。今すべきは、敵機を倒し無事に帰投すること。それが出来なければ、このスクランブルの意味はない。ここで敵機を止めなければ。ヤツはなにをするかわからないのだ。迷いをすぐに捨て切る。

 F-22はウエポンベイ内部には短距離AAMが二発と中距離AAMが六発しか積めない。そしてAIM-120AMRAAMは持っていないようだし、サイドワインダーは二発とも撃った。即ち、今の相手の武装は二十ミリバルカン砲(ガン)のみ。しかしそれでもF-15を模擬撃墜できる実力はある。

 上等だ、と漣は思う。推力重量比(パワー・ウェイト・レシオ)ではあちらの方が上だ。加速と旋回半径では勝っているが、旋回効率とパワーではこちらが劣るだろう。持久戦は不利なのでF-22との旋回戦は避けたい。一撃離脱メインで行く。アグレッサーのF-15J改二相手にやった一対一(ワンオンワン)の作戦を採用した。

「ニック、対G姿勢!」『ツー』

 後席、WSOのTACネームを叫ぶ。スチール3は再び戦闘機動(マニューバー)をとる。

 ハーフ・ロールからのハーフ・ループ。スプリットS。敵機はクルビットで体勢を崩したらしかったが、既に回復していた。同高度でのヘッドオン。速度はこちらの方が有利。

 相手は舵を切り、谷崎機の右から回り込もうとしてくる。あくまで回り込むつもりらしい。ここで左に曲がれば巴戦に、右に曲がればシザースになる。巴戦は十八番中の十八番だが、F-22の有利な土俵でもある。すぐさま右に舵を切った。

 今回は《後ろを取る》ということより、《相手のガンラインに入らずにミサイルを撃つ》ことを優先させる。ステルス性で有名なF-22だが、赤外線の反射は多く、こちらの搭載ミサイルが当たりやすいからだ。

 敵機は元の進行方向から直角になるように曲がる。追尾。F-22はA/B(アフターバーナー)を焚き、右旋回。ヘッドオンすればガンラインに入れるのも簡単だ、それを狙っているのだろう。

 安全を取るため、谷崎は右降下旋回付きのロー・ヨーヨーで回避する。旋回戦を覚悟したその瞬間。

 ――嘘だろっ!?

 F-22はピッチアップ、垂直上昇。この状況下では自殺行為にしかならない。またクルビットをやるつもりか。しかしこの好機を逃す気はない。谷崎機、9G以上をかけて急旋回・急上昇。

 JHMCSでキューイング、ロックオン。しかし、ラプターは先ほどを超える無茶な機動をした。

 エンジンストップ、落下しつつラダーを打つ。ハンマーヘッド。機首が下がったところですかさずエンジンをかける。同時にアフターバーナーを点火。

 正気の沙汰じゃない、漣は思う。落下の速度を使えば確かにエンジンの再点火は可能だが、危険すぎる。

 スチール3のコックピットに、ロックオン・アラートが響く。弾かれたように漣は左にビームアタック、回避を試みる。それと同時にミサイルレリーズ、すでに射程に入っていたAAM-3を発射する。

 赤外線シーカーが追尾、ロケットモーター点火、ラプターに向かって飛翔を開始。同時に、ラプターによるガン攻撃。数十発の20mm弾は超音速でスチール3に襲いかかる。そのうち数発が、F-2Cの炭素繊維製の主翼を撃ち抜く。

 ミサイルはガン攻撃には当たらず、ラプターに向かって超音速飛行。ラプター、チャフ・フレアを使用しつつ回避運動。しかし画像識別が起動、フレアを無視して目標機を追尾。近接信管作動、コンティニュアス・ロッドと爆風がラプターの機体を破壊する。

 漣は、まるでスローモーションのようにこれらの事を、直接見えていない事も含めて認識する。T-4中等練習機に乗っていた時、平面フラットスピンに入りかけて彼岸に片足を突っ込んだあの時のようだ、そう思う。

 しかし、コックピットに響く警告音で、意識が《今、ここ》に戻される。複合ディスプレーに目を走らせる。右主翼に火災発生。ガン攻撃のせいだろう。右翼内インテグラル・タンクの燃料を全て投棄。自動消火、黒煙と炎が白煙に変わる。鎮火。

 無線で、状況を知らせよ、と聞かれる。僚機の被撃墜とラプターの撃墜、そして右主翼に数発喰らったが、飛行には支障ない事を伝える。帰投命令が降りる。救助部隊の出動を要請し、搭乗員二名の救助を頼む。許諾される。無線を切る。

 WSOに、残りの燃料で帰投できそうか尋ねる。増槽は既に投棄していたし、右翼内タンクもお釈迦だったが、問題ないとの返事を聞く。

 しかしあのラプターはなんだったのだろう。撃墜許可も簡単に降りたし、それにあの空戦機動だ。あんなのをできる人間に、心当たりはひとりしかいないが、空自の人間だ、あのラプターに乗っていたはずがないし、そう思いたくもない。

 ――おかしいのは最初からだ。本来F-22が此方に攻撃してくるはずがない。だからこそ「米軍内部の人間によるテロだ」と断定したわけだが、テロならこっちに構わない。というより、さっさと超音速巡航(スーパークルーズ)で逃げるだろう。完全無人機の暴走、という線も考えたが、見えた限りではキャノピーは普通で、中にはパイロットもいた。しかし無線には応じず、中国機だけでなく空自にも攻撃をしてきた。空戦機動も超人的だったし……――!

 漣は先日聞いたその噂と《彼女》の配属先、そして先程の状況から、その恐ろしい結論に辿り着いた。

 スロー・ロール。しかし探し物はなく、代わりに落ちていくのはたった今撃墜した機体の破片だけであった。

 機体を水平に戻す。

「……状況終了。帰投する」

 WSOにコントロールを預ける。オートパイロット、オン。基地への帰投コース。漣はスティックを放す。

 漣は胸から苦く酸っぱい液体がこみ上げてくるのを感じた。堪え切れない。マスクに戻す。外して詰まりを取ろうとして……。

 そのまま意識を失った。

【用語説明】

ウィングマン、リーダー:編隊内において、指揮官機がリーダー、それとペアになる機がウィングマン。

キルコーン:機関砲やミサイルなどで直接狙う場合の有効射程圏。

JHMCS:オフボアサイト能力を持つ短距離AAMの照準に用いる、統合ヘルメットマウンテッド・サイト。


【登場機紹介】

F-2C:本作オリジナルの架空機。F-4EJ改やRF-4EJなどの後継機として計画され、「2010年度新規防衛要綱」に基づき開発・製造された。国産機のF-2Bをベースに、ハイパワー・スリム・エンジン、DSIインテークなどの新技術が投入され、準ステルス戦闘偵察機としてその名をはせた。敵制空権内に侵入し、護衛無しでの電子戦支援を主任務とする。

コンフォーマル式の電子戦ポッドを搭載し、機外にも高精度TARPS、ASMなどさまざまな武装を搭載できる。F-2A/B譲りの対艦・対地攻撃能力や、「本職」である電子戦能力だけでなく、機体本体の軽量化や推力重量比の向上により亜音速域での格闘戦能力も高い。機体調達価格は一機あたり約百五十億円。総生産は四十七機に留まっているが、エスコートジャマーとして長期の運用が見込まれている。


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