新しい朝
玲子と洋は、見知らぬ街を一旦離れ、農道の脇で夜を明かした。今いる場所も定かではないが、お金も持ち合わせが無いため、どうしようもなかったからだ。
異国の地での新しい朝は、湿った藁を投げつけられることで幕を開けた。
「What are you」
ピリピリした声で、農家らしき夫人が2人に尋ねる。ほっかむりをした五十半ばの夫人は、手に長い熊手のようなものを持っている。
呻く洋を尻目に、先の一撃で目を覚ました玲子は、慌てながらも相手の問いを理解し、拙い英語で応える。
「We are Japanese, what time is it?」
「Japane? What are you talking about」
噛み合わない。玲子は、自分の発音の問題なのか、日本という国を知らないのかが判断できず、困惑してしまう。
夫人は加えて、今が土曜日の朝だと応えた。その答えを聞いて、玲子は自分の英語力には多分に問題があることを悟った。彼女は、時間を聞きたいのではなく、時代を聞きたかったのだ。ただ、言い回しが出てこないだけで。
しかし、警戒心をむき出しにしている夫人が、こちらの意図を組んでくれるわけもなく、玲子は途方に暮れる。
「We have been kicked out from the master, perhaps few days ago. We have slept here since we couldn't find the way」
いつの間に起きていたのか、洋が呟いた。洋の声はよく通る。夫人は、壊滅的な文法であろう弟の発言を、なんとか理解したようだ。雇い主に放り出された(ということになった)可哀想な私たちに同情したのか、雇い主は誰だと尋ねる。
「We don't know, we call him as just the master. But I remember that he has many books in his office」
この土壇場で、まるで答えになっていない答えをペラペラと喋る弟には心底驚かされる。
「(あんた、適当なこと言うんじゃないわよ)」
「(大丈夫だよ姉さん、お館様なら本の数冊くらい持ってるよ)」
こそこそ話す私たちを尻目に、夫人の顔が曇った。難しい顔をしたまま、着いてくるように私たちを促し、夫人は夫人の家へと歩き出した。
夫人の反応に不安を抱えつつも、他にどうしようもなく、きょうだいは後へ続く。
見えてきたのは、二階建ての小さな洋館であった。
年増きょうだいの命運を握る、「夫人」との出会いです。