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「いやー、何か、すいません」

 私はへらりと笑いながら前にいる男に声をかけた。

「気にするな。慣れていないのに話そうとすると、舌を噛むぞ」

「あっ、そうですね。私もそう思いました」

 元々会話なんぞ弾んではいなかったが、存外に黙れと言われて私は大人しく黙った。ここで不興を買って文字通り(物理で)切り捨てられたり、何処かへ行けと放り出されても堪ったものではないからである。

 今、私は馬上の人である。勿論、現代人である私が馬になんぞ乗れるわけがない。だからこそ相乗りさせて頂いているわけではあるが、これが信じられないことに相手はあの織田信長である。何と言うか、もう、鼻血を出す寸前である。色々と興奮しすぎて。

 まさか、彼の有名な男に抱きつけるとは、人生何があるかわからないものである。がっしりしているのに腰が細いとか思っている場合ではない。しかし、馬の上は思った以上に反動が半端ない。軟な現代子にとって、これは何という苦行であろうか。一瞬たりとも気を抜けやしない。景色とかを楽しむ余裕なんて一切ない。

 それにしても、何故私はここに居るのだろうか。まずは、そのことについて考えたいと思う。


 あれは確かそう、私は仕事の帰りだったような気がしないでもない。というのも、それが現実であったのかどうかはっきりしないからだ。寧ろ、夢でも見ていたのではないのかとさえも思う。

 私はほどほどにゲームが好きで、特にアクション系のものを好んでいる。それを先日に買ったばかりで、今日も早くやりたくて急いで夜道を帰っていたのだ。

職場から家までは徒歩十五分圏内ではあるが、仕事が長引いて周囲は真っ暗。特に、私が住んでいる辺りなんかは、急激に田舎になっているのだ。

 つまりは民家も少なく、人通りも少ない。ついでに夜道も暗いというやつである。

 暗い夜道であれば、車からすれば人は見えにくい。人からすればライトが見えたと思ったら、車が迫っているようなものである。

 そして、気が付いたらどーんである。

 つまりは引かれたのだ。

 正面衝突である。

 場所も場所ではあったが、相手はスマホ片手に通話しながらの運転である。辛うじてそこは見えた。そして、気が付いたら森の中に居たわけである。


 はい、これ、異世界トリップだわ。フラグ立っていたわ。あぁ、うん。よく考えなくたって、仮にここが現実であり、車とごっつんこしたあれが現実であるとしたら間違いなくトリップである。夢オチとか、私が極度に酔っぱらっていて妄想から幻覚を見ているのではないのだとすれば。

 そう思う程度には私はオタクである。漫画もゲームもアニメも小説もこよなく愛する人種である。だから、それ程取り乱しはしない。だが、あくまでも取り乱さないというだけである。内心はどきどきだね。なんじゃこりゃって叫びまくっているよ。何せ、チキンハートだから。

 こう言っちゃあなんだが、いやー、私服OKの職場で良かったね。これでスーツだったら馬になんて乗れやしない。

 現在はジーパンにローヒールの靴にシャツにカーディガンに鞄といった、滅茶苦茶色気のない服装である。ナチュラルすぎてほぼしていないも同然の化粧をした私なんて、会社に行っている社会人どころか、大学生にさえも劣るようなラフさである。

 しかし、これでも社会人だ。高卒で働きだし、それまでバイトもしたことがなかったから、世間の荒波には揉まれた。先輩女子達による洗礼にも耐えたのだ。耐えるのは得意だ。寧ろ、適応するのが得意といった方が正しいだろう。だから、どうにかして適応しなくてはならない。せめて、元の世界に戻れるまでは。

……と、妙に格好いいことを考えてみてもみたが、そんなことよりもゲームしたい。私、あのゲームまだクリアしていないんだってば。

 どうでも良いから、早く帰ってゲームをしたいというのが本音である。怖いわ―とか言ってヒロインぶるような、そんな高尚な建前なんて持っちゃあいない。そもそも、そんなかわいい子ぶった発言が許されるのは十代までである。二十代に突入してしまった現在、そんなことを口にしようものなら、痛い人確定である。成人してしまった以上、それに伴う義務のようなものでもある。そう、ある意味宿命なのだ。恐ろしいことに、たった数歳であるとはいえ、十代と二十代の壁とはそれ程にまで大きいのだ。


 それにしても、この馬は何処に向かっているのだろうか。もう結構な距離を駆けているような気がしないでもない。

 時間にして一時間ちょっという所だろう。車に比べると遅いが、それでも自分で自転車を漕ぐよりは速い。それにそもそも、尻が痛くてならない。この苦行からは何時解放されるのだろうか。昔の人はこれを交通手段にしていたのだから凄い。車や飛行機に電車といった文明の利器を知った軟な人間からすると、感心する以外の言葉が思い浮かばない。それに、ずっとしがみついているから腕も痛いし、跨る足も痛い。こんな普段使わないような筋肉を使わされているようなものなら、明日は筋肉痛確定である。

 社会に出て数年経つが、その分運動なんて一切していない。高校の体育が最後だから、こんなことなら軽くでも運動をしておくべきだったかとも思わないでもない。けど、あくまで思うだけだから、結局はやらないであろうことは目に見えている。

「前を見ろ」

 促されて前を見れば、オタク生活によって衰えた視力(眼鏡はしているが)でもその言葉が差すものが見えた。

 街である。

 村ではなく街である。まぁ、彼が「村」でもなく、「町」ではなく「街」と発音したのだからそうなのであるが。

 それにしても、彼が織田信長であるとして、何故に街と言いたくなるような建物の並びであるのだろうか。

 つまりは西洋風なのである。

 煉瓦なんかを使ったような家が並び、その中には瓦葺の家だって並んでいる。それに突っ込んで聞きはしなかったが、この織田信長、格好が西洋風である。髷は結ってあるが、月代はない。その上恰好が洋装だ。ズボンなのだ。上着だってコートだし、家紋は入っているものの、着物なんかでは有り得ない。刀はベルトに差しているし、その反対側の太ももにはホルスターが下げられていて、拳銃が収まっている。色々と時代錯誤感が否めない。だからこそ私のこの格好についても追及されなかったのだろうが、いくらなんでもあまりにも違和感がありすぎる。

 ここは本当に日本なのだろうか、そう疑いたくなるような光景だ。これだったら、明治時代辺りの文明開化というのが近いだろう。

 その上、宙には大きな建物が浮いている。某天空の城を思い立たせるそれに、「CG?」という声が漏れてしまったのは仕方のないことだろう。それ程に現実離れしているのだ。だが、あれは紛れもなく実物だ。

 現代社会であってもあんなに巨大な物を浮かばせる技術なんて存在しない。立体的になっているとか、飛び出しているとかいう二次元の世界じゃなくって、現に存在している三次元のものである。

 おいおい、一体ここはどこなんだ。いくら何でも非現実的すぎるだろう。いくらオタクではあるとはいえ、こんな世界、絶対に普通じゃない。


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