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「それで、どういうことでしょうか?」

 手近なかふぇに入り込み、面を突き合わせる。ここで「カフェ」ではなく「かふぇ」なのは微妙な落としどころだ。気が抜けるような響きの音である。

 明治時代を思わせる喫茶店で、剣呑ささえもある顔で向かい合っているのだからある意味場違いだ。店内で流れるレコードと相まって、周囲からすればかなり浮いていること請け合いだろう。

 しかし、そのまま話を続けるしかない。一度入ってしまった以上、何も頼まずに出る、もしくは頼んだものが出される前に出るなど失礼以外ないからだ。この店に入るなど早まったと思わないでもないが、仕方がないと諦めるより他はない。

 尤も、私以外の三人はそんなことをまるで気にしていないようだ。レティとシアは格好からして既に溶け込んでいるし、真田氏は明らかに浮いているもののその整った容姿で他から視線を完璧にカバーしているからである。美形というものは本当にずるい。私にとってはある意味両手に花状態ではあるが、そこに私が混じることによって不協和音が生じている。私の平凡な容姿が全てをマイナスへと変えてしまっているのだ。故に、この中では比較的な思考をしている筈の私が、この中で明らかに浮いてしまっているのである。何故だ、解せぬ。所詮この世は顔だというのか? ルックスの良さこそ、残念さがあっても許される原因の一つにでも成り得るというのか?

 そんなことを思っていると、真田氏は膝に手を着いて頭を下げた。いきなりのことにぎょっとしていると、「話に入る前に言わせていただきたいが、此度はこのような席を設けていただいて至極恐悦で御座る」と、まるで何か時代劇の台詞であるかのように言いだした。あっ、彼にとってはそれが生きる時代であるのだけれども、それとは遠くかけ離れた私にとってはまるで何かのお芝居でも見ているかのような気持ちになるのだ。こんなことをやられた日には、面を食らうしかない。

「某のような者に対し、このような席を設けていだだけるなど感謝の極みである」

 何やら感極まっているようであるが、硬い。硬すぎる。聞いていて肩の凝るような言い回しである。謙遜こそ美徳であるのではあろうが、それでも現代人にとっては物凄くとっつき難いのだ。妙に丁寧すぎる話し方とか、逆にこちらが恐縮してしまって自分も畏まらなくてはと思うから居心地が悪い。

「あの、その話し方を止めてください」

 ここははっきりと言うしかない。だって、無理なものは無理なのだ。私みたいな平凡な一般人に、こんな風に話しかけてくるなど頭がおかしいとしか思えない、とさえ思ってしまう程受け入れがたいのだ。私からすると、彼は役者かコスプレかというような相手なのである。心境は正に、「こいつは完璧に役に入っていやがる」である。

「それが慣れているのなら申し訳ないのですが、こうも丁寧に話されると恐縮するので、もっと言葉を崩してくださると有難いです」

 本音を言うのなら、私のこの言葉づかいを普段のものに戻したいといったところだ。何せ、こんなにも慣れない言葉を使っているのだ。ボロが出るのだって時間の問題である。それだったら、自分の浅学がばれるまえに切り上げるのが得策だ。

「何と広いお心をお持ちで。某、感激致しました」

 何故そうなる!?

 どういう流れでその考えに思い至ったわけ? あと、そこは横で頷かない。何、この人達。もうついていけない。

「いや、こっちはもう敬語を崩させてもらうから、貴方もそれを止めてって言っているの。聞いていて疲れてくるのよ」

 あぁもう、と髪を掻き乱す勢いで言う。こいつらはきっと直球じゃないと伝わらない人種なのだろう。変に遠回しにしたらまた変な方向へと思考がいくに違いない。

 日本人特有のやんわりとした言い方とかそんなもの知ったことじゃない。この男に関してはバッサリ行かせてもらうことにした。本当に、レティとはまた違った厄介な男だな。

 私がはっきりと言うと、彼はきょとんと眼を瞬かせた後に「あぁ」と声を上げた。

「申し訳ない。某が浅慮故に貴殿らにご迷惑をおかけしたようで」

「だから、そういうのが厭なんだってば」

 この男は私の話の一体何を聞いていたのだろうか。何故私が苛立っているのかをまるで解っていない。この空気の読めなさはレティに通じるものがある。もう、最近の所謂イケメンに属する男子はみんなして空気が読めないのがデフォルトなわけ? これが標準装備なの? それなのに、世の女子は「そこもまた可愛い」とか言って許すのだろうから納得がいかない。傍から見る分には良いかもしれないが、当事者になってみろ。絶対にどっつきたくなるから。

「私が言いたいのはイーブンにしましょうっていうこと」

「いーぶん?」

「そう。腹を割って話しましょう。そうしたい以上、変な遠慮とか気遣いは無用なわけ。それができないのなら、私は帰るわ。もともと、貴方の事情なんて知ったことじゃないし。それに、別に私達じゃなければいけないわけでもないのでしょう? 貴方程の美形だったら、ギルドの女の子達はホイホイついて行ってくれるわよ」

 席から腰を上げると、「わかった」と慌てて腕を掴まれた。

「わかった。貴殿の言う通りにする。だから、某の話を聞いてくれ」

「そう。初めからそうすれば良いのよ。変に回りくどくするのは止めてちょうだい」

 そう言って、私は腰を下ろした。

「ところで、貴方のことは何と呼べば良いの?」

 尋ねると、彼はきょとんとして「先程も申した通り、某の名前は真田源治郎信繁と言う」と答えた。

「いや、それはもう聞いたから一応は解っているのよ。ただ、貴方の名前は私に馴染みがないわけ。だから何て呼べば良いの?」

「どういうことだ?」

「私の住んでいた所では、誰だって姓を持っているのよ。だから私は九十九命というわけ。そして、その間にもう一つ名前が入る人はいないのよ」

「何と。名前の表記が違うということか?」

「まあ、大雑把に言えばね。世界は広いのだから、場所によってそうなっても不思議ではないでしょう?」

 それに納得したのか、彼は「確かに」と頷いた。

「前にお会いした南蛮の方は名が先で、姓を後に名乗っていた。それと同じようなものであろうか?」

 言っていることが微妙に違うことは確かであるが、ここでいちいち訂正するというのもまた面倒だと思い、私は「そんなものかもね」と適当に相槌を打った。

「それで、私には貴方のことを何て呼べば良いのかわからないわけ。貴方は私のことを「命」と呼べば良いけれど、私は貴方の名前の何処を呼べば良いの?」

「それは、お任せ致す」

「いや、任されでも困るんだけども」

 そこは真剣に考えてよ。どうよ、初対面で変な名前でもつけて良いと言っているの? こいつはマゾか。選ぶ場所によってはかなり失礼になるのではないだろうか。

「じゃあ、真田で」

 無難にそう言えば、「こちらが名を呼ぶ以上、某のことも名で呼ぶのが筋というものだろう」と否定された。いや、だから名を呼ぶとしても何処から取れば良いのかがわからないんだってば。だってさ、真田幸村っていうのが私の中では一般的なんだよ。それなのに、「源次郎」とか「信繁」とか誰だよお前状態じゃんか。あぁ、もう。そんな名で呼んだら、次会った時には忘れて良そう。いや、逆にインパクトとして覚えているのか?

 内心でかなり葛藤していると、真田氏はきらきらとした目で私を見ていた。こいつ、何かを期待していやがる。何だ。やっぱりあれか? ドッキリ的な何かを仕掛けていて私が醜態を晒した瞬間に私を貶めるつもりなのか? 頼むから、その目で私を見るのを止めて欲しい。

 あまりにも物を訴える目力に辟易する。目は口ほどに物を言う状態である。呆れるより他が無い。

 助けを求めようとレティとシアを見るが、レティはにこにこと笑んでいるし、シアは無表情だ。駄目だこいつら、私を助ける気なんて更々ない。

溜息を吐くと、もうどうにでもなれという気分で「幸村でも良い?」と言った。

「貴方のことを幸村と呼んでも良い?」

 そう言えば、彼は不思議そうに首を傾げた。

「某の名に「幸村」という言葉は無いのだが」

「そうね。けど、貴方のことを「幸村」と呼びたいと思ったの。だって貴方すっごく「幸村」って感じがするんだもの。駄目だった?」

 すると、彼は「いえ」と首を振った。

「これが話に聞くあだ名というやつなのですね。勿論、大丈夫です。某のことは「幸村」と呼んでくれて構わない」

 最後だけきりっとしたよ、こいつ。何やら感動している所申し訳ないが、彼の様子を見る限り、矢張り彼は「幸村」と呼ばれていたわけではないようだ。大丈夫か、こんなことをして。

「大丈夫ですよ。彼も喜んでいるようですし」

 その様を見て、大丈夫かこいつと思わないでもない。もしかしてあれか? 武士の出だから、子供の頃にあだ名で呼び合うような相手もいなかったということだろうか。もしかして幼少はぼっちだった、という哀しい過去の持ち主だったとでもいうのか? ちょっと、止めてよそれ。

 いや、確か幸村は人質同然という感じで預けられていた過去もあったような気がしないでもないから、……って、その先で友達ってできるものなのか!? 何か軽んじられて馬鹿にしてくる糞餓鬼だっている筈だろう。彼が日の者と一の兵である以上、周りから尊敬され畏怖されてきたことは何となくわかる。しかし、彼の感じからするとそこまで親しい付き合いをした相手はいないようだ。

 あと、記憶が確かなら石田三成と直江兼続とは仲が良かった気がするが、それはあくまでも同志であり同士だったということであろう。おいおいおい、それだったら、尚更どこからでてきたよ「幸村」。本当に、真田氏のことを幸村って呼んでいいんだよね。

「大丈夫ですよ」

 再度レティから太鼓判を押されるが、胃が痛くなる思いである。本当に大丈夫か、こんなことで。大丈夫か、私の胃。レティが厄介ごとと言うくらいなのだから、幸村の要件は私にとって本当に厄介なことなのだろう。それなのに、本題に入っていないような今の状況でこんなことになっているのに、私こそ本当に大丈夫なのだろうか。

 きりきりと痛む胃を押さえながら、「それで幸村。貴方の要件って一体何なの?」と尋ねた。すると、彼は思い出したかのように表情を引き締めて「実は」と口を開いた。


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