表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/20

序章

 日本の偉人といえば、私の場合はぱっと頭に浮かぶのは大抵戦国武将だったりする。その筆頭といえば織田信長だろう。

 やったことといえば善政だけではなくって、結構思い切ったえぐいことだってやっていたりもする。それでも尚彼を題材としたゲームやら漫画やら小説等といった娯楽が多いのは、彼のそのキャラクターが魅力であるからに他ならない。それはそう、彼は二次元の上にしてしまうと、日本の故人としては並ぶべくない程にまでキャラが立っているからである。

 他には幕末。坂本竜馬やら新撰組だって人気ではあるが、それでも矢張り戦国時代の魅力には劣る。近年では戦国時代を元にしたゲームや三国志を元にしたゲームが多く排出されている、この事実からいっても間違いはないだろう。つまりは、戦いから身を引いている現代において、己の生き様を賭けた戦いというものはかなり魅力的なのだ。かといって、幕末がいけないというわけではない。彼らも彼らでとてつもなく根強い人気がある。特に土方歳三だとか、坂本竜馬だとかはぱっと見でわかるだろう。西郷隆盛に宮本武蔵だってそうだろう。

 そう、ぱっと見でわかるのだ。

 織田信長を筆頭に、偉人というものは例えその見た目がデフォルメされていたとしても、わかってしまうのである。

 だからそう、私、九十九命は頬を引き攣らせた。たくさんのものにもいのちがある、というような意味であるが歴とした私個人の名前だ。決して中二病なんかではなく、親から授けられた名前だ。因みに、命と書いて「みこと」という読み方は個人的に気に入っていたりもする。……っと、話がそれた。いや、でもこの状況だったら誰だって現実逃避だってしたくなる。それでも尚、真っ直ぐ現実として受け止められる人が居たらその人は勇者だ。それどころか、自殺志願者でしかないだろう。ただの死にたがり野郎だ。

 ――あぁ、これは詰んだわ。

 これは紛れもない本音である。これまで二十数年生きてきたが、これ程にまで強くそう思ったことはない。これ程にまで血の気が引いた思いをしたことなんてない。

 何せ、彼は何処からどう見てもあれである。

 織田信長なのである。

 この姿はどうやったって見間違いようがない。教科書にだって載っているし、いや、確かにちょっと、いや、かなり違っている所は見受けられるが、それでも紛れもなく織田信長だ。姿絵よりもずっと若いしイケメンだ。でも、この全身から発しているオーラ的なものを誤魔化せようがない。

 誰だって解るだろう? ほら、小学生だってパッと見の信長像を見て織田信長だって思うような感じで。だからこそ、そのことに関して間違っているとは思えない。私には彼がどうしてもそういう風に見えるのだ。

 しかし、今はそれどころではない。何故か、彼から刀を向けられているのだ。そう、鼻先に突きつけられているのである。言うなれば皮一枚で触れていないような感じ。つまりは、彼が少しでも動けば刀が皮膚に触れるであろうということだ。

 いや、しかし待て。彼がそっくりさんであるという可能性だってある。寧ろ、その方が確立としては高いのではないか? 彼は信長愛が集ってこんな恰好をしているコスプレイヤーさんで、持っている刀も偽物。だってほら、日本は刀の所持は認めても、刃を晒して持ち歩くことは認めていない。そう考えることが自然だ。うん、ここがどこで私は何でこんな所に居るんだろうという根本的な問題はあるけれど、差し当たってはこの危機を乗り越える方が先だろう。

「あのー、織田信長さんですよね?」

 警戒心を抱かせないように、へらりとした顔でそう尋ねれば、彼は「ほぅ」と面白そうに片眉を上げた。

「いかにも。それにしても、俺の名を知っている? 貴様は何処からかの間者か?」

 渋めな声を聞き、私の思考は一瞬停止した。

 間者ということは、あれか。私はスパイ的な何かに間違われているということか。えっ、まずは領民とかそういう風には考えないわけ? いきなり見ず知らずの女が名前を知っていたら敵なのか? けどさぁ、それを言ったら数百年後の日本なんて皆敵っていうことにならない? だって、貴方の過去は大々的に知られちゃっているんだから。それはもう、生まれた年から主だった人生まで全部。

「答えないということは図星、か?」

「いえ、違います」

 慌てて否定するが、この場面でそれをやったところでどれだけ信用してもらえるのかわからない。私だったら絶対に信用なんてしない。だって、いかにも怪しいからだ。けど、ここで何もせずにぐさりっていうのはちょっと以上に怖い。

「だって、ほら、貴方は有名人じゃないですか?」

「俺が有名人とは貴様は面白いことを申す」

 彼は「ふははははは」と特徴的な高笑いをした。それに伴い、微妙に刀の切っ先がぶれている。ちょっと待ってください。どんな粗相をしたのかわからないですけど、その笑いを止めてください。触れるから。刃が肌に触れるから。

 絶体絶命。私の人生、ここで終わりだろう。寧ろ、死以外のルートがまるで見つからないんですけど。死ぬ未来しか思い浮かばないんですけど。

「成程、面白いことを申す」

 蒼褪めたままの私に彼はそんなことを言ってのけた。

「して、娘。名は?」

「九十九、命」

「ほぅ、姓を持っているのか。これはますます面白い」

 その言葉ではっとした。そうだ、この人が生きていた頃って身分制度があったのである。苗字があるということはそれなりの御家であるということだ。勿論私は現代社会で生きている一般人の家庭の娘である。つまりは、身分なんてものには普段は無頓着なのだ。

「それで、命は何をしていたのだ?」

「何をって、それは……」

 何もしていない。何もしようとも思わない。強いて言うのなら、迷子なのだろうか。ここがどこであり、どうやってここまで来たのかはわからない。それ即ち迷子であるということには変わりがない。

「……迷子です」

 十分に迷ったが、そう告げることにした。ここで格好をつけたところでどうにもならない。それどころか、次に会った人がこの人よりも悪い人であるということだって十分にありえる。そもそも、この人に関しても良い人なのかはわからないが、ある意味身近な人であっただけに親しみが無いわけでもない。

 私の答えを聞き、彼は再び「ふははははは」と笑った。否、嗤ったのだ。

「なら、ついて来い。最寄りの街まで案内してやる」

「あっ、お願いします」

 思わず反射的にそう答えた。

 案外この織田信長は良い奴だったらしい。本当に街まで連れて行ってくれるのかは怪しいが、この際は藁をもつかむ気持ちだ。彼に頼るしかない。

 ちんっと涼しげな音を立てて刀を収められ、私はほうっと息を吐いた。

 何にせよ、命が助かったのだ。儲けものだ。これから先、彼から刀を向けられないように願わずにはいられない。

 歩き出した背中を追い、私は一歩足を踏み出した。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ