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探偵の拳  作者: 大培燕
第一章 恋愛と練哀
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1-6 お前ちょっと甘いぞ

「けど、外部犯の可能性も捨てきれないわよ?」


 確かに、快楽殺人者が森の中を未だうろついて鳴達の殺害を狙っている可能性も、百パーセント無い、とは言い切れない。


「なら、捜査は少数精鋭でやった方がいいな」


 真守が提案する。どうやら鳴と一緒に調査する気は満々のようだ。


「俺は、御免だな。もう、響姉の死体は見たくないんだ。悪いけど、もう嫌なんだ」


 哲也が情けない声で言う。小心の彼にとっては、無理もない事であった。


「悪い、俺もパス」

「私も、ごめん」


 光と渚も調査への参加を回避した。


「甲斐谷君は?」


 鳴は、このメンバーの中で一番判断力のありそうな彼の参加を期待した。だが、


「すまない。俺も、止めておく」


 意外にも彼は参加を拒否した。鳴から見た印象では、一番真相の解明を望んでいる気がしたのだが。


「そう、分かった。無理強いはしないわ」

「じゃあ、俺と鳴の二人だけか」


 真守は参加者を打ち切って、捜査を始めようとした。


「待って」


 だが、鳴は意志を表示していない最後の一人を見逃さない。修太郎である。


「シュウちゃん、どっちなの?」


 修太郎は相変わらず眉間に皺をよせ、険しい表情をしている。


「鳴、ほっとけ。さっさと始めようぜ」


 しかし鳴は先ほどから、修太郎が明らかに他のメンバーとは反応が違う事が気になって仕方が無かった。


「シュウちゃん。調査に参加してくれたら、昨日の事は忘れてあげる」

「おい、鳴!」


 真守が怒気を孕んだ声をあげる。鳴は昔から修太郎に甘いのだ。それが真守には気に入らない。

 それを聞いた修太郎は、顎を指で二、三回さすった後、鳴を数秒見て、真守を数秒見た。そして最後に数秒、涼と目線を合わせると、


「わかった。俺も行くよ」


 あっさりと参加を承諾した。


「鳴、お前ちょっと甘いぞ」

「あら、そう?」


 大胆なのか、危機感が足りないのか。真守は鳴のボディーガードにでもなってやろうかと、本気で考えていた時期もあった。


「よし、出発ね」


 結局鳴、真守、修太郎が調査のためその場に残り、他のメンバーは合宿所で戸締りをして待つことになった。


「修太郎」


 去り際、涼が修太郎に声をかけた。


「何、涼?」

「頼んだ」

「……」


 修太郎は、何も返答しなかった。


                    ******


「ごめんね、響姉ちゃん。ちょっとだけ、調べさせてもらうよ」


 鳴は両手を合わせると、修太郎が被せておいた上着をめくり、調査を始めた。

 響の服装は、上にタンクトップシャツ、下に運動用のハーフパンツというものだった。恐らく寝間着のつもりで持ってきていた物だろう。

 しかし、下のハーフパンツは足元まで脱がされ、下着が露出している状態で光に発見されていた。状況だけみたら、性的暴行を受けたようにしか見えなかった。

 いくら光が女性の体に興味津々な高校生だとしても、冷たくなった死体の衣服を脱がしてみたとは思えない。もしそうなら変態どころか狂人である。なので、恐らく発見まで長時間、この状態で死体は晒されていたと考えるのが妥当だと思えた。


 そこでまず鳴が考えたのは、殺害方法が何か、という事であった。

 仰向けになっている体には、一見したところ刺し傷は無い様に思えた。外傷も、擦り傷以外はほとんど見当たらない。ならば、何が致命傷となったのか。

 首を調べたところ、青々しく指の跡が残っているのを見つけた。恐らく、馬乗りの様な状態になって首を絞めて殺したのだろう。その状況から察するに、やはり強姦だったのだろうか?

 ふと、鳴は自分だけが死体を調べている事に気づいた。


――他の二人は一体何を……。


 真守は、周辺に証拠が落ちていないかどうか、必死に調べている様子だった。一方修太郎はというと、何とボーっと突っ立って真守の方を眺めているだけだった。


「シュウちゃん!」


 ビクッ、と反応した修太郎は恐る恐る鳴の方を見る。彼女の目は座っていた。


「やる気無いなら帰ってよ!」

「ごめん、でも鳴が来いって……」

「言い訳しない!」

「はい……」


 修太郎も真守の近くへ行き、証拠を探し始めた。真守は鬱陶しそうにしていたが、修太郎にしてみれば何かしらやらなければ鳴に怒られるので必死だ。


「まったく!」


 役に立たない修太郎に腹を立てるのも程々に、鳴は調査を再開する。今度は背面を調べるため、修太郎の上着を地面に敷いてから響の体を裏返す。

 すると、後頭部、さらには頸椎の周辺に生々しい裂傷があるではないか。


「何、これ!」


 思わず声をあげてしまったので、真守と修太郎も駆け寄る。


「どうした、鳴……うわっ」


 真守も思わず一歩退いてしまうほどの深い傷だった。切り口が滅茶苦茶になっている事から、大きめの意志か何かで殴ったと思われる。


「なんて、酷い……」


 鳴は犯人への怒りが再燃したが、今は感情的になっている場合ではない。


「真守君。この辺りに血痕のついた石、大きめの石か何か落ちてなかった?」

「それが凶器なのか?」

「たぶんね。昨日は雨も降ってないし、血痕が残ってるはず」

「わかった。探してみる」

「こら!シュウちゃんも探すの!」

「わ、わかってるよー」


 どう考えても手分けして探した方が早いのに、修太郎は頑なに真守と同じ場所を探している。もしかしたら修太郎はとんでもないアホなのではないかと、鳴は若干思い始めていた。


「あ、あった!これじゃないか?」


 真守は死体から十メートル近く離れた草叢の中から、二キロはあるだろう石を見つけた。大きさは直径三十センチぐらいで、先端に血痕らしきものも付着している事を確認した。


「ほら、俺も役に立つでしょ」

「見つけたのは真守君でしょ!シュウちゃんは役に立ってないよ」

「……」


 真守は先ほどまでの怒りも忘れ、呆れ顔で修太郎を見るようになっていた。ここまで足手まといだとは思っていなかったのだろう。


「ねぇ鳴、グチャグチャになってる部分の先、綺麗な切れ目があるね?」

「え?」


 修太郎に言われて鳴も気づいた。石で頸椎を殴打した痕の先の方に、不自然に綺麗に切れ目が入っていた。


「何だろうね」

「何しろ石だからな。先の方は尖って切れ味もあるから、こういう痕も残るんじゃないか?」


 鳴は若干引っかかったが、真守の意見にも一理あったため何も言わなかった。取りあえず一通りの調査は終えた。


「調べられるのはこんなところか?」

「待って、最後に衣服に付着してるものが無いか調べるから」


 特定の個人が持っている物が見つかれば、それが決定的な証拠になる。周辺の調査では見つからなかったため、衣服に付着していればと思い、鳴は響のタンクトップシャツを調べ始めた。


「あれ、この髪の毛……」


 響は、長くなった時には後ろで髪を束ねる程の長髪である。にも関わらず、シャツに付着している髪の毛の内の何本かは明らかな短髪であった。


「眉毛にしては長すぎる。男の髪の毛だな」


 合宿所に帰ってこの長さの髪の毛を持つ人物がいれば、決定的な証拠になるかもしれない。鳴は調査中に指紋が付かない様に使用したハンカチの中に、付着していたうちの何本かを来るんで持って帰ることにした。

 調査が終わると、修太郎が響の遺体を担いで合宿所に戻ることになった。真守が持つと言ったが、修太郎自身が「俺役に立ってないから」と哀愁を漂わせた台詞と共に請け負ったのだ。


 鳴は帰路でも考えを巡らせていた。

 響が倒れていた現場は合宿所から約半キロほどの距離にあった。木々が生い茂っていて合宿所からは目撃不可能。さらに叫び声があっても、セミや鈴虫の鳴き声に混じって聞こえているかどうか。

 果たしてこれは、偶然だろうか?計画的な犯行ではないのか。だとしたら、犯人は響をあの場所か、もっと遠いところに呼び出した事になる。

 その手紙は、処分されてなければ響の部屋にあるはず。後で調べてみなければ……そう鳴は念頭に置いた。

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