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探偵の拳  作者: 大培燕
第一章 恋愛と練哀
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1-4 俺の側に来るな

修太郎が部屋で寝ころんでいると、コンコン、とノックする音が聞こえた。どうやら本当に鳴が来たらしい。


「開いてるよ。どうぞ~」


 この合宿所は古いので、部屋は当然オートロックなどではない。内側から手動でかける以外は、部屋の鍵かマスターキーでしか開ける事ができない仕組みになっていた。


「お、お邪魔します……」

「あ、本当にちょっと違う」


 スッピンと化粧後の違いを『ちょっと』と言われ、鳴は少しカチンときた。


「失礼ね。そこは昔と変わらないよね、本当」

「そこ以外も変わってないよ、俺」


 だが鳴にしてみれば、今と昔、二人の修太郎は天と地ほどの差を感じる。この二年、同じ高校、同じクラスで一緒にいることができたのは幸運だった。でも、期待していた修太郎と一緒にいたとは思っていない。

もしかしたら、二人でいる時は、昔の様に接してくれるかもしれない。鳴が二人になりたかった理由はこれだった。


「シュウちゃん。無理してるでしょ」

「はぁ?」

「それもずっと。たぶん、千鶴おばさんが死んだ時から」

「してないよ」

「嘘」

「してませんよぉ~だ」


 鳴が一番嫌なのは、この喋り方である。国語の教科書の音読が心地良い、昔のハキハキした受け答えはどこに行ったのだろう?


「嘘だよ絶対。馬鹿みたいに明るく振る舞ったり、エッチな話してみたり。絶対無理してるよ!ついでにその喋り方も変!」

「そんなの俺の勝手でしょうが?男の子ってそうやって大人になるもんだよ」

「そうかもしれないけど、私の知ってるシュウちゃんはもっと真面目で、堅物で、誠実で……」

「そうあって欲しいって、鳴の願望じゃないの?それ」

「うっ!」


 図星だった。だが、それを加味しても今の修太郎はおかしい。それだけは鳴にも確信があった。


「中一で俺が引っ越して、偶々一緒な高校になるまで、二年も会ってないんだよ?そりゃ俺だって変わるよ。まぁ、ベクトルは間違えたかもしれないけどさ」

「そ、そんな!」


 鳴は納得できない。人間の、しかも大好きな修太郎の根本な部分が、高々二年程で変わるとはとても思えなかった。


「とにかく!悪ふざけなら今すぐ直してよ!」

「違うってば。そんなことを言いに来たの?」

「えっ」


 鳴は言葉を失くした。


――そんなことを言いに来ました、と言うのはナシですか?


「鳴はさ」

「あ、はい」


 発言を止めた隙に、修太郎に話の主導権を握られてしまった。


「真守の事はどう思う?」

「え、真守君?」


 いきなりの質問、しかも名指し付のものが来たため、鳴は慌てて思考する。

 

――これは、私に意中の人がいるかどうか探りを入れに来ている!


「いい人だとは思うけど、男性としてはどうとも思ってないよ」

「は?」

「え?」


 鳴は困惑した。後半は蛇足だったのだろうか?


「いい人、そう思う?」

「え、まぁ、昔から困った時は助けてくれるし、悪い人では無いと思うけど」

「……」


 修太郎はまた顎を手でさすった。


「真守は鳴が好きだからそうするだけだよ」

「え?」

「ごめん、何でもない。じゃあ哲也の事は?」


 不自然な会話に疑問を呈する間も与えず、修太郎の質問は移行する。こういう強引というか、力技で会話するところは昔から変わっていない。それが鳴には少し嬉しかった。


「鳴?」

「あ、ごめん。哲也君のこと?」

「そう」

「哲也君も同じだよ。自主性が無いのがマイナスポイントだけど、いい人。二人とも、剣道やってる時は結構カッコイイし」

「……」


 修太郎の表情は曇ってゆく。

 

――おやおや、まさかこれはジェラシーを煽ってしまいましたかぁ?


「じゃあ最後、響姉は?」

「は?」

「何?」

「あ、いや」


 どうやら恋愛話では無かったらしい。鳴は恥ずかしさから自分の顔が熱くなるのを感じた。


「響姉ちゃんは本当、誰の相談でも迷わず解決してくれるし、私は今も昔も大好きだよ」

「誰の相談でも、ねぇ」

「え?」


 修太郎の顔が少し悪人面になった気がした。


「分かった。ありがとう」

「なんだったの?」

「別に?間を持たせただけ」

「そう、だったら……」


 今度こそ私が主導権を!鳴が意を決したその時だった。


「ああそうだ鳴、そんなことよりさ」

「え?」


 気合いを入れた発言を遮られ、肩すかしをくらう鳴。


「今の下着は何色?」

「……はい?」

「えい」


 そう言って、修太郎は鳴のスカートをめくり始めた。


「キャッ、ちょっと、やめて!」


 必死で抵抗する鳴。


「いや、教えてくれないからさ。あ、白い」


 下着の確認が終わると、今度は胸を触りだす。


「あ、結構大きい?」

「嫌、ちょっと、離して!」

「思ったより成長してたんだ。へ~」

「嫌ぁ!」

「うおぉ!?」


――ドカッ!


 鳴は油断しきっていた修太郎の懐に入り、背負い投げを決めてしまった。

 修太郎は畳んで積んであった布団へ思い切り叩きつけられた。


「痛って~……」

「何で……?」

「分かったでしょ?これが俺だよ。性欲の塊」

「……バカッ!最低!」


 夢を壊された少女は走って部屋を出て行く。その目には明らかに涙が溜まっていた。


「ふーっ」


 ホッと一息つく修太郎。鳴と入れ替わりに、涼が部屋に入って来る。


「何だ、いたの? 涼」


 呆れ顔で涼が言う。


「お前……アホだろ?」

「……やっぱり?」


 しばらくして真守もやって来た。


「修太郎」

「何?」

「さっき鳴が泣きながら走って行ったが」

「スカートめくっておっぱい触っただけだけど」

「てめぇ!」


 真守が修太郎の胸倉を掴む。


「服が伸びるんだけど」

「お前は鳴に相応しくない!」

「知ってるよ、そんなこと」


――ガコッ!


 修太郎は左頬に真守の拳骨を浴びた。


「……ってぇ~」

「もう金輪際、鳴には……」


 近づくな、と言いかけたところで、真守は気づく。後ろで、涼が只ならぬ敵意を抱いて立っている。


「な、なんだよ、甲斐谷」


 自分が修太郎を責めていたはずなのに、何故か真守は自分が悪いことをしているように感じた。


「四之原。それ以上やったら……」

「いいよ、涼。真守の好きなようにさせてくれ」

「何?」

「頼む」

「……」


 真守は修太郎を掴んでいた手を離す。


「チッ……白けちまったぜ」


 部屋を出て行こうとする真守。だが、


「柔らかかったなぁ、鳴のおっぱい」


 余計な一言を修太郎が言ったために、Uターンしてもう一発顔面に放り込んで、去って行った。


「お前、何で」


 涼が不思議そうに、仰向けに横たわっている修太郎の顔を覗き込む。だが、疑問の答えは修太郎の眼光に書いてあった。


「……分かった。何も言わない」

「本当、お前はいい奴だよ」


 修太郎は涼に向かってニヤついて見せた。


                   ******


「じゃあ、消灯時間は十二時だからね」


 その後、修太郎と涼を除く全員が哲也の部屋に集まってポーカーをしていたが、響は保護者として消灯時間を設定した事を告げた。


「えー、朝までワイワイしちゃダメなの?」

「ダーメ、学生は生活習慣乱しちゃいけません!」

「ケチ」

「何ィ!」


 響は真守にチョークスリーパーを掛けた。


「苦しい!離せって!」


 鳴には、冗談にしては技を掛けている時間がやたら長い様に感じた。結局その初日の夜は、男子の誰も女子にどうこうするという事は無かった。旅行は後四日もあるのだ。じっくり良好な関係を作り上げ、それから告白すればいい。

 そんな風に、考えていたのだろう。誰もが自分の部屋で、ぐっすり英気を蓄えていた、かに見えた。


 そして翌朝。


「おはよう、修太郎」

「おはよー、光」

「顔、大丈夫か?どうしたんだ」

「んー?寝違えたかな」

「どんな寝相だよ……」


 昨日真守に殴られた跡がまだ残っている。だが当の修太郎はまったく気にしていない様子だった。


「それより今日から当番制だよ。朝飯の当番はまだ?」

「蓬生はとっくに起きて準備してるよ。なんか物凄く目が赤かったけど」

「ふーん。哲也はまだ寝てるんだ?」

「ああ。羽柴って朝弱いんだな」

「そうだったような、そうじゃなかったような」


 修太郎は寝起きで頭が働かないのか、容量を得ない答えを返す。


「起こしてくるかー」

「お願いー」

「お前は来ないのかよ~」


 結局、光と修太郎は二人で皆を起こして回った。しっかり起きていたのは二人の他に真守と鳴だけで、後の四人は食堂に降りてきていなかった。


「キャー!!」

「違うって、うわ」


 光が枕を投げられている。どうやら渚はあられもない姿で寝ていたらしい。


「もうけたね、光」

「へへっ、まぁね」


 二人は偉業を成したかの様にハイタッチを交す。


「涼、起きろー」

「うるせーな、もうちょっと寝かしてくれ」

「一応起こしたからね」

「はいはい、自己責任でいいから」


 光が哲也と渚、修太郎が涼を起こした。


「よし、これで全員……あれ?」

「先生がいないな」

「あちゃー、響姉も朝弱いんだった」

「どうする?行けばエロい格好で寝てるかもよ」


 修太郎を光が煽る。確かにその姿は想像に難くない。


「俺はいいや。光に譲って進ぜよう」

「サンキュー!って、別に確定したわけじゃないぞ」


 光は意気揚々と響の眠っているであろう部屋へ走った。階段を上がってすぐの部屋である。コンコン、とノックをするが、返事は無い。


「センセー!朝ですよ!ご飯出来てますよー!」


 それでも、返事は無い。

 鍵もかかっている。マスターキーを取ってきて突入したいところだが、夜這いを防ぐためにマスターキーは昨夜から保護者である響が預かっていたため、入れない。


「修太郎、どうしよう?入れないや」


 再び食堂で修太郎に相談しに来た光は、一瞬修太郎の表情が強張ったように感じた。


「じゃあ外じゃないかな。涼はどう思う?」


 修太郎が涼に意見を求める。


「お前と同意見。恐らく外で散歩だ」


 涼がそう言うと、哲也が提案する。


「じゃあ用意できてるし、先に食べる?」

「お前は準備してないだろうが」


 真守のツッコミが入るのと同時に、鳴が怒りだした。


「酷いこと言わないでよ、哲也君。無理言ってついてきてもらっといてその扱いはおかしくない?」


 鳴の眼は赤かった。昨晩泣き腫らしたためである。


「わ、わかったよ、冗談だってば」


 その迫力に、哲也が慌てて提案を撤回する。


「じゃあ探しに行って来てよ」


 渚が男性陣に指示を出す。


「お前は行かねぇの?」

「女性の手を煩わす気?」

「おいおい、未だにお嬢様気分かよ」

「何ですって!」


 遂には涼と渚が喧嘩を始めようとする始末。これに鳴の堪忍袋は限界に達した。


「もう、やめてよ!いいわ、埒が明かないから私が行く」


 すると真守が、


「おい待てよ、一人で行く気か!」

「そうよ。皆がグズグズしてるからよ。一人の方がよっぽど早いわ」

「待てよ、蓬生。俺も行く」

「俺も」


 光と真守が名乗り出る。


「来るなら勝手にして」


 鳴は小走りで出て行ってしまった。真守が慌てて追い、光がそれに続く。

 渚は、『フン』と言ってから、腕組した状態で黙ってしまった。修太郎と涼は、行かなかった。


「修太郎、行かなくていいのか?」


 哲也が不思議そうにしている。


「何で?人数は十分じゃない?」

「いや……何でもない」


 話題が無いのか、それから一時間、食堂にいる四人は一言も会話をしなかった。


「……遅いわね。いくらなんでも」

「何かあったんじゃないのか?」


 渚と哲也が不安に思い始めた。


「何かって、何?」

「野生動物に襲われたりとか」


 確かに、こんな山奥では有り得ない事ではないだろう。渚はその可能性に気づき身を震わせた。


「有り得るね。涼、俺が見てくるからお前はここにいてよ」

「了解だ。行って来い」


 涼がウィンクをした。修太郎は哲也の方も見たが、何も言わずに行ってしまった。哲也は自分が信頼されてないかのような扱いを受けたので、気分を悪くした。


            ******


 十五分くらい走り回ったところで、修太郎は鳴と遭遇した。


「いた?」

「いない」


 それだけ言うと、鳴は再び走ってどこかに行こうとした。


「ちょっと、待てって」

「ついて来ないでよ、変態!」


 鳴は昨晩の出来事を許してはいなかった。

 しかし修太郎の足は速い。鳴はものの五分で引き離せなくなってしまった。


「待てってば」

「ついて……ゼー、来るな……ゼー」

「熊が出るんだって、この辺」

「く、熊ぁ!?」


 これは修太郎の嘘ではあるが、方便であった。修太郎以上に獣に襲われる危険を考慮した鳴は観念して、修太郎と一緒に行動することにした。


「最低男。体にはもう、触らせないから」

「この状況でそんなことしないよ」


 息を整えながら歩いていると、奥の方に人影が見えた。光だった。


「神崎君!見つかった?」


 光の姿が近づくにつれ、彼の顔面が青白くなっている事に気づく。


「一体どう……!?」


 鳴は自分の顔から、血の気が引くのを感じた。そしてその場にへたり込む。


「うそ……」


 近づけば、どうしようもないほど強烈なリアルを頭に叩き込まれる。そんな恐怖が、確実性を伴った予感が、鳴の体を地面に縛り付ける。

 しかしそれでも、修太郎は走り出した。


「シュウちゃ、ま、待って……」


 鳴は追いかけようとするが、腰が抜けて動けない。


「しゅ、修太郎、俺、俺……」


 光を無視して、修太郎は半裸で寝転がっている響の脈を確認しようと手首に触れた。

 だが、その瞬間に伝わった彼女の、彼女だった物の体の冷たさが、絶命の事実を告げていた。


「鳴!俺の側に来るな!」


 ようやく立ち上がろうとした鳴を声で制止する。この光景を間近で見せたら失神してもおかしくはない。


「し、死んでるの?」


 恐る恐る尋ねてみる鳴。


「………」


 修太郎は答えない。それが、その雰囲気が何より雄弁な答えであった。


「嘘……そんな……嫌ぁぁ!」


 昨日まで、ピンピンしていた彼女を。姉の様に慕っていた彼女を目の前で亡くしたショックは、あまりにも大きく……鳴は大声で泣き始めた。

 修太郎は、そんな彼女の姿を、ただただ眺めていた。

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