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探偵の拳  作者: 大培燕
第一章 恋愛と練哀
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1-3 陥落させます

「あれ、どれがマスターキーなんだか……形が一緒だから分かりにくいわね、これ」


 自分の持っているキーとマスターキーの区別がつかず、響が悪戦苦闘してようやく合宿所の入り口が開いた。泳ぎ疲れた一同は、合宿所に戻って順番にシャワーを浴びた。浴槽はそこまで大きくないので、数人が組になって順番に使用した。

 女子二人と響は、三台あるシャワーを一緒に使っていた。


「ねぇ、二人とも」

「なんですか、先生」

「誰を狙ってるの?」

「えっ」


 虚を突かれた鳴が言葉を失くす。


「部活を休んでまでこんなところに来るんだもの。当然、狙ってる男子がいるのよね?」

「いや、私はただ……」

「七里君です」


 渚が衝撃の発言をする。


「はい?」

「七里修太郎君を陥落させます。この旅行中に」

「かん……らく……?」


 鳴は口をパクパクさせている。


「え、えぇ?シュウちゃん?」

「はい。『シュウちゃん』です」

「あ、あんなオタクくさい、修太郎でいいの?」

「オタクとは失礼な。知識が豊富なだけだと思いますが」

「へ、へぇ……わ、私てっきり、漆原さんは真守とかかと思ってたなぁ」


 鳴はもちろんの事、予想外の回答に響まで困惑している。


「スポーツマンって人種は自信過剰で、自分の事しか考えていない。広い心を持てない事を知ってますから。あの男で懲りました」

「か、甲斐谷君のこと?」


 鳴は恐る恐る割って入ってみる。


「そうよ。あいつ、結局何から何まで部活部活って、私のためには何もしてくれなかった。私に構う余裕が無いって言って、本当に無いのは人としての器よ」

「ちょっと!そこまで言わなくても」


 響が声を荒げる。


「余裕なんて、努力して作るものでしょう?それを思いつかないなら、そこまでの人間ですよ、あいつは」

「いや、甲斐谷君は期待込められてるから、それに応えようと必死なだけで……」


 鳴がフォローを入れるが、渚は止まらない。


「それに引き換え七里君には、人に優しくできる余裕を感じます。自分の一部を犠牲にして、人の気分を良くしてくれる。どこかの誰かとは違って」


 響はカッとなった様子で言った。言ってしまった。


「言っておくけどね!修太郎は昔からずっと鳴のことが好きなんだからね!」

「……は?」


 渚が鋭い目を鳴に向ける。


「ちょっ、響姉ちゃん!?」

「そこんとこ勘違いしちゃだめよ!漆原さん!」


 だが渚も負けていない。


「昔の話でしょ?どうせ結婚する約束したとか、幼馴染特有のエピソード止まりなんじゃないの?」

「なっ!」


 図星だった。というか、鳴が思春期の序盤に差し掛かっているところで、修太郎は引っ越してしまったのだ。恋愛もクソもない。


「とにかく!私は七里君にいきますから!全力で!」


 そう宣言すると、渚はさっさと体を流して脱衣場に行ってしまった。


「鳴」

「はい?」


――パチン!


「痛っ!?」


 呆気にとられて口を開けている鳴に平手打ちをかます響。


「負けるな!」

「え、あ?は、はいっ!」


                   ******


 夕食は、屋上にあった設備を使ってバーベキューをやることになった。

 光は鳴に、哲也は渚に焼けた肉を回している。涼と真守は自給自足、修太郎は響のために肉を焼いていた。


「ご飯足りないね。俺、炊いてある予備取って来るよ」


 そう言うと、修太郎は一階のキッチンに走って行く。余ったら冷凍して明日のためにとっておこうと思って炊いておいた白飯であったが、一同の食べるペースからして余りそうもなかった。

 キッチンに置いてある炊飯器を丸ごと持って、屋上へ戻ろうとする修太郎。エレベーターが無いため、結構な重労働である。


「手伝おうか?」


 声がしたので修太郎が振り向いてみると、そこに渚が立っていた。


「いいよ、重いし」

「でも、修太郎君あんまり重い物持たないでしょ?この腕じゃ……」


 そう言ってさりげなく修太郎の腕を触る渚。

 驚いた。細く見えた見た目に反して、触ってみると太く、硬い。


「ね?大丈夫だよ、漆原さん」


 文芸部なのに、引き締まった体。このギャップに、増々渚はキュンと来てしまったらしく、さらなるアタックをかける。


「ねぇ、七里君」

「ん~?」


 真剣な面持ちの渚に対し、間の抜けた返事をする修太郎。


「どんな女の子がタイプなのかな?」

「おっぱい大きい子」


 即答だった。


「どれぐらい?」

「D以上」

「あるよ」

「へ?」


 そう言うと渚は修太郎の手を取り、自分の胸へと押し付けた。


「私ので良ければ、いくらでも」

「おおう……」


 願っても無い事なのだろうか。修太郎は思うが儘に二、三回渚の胸を揉むと、


「御馳走様。もういいや」


 あっさりと手を離そうとする。予想外にアッサリとした反応に、慌てて渚は自分の要求を告げる。ここまですれば十分、自分のペースになると踏んでいたのだ。


「待って。見返りを頂戴」

「ご飯しかないよ?」

「ここでキスして」


 参ったな、という表情を浮かべる修太郎。


「戻ろうよ。皆ご飯を待ってる」

「なら、早くして……」


 そう渚が催促した瞬間、彼女は背筋にネズミが走ったような悪寒に襲われた。修太郎の纏う空気が、それまでとまるで違う。


――えっ?


「……離せ」

「あ、うん」


 高く陽気だった男の声が、いきなり低く冷たい声色に変わったため渚は虚を突かれてしまった。さらに眼鏡越しの眼が三白眼に変わった気がして、思わず体が強張り手を離す。

 それを確認するとまた修太郎はニコリと笑い、


「戻ろうか。漆原さん」

「う、うん」


 修太郎は炊飯器を持って階段を上って行った。

 渚の心臓は、周りにも聞こえる程に大きな音を立てていた。


                 ******


 バーベキューが終わると、女性陣、男性陣の順で風呂に入り、後は各自自由時間という事にした。

 女性陣が入浴している間、食堂では恋愛話で持ちきりだった。


「どっち狙ってんだ、なぁ?」


 この合宿に来た時点で、男になりに来ているのである。しかし、男子の総人数五人に対して、女子の人数はたったの二人。当初はもっと来る予定だったのだが、様々な要因が混ざり合いこの人数になった。

 よって、二人の女子の争奪戦が男性陣五名の間で繰り広げられることになるのだ。


「羽柴は漆原だよな?」

「え、ああ、その……」


 哲也は好意を持っても、それを伝える度胸は持っていない男だった。


「四之原は?」

「俺は鳴」

「えっ、四之原って蓬生狙い?」


 光と真守が競合してしまった様だ。


「別にいいだろ、決めるのは鳴だ」

「うう……」


 光と鳴は所属する部活は同じであるが、幼馴染の真守と比べると些かアドバンテージとしては弱い気がした。


「修太郎! お前は!?」

「響姉に三千点!」


 浴場に聞こえかねない大声で答える修太郎。


「今はボケいらないんだよ!」

「はらたいらさん……。何もかも皆懐かしい……。」


 光と修太郎の操るネタは、基本的に古い。だが今の光は修太郎とのコンビネーションより恋愛話の方が重要であった。


「甲斐谷、お前は……別にいいか」

「何でだよ」


 涼は会話に混ぜてもらえないのが若干不満の様だ。


「だってお前もう卒業してるだろ?」

「まぁな」

「もういい! 死ね!」

「ひでぇなオイ。んじゃ修太郎、屋上に涼みに行こうぜ」

「いいよ~」


 長野の山中深くにある合宿所はどこにいても大抵涼しいのであるが、屋上は別格である。二人は屋上へ行ってしまった。


「あ~あ、甲斐谷の奴さえ来なけりゃなぁ」


 涼の姿が見えなくなった事を確認した後、光が愚痴を漏らす。

女子の参加人数が少ないのは、涼が原因であった。すぐに手を出すと評判の悪い涼の参加が決まるやいなや、あと三人いた女子の参加がキャンセルとなったのだ。


「しょうがねぇだろ、甲斐谷が来ないと修太郎が行かないって言うんだから」

「修太郎が来ないと不味いのか?確かにいた方が楽しいけどさ」

「修太郎が来ないと鳴が来ねぇんだ、これが」

「おい、それって」


 真守は鳴が修太郎に惚れている事を知っていた。それでも、彼にはまだ余裕が感じられた。


「大丈夫。鳴がいくら一途でも、修太郎は鳴のことはこれっぽっちも想っちゃいないから」


 哲也が自信ありげに答える。光は半信半疑だったが、真守の焦っていない素振りから少しは安心した様子であった。


「なら、まだ分からない、か?」


 とはいえ、恋敵が友人という事で気が重くなった光は、大きく溜息をついた。少しして、浴場から響が戻って来た。


「あれっ、甲斐谷君とシュウちゃんは?」

「屋上に涼みに行ったよ」

「そっか。私も行こうっと」


 響はそのまま屋上へ上がって行った。風呂上りの彼女の歩く様子を見て光が漏らす。


「この際、先生でも……」


――パコン!


 光の頭を真守が丸めたスーパーの広告で叩いた。


                   ******


「で、やんのか?」


 屋上に寝転がっている涼が修太郎に喋りかける。


「決まってるだろ」


 修太郎が応答する。


「フォローを頼む、涼。それだけでいいんだ」

「蓬生はどうするんだ?」

「鳴は俺で何とか」

「待て!」

「……ッ!」


 人の気配を感じた修太郎はハッとして入り口を振り向いた。入口に響が立っている。


「なんだ、響先生かよ」


 涼は寝転がった状態から勢いをつけて起き上がる。

 響は驚いていた。

 二人が何を喋っていたかは分からなかった。ただ、今目の前で見た修太郎は、昼間の、いやここ数年の子供っぽさが一切感じられなかった。まるで、小学生が急に大人になったような……。

 フラフラと、響は修太郎へと歩み寄る。


「どうしたの、響姉……?」


 響は修太郎を抱きしめた。昼間の様に、乱暴に、適当に、ではない。優しく、包み込むように。母親が、我が子を抱くように丁寧に抱きしめた。


「……」


 修太郎も、涼も黙っている。


「シュウちゃん。辛かったね。頑張ったね。ごめんね……」


 響は泣きながら修太郎を抱きしめている。


「響姉」


 修太郎も丁寧に、右腕、左腕の順に響の手を解いて行く。


「俺は何も辛い思いしてないし、自然に生きてきただけだから」


 そう言ってニコリと笑うと、涼の方へ歩み寄り、


「後は任せるよ」


 そう言って肩をたたき、下の階へと降りて行った。


「ああ、分かってる」


 そう涼は返答すると、泣き続けている響に近づいた。


                   ******


「ハッ、やっぱりそういう事かよ」


 階段を上がっていた鳴は、降りてくる人物がそう言うのを聞いた。降りてきたのは、修太郎だった。


「あ……」


 鳴は、不意に一歩退いてしまった。眼鏡越しに見える彼の目が、笑っていない。


「シュウちゃん……屋上は、もういいの?」


 鳴に気づくと、修太郎は慌てていつもの調子を取り戻す。


「う、うん。もう戻ろうと思って」

「甲斐谷君は?」

「まだ屋上」

「そう」

「鳴も?」

「あ、いや」


 鳴はモジモジしながら答えた。


「し、シュウちゃんと、話したいなって」

「あ、そう」

「へ、部屋に行っても、いい?」

「はぁ?ここでいいじゃん」

「へ、部屋が、いいの……」

「ほぅ?」

「だ、ダメかな?」


 修太郎は顎を手でさする仕草を見せた。そして数秒沈黙した後、


「分かった。いいよ」


 意外にアッサリと応じてくれた。


「あ、じゃあ二十分後に」

「え、今じゃダメなの?」

「今スッピンだよ!?見てわからない!?」

「え?ご、ごめん」


 渚が本当に積極的な行動に出始めたため、鳴も少なからずピリピリしている。女の気迫に一瞬気圧されてしまった修太郎だった。

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