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探偵の拳  作者: 大培燕
第一章 恋愛と練哀
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1-2 そんなに違うのか

「おせ~よ!響姉!」


 車から降りた鳴達に飛んで来た第一声がこれである。三十分も前に真守達の乗る車は到着していたのだ。


「どいつもこいつもうるさいっ!ここまで連れて来てやった功労者に対してそれかい!」

「ご苦労様、響姉」


 真守と打って変わって優しい言葉を投げかけたのは、修太郎である。


「シュウちゃ~ん!あんたは相変わらず可愛いげがあるね~!」


 響が修太郎を抱きしめる。響は昔から愛くるしかった修太郎を抱きしめるのが習慣であった。


「新谷せんせ~、修太郎がおっぱい触ってますよ~」

「なっ!?」


 光の声に反応して、響が咄嗟に修太郎から離れる。修太郎は舌打ちをして光を睨み付けると、


「くそっ、光め!余計な事を!」

「なぁんでこんなおっぱい星人に成長したかなぁ、修太郎は」


 真守が呆れたように言う。


「でもそんなシュウちゃんもいいかも~!」


 胸を触られてもなんのその。再び響が修太郎に抱き着こうとしたところで、


「はいはい、もういいでしょ。早く行きましょうよ、新谷先生」

「あ、はい……」


 渚の一言で我に帰ったのか、トボトボと橋へ向かって歩き出す響。一同は笑いながら響に続いて行く。


「じゃあ坂本さん、帰りは三日後の朝ね」

「かしこまりました」


 そう言って坂本さんは車をターンさせ、帰って行った。


「しっかし、響姉は相変わらずだな、哲也」

「ほんと、先生なんかなれるのかね、あれで」


 哲也がポツリと漏らす。響は教育学部に通う教師の卵である。現在は鳴達の高校に教育実習生として来ている。


「あれでなかなか、いい先生になると思うよ」


 鳴は響の裏表のない、明るい性格に全幅の信頼を置いていた。彼女なら、生徒の相談にも真っ向から向き合えるだろう。


「シュウちゃんも、そう思うでしょ?」


 鳴は修太郎に同意を求めた。


「……」


 だが修太郎は、明らかに表情を曇らせた。


「シュウちゃん?」


 鳴の声が耳に入るとハッとした表情をした後、


「うん、あれはなかなか……」


 そう言って修太郎が何かを揉むようなジェスチャーをして見せる。


「そっちかよ!」


 そう言って光が修太郎の頭にチョップを浴びせる。二人はクラスの中でもこんなやり取りを即興でやってしまう名(迷?)コンビである。彼に限らずクラスの中では、修太郎は誰とでも親しそうにしている。

 だが、幼馴染の鳴は、修太郎の今のキャラクターに違和感を覚えていた。


――今のシュウちゃんは無理をしている気がする。さっきの表情といい、私の知らない何かがあるの?


「そんなに違うのか、今の修太郎は」


 ハッ、として横を見ると、いつの間にか涼が立っていた。


「な、何の話?甲斐谷君」


 心を読んだかのような涼の質問に鳴は動揺した。どうやら、それほど分かり易い表情をしてしまっていたらしい。


「昔と今と。そんなに修太郎は違うのか?高校からの付き合いの俺には、よく分からないからさ」


 百八十センチを超える巨漢から、耳元で発せられる低い声はあまりにもセクシーだった。数多の女が虜になったのも頷けるほどに。


「昔は、あんな誰にでも愛想よくしてなかったし、あんなスケベじゃなかった。あと、眼鏡もかけてなかった。それだけよ」

「ふ~ん。でも、それなら今の方がいいんじゃないか?」

「そうかなぁ」

「社交性が身に着いたんだろ」

「涼!早く~!」


 当の修太郎は二人の遥か先に行っており、涼と話したがっている様子だった。悪いな、と言う顔を鳴に見せた後、涼は橋の上を早足で渡って行ってしまった。ただでさえ体重の重い涼が、食料などの荷物を持って走ったおかげで、橋は心もとなく揺れた。

 涼が去った後で、鳴は再度呟く。


「昔の方が、いいもん……」


 修太郎は、母親が死んだあの日から、仮面を被り続けている。少なくとも鳴は、そう感じていた。


                     ******


 到着してみると、用意されていた合宿所は想像と違い、なかなかいい建築物であった。

 コンクリートの造りで、縦長の三階建て。屋上は物干し場兼物置となっている。昭和の頃に近隣の学校の寮として使っていた物件を、鳴達の高校が引き取って合宿所としたとのことだった。見た目からして耐震構造がちょっと心配だが、何にせよ部屋は多そうだ。


「うお、結構広いなぁ」


 調べてみると、一階はキッチンと食堂、風呂場及び多目的スペース、二階と三階が宿泊部屋となっていた。屋上には洗濯機と物干し竿が置いてあった。橋のオンボロ具合からもっと酷いものを想像していたため、これからの三泊四日に胸が躍る一同。

 特に運動部の活動を無理に休んできている涼、渚、真守、哲也は意地でも有意義に過ごしなければ勿体ないという思いがあるに違いなかった。その点では文芸部の鳴、修太郎、光は気楽なものである。

 部屋には二人分の布団があったが、部屋の多さから一人一部屋使うことになった。二階の八部屋だけで足りるため、三階の部屋は使わない事にした。階段は全体の左端にあり、手前と奥に一部屋ずつ存在する構造となっていた。

 手前側は左端から響、渚、鳴、光。奥側は哲也、真守、涼、修太郎という部屋割りとなった。

 荷物を部屋に置くと、時計は午後二時を回ったところだった。


「げっ、通りで腹が減るわけだよ~」


 光が文句を言いながら響に目をやる。到着が遅れた事を咎めている様子だった。


「こら~!そんなこと言うと、この昼ご飯あげないぞぉ」


 響はこんなこともあろうかと、地元のスーパーで惣菜を大量に買ってきていたのだ。今から昼食を作ると非常に時間がかかるため、空腹の一同にとってはファインプレーと言えた。


「さっすが響姉ちゃん!大好き!」

「響姉!俺だけは信じてたよ!」


 すぐさま鳴と真守が掌を返す。


「はっは、ようやく先生の偉大さに気づいたか、愚かな生徒共よ!」


 自慢げな響をほどほどに褒めてから、思い思いのメニューに手を伸ばす鳴達。鳴は好物の焼き餃子に手を伸ばす。が、


「あっ……」

「うっ……」


 修太郎と競合してしまった。


「分かった。それは鳴が食べていいよ」


 修太郎はあっさりと引き下がった。焼き餃子を手に入れた鳴だったが、飽く迄好き、というレベルであって、修太郎にとっては大好物のはずだった。亡くなった母親の得意料理である。

 手を引くその瞬間、修太郎の眼鏡越しの眼は、悲しみを内包しているように鳴には感じられた。

 だが、たかが昼食で細かく考えても仕方がないと開き直り、鳴は勝ち取った焼き餃子を口の中に放り込むのであった。


               ******


 食事を終えると、休憩してから川に行こうという事になった。橋の下に流れている川は、足が下に届かないほど深いことを先に到着していた真守達が確認済みだった。この事実を伝えると、即座に賛成票は過半数に達した。


「ということはですよ、修太郎さん」

「わかっていますとも、光さん」

「「女子の水着姿が見れるってこと!」」

「イヤッホォウ!」


 修太郎と光の漫才を他所に、時間短縮のため他の男子メンバーは早々と着替えを終えていた。


「アホな事やってないで、早くしろよお前ら!」

「イエス、サー!」


 真守にしても、昔はクールだった修太郎の今の間抜けた雰囲気にはやはり違和感を覚えざるを得なかった。とはいえ、二年も同じクラスだったのでもう慣れたものだが。真守がまだ修太郎の母・千鶴の門下生だったころ、修太郎と組手で向き合うと勝てるビジョンが見つからなかったものだった。

 だが、今の修太郎は腑抜けになってしまったらしい。こうして近くにいても、何のすごみも感じさせてくれないではないか。真守は今剣道部だが、修太郎と立ち会ったら忽ち倒してしまう自信があった。


「お待たせ~」

「おお~!」


 男子が待っているところに、女子メンバーが着替えを終えてやって来た。早速、川へ降りてみることになった。

 橋の下は崖になってはいるものの、合宿所の向かい側の崖には木の階段が設置してあり、降りられるようになっていた。


「うわっ、冷た~い」

「深くて泳ぎ易そう!いいところね、ここ」


 そう言ってはしゃぐ女子二人の姿を、横目で見る真守達。


「す、すげぇな、哲也」

「う、うん……」


 鳴と渚が、あんなに露出の激しい、布の占める面積の少ない水着を持ってくるとは思っていなかったため、男子達はすっかり緊張してしまっている。


「そうかぁ?普通だろ」


 いつも通りなのは女性経験が豊富そうな涼だけである。


「甲斐谷、これが普通ってお前普段どんなだよ……?」


 光は涼と話しながらも、二人から目を離せない。


「えいっ!」

「うわっ!」


 見られているのに気付いたか、渚が光に水をかけてきた。


「やったな、漆原!それ!」

「きゃあ~!」


 光が応戦したのを皮切りに、男子と女子が混ざり合って遊び始めた。結局じっとしているのは修太郎と涼だけである。


「あれを見て動じないとは。涼はさすがだねぇ」

「お前こそ全く見てないじゃねぇか」

「いや、俺はあっちを」


 修太郎の目線の先には、念入りに準備体操をしている響の姿があった。ビキニを着てはいるが、鳴と渚に比べたら幾分目に優しい方だった。


「お前、胸があれば何でもいいのかよ」

「うん」

「蓬生も苦労するわ、こりゃ」

「え?何か言った?」


 涼の独り言を対して気にも留めず、響の胸を注視する修太郎。そこで涼は一言だけ、


「まぁ、俺は分かっているが、ほどほどにしてくれ」


 それを聞いた修太郎は、響を見るのをやめた。


「……分かった。悪かった」

「いや。お前の苦労も分かる。気にするな」

「迷惑はかけないよ」

「どうだかな」


 その会話は、鳴の耳にもギリギリ届いていた。

 この時の鳴はこの二人のやりとりの意味が、全く分かっていなかった。唯一思ったことは、せっかく気合いを入れて露出の多い水着を買ってきたのに、何故修太郎は見てくれないのか、ということだった。


――結構恥ずかしいんだぞ、これでも。

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