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探偵の拳  作者: 大培燕
終章
25/25

鳴さん、報告があります

「おはよー、鳴」

「おはよー」

「今日の英語、本文訳した?」

「は、半分は……」

「あーもう!見せてもらおうと思ったのに!」


 十月。私はクラスメイトといつもの会話を交わす。


「ふぅ……」


 長距離を自転車で通わなければならないため、高校に到着する頃には息が上がってしまっている。

 刑事や探偵は足で稼ぐ稼業だし、やっぱりには向いてないのかも……。

 収束を向かえたあの事件も、結局自分の力で解決は出来なかった。収束したのはシュウちゃんの巧みな罠によるものだ。


 お父さんの話だと、全てを失った真守君は茫然として、警察の取り調べに全てを話した。

 私の録音した音声ファイルや、その後の捜査で見つかった色々な証拠が決め手となり、正式に逮捕されたそうだ。

 私達の捜査の時に、シュウちゃんが真守君にずっとくっ付いていたのは、彼の行動を制限して証拠を隠滅させない狙いがあったらしい。おかげで、小さな証拠が結構残っていた。千鶴おばさんの殺害も認めた真守君は、少年院に送られた。

 近所の噂では、お父さんから縁を切られたとか、切られてないとか。真守君のお父さんは責任はしっかり取る人だから、きっと切られてないだろう。

 そんなこんなで、事件は一応終幕したのだ。


 あの事件から二か月。学校にマスコミも来なくなり、ようやく元の生活が戻って来た。

 響姉ちゃんや甲斐谷君、哲也君の葬式の時はあんなに涙を流したのに、今はもう悲しみが風化してしまっている。本当に、時の流れと言うのは残酷だと思う。シュウちゃんはよく四年も悲しみを持続させたなぁ。


 そのシュウちゃんだが、正当防衛が認められ無罪放免。しかし脇腹を刺されたので9月いっぱいまで入院生活を余儀なくされた。

 その後、学校に復帰したが元々死神扱いされていたシュウちゃんの事。新たに三名の死亡と一名の逮捕に関わってしまった今、死神の異名は全校に知れ渡ってしまった。伊達だったらしい眼鏡もかけるのを止めた上、板についてしまった三白眼も手伝って、もう見た目は不良そのものである。ドリフみたいだった例のキャラクター作りも止めてしまい、一部を除くほとんどのクラスメイトが近づけない異様な存在となった。


 それでも学校には来るし、成績もいい。文芸部にもたまに顔を出す。だから本人にはそれほど苦になっていないのだろう。と、私は思う。だって、私が知る限りではこれが本来のシュウちゃんなのだから。

 けど困ったことに、私とまで話さなくなってしまった。どうしたことか、私を見るやいなや目を見開いて、逃げて行ってしまうのだ。何もした覚えは無いのだが。演技とはいえ私もエッチな事されたから、気を使っているのかな?


 このままではいけない。なので今日は部活をサボって、シュウちゃんを尾行してみることにします!


                     ******


 チャイムが鳴ると、今日は文芸部に出ないらしく、彼はさっさと教科書を鞄に入れて教室を後にしてしまった。ほぼ毎日こうなのだが、私は気の合う友達がいないからだと思っていた。

 しかし昼休みは仲良くしてくれる(ほんの一部の)友達と喋っているため、そういう訳でもないらしい。

 下駄箱に向かった。どうやら今日も部活には出る気は無いらしい。まぁ、私もそうなのだが。

 歩いて校門を出て行った。私も自転車で……。

 いや、自転車は不味かろう。目立ちすぎる。刑事を目指す者として、ここは歩いて尾行すべきだ。

 三十メートルくらいの距離を保ち、姿を見失わない様に後をつける。


 途中、コンビニに入った。どうやら少年誌を立ち読みしているらしい。

 二十分後、驚くべきことに何も買わずに出てきた。店側もいい迷惑だろう。

 とりあえず子供の頃からマガジン派なのは変わっていないらしい。ちょっと嬉しい。


 その後は本屋によって小説を立ち読みしたり、レンタルショップに行って新曲を試聴したり、とにかくお金を消費せずに楽しむだけ楽しんでいた。面の皮の厚さが羨ましい。

 その内どんどん私の家とは逆方向に進んでいくので、何度か帰ろうかと思ったが何とか踏みとどまった。

 途中の自販機で、彼は遂にお金を消費した。コーラを一本買っていた。どうせならさっきのコンビニで買ってあげて欲しかった。


 その後も歩きつづけ、到着したのはお墓だった。ここは不味い。私の涙腺がまだ慣れていない、甲斐谷君のお墓だ……。

 コーラの栓を開けて墓前に供えると、漫画やドラマの様に何かを喋りかける事無く、こっちに引き返してきた。

 不味い!

 数分は留まると思っていた私は、まさかのノータイムで引き返してきた彼の追走を振り切る事が出来なかった。


「何してんだ、お前は」

「いや、たまたま方向が一緒で」

「逆だろ、お前の家」

「うう……」


 刑事になる人間として嘘はつけない。正直に尾行していたと伝えた。


「恐いです。やめて下さい」


 バッサリと斬られた。あれだけ奇行を繰り返していたシュウちゃんに言われると、なんか屈辱的だ。


「というか鳴、自転車どうしたんだ」

「あっ」

「まさか学校に?」

「そのまさかです」


 心の底からの呆れ顔を見せつけられた私は、若干ブルーになった。アホキャラを演じていた頃の彼が懐かしい。これでは私がアホではないか。結果、自宅に帰りかけの彼を学校まで引き返させることになってしまった。断ったのだが、『もう暗いし、女一人は危険だろ』と言って聞かなかった。これも嬉しかった。


「……」

「……」


 長い沈黙が続く。居づらい。しかしせっかくなので、思い切って話しかけてみる。頑張れ、私!


「あのさぁ!」

「うわっ、何?」


 緊張して声が大きくなってしまったため、ビビらせてしまった様だ。


「最近、学校楽しい?」

「いんや。楽しくない」


 楽しくないのか。


「友達が減ったから?」


 あんな事があった後だから仕方がないが、神崎君や漆原さんとはもう話さなくなっていた。


「元から友達じゃないからな。それは関係ない。それに全くいないわけでもない」


 どうやら陰口に関しては気にしていないらしい。


「じゃあ何で?」

「別に。何となくだよ。楽しい理由が見つからないだけ」


 相変わらず要領を得ない。だからこそ彼らしい答えだと思った。


「でも、無理しなくなったよね」

「まぁな」

「気持ちいいでしょ。素の自分を出せるのって」

「そんな事を言うためにストーキングしたの?」


 ストーキングとか言わないでほしい。私はあくまで尾行しただけなのに。


「文芸部の人たちももっと話したいっていってたよ。素のシュウちゃんと。神崎君はどうか知らないけど」

「俺は、別に話さないわけじゃない。来るものは拒まないよ」

「じゃあそう言っとく」

「やめろ!」

「何でよ!?」


 素の彼は群を抜いてシャイなので、扱いに困る。あのエロキャラも良く演じてたなぁ。本当はあれも素なのでは?


「友達なんかいなくたって俺は生きていけるんだよ」

「そんなこと人前で言わないでよ」

「涼みたいな、本音で喋るやつだけでいいんだ」

「……」


 甲斐谷君の前だけでは、素の自分になっていたのか。


「あいつに、真守を殺すのを手伝ってもらうはずだったんだ」

「そうなんだ」

「あいつには全て話してたからな」

「本当に信頼してたんだね」

「クラスで信用してたのはお前と涼だけだったからな」


 おお?中々嬉しいことを言ってくれるじゃないの。私、涙が出そうだよ。


「あいつが死んだのは俺のせいだ」

「だから墓参りを?」

「そうだよ」

「でもね。甲斐谷君がいても、きっと最後には止めてたと思うよ」

「何?」


 きっと彼の事だから、同情はしていても馬鹿馬鹿しいと思っていたに違いない。結局仲良くはなれなかったけど、人に優しく出来る人だったと思うから。


「まぁ、そうかもしれないな」


 意外とアッサリと納得した。


「俺も、真守を殺さないで良かったと、今では思ってる」

「へぇ?」

「何だよ」


 真守君は少年法に守られて死刑を回避したため、絶対『殺しとけば良かった』と後悔してると思ったのに。

 そうだったら、私が一喝してやるつもりだったんだけど。


「危うく勝利と言う名の敗北を手にするところだった。殺したら負けだよ」


 私もそう思う。けど今日は、やたら口数が多いなぁ。


「あそこで殺してたら、アイツは裁かれずに、俺は少年院行きだ。未来の可能性がほとんど閉ざされていた」


 おお。意見が大人になった。


「これからは、たぶんいい方向に人生を歩んでいけるだろう。義理の両親も世話してくれるしな」


 そうかぁ。いやぁ、良かった。


「良かったね」

「ああ、そうなんだけど……」


 そしてシュウちゃんはやたら大きく深呼吸をした。それも何度も。

 コラコラ、そんな事したら過呼吸になっちゃうぞ?


「でも、一つ足りない物がある」


 足りない物?お金かな。さっきもマガジン買わなかったし。


「何?」

「……鳴」

「……は?」


 私ですか?


「鳴がいなかったら、俺は真守を殺していた」

「いやいや、私は何も」

「お前、探偵役に名乗り出た時、土下座してまで捜査したいって言ったよな。響姉のために」

「うん、言ったけど」


 恥ずかしかったけど、後悔はしていない。


「俺は、響姉は共犯だって知ってたから、死んでも何も感じなかった。でもお前の姿を見て思い直したりもしたんだよ。響姉は、死ぬべきではなかった」

「シュウちゃん……」

「子供の頃もそうだった」

「そう?」

「集金が盗まれた時とか、冤罪のやつを庇ったりしてたろ」


 そうだっけ?


「いじめっ子を一本背負いで怪我させたこともあったし」


 そうでした。


「お前はいつも正義だった。正直、真守や哲也みたいに……俺が知らない間に鳴がどれだけ腐ってるかと思ってたけど」


 おい。何つった。


「変わってなかった。俺の大好きな鳴のまま」

「え?」

「腐ってたのは、俺の方かも知れない。鳴がいなきゃそれにも気づけなかった。俺には鳴が必要だ」

「それって」


 フワリと風が舞うと、私の体はスッポリとシュウちゃんの腕の中に治まった。短い周期で心臓が鼓動を打っているのを感じる。

 シャイな癖に、ここぞという時には昔から相変わらず、強引な男。千鶴おばさんに似たんだろうな。

 でも何でだろう。四行前から、涙が止まらないや。


「シュウちゃん」

「……ダメ?」

「良かったね、殺さなくて」

「……うん。俺の勝ちだ」


 私はシュウちゃんの拳をそっと撫でた。彼と私の未来を、ギリギリ守ってくれた功労者。

 ありがとう、千鶴おばさん。

 私の未来も、明るそうです。




                    探偵の拳 完

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