3-1 安心しろ。死なないはずだから
「シュウちゃん。性質の悪い冗談はやめて」
鳴が長らく続いた静寂をやぶる。
「ありがとう。鳴は優しいね」
ニコリと笑う修太郎。現実を悟ったような表情だった。
「違う!シュウちゃんじゃない!」
「もういいんだって、鳴」
「何で……」
鳴はまだ諦められない。だが、修太郎が犯人でないと仮定して、今犯人のフリをする意味があるだろうか?
いつものイタズラか? いや、人が三人も死んでいるこの状況で、そんなことが有り得るか?
――え?え? じゃあ、本当に?
「修太郎、動機とかあるのか?」
尋ねたのは真守である。
「そりゃ、響姉ちゃんの死体みたら分かるでしょ?」
「おい……」
修太郎の口端が吊り上がる。邪悪な微笑みの完成である。
「四日間も一つ屋根の下だよ?そりゃ我慢できませんて」
「本気で……言ってるの?」
「いやはや、あんなに抵抗するとはねー。普段あんなにスキンシップして来る癖にね」
「じゃあ、合宿来てからずっと先生の事見てたのって?」
「いや、当たり前じゃん。他にどんな意味があるのさ」
光と渚が絶句している。真守は腕を組んで睨み続ける。
「声出るし、万が一皆に見られるの嫌だから、野外に呼び出したんだよ。そしたら、そんなつもりじゃないって言い出すじゃん?」
「当たり前だろ!教育実習生とはいえ、生徒と教師だぞ?」
「そうは言われても、こっちはもうその気だよ。やめられない止まらない」
鳴を除く全員が、蔑みと恐怖のブレンドされた目で修太郎を見る。
「最低……」
「おやおや?その最低君を誘ってきたのはどこのどなたでしたっけ?」
「あんた……!」
渚も顔を真っ赤にしている。そして事実を確かめずにはいられない。
「ま、まさか私を眠らせたのも、ひょっとして……」
「お、察しがいいねぇ」
「嘘!?」
渚は体を隠す仕草を見せつつ、絶望的な表情でペタン、と地面に膝を着く。
「なんつってね」
修太郎はペロリと舌を出した。
「そのつもりだったけど、哲也が起きて来ちゃって。阻止されちゃった。アイツ意外と男気あるよなー」
「それで羽柴を?」
「うん」
「嘘よ。死体に争った形跡はないよ、シュウちゃん」
鳴は矛盾を見つけた。だが、すぐに否定される。
「そりゃ、争ってないもん。ボディブロー一発で動きを止めてやったからね。コイツで」
そういうとメリケンサックを人差指で振り回して見せる。その威力は前日に確認済みであるため、全員がもっと酷い目にあっている哲也に同情した。
「んで、黙認すれば命は助けてやるって言ったんだけどね。アイツってば、下らない正義感に殉じちゃったわけよ」
「酷い! 羽柴君……」
哲也に助けてもらったという事になる渚は、哲也を腰巾着と見下し、修太郎に惚れてしまっていた事を心底後悔している様子だった。自分の男を見る目の無さを呪っているのかもしれない。
「まぁ、本命は鳴なんだけど」
「なっ!」
光が一歩進みでる。想い人の事ならば、恐怖心も薄れると言うものだ。
鳴は怯えるでもなく、修太郎の目を見つめる。目で突破口を開こうとしている。
「やだなぁ、一昨日もアタックしたじゃん。今更そんな目で見られましても」
真守は、ずっと腕組をしている。しかしここでようやく口を開いた。
「じゃあなんで鳴は襲わなかったんだ?というか、哲也を殺した後はどうしたんだ?」
「本当は二人とも用が済んだら殺すつもりだったんだけどね。喋られれば終わりだし」
ニタニタしながら鳴と渚を見る修太郎。
「でも哲也が死んじゃったから、そうもいかなくなっちゃってね。警察の捜査の段階で容疑者が減りすぎるでしょ?疑われやすくなるからね」
「ちょっと待ってよ」
ここで鳴が待ったをかける。
「今の話が本当なら響姉ちゃんの死体を調べれば、少なくとも犯人は男性に限定されるわけでしょ?何で女性の数を気にする必要があるの?」
「え?」
修太郎は鳴が何を言っているか分からないと言う表情をしている。
「液体の反応が出るって事だろ」
「え!? そんなのできるの!?」
「それにDNA鑑定、知らないの?言っておくけど個人認識できるからね」
今度こそ、鳴は嘘を見抜いたと思った。
だが、修太郎は肩をガックリ落としただけで、突然笑い出す。
「ハハ、じゃあ最初から逃げ場なんてなかったわけか、はは」
「いい加減にして。きちんとした捜査をすれば、今言ってる事が嘘だってちゃんとわかるんだよ?」
「ちゃんとわかるなら、もう無理だよなぁ。何とかならない? 鳴様ぁ~」
鳴は修太郎のこの言動が演技だと思っている。だが、筋が通っているのも事実である。
故に、光と渚は彼を罵倒し続ける。
「じゃあ、甲斐谷を殺したのは何なんだよ!」
「決まってるだろ~?二人は付き合ってたんだよ?野郎は俺にとっちゃ恋敵だよ」
どうやら、二人は本当に付き合っていたらしい。
「七里君と甲斐谷君、あんなに仲良かったじゃない!」
「それとこれとは別でしょ。それにあいつ、俺がやったって気づいてやがったし」
「何?」
そんなシーンがあっただろうか?鳴は自分の記憶を探るが、その前に修太郎が答えをくれた。
「響姉の死体を見つけた時だよ。胸倉掴まれて、こっちが殺されるかと思ったよ」
そう、確かにそんなシーンがあった。
――なら、この一連の証言は真実?
鳴は、ここにきて自分の思考に揺らぎを感じ始めていた。
「まぁ、一人目の時点で逮捕確定なんだけどねぇ。そうかぁ、DNA鑑定かぁ」
「ふざけんなよ! この変態野郎が!」
「酷いな、光は。燃える自分の欲望は棚に上げてさ」
「俺は人殺ししてまで童貞卒業したいとは思わねぇよ!」
「志が低いぞ、少年よ。大志を抱け」
いつもの冗談もこのシリアスな状況では失笑一つ生産しない。強いて言うなら七里修太郎という人間への失望を生むだけか。
「でも、一つ聞くけどさ」
修太郎はまたニタリ、と嫌らしく笑うと、
「俺をどうするわけ? 『この俺』を」
空気が凍る。
この殺人犯は、犯行を肯定している。開き直っている。そんな人間……言わば狂人を、取り押さえられるのか?しかも厄介な事に、修太郎の護身術は相当な実力がある。対してこちらは男が二人殺され、残りは二人しかいない。戦力的に五分と五分……いや、場数を考えればもっと分が悪い。緊張が場を包む。
「シュウちゃん、本当にそれでいいの!?」
「いいも何も、鳴のせいだよ?俺がここまで追い詰められたのは。優秀な探偵さん、お父さん譲りの捜査力には感服致します」
「違う、違う! こんな終わり方じゃ……! 違うの!」
鳴は泣き叫ぶ。このままでは修太郎は警察が来るまで監禁される。それだけは避けなくては!
「う~ん。心残りは、お前かな」
「え?」
修太郎は鳴に向き直ると、
「お前とヤれなかったことだけだよ。だからさ」
一歩一歩、ゆっくりと近づく。大黒様の様な笑みを浮かべながら。この世にこれほど気持ちの悪い笑顔があるのか。そう一同に思わせながら。
「シュウ、ちゃん? ちょっと……」
「今、やるしかないかな」
物凄い勢いで胸板を押し、鳴を組み伏せる修太郎。
「痛っ!」
「この旅行に来てよかった」
「ちょっと、離して!」
「ずっと、こうする事を夢見て来たんだ。ああ、やっと一つになれるね」
「嫌っ、冗談はやめて!」
「おい」
「え?」
後ろで声がした。修太郎が振り向こうとした瞬間、真守が背中を思い切り角材で殴りつけていた。
――ドゴッ!
「がッ」
エビぞりになる体に痛みが走る。逆上した修太郎は反撃しようとするも、打ち所が悪く呼吸ができない。
「かはっ」
「うおおお!」
その隙を逃さず、光が修太郎を鳴から引き離す。
「ごほっ……くそっ、離せ! もうちょっとなんだよ!」
「いいかげんにしろ、糞野郎!」
「ああもう!台無しだよぉ!」
「うるせぇ!」
光は修太郎の頬を思い切り殴りつける。威力はともかく、手加減の一切ない全力の拳であった。
「最悪だぜ。お前みたいな奴とずっと仲良くしてたと思うと、吐き気がしてくる!」
「けっ、仲良く?笑わせるねぇ」
「何?」
「陰ではずっと死神扱いしといて、そりゃないんじゃないの?」
「……」
光は黙り込む。やはり陰口の標的から言われると、負い目を感じてしまうのだろう。
「はっ、だったら最初からやるなっての。なぁ真守」
「修太郎。悪いが、屋上の倉庫で監禁させてもらう」
「できるわけないでしょ?俺まだピンピンしてるけど?」
光に抑えられた状態だが、屋上まで連れていくには立たせないと無理である。立ってしまうと人並み以上に強い修太郎である。このうえなく厄介な監禁対象だ。
「仕方がない。神崎、そのまま押さえておいてくれ」
「え? あ、ああ」
真守はもう一度角材を持ってくると、上段に構えた。
剣道の、上段の構えである。修太郎は何が起こるか直ぐに察し、顔面を硬直させる。
「おいおい、まさか。まさかねぇ?真守は冗談がすぎるよ。はは」
「安心しろ。死なないはずだから」
「真守君!待って!」
鳴の制止も虚しく、真守は修太郎の後頭部目がけて角材を振り下ろした。
――ゴッ!
「あぐあぁぁぁッ!!」
鈍い音、そして悲痛な叫びと共に、修太郎の頭は強打された。鳴は両目を塞いでいる。
「神崎、どいていいぞ。屋上の倉庫に連れて行く」
「え?大丈夫なのかよ」
「もうまともに歩けもしないだろう」
光がどくと、本当に修太郎は足元がフラついて、上体をぐわんぐわん動かしている。
「真、守……て、めぇ……」
「ほら、回復しないうちに早く連れてくぞ」
「あ、ああ」
「待って!まだ捜査が」
「後にしろ。こいつが暴れ出したら誰も止められないことは分かるだろう」
真守はそう言うと、光と共に修太郎の肩を担いで、屋内へ入って行った。
「嘘よ、嘘……」
取り残された鳴は、ブツブツと現実逃避のための言葉を呟くことしかできなかった。




