母さん、報告があります
「刺し殺してやる……」
「やってみろ。やれるもんならな……そこだっ!」
――ガキィン。
耳に心地良い音が響き渡り、手に持っていたナイフが弾かれる。
「あっ!」
「それっ、そうれっ!」
「あっ、ちょっ、ずるっ」
『K.O.!』
――また、負けた!
何故だ、何故勝てない!
俺の操るCodyは、母の操るGoukiには勝てた試しがない。
ゲームとはいえ、ここまで痛めつけられると流石に口惜しい。泣きたくなる。
「まだまだだな、息子よ」
「くぅっ……もう一歩まではいくのにぃ!」
「ナイフに頼り過ぎなんだよ、まったく。使いどころなんてほとんどないよ、あれ」
「カッコイイじゃん、ナイフ」
「おいおい、本気で言ってるのか?」
そう言って母さんは俺にヘッドロックを掛けてくる。豊富な胸が顔にあたって気持ちいいが、それ以上に頭が圧迫されて割れそうだ。
「痛い、痛い!ギブギブギブ!」
「ナイフなんてなぁ!非行少年が持つ物に決まってるだろ!空手道に必要なし!」
「わかった!わかったから離して!」
ぱっ、っと腕のロックを解く母。
「分かればよいぞ」
「いってぇ~。加減を知らないのかよ、クソババア」
涙腺が緩みやすい俺は、あまりの圧痛に軽く涙を流しながら文句を言ってみる。しかし。
「なにぃ!」
母はこの悪口に対し必ず制裁を加えてくる。
「うぎゃぁぁ!」
俺は、痛みを伴うはずのこのやりとりが、堪らなく好きだった。母さんを肌で感じられる。この世でたった一人の肉親を……。
******
「修太郎!」
野太い声で、目が醒める。どうやら、いつも通り悪い夢を見ていた様だ。今も頭がガンガンするような錯覚に襲われるほど、リアルな夢だった。
「修太郎、早く起きろぉ。遅刻するぞぉ~」
起こす気があるのかどうか、いつも通り叔父の間の抜けた声が聞こえてきて、現実に戻ってきたことを実感する。
「はぁ~い」
洗面所に行って、顔を洗う。
「おはよう。ご飯できてるわよ」
「ありがとう、叔母さん」
叔母が毎朝用意してくれるご飯と納豆、味噌汁を平らげると、制服に着替えて登校の準備だ。
準備が出来ると、毎朝の最後の日課を行う。
――チーン。
この『りん』を鳴らす音、嫌いじゃない。
「おはよう。母さん」
仏間にある母の写真に向かって、朝の挨拶をする。
俺の母さんは、強い。
俺が幼い時に、父親は事故で無くなった。その父が運営していた空手道場を、五段である母が継いだ。
母は、女手一つで幼い俺を育ててくれた。
空手も教えてくれたし、勉強も教えてくれた。
空手だけでなく、格闘ゲームがやたら強かった。
自分の母をこういうのは照れるが、結構美人だった。三十代で、かなり若いし。
でも俺の母は、もう故人である。
俺が十三歳、中学一年のとき、通り魔によって刺され、間もなく死亡した。首を刺されていたことから、大柄な男が犯人だと警察は言っていた。
あの強い母さんが殺されるなんて、いや刃物に負けるなんて信じられなかった。でも、俺が病院に駆けつけて母さんに遭った時、母さんは既に「物」になっていた。
あの時は悲しかったね。悔しかったね。犯人はまだ捕まってない。
でも、俺は泣かなかった。病院でも、葬儀でも。
幼馴染の鳴はわんわん泣いてたっけ。でも俺は泣かなかった。
周りの親戚から「泣かなかったのは偉いぞ」とか「立派な空手家になるだろう」とか、的外れなこと言われたっけ。
そんなんじゃないんだな、これが。
さてと、そろそろ行きますか。
「それじゃ母さん、行ってきます」
香炉に指を突っ込み、くっついてきた灰を人嘗めする。苦い。
母さんの仏壇から離れ、玄関に行こうとした時、一つ報告することがあったのを思い出して、Uターン。
「忘れてた。あのね」
もう一度りんを鳴らす。
――チーン。
「母さん。俺、人を殺すよ」