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探偵の拳  作者: 大培燕
序章
2/25

母さん、報告があります

「刺し殺してやる……」

「やってみろ。やれるもんならな……そこだっ!」


――ガキィン。


 耳に心地良い音が響き渡り、手に持っていたナイフが弾かれる。


「あっ!」

「それっ、そうれっ!」

「あっ、ちょっ、ずるっ」


『K.O.!』


――また、負けた!


 何故だ、何故勝てない!

 俺の操るCodyは、母の操るGoukiには勝てた試しがない。

 ゲームとはいえ、ここまで痛めつけられると流石に口惜しい。泣きたくなる。


「まだまだだな、息子よ」

「くぅっ……もう一歩まではいくのにぃ!」

「ナイフに頼り過ぎなんだよ、まったく。使いどころなんてほとんどないよ、あれ」

「カッコイイじゃん、ナイフ」

「おいおい、本気で言ってるのか?」


 そう言って母さんは俺にヘッドロックを掛けてくる。豊富な胸が顔にあたって気持ちいいが、それ以上に頭が圧迫されて割れそうだ。


「痛い、痛い!ギブギブギブ!」

「ナイフなんてなぁ!非行少年が持つ物に決まってるだろ!空手道に必要なし!」

「わかった!わかったから離して!」


 ぱっ、っと腕のロックを解く母。


「分かればよいぞ」

「いってぇ~。加減を知らないのかよ、クソババア」


 涙腺が緩みやすい俺は、あまりの圧痛に軽く涙を流しながら文句を言ってみる。しかし。


「なにぃ!」


 母はこの悪口に対し必ず制裁を加えてくる。


「うぎゃぁぁ!」


 俺は、痛みを伴うはずのこのやりとりが、堪らなく好きだった。母さんを肌で感じられる。この世でたった一人の肉親を……。


                   ******


「修太郎!」


 野太い声で、目が醒める。どうやら、いつも通り悪い夢を見ていた様だ。今も頭がガンガンするような錯覚に襲われるほど、リアルな夢だった。


「修太郎、早く起きろぉ。遅刻するぞぉ~」


 起こす気があるのかどうか、いつも通り叔父の間の抜けた声が聞こえてきて、現実に戻ってきたことを実感する。


「はぁ~い」


 洗面所に行って、顔を洗う。


「おはよう。ご飯できてるわよ」

「ありがとう、叔母さん」


 叔母が毎朝用意してくれるご飯と納豆、味噌汁を平らげると、制服に着替えて登校の準備だ。

 準備が出来ると、毎朝の最後の日課を行う。


――チーン。


 この『りん』を鳴らす音、嫌いじゃない。


「おはよう。母さん」


 仏間にある母の写真に向かって、朝の挨拶をする。


 俺の母さんは、強い。

 俺が幼い時に、父親は事故で無くなった。その父が運営していた空手道場を、五段である母が継いだ。

 母は、女手一つで幼い俺を育ててくれた。

 空手も教えてくれたし、勉強も教えてくれた。

 空手だけでなく、格闘ゲームがやたら強かった。

 自分の母をこういうのは照れるが、結構美人だった。三十代で、かなり若いし。


 でも俺の母は、もう故人である。

 俺が十三歳、中学一年のとき、通り魔によって刺され、間もなく死亡した。首を刺されていたことから、大柄な男が犯人だと警察は言っていた。

 あの強い母さんが殺されるなんて、いや刃物に負けるなんて信じられなかった。でも、俺が病院に駆けつけて母さんに遭った時、母さんは既に「物」になっていた。

 あの時は悲しかったね。悔しかったね。犯人はまだ捕まってない。


 でも、俺は泣かなかった。病院でも、葬儀でも。

 幼馴染の鳴はわんわん泣いてたっけ。でも俺は泣かなかった。

 周りの親戚から「泣かなかったのは偉いぞ」とか「立派な空手家になるだろう」とか、的外れなこと言われたっけ。

 そんなんじゃないんだな、これが。

 さてと、そろそろ行きますか。


「それじゃ母さん、行ってきます」


 香炉に指を突っ込み、くっついてきた灰を人嘗めする。苦い。

 母さんの仏壇から離れ、玄関に行こうとした時、一つ報告することがあったのを思い出して、Uターン。


「忘れてた。あのね」


 もう一度りんを鳴らす。

 

――チーン。


「母さん。俺、人を殺すよ」

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