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探偵の拳  作者: 大培燕
第二章 役立たずの鎖
18/25

2-8 そのまさかだよ

 ピピピピピピピピ!

 ピッ。


「ふあぁ」


 鳴は毎朝設定してある携帯のアラームで目が醒めた。


――現在朝七時かぁ。本日も晴天なり。さて、朝ごはんを食べて、制服に着替えて、自転車で学校へ。何だかとんでもない悪夢を見たけど、夢なんだから。忘れよう。


――ガチャッ。


 ボーっと行動する鳴は何気なく音の発生源を見る。物凄い勢いで、年頃の乙女が着替え中である部屋のドアは開けられていた。


「鳴!無事か!」


 男性に着替えを見られるという非日常によって、鳴は思い出した。


――ああ。ここは長野の合宿所で、昨日響姉ちゃんと甲斐谷君が殺されたことは、やっぱり夢じゃなくて、無視できない現実なんだ。この最低男が昔と違って、最低な事も。


 人間は、睡眠をとることでどんな憂鬱な気分も一時的に解消することができる。だが、それも一瞬だった様だ。どうしようもない強烈なリアルが、鳴に再び襲い掛かる。ともかく、修太郎に枕を思い切り投げつける。


「出てってよ!あんたなんか顔も見たくない!」


 この状況で着替えを覗くというアモラルな行為を犯した修太郎に、鳴はここぞとばかりに感情をぶつけた。


「そうじゃない!怪我はないか!?」

「早くあっちを向いて!……怪我?」


 何故、この状況で怪我の心配をされるのか。


「何で、そんなことを聞くの?」

「……」

「まさか……!」


 鳴は急いでシャツを着ると、修太郎を突き飛ばして部屋を出る。皆がいるはずの二階に、人の気配が無い。

 食堂だろうか?

 急いで一階に降りる。誰もいない。

 その時、食堂の窓から人の姿が見えた。

 外部犯か?と一瞬身構えた鳴だったが、どうやら先に起きていた光のようだった。

 窓の外には渚もいる。真守もいる。あれ?何だ、皆無事じゃないか。修太郎の思わせぶりなリアクションに一本とられたのかな?そう思って、窓を開けて朝の挨拶をしようとしたとき。


 三度、お呼びでない非日常が、鳴の脳に叩きつけられた。

 小学校から高校まで、ずっと一緒に育った幼馴染が。友人が目を剥いて、横たわっている。

 羽柴哲也が、死んでいる。


「もう嫌……」


 膝の力が抜けて、目線が窓より低い高さまで下がる。

 せっかく、メンタルを睡眠が回復してくれたのに。もうゼロだ。もうこのまま、立ち上がりたくない。哲也の死体など、見たくない。もう、何も……。


「立って、鳴」


 顔を上げると、修太郎がそこにいた。


「鳴が、探偵なんだろ?」


 憎たらしいほど、冷静に。

 悲しむ者には、優しさを。

 怠ける者には、厳しさを。

 昔の修太郎は、そんなカッコいい男の子だった。


――私は、解決することから逃げようとした?


 探偵として、この上ない怠惰。

 それを修太郎は許さなかった。

 彼は鳴に向かって、手を伸ばす。


「行こう」

「……うん!」


――そうか、あなたは……。


 ピシャリ、と両の頬を手で叩いて気合いを入れる。

 修太郎の手を取り、グイッと力を込めて起き上がる。

 鳴は再び立ち上がり、目の前の死体と向き合った。

 探偵は、私。

 その宣言には、正義の重みがある。

 責任がある。


「シュウちゃん」

「何?」

「ありがとう」

「そりゃどうも」


 久しぶりではある。だが、何度目だろう。彼に助けてもらったのは。いつか、今度は自分が助けてあげたい。そう思う鳴であった。


                   ******


 鳴は哲也の死体の前で合唱すると、検死を始めた。

 眼球を見る。角膜がまだ濁っていない。

 死後硬直は、指の関節が動かなくなるほど進んでいる。


「死後六、七時間ってところかな」


 当然、ある程度の知識までしか持ち合わせていない鳴の検死であるため、細かい部分はあまりアテにはできない。しかし、大雑把な死亡時刻は恐らく間違いないだろう。

 死因は、刃物による切り傷が見当たらず、全身に打撲、頭部に骨折らしきものが見られるため、前頭部を強く打ったことで発生した脳内出血による死が有力となった。


「昨日の深夜あたりってことか」

「いやいや、おかしいだろそれ」


 光が死亡時刻の特定に待ったをかける。


「見張りがいたんだぞ?死亡時刻が昨日の深夜なら、今発見されるのはおかしいぞ」

「漆原さん、シュウちゃん。何があったの?」


 見張りの失態があったことは間違いない。光と真守は冷ややかな目で二人を見ている。


「ご、ごめんなさい」


 まず渚が謝った。だが修太郎は謝らない。


「昨日、急に眠気が来て、気づいたら今日の朝になってて」

「んで、部屋を開けたら哲也がいないんだ、これが」


 まるで自分は悪くないかのように語る修太郎。普段なら腹を立てるところだが、不思議と鳴は落ち着いて聞いていた。


「これが、じゃねぇだろ! 何のための見張りだよ!」

「まぁ光、落ち着けって」

「お前は落ち着き過ぎなんだよ修太郎!」

「それで、どうしたんだ?」


 真守が釈明を続けるよう促す。


「で、部屋の窓が開いてたからさ。逃げたと思ったよ」

「でも、三階の高さからじゃ、逃げられるわけが無かった。それで私達、窓の外を覗いたら……」

「横たわってる哲也がいた、と」


 真守が締めくくる。


「でも、死んでるかどうかはわからないだろ?」

「当然、すぐに外に言って確かめたわよ。もう脈も無くて、冷たくなってた……」

「先に着いた二人は、現場を荒らしてないよね?」


 鳴は悪意のある工作を懸念していた。


「私は発見からずっといるけど、確認以外は何もしてない。な、七里君もあなたを起こしに行って今戻って来たから……何もしてない……はずよ」

「わかった。ありがとう」

「ありがとうなんて言う必要はないぜ、蓬生!」


 光が激高する。


「確かに疑わしかったけど、まだ羽柴が犯人だと決まったわけじゃなかったんだ!お前らがちゃんと見張ってれば、自殺何てしなくて済んだかもしれないのに!」

「待て、神崎。それはおかしいだろ」

「何がだよ!」


 真守は光の論理の矛盾を指摘する。


「犯人だと決まってないのに、何故自殺する必要がある?まだ本物の警察の捜査も始まっていないのに、だ」

「あっ、そう言えば……」

「じゃあ、自殺したってことは?」

「そうだ。哲也が一連の殺人犯だったからだ」


 一同がどよめく。確かに、自殺ならばそう考えるのが当然の論理である。だが、鳴にはイマイチ納得がいかないことがあった。


「漆原さん、さっき『急に眠気が来た』って言ったよね?」

「う、うん。そうだけど」

「だったら、時間を決めて休憩させてもらって、その間シュウちゃんが見張ればよかったんじゃない?一日目もそうしてたのに、何でしなかったの?」


 そう、二人体制の見張りが機能しなかったという事実が、甚だ不自然なのである。


「そうだな。というか、修太郎は何してたんだ?まさかつられて寝たんじゃないだろうな」

「そのまさかだよ」

「はぁ!?」


 真守の口から、怒気を孕んだ驚嘆の声があがる。いくらなんでも信じ難い発言であった。


「目の前で急に漆原さんが寝だすからさ、起こそうとしたんだよ」

「そりゃ、そうだろうな」

「でも、俺にも急に睡魔が来ちゃって」

「起こすまで我慢しろよ!」

「いや、相当強烈なやつでさ。抗えなかったんだよ、これが」


 鳴は修太郎の口調、表情をひたすら観察したが、動揺は見て取れない。つまり、嘘は言ってないと考えられる。


「それでそのまま?」

「そういうこと。気づいたら朝だよ」

「眠気が来たのは何時ごろ?」

「眠気が来た時は正確には覚えてないけど、最後に時計を見た時は十一時五分だった。それからすぐだよ」


 信じられないがダブルノックダウンの状態のまま、朝になってしまったそうな。つまり見張りは十一時から死亡推定時刻の深夜零時から一時まで、全く機能していなかったのだ。


「そんな馬鹿な話があるか!お前ら、一発やってて気づかなかったんじゃねぇのか!?」

「一発って何の話かなぁ?光さん」


 修太郎がニヤつきながら尋ねる。


「セックスしてたんじゃねぇのかってことだよ!」


 光は恥じらうことなく答えた。


「ちょっと神崎君!下衆な勘繰りは止めてよ!」

「それは無いよ、神崎君」

「はぁ?蓬生、こいつらを買いかぶりすぎだぜ!そんな健全カップルじゃねぇよ」

「そもそも俺達カップルじゃないんだよなぁ」


 鳴は頭を抱えた。今考えるべき事柄はそこではないのに、光のせいで話が次のステップに進まないではないか。


「あのね神崎君。セ……そういうのって普通、人の部屋の前の廊下ではしないよね?」

「いや、どこか空いてる部屋に入って」

「鍵は?」

「えっ?」


 そう、部屋の鍵はマスターキーも含めて鳴が管理しているため、二人が空いている部屋に入る事はできないのだ。


「じゃあ、自分たちの部屋に戻ったんじゃ?」

「自室の鍵もかけた状態で、二人とも蓬生さんに預けてるんだけど」

「……悪い。俺の勘繰りだった。すまなかった」


 光は暴論を振りかざしたことについては素直に謝った。

 渚は軽蔑するような目で光を見ている。


「けど、おかしいだろ!二人がほぼ同時に眠気が来るなんて」

「いや、昨晩は俺にも急に睡魔が来た」

「四之原にも?」

「そう言えば、私も昨日は疲れてたことを差し引いても、不自然なほどグッスリ眠れたけど」

「あ、それ俺も」


 殺人事件が起こっているにも関わらず、全員が全員、哲也の落下にも気づかないほど熟睡している。


「睡眠薬ね」

「それしかないな」


 昨夜、哲也が持っていると言った睡眠薬である。何者かがそれを全員に盛ったとしか考えられない。


「でも一体いつ?」

「決まってる。食事の時だろ」


 真守が断定する。


「私もそう思う」

「それしかないよなぁ」


 渚と光が同調する。


「いや、それはおかしいはずよ」

「何で?」

「効果が出るのが遅すぎる。シュウちゃん、昨日夕食を食べ始めた時間は?」

「夜七時八分。食べ終わりが八時十分だよ」


 という事は、睡眠薬が夕食に盛られたとすると効果が出た夜十一時付近までに約三時間もラグがある事になる。普通、市販の睡眠薬は早くて十分、遅効性でも一時間後には効果は出るものだ。


「有り得ないわ。少なくとも、高校生が処方されるような市販の薬では、そんな遅効性を持った物はないはず」

「じゃあ一体いつ仕込んだんだ?」


 全員口にしていて、少なくとも十時以降に胃の中に入れた物。一つしかない。


「アイスコーヒー?」

「それしかなさそうだ」


 見張り役の二人を含めて、アイスコーヒーは全員が口にしている。それから約三十分で効果が出ているはずなので、つじつまが合う。

 そして、睡眠薬がアイスコーヒーに仕込まれたということは、一つの事実を示す。


「睡眠薬を入れたのは哲也君では無いってことかな?」

「いや、自由だった夕食の時とかに入れることは可能だろ」


 光が可能性を示したかに思えたが、


「持続時間、一度溶かしたらそんなに持たないだろ」

「あっ、そうか……」


 それ以外では、哲也は常に監視されていた。よって哲也自身が睡眠薬を入れた事は有り得ないだろう。


「という事は?」

「これは自殺じゃない。他殺よ」


 そういうことになる。誰かが意図的に睡眠薬を入れて、見張りを眠らせた。鍵は見張りが持っている物を奪い、部屋に侵入する。これにより哲也を殺すことが可能になるというわけだ。


「でも、それなら見張りが一番怪しいんじゃないか?」

「そう、なるかな?」

「ちょっと、私達が殺したっていうの?」

「まぁ、ちょっと落ち着いてよ皆」


 光の疑問から、また皆が喧嘩腰になる。鳴が熱くなっている一同を何とか制した。


「まず、睡眠薬を仕込んだとなれば十中八九犯人の手によるもの。これはわかるよね?」


 全員が首を縦に振る。


「そして、犯人は哲也君では有り得ない。何故なら、睡眠薬を仕込むタイミングがないから」

「そりゃそうだろ」


 当たり前の事実を繰り返す鳴にイラついたのか、光が冷ややかな反応を見せる。


「なら、犯人はどういう状況にいたと思う?」

「はぁ?そりゃ全員を眠らせて……」

「そう。犯人は一人だけ『眠っていない』人物、ということになるわね」


 哲也の殺害事件における、明確な犯人の定義がなされた。

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